挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
隠匿するホテル 作者:kud
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

3/6

部屋に縫われたと思われる女の手記──眉間を寄せて何度もノックを──

 客の訪れを告げる雨音と雷鳴に目が覚めた。体を起こすとベッドがギシリと音が立つ。
 久々の訪問者はどんな人だろうと気になるがそれも一瞬のことだ。どうせ出会うことはない。
 自分以外の宿泊客と、まんがいちにもすれ違うことはない。
 わたしが泊る部屋は窓もドアもないのだ。
 どうやって入ったか思い出せない。わたしはこの部屋に縫いつけられている。

 わたしが知っている僅かなこと。
 激しい雷雨は新たな客が鳴らすベルだということ。
 ホテルに滞在するにはいくつか条件があること。
 このホテルにあるのは部屋と廊下だけということ。
 隣の部屋には誰かがいるらしいこと。

 新しい客が訪れると、雨音に混じって壁越しに音が聞こえ始める。
 どんな音か……微かでなんとも言えない……
 呟くような、ひきつるような、吐息のような、密やかに息づく気配がする。
 生き物が……おぼろに立てる……兆し。

 隣のなにかが立てる兆候。
 トン、トン、トン──この音はどこか遠い昔に聞いた気がする。
 薄くて硬いものを叩く音。トン、トン、トン。
 暗闇のなか、雷鳴が響くときまたその音も繰り返される。
 今日は特にしつこく何度も何度も重ねるように止らない。あまりに長く続くので、ついにわたしの頭蓋骨へも響き唐突に記憶が蘇った。
 この音は確認のために叩くノックの音だ! ノックそのものを忘れていたことに寂しさを覚えるが、すぐに気を取り直す。
 隣の部屋にはドアがあるに違いない。隣人は部屋から出られるのか?
「ここから出られるのなら!」
 知らず叫んだ声に反応するかのように、ノックの音はガタガタという激しい音に変わった。
 なにかを動かそうとしているような……ガタガタ……
 だがなにも起こらず、時折苛立つようにドンドンと打ち鳴らす音が混じる。
 それもやがて静かになる。
 もう雨音と雷鳴しか聞こえない。
 わたしの叫びは届いてないのか──
 隣人はどんな人だったろうか……そもそも人なのか、それすらわたしにはわからない。
 なにがしかの生き物であってほしい。生きていれば──

 記憶はいつも曖昧だ。
 わたしには覚えていることがほんの僅かしかない。
 こうして目が覚めているときも、わたしはおぼろなのだ。
 隣人がまた音を立て始めた。だがもはや幻に感じる。

 ふと、壁を叩いてみようと思った。
 今まで一度も思いつかなかったことが不思議だ。こんな簡単なことをどうして試そうと思わなかったのか。
 軽く拳を作り、おそるおそる壁をノックする。
 トン、トン、トン。三度叩いたが隣人の反応はない。もう一度繰り返す。トン、トン、トン。
 隣人を見かけたことはないはずだ。けれど姿を思い描こうと何度も繰り返した。
 暗闇で目を閉じ眉間を寄せて何度もノックを──
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ