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隠匿するホテル 作者:kud
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始まりの手記──頷いて男の手を──

 ホテルに着いたのは、夕暮れも終わる頃だった。
 山の稜線には細く光る太陽の残滓が連なっているがすぐに消えるだろう。
 重厚なガラスドアが音を立てず開いたと思ったら、もう日は落ちていた。ロビーは誰もいなく、フロントに黒いスーツの男が一人佇んでいる。だが、わたしに気がつかないのか俯いたまま動かない。
 毛足が長く赤い絨毯は足音を飲み込み、冷たい静謐に首筋がひやりとした。
 フロントの男の正面に立ち、
「予約してないのですが、部屋はありますか」
と、声をかけても下を向いたままピクリとも反応しない。
 まさか眠っているのでは、
「あの、部屋はありますか」
 一度目より大きな声をかける。
「聞こえております」
 しっかりした口調だが、やはり俯いたままこちらを見ようとしない。
 微動だにしない男のスーツ、肩のあたりからなにかがわたしへ伸びてきた。蔦のような糸のような、黒いなにかが顔に触れた。
 感触は冷たく熱く、細い線は一本のような無数のような、なにもかも不確かだった。
「聞こえてはおりますがあなたが見えないので、失礼させて頂きます」
 顔から首へ、そして胸さらにはその下まで、男は不躾にわたしを品定めしていく。
 わたしは抵抗することも出来ずされるがまま、ただ耐えた。
「ここへは、どうして来たのですか」
 ふいの質問に答えることは出来なかった。
 その問いはわたしの記憶を塗りつぶし、だから目的もわからない。どうして、どこから、どうやって、なんのためにここへ来たのか。
「今し方全て忘れた。自分の名前すらわからない」
 そこで男は初めて顔をあげ、
「さようで」と、一言だけ告げると同時に男の頭から大きく捻れたツノが生えていく。
 わたしをまさぐっていた細い線は消えたけれど、自分の頭にもツノが生えているのがわかった。
 男の顔は黒いベールで隠されていた。緻密なレースで編み込まれた芸術的に美しいベールだった。
「お部屋はご用意できます。忘却が当ホテルの宿泊条件でございます。用紙へサインを」
 差し出された用紙にサインをすると、男はいつの間にか隣に立っており、用紙とペンを受け取った。
「ご案内致します。お手をどうぞ」
 今度は男の手が差し出され、素直に手を重ねる。
「ご注意が数点。一瞬でも手を放すと落ちます。二度と這い上がれません。当ホテルへのお荷物は一切持ち込み禁止でございます。すでに消失しておりますのでご了承願います」
 わたしはコクリと頷いて、男の手を──
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