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これは私達誰もが気を付けたい病気の話です。
記憶の彼方に
作:子鉄


いらっしゃいませ。
            
爽やかな笑顔と明るい声が店内に響き渡る、私は今日から駅前のMAXバーガーで働く。
私達スタッフの笑顔でお客さまが笑顔になり、お客さまの笑顔が私達を更に笑顔にしてくれる。
そんな素敵なお店で素敵な仲間と働けるのが何よりの楽しみだった。              厳しい研修を終え、マニュアルをしっかり暗記し、身仕度を整え、今日からいよいよお客さまの前に立つ。真新しい制服は自分をとてもフレッシュな気持ちにした。
よしっ、がんばるぞ。          

こんにちわ、今日は何になさいますか?                  
始めてのお客さまは40才位の少し渋めなサラリーマン風の男性だった。    

あぁ、ハンバーガーとポテトもらえるかな。
はい、かしこまりました。
一緒にお飲物はいかがですか?                      
いや、いいです。
かしこまりました。
ではMAXシェイクはいかがでしょうか?                 

いや、いりませんよ。  
飲み物は要らないって言ったでしょ?       
シェイクは飲み物でしょ?            

男性は少しイライラしながら面倒臭そうに言った。

かしこまりました。
ご一緒にミックスバーガーはいかがでしょうか?  

ミックスバーガーが欲しかったら最初から頼んでるよな?うん?

男性は穏やかながら鋭い言葉で突き刺した。
その言葉で私はいつもの落ち着きを失いつつあった。

かっ、かしこまりました。
本日はポテトがお薦めですが、いかがでしょうか?             

はっ?ポテトは頼んだわなっ!             

男性の目がみるみる鋭くなり、私の緊張は益々高まった。
・・・こんな時こそマニュアル通りしっかりやらねば。

おっ、お砂糖とミルクはいくつ必要でしょうか?              

はあっ?ハンバーガーとポテトにお砂糖とミルクは要らないなっ!          

がっ、かましこ、かましこりした。                    
私は動揺と緊張でもはや人と話をできる状態ではなかった。                                 
もう何でもいいから早くしてくれよ!       
新人か?ゆとり教育かこの店は!          

世の中には絶対に言ってはいけないことがある。
『最近太った?』
『髪型変だね。』
『君のお母さんがスーパーのお一人様一つまでの品物を何回も並んで買ってたよ。』
などである。
その中で一番言ってはいけないのが『ゆとり教育』である。

そっ、そういう言い方ないじゃないですか!                         

私は緊張と混乱で気分が高ぶっていた。
思えば自分を見失っていたのかもしれない。                            
あ?口答えしていいのか?おおっ!          

なっ、なんなんですか! おま、あなたは。                

おい!
今お前っつったな? 
お前っつったなっ!!                          

二人のやりとりに周りは騒然となっていた。

言ってません。     

言った。        

言ってません。     

言った。
            
言いました。      

言った。

・・・・っ?言ったんじゃねーか!              

言ってません。                 

言ったって言ったな?

言ったって言ってませんて言ってません。                 

はあ?もういいわ。   
わけがまったく分かんねーよ。うっとおしいんだよ。さっさとハンバーガーよこせボケッ。                   
え?え?        
今なんておっしゃいました?                       

早くしろボケッて言ったんだよ、ダボ作がっ!               

だっ、ダボ作っ!?人が一番気にしてることをっ。
むぎぎぎぎっ。                 

私は怒りに震え、その場に立ちつくした。                        
それから自分がどうしたのか、どうやって帰ってきたのか記憶がなかった。
ただ分かったことは自分がクビになったことだった。
封筒に入ったお金800円と、『ごくろうさまでした、もう結構です』と書かれた紙が総てを物語っていた。
            
私は新しい仕事をわずか一時間で失ったのだ。   
スマイル0円、時給800円、今日の経験プライスレス。
私はそう自分に言い聞かせた。                      
ふと鏡に映った自分の顔を見ると、口のまわりにべっちょりケチャップが付いており、自分がしでかしてしまったことを想像して怖くなった。 
それだけではない、今の今まで気付かなかったが、自分の手には果物ナイフが握られており、尖ったナイフの先にウインナーが二本刺さっていたのだ。            
自分はいったい何をしてしまったのだろう。                
思えば私はいつもそうだった。
            
あれは小学校五年生の遠足の前日だった。
二週間前から念入りに準備をし、万が一にも遅刻しない為に、前の晩から学校の正門前で段ボールにくるまってバスが来るのを待っていたのに寝坊した。   
段ボールには無数の足跡が付いていたのにだ。
それだけではない。   高校二年の文化祭の日だってそうだ。       
あの時は確か.....えーと、なんだ、あれだわ。
あっ!
あれは違うわ。
うん。
            
とにかく、私はいつだって大事な場面で失敗してきたんだ。                  自分で自分が許せなかった。情けなかった。    
でも、けじめというものはつけなければならない。             
私はケチャップを拭き取り、ウインナーをポチに投げると再び駅前に向かって歩きだした。

店の前まで戻ると、サングラスとマスクをし、意を決し店内に入った。                
いらっしゃいませ。
            
あ、あの、店長さんいますか?                      

いえ、今はおりませんが。どういったご用件でしょうか?                   

本当なら共に働く筈であったお姉さんの眩しい笑顔に動揺した。              
これが本当の笑顔と言うものだ。      
これに比べたら私なんかまるでゾウリムシじゃないか。           
月とすっぽん。     
いや、お姫様と近所のアホくらいの差があった。        
やはり私には無理だったんだ。
            
こっ、これ店長さんに渡しといてもらえますか?              

そう言うと私はお姉さんに箱を手渡し、そそくさとその場を去った。              これでよかったんだ。  
安堵のため息を一つつくと家路を急いだ。

その夜、店に戻った店長が箱を開けると、そこにはハンバーガーらしき物が入っていた。   
そのバーガーをパカッと二つに開くと、紙が一枚挟まっていた。       
『楽しかったよ。』   
それだけ書かれてあった。ケチャップで書かれてあった。
            
それを見た店長は無力な自分を嘆いて泣いたという。
彼が辞表を提出するのはその三日後のことだ。            

現在日本において無記憶症候群を患っている患者は推定二千万人と言われている。
これは実に国民の六人に一人がこの症状に苦しんでいると言える。      
※ニコニコ新聞調べ                           
もしかしたら、私も、あなたも、あなたの大事なあの人もこの病にかかるかもしれないのである。

以下のような例に当てはまる方は要注意である。              

1.あれ?何しようとしてたっけ?          

2.婆さん飯はまだかいや? 
今食べてるでしょ!              

3.お母さんお年玉ちょうだい。
去年あげたでしょ!   

4・すいません、お味噌はどこですか?
え?私、店員じゃありませんけど。

上記のような症状があれば、あなたも一度病院に行ったほうがいいでしょう。 

そう論文を締め括ると私はノートパソコンを静かに閉じた。         
ふうっ、何があるか分からないのが人間だからな。 
一度検査だけでもしてもらうか。       


私は午後一番の診療に向かうため足早に家を出ようとした。

ふと、テーブルの上を見るとそこには先程もらってきたばかりのお薬が置かれていた。


感想をお待ちしてます。













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