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今夜は「サ」の付く宅配業

作者:閂 九郎
――あなたは何歳までサンタを信じていましたか?
    それとも今も信じていますか?
「なあ、五十嵐いがらし
 俺がロッカールームへ入ると相棒の五十嵐は既に服を着替え始めていた。まだ「例のあれ」が始まるまでには時間があるが、根が真面目な五十嵐はいつでも早め早めに準備をしないと安心できないタイプの人間なのだ。
 そんな相棒の厳格さを俺は少々鬱陶しいと思う事もよくあるが、今日ばかりはこいつが正しい。普段なら荷物が遅刻しても始末書ぐらいで済むが、毎年恒例の今日の配達に失敗するとクビだという噂話が社内で広がっているのだ。
「何だ? 佐川さがわ
 ランニングにトランクス一丁になった五十嵐はロッカーの群れの間にある長椅子に座りながら新聞を開く。ちなみに佐川ってのは俺の名前。
「サンタクロースって何歳まで信じてた?」
 俺は自分のロッカーを開き上着から順番に服を脱ぎ出す。ここまで来る間の街では皆分厚いコートにマフラーという重装備、良い塩梅あんばいに雪も降り始めていて十二月の名に恥じない寒さだ。先に居た五十嵐が暖房を付けてくれていたのでここは快適。
 五十嵐は少しの間眼鏡越しに紙面を見つめた後、一枚ページをめくりながら答えた。
「幼稚園の年長組ぐらいまでだったな」
 つまり約六歳。随分早いな。
「そういうお前は何歳だ?」
 この切り返し方は五十嵐お得意の物だ。大抵の場合彼は人から質問を受けると自分が答えてから同じ質問を相手に返す。目上の人間にはあまりやらないが、俺のような対等かそれ以下の人間が切り返しの問いを無視すれば答えるまでしつこく訊いてくる。
 ――だってこっちの情報だけ一方的に持って行くなんて不公平じゃないか。等価交換だよ――出会って間もない頃この癖を指摘すると五十嵐はこう言い訳した。
 つまりこいつの真面目さは大人の物ではなく、小学校のガリ勉君が休み時間に騒ぐ同級生に押し付ける真面目さと同質のものである。早い話が幼いのだ。
「小学校二年の時だったから……八歳かな」
 俺も服を全て脱ぎきり五十嵐と同じ下着オンリー状態。今日の為にクリーニングに出してロッカーに入れておいた服の一式を取り出す。
「正確に覚えてるな」
「その年サンタさんにお願いしたの野球のグローブだったんだけどさ。付いてたんだよね、親が取り忘れたダイエーの値札が」
 あの時の絶望感は今でも忘れられない。クリスマスの朝に目覚めて枕元を見ると欲しかった新しいグローブ。嬉しさが冷めないうちに抱えて両親の所へ行って「サンタさんがちゃんとくれた!」と言いながら左手にはめてみた瞬間だった。――綺麗な茶色をした革の表面に貼られたバーコード付きの値札を発見してしまったのは。
 両親は一生懸命誤魔化そうとした。「サンタさんのおもちゃ工場で材料が切れちゃったから、お店で買って来たんだよ」てな具合に。そんな事を言われても当時の俺は、自分は店で買った間に合わせのプレゼントでも問題ないサンタさんにとって大切じゃない子供なんだ、と感じて余計に泣くばかりであった。
 結局説得を断念した両親によってクリスマスの朝から家族会議が行われ、俺はサンタクロースは居ないと言う事を教えられた。去年までのも今年のも全部両親がお店で買ってきてこっそり置いたものです、来年からもずっとそうです。――そんな事をダイニングテーブルで並んだ両親が言った気がする。
 こうして俺が抱えていた幻想は打ち砕かれ、次の年のプレゼントのゲーム機にも値札は付いたままだった。子供が寝ている間に枕元に置くような小粋な演出もなく、プレゼントの希望調査も受け渡しも父親と面と向かってリビングで行われた。
「それは……かなりうっかり屋なご両親だな」
 新聞を畳んで長椅子に放り出すと五十嵐は立ちあがって俺と並ぶようにしてロッカーを開く。取り出したのは俺と同じくクリーニングのカバーが掛かったままの服一式だ。ある意味俺たちの一張羅だよな。
「せめて付いてた値札がミズノとかのブランドのタグだったらましだっただろうに。それが実際には片仮名でダイエーだもんなあ」
 まずは寒くないように厚い毛糸編みになっている靴下を履く。足を冷やすと風邪を引くそうだからこの装備は何より重要と言えるかもしれない。縁の下の力持ちと言う奴だな。
「お前は? 何でサンタは居ないって気付いたんだ?」
「実験したからだよ」
 俺より一歩先に五十嵐はズボンも履き始めている。これ目立つ色合いな上にダボダボして走り辛いんだよな。以前部長にこの事を言った事があるのだが、部長は「走らなきゃいけないような状況に陥る方が悪い」とハゲた頭を光らせながら俺をたしなめた。
 走るだけならまだしもこの入り組んだ東京では様々なアクロバティックな動作を要求される事もある。特に大変なのは高級マンション在住のターゲットを狙う時で、様々な警備システムの裏をかかなくてはならない。
「何の?」
「十二月になったばかりの頃に母親に『そろそろサンタさんにお手紙を書きなさい』って言われて電子辞書が欲しいって紙に書いて大きな靴下に入れたんだ。で、後で親が見ていない所で希望を万年筆に書き変えておいた」
 うん、どちらにしろ六歳の子供が欲しがるプレゼントではないな。
 俺はズボンとお揃いの色のモコモコした上着を着込み、特徴的な帽子を被る。
「クリスマスの朝に靴下に入っていたのは電子辞書だった。そこで結論が出たからわざわざ親に問い詰める事はしなかったな」
 俺も親を問い詰めたりしない方が良かったのかな? 親としては悪気があった訳ではない……というか全国のお父様お母様はそうやって子供の夢を守ろうとしているのだ。
 もしも小さい頃から子供に「サンタなんて居ないんだよ。他所の家の子が居るって言ってもそれはその子の親が正体なんだよ。だからお前には堂々と私たちからプレゼントをあげよう」なんて子供に吹き込む親が居たら日本中から糾弾されるだろう。子供の夢と言うのはいつの時代も無条件で守られるべきなのだ、多分。
「まあ結論から言えばサンタなんて居ないってことさ。あるのは子供の方がいつ気付くかの問題だけで」
 服を完全装着した五十嵐が顔の化粧をしながら言う。化粧と言っても白い付け眉毛と付け髭で顔の大半を隠すだけだが。
 俺も同じように化粧を完成させると相槌を打つ。
「ああ、サンタなんて居るはずがないよ」
 そんな事を話している内に「例のあれ」の時間が近づいて来たらしい。最初は俺と五十嵐の二人しか居なかったロッカールームに様々な年齢の男性が集まって来ていた。ひと足早く外に出て準備体操でもしようと俺たちはドアへ向かう。
 ロッカールームの仲間も俺たちと同じ手順で着替えていく。俺たちは「先行く」と一声かけて廊下へ出てエレベーターで一階へ。
 重苦しい音を立ててエレベーターの扉が閉まる。一階に着くまで特にする事もないので俺たちは奥の壁に設置されている姿見に並んで自分達の姿を映して、服装に乱れが無いかチェックする。
「なあ佐川、やっぱりサンタなんて居ないよな」
 帽子の位置を微妙に調整しながら髭面になった五十嵐が訊いてきた。さっきと同じ台詞だ。
「ああ、居ないよ。サンタなんて」
 俺も付け眉毛がズレて黒い本物の眉が見えてしまっているのを直す。なるべく無表情でいないとすぐズレるんだよな、これ。
 俺の返事に五十嵐が満足げに頷くと、チンと軽い音がしてエレベーターのドアが開き一階に着いた。
「しかしそれだと矛盾することにならないかい?」
 まだ帽子の位置が気になるのか、ドアが空いても五十嵐は降りようとしない。
 赤い服に白いモコモコが付いた帽子、立派な白いひげとブーツ。そんな姿の五十嵐が鏡に映っていた。隣の俺もまったく同じ格好だ。
 ――まあ、矛盾してるっちゃしてるな。
 ようやくこっちを振り向いた五十嵐と一緒にエレベーターを降りる。
「細かい事気にせず行くぞ――サンタクロースになる為に」
 そう、俺たちは今日一日限りのサンタクロースである。
 サンタなんて居ないに決まってる。でも俺たちは今夜、十二月二十四日の午後九時よりこの格好をしてプレゼントを配りに街へ繰り出す。
 ――やっぱり、かなり矛盾しているな。
 俺の溜息は凍てつく冬の外気に晒され、たちまち白く染まった。



 俺と五十嵐が勤務する会社「三宅(さんたく)運送」は普段はいたって普通の中小企業。主に都内とその近郊の県との間の物品運送を請け負っている会社だ。
 俺たち二人はここの配達員であり二人でペアを組んで軽トラを走らせて日々荷物を届けている。同い年で同期なので入社してから一年間弱ずっと一緒という事になるな。やれやれ。
 そんな俺たちが何故今サンタクロースの格好をしていつもの軽トラに向かっているのかと言えば、当たり前だが仕事である。三宅運送では毎年クリスマスに世話になっている顧客の家の子供にクリスマスを配る、という営業をしているのだ。
 このとんでもない事実は入社してから初めて知らされた。要は相手が子供なだけで荷物を届けるいつもの仕事だろうと俺は高をくくっていたが、先月になって激しく後悔した。
 「サンタとしての基本技能講座」と称して入社一年目の俺たち二人は少年漫画もビックリの超過酷なトレーニングを勤務終了後に今日まで毎晩やらされることになったのだ。虚しい事に残業手当は出なかった。
 しかしそんな日々も今日で終わり。今夜無事に顧客の家の子供たちの枕元にプレゼントを置いてくる事が出来ればこんな日々ともおさらばだ。もっとも、失敗すると仕事ともおさらばしなくてはならないらしいが。



「車出すぞ」
 俺がエンジンを蒸かしている間に五十嵐が荷台に人数分のプレゼントが積んである事を確認し、助手席に乗り込んできた。一応俺たちのどちらも運転免許は持っているが、五十嵐は配達時間ギリギリでも律儀に信号を守って遅れる事が組み始めた頃に何度もあったので自然と俺が運転係になった。
 フライング気味だがなんせ俺たちは今年がサンタは初だ。同僚サンタには悪いが会社の車庫を出て最寄りの国道を目指して走りだす。
「緊張してるか?」
 五十嵐が念入りに地図を見ながら配達先の家を一つ一つ確認しているので訊いてみる。
「まあね。しくじったらクビ、って言う部長の声は冗談には聞こえなかったし」
 こいつが言うんなら本当なんだろう。根拠のない事でも五十嵐が神妙な口ぶりで言うと何故か真実に聞こえるから不思議だ。多分今五十嵐が「俺は火星人なんだ」って言っても俺は素直に信じると思う。
 そんな馬鹿らしい事を考えながら軽トラを走らせる事三十分。最初のターゲットの家に着いた。
「出鼻から難関だな」
 眼鏡の位置を上げながら五十嵐が目の前の高層マンションを見上げて言う。俺も倣って見上げてみるがざっと二十階はありそうだ。
「ターゲットの部屋は?」
「最上階」
「……素直にインターホンを鳴らそうか」
 早くもサンタらしい隠密行動を諦めた俺に「甘いよ」と言いたげな顔で五十嵐が言う。
「確かターゲットの子供に存在を察知されたら失敗扱いだよ。後姿を見られるだけなら始末書で済むそうだ」
 ……うちの会社はどうしてここまでクリスマスに情熱を捧げているのだろう?
 つくづく入る会社を間違えたと思いながら俺は侵入方法を考える。マンションの形自体はよくある普通の正方形の底面をした角柱。変に丸っこくないのであまり高級感は無い。
「本物のサンタなら空飛ぶソリでひとっ飛びなんだけどね」
 五十嵐が溜息をついた。
 夜が更けて気温はさらに下がり真っ赤な厚着の上からでも刺すような寒さを感じる。会社で俺がした時と同様に五十嵐の溜息も真っ白だ。
「なら文明の利器に頼るとしようか」
 そう言って俺はマンションの正面玄関目指して歩き出す。ちょうど自動ドアを通って中に入り、自分の家の郵便ポストを調べている人が居たのだ。
 そのおじさんはケーキの箱を持って仕事帰りのようだ。きっと家では家族が帰りを待っているのだろう。マンションの玄関ホールから先の自動ドアを通るには住人専用の鍵を使う必要があるが、俺たち二人はそのおじさんの後ろにくっつくようにして一緒にくぐった。
「――?」
 ドアが閉まった所で何かの気配を察知したおじさん。振り返ったが既に俺たちは近くにあった階段を上り始めていてそこには居らず、おじさんは不思議そうに首を傾げた後エレベーターへ向かって行った。
 階段をプレゼントの入った白い袋を担いで駆け上る。最上階までは遠いが、エレベーターという密室に入るといつ途中で住人と遭遇するか分からない。こちらの方が確実だ。
「帰りは心配しなくて良い。こういう建物って基本出る時は何も必要ないから」
「知ってるよ」
 数段後ろに居る五十嵐が答える。
「俺の住んでるマンションもこういうシステムだから」
 ――住んでる? 玄関ホールに鍵があるようなマンションに?
 おかしいな。俺とこいつの給料は同じはずなのにどうして俺は1DKのボロアパートに住んでいるんだろう?
 入社してからずっと組んで来た相棒が急に遠く離れた存在のように感じられて、俺はにわかに悲しくなった。
「ここだよ。十九階」
 五十嵐の声で足を止め、その場で数秒間上がった息を整える。彼がメモを見ながらターゲットの部屋を捜す背中について行く。
 今は午後九時半。小さな子どもはもう寝ているだろうし得意客である親は俺たちの話を聞いているはずだから堂々と玄関から入って行くとしよう。考えてみればマンション入り口でも壁のパネルで部屋番号を押せば開けてもらえたんじゃないだろうか?
 そう考えて俺がインターホンを押そうとすると、その手を掴んで五十嵐が首を振った。
「よく耳を澄ませろ」
 おとなしく従って耳をそばだててみると、ドアの向こうから何やら子供が叫ぶ声が聞こえてきた。
「やだー! サンタさんが来るまで起きてるの!」
 ……。ああ、自分にも覚えがある叫びだ。
 どうしよう? 今インターホンを押せばターゲットの子に見つかってしまうじゃないか。
「安心しろ。俺に良い考えがある」
 そう言ってにやりと笑う五十嵐。いつもなら綺麗に磨かれた歯が輝く所だが、今俺たちはフサフサの口髭を付けているので見えない。
 五十嵐は俺に指示を出して準備が完了した所でインターホンを押した。
 ――ピンポーン
 途端にドアの向こうでパタパタと子供が走る軽い音がした。すかさず五十嵐もドアを離れ、通路をエレベーターへ向かって走り出す。
 ――ガチャ!
「待て―! サンター」
 走ってゆく五十嵐の背中を追いかけて子供もエレベーターホールへ。後姿は見られても始末書で済むと言う話だった。
 この隙をついて俺は隠れていた階段の踊り場から飛び出して閉じかけのドアに足を挟んで開く。
「お邪魔します」
 一応礼儀は守ろうと思って小さな声で言った。部屋に入ってすぐは玄関で真っ直ぐ廊下が伸び左右に二つずつドアがある。廊下の突き当たりのリビングダイニングからカチャカチャと食器を洗う音と、テレビを見ながら新聞をめくる音がする。時間が無いので顧客への挨拶は無しで行こう。
 ドアを適当に開けるとおもちゃ箱や小さなベッドのある子供部屋だった。俺は急いでその枕元に担いだ袋から取り出したプレゼントの包みを置き、子供部屋を出る。
 その時だ。
 ――カチャ
 玄関の扉を誰かが開けようとする気配がした。マズイ!
「ママー! パパー! サンタ逃げちゃった……」
 ドアを開いてターゲットが帰って来たのだった。彼はそのまま狭い廊下を抜けてリビングに入って行く。
 ……ふぅ。
 広げた両足を狭い廊下の両側の壁に突っ張るようにして、天井に貼り付いていた俺は心の底から安堵した。映画で見た事があっただけの隠れ方だけど意外と見つからないものだ。背の低い子供だから助かった。
 俺は物音を立てないように慎重にドアを開け部屋を後にする。これでやっと一件目が終了だ。
 外の車でエレベーターから先に逃げていた五十嵐と合流。次の宅配先へと向かう。



「よし! これで最後。お疲れ様だ」
 庭の木を登ってベランダに入り、会社から支給されていた鍵開け道具を使って眠っている子供の枕元に無事プレゼントを置いてきた。五十嵐のメモを見る限り今のでラストだ。
 目立たないように離れた路上に停車していた軽トラの前で俺は言うと、五十嵐の様子がおかしい事に気が付いた。空っぽのはずの荷台の扉を開いて首をかしげている。
「どうしたんだ? もうそこは空っぽだろ?」
「俺もそう思ってたんだけどな……」
 五十嵐が手招きをしたので行って俺も荷台の中を覗く。
 不思議な事にまだプレゼントの袋があった。大きな旅行カバンくらいの大きさで丸っこい。積荷作業をした職員の手違いだろうか?
「困ったな。これどこに届ければ良いんだ?」
「まったくだ。担当リストの家は全部配達したから届け先の情報が分からない」
「成田空港!」
「そうか。でも今から成田は遠いな」
「飛ばせば間に合うだろ。ギリギリ日付が変わる前に着くはずだ」
 そう五十嵐が言って荷台の扉を閉めようとした時、俺と五十嵐は同時に気付いた。
「……佐川。今空港って言ったのお前か?」
「……お前じゃなかったのか。五十嵐」
 ――……。
 俺たちは数秒間嫌な予感と戦いながらお互いの顔を見ていた。一体どういう事だろう……?
 モゾモゾ。例のプレゼントの袋が動いた。まるでずっと体を丸めていたから苦しくてつい動いてしまった――そんな感じの動き方だった。
 間髪入れず袋の口からプハー! と息を吐きながら女の子が顔を出した。そのままモゾモゾ体を動かして出てくる。
「サンタさん、わたしの番はまだ?」
 背から考えて小学校低学年ぐらい。白くてフードの所にモコモコが付いたコートと青のジーンスを履いた女の子だ。髪は墨のような艶やかな漆黒で腰まで届くほど長い。
 誰か思考が追いつかない俺の為に今起こっている事を説明してくれ、三十文字以内で。
「佐川、お前にはこんな小さな女の子を袋詰めにして車に積み込むような趣味があったのかい?」
「五十嵐、お前こそこんな子に『クリスマスプレゼントはわ・た・し』なんてやらせるような趣味があったのか?」
 しばらく無言のまま睨み合う。そんな俺たちを女の子はにこにこしながら眺めていた。



 ――ユカ。その女の子はそう名乗った。
「ユカ、帰り道が分からなくなっちゃって。迷ってたらサンタさんの袋をいっぱい積んだトラックが止めてある車庫の前に着いたの。それで私も車庫に会った袋に入っていれば、サンタさんが私を空港まで送り届けてくれると思ったの」
 助手席で五十嵐の膝の上に乗ったユカはそう説明した。訊けば六歳、驚いたことに田舎から一人で東京まで来たそうだ。
「どうして一人で東京に?」
 こういう相手は五十嵐の方が対応がうまいので任せる。俺はユカご指名の成田空港目指して高速道路の入り口目指して深夜の街を運転。
「おじいちゃんに会いたかったんだー。すごいんだよ! ユカのおじいちゃん」
 角を曲がって国道に出る。クリスマスだからか意外と道は込んでいた。
「すごいって何が?」
「ユカの家がお金持ちなのはおじいちゃんのおかげなんだー。おじいちゃんが東京でバクチやって稼いだお金をユカの家に送ってくれるの!」
「バクチ!? バクチってあの賭け事の博打か?」
「そうだよ。おじいちゃんは一度もバクチで負けた事が無いんだ、すごいでしょ!」
「何だ。イカサマ師か」
 楽しそうに話していた五十嵐とユカに俺が口を突っ込んだ。
 一度も賭けに負けた事が無い……そんな事あり得ないさ。競馬や競艇で何度もそれは味わっているからこれだけは断言できる。
「違うもん! おじいちゃんはちゃんと実力で、運で勝ってるんだもん!」
 俺の言葉にユカは頬を膨らませて抗議した。
「おじちゃんが知らないだけで、すごーく運が良い人も居るんだよ! 遅れてるー」
「遅れてるー」
 ユカの言葉に重ねて五十嵐も言う。あんまり悪ふざけが過ぎると二人まとめて振り落とすぞ。
「それでユカちゃんはクリスマスだから東京のおじいちゃんに会いたくなったんだ」
「うん! 電話でプレゼント何が欲しいか訊いたらおじいちゃんが、ユカが会いに来てくれるのが一番のプレゼントだ、って言ってたの」
「優しいなあ、ユカちゃんは」
「お兄ちゃんも優しいね!」
 お互い褒め合って嬉しそうに笑いあう二人。
 ……どうでも良いがどうして俺は「おじちゃん」で五十嵐が「お兄ちゃん」なんだ? 同い年のはずなんだが……。
 そこでユカが急に悲しそうに肩を落とし、呟く。
「でもね……結局東京着いてから電話が通じなくておじいちゃんとは会えなかったんだ。お家も考えてみれば知らないし」
「事前に待ち合わせしてなかったんだ」
「驚かせようと思ったから。さぷらいずってやつだよ」
 結果的に最大のサプライズを味わったのは俺らだけどな。
 その時だった。突然携帯電話の着信音がした。どうやら音源はユカのポケットだ。
「もしもし?」
 ユカが慣れた手つきで電話に出る。
「どこに居るのユカ! みんなが家で心配してるわよ!」
「東京だよ」
「東京!」
 どうやら相手は母親のようだ。家の人にも黙って出てきたのか、このおてんばガキンチョは。
「とにかく今どこに居るのか正確に答えなさい。迎えの車を出すから。今日はクリスマスなのよ」
「もう車なら乗ってるよ」
「ええ! タクシー?」母親の驚きが電話口からでも十分伝わってくる。
「違うよ。サンタクロースの格好したお兄ちゃんとおじちゃんにトラックで運ばれてる所なの」
「……」
「空港まで行くんだよ」
「……ユカ、待ってなさい。すぐ助けるから!」
 そして電話口の向こうでヒステリックな叫び声。「あなたー! ユカが誘拐されちゃった! 空港から海外に拉致されるわ!」
 ユカから電話を奪おうとした瞬間、ピーという虚しい音と共に電池が切れた。最悪のタイミングだ。

「……佐川、どう思う?」
 青ざめた顔で五十嵐が俺に訊いてくる。彼の口髭は冷や汗でぐしゃぐしゃだ。
「……多分誘拐犯と思われただろうな、俺たち。お前の携帯から母親さんに電話して事情を説明しろ。ユカ、番号言え」
「携帯に登録してあるから電話番号なんて今時覚えないよ、遅れてるー」
 すこぶるムカつく表情で言うユカの口の両脇を片手運転しながら力いっぱいつまむ。
「お前が紛らわしい説明したせいだろうが!」
「べー! ユカは本当の事を言っただけだもん!」
 よくこの体勢で舌を出せるもんだ。
 落ち付け。落ち着くんだ俺。このガキがちゃんと家まで帰れれば何も問題ないさ。さっさと空港まで送り届けちまおう。
 しかしそんな俺の淡い考えは、はるか後ろの方から段々近づいてくるサイレンの音に打ち砕かれた。
 ピーポーピーポー。俺たちの後をパトカーが追って来ている。ミラー越しにざっと確認しただけで五、六台は居そうだ。
「何でこんな時に限って警察は仕事が早いんだ!」
「サンタの格好したトラック運転手なんてうちの会社ぐらいだから。警察が本社に問い合わせて車付きのGPSで居場所調べたんでしょ」
 落ち着いたと言うより達観したような表情で五十嵐が言った。頼むから俺一人を置いて悟りを開かないでくれ。
 俺は一気にアクセルを踏みこんで加速。高速の入口まではもう少しだ!
 が、そこで良い考えが浮かんだ。
「五十嵐、俺たちは何もやましい事はしてない。事情を説明してユカの身元を警察に引き取ってもらえば」
「ダメだよ。状況的に一旦逮捕はされるだろうし、そうなったら多分会社はサンタ失敗と見なすだろうね」
 つまりどうあがいても俺たちは終わりなのさ――虚ろな目でフロントガラスを見つめながら言う五十嵐。
 じゃあどうすれば良いんだよ……。
 こうなりゃヤケクソだ! 空港まで逃げきってやるぜ!
「その意気だよ! おじちゃん」
 素知らぬ顔で言うユカを殴りたい衝動に駆られたがなんとか耐えた。
 段々と数を増やしていくパトカー。それを全速力で振り切ろうとする俺。何が悲しくて聖夜の東京でデッドヒートを繰り広げなければならないんだ……。
 もうアクセルはずっと入れっぱなしだ。他の車をギリギリでかわしながら高速を目指して加速! ――した瞬間だった。
 俺は全ての車を全速力でかわせる自信があった。そして確かに全てかわしながら加速した後、残念な事に雪でスリップした軽トラは勢いよく歩道へ突っ込んで行ったのだ!
「避けろぉぉぉぉぉぉ!」
 今トラックが突っ込もうとしている位置に一人の老人が居た。背はシャキンと伸びて、風格のある灰色のコート、早い話がここでき殺してしまうにはもったいないご老人だ。
 一瞬老人と目が合った。その中に驚愕の色を感じた瞬間、俺たちはガードレールを突き破って歩道に乗り込み、高速道路の支柱に車の真横から全速力でぶつかった。

 ……やっちまった。

 動かなくなったトラックの周りをパトカーが素早く取り囲む。幸い運転席部分は衝突を免れたようで俺たちは体を激しく打ったが無傷だ。
「やっちまった……」
 俺は今度は口に出して言ってみた。
 車は事故るしこの後誘拐で逮捕、おまけに老人轢いて業務上過失致死も付いてくる。こんな最悪な状況なんて……。
 ――トントン
 誰かが運転席のドアを叩いた。
「大丈夫かね? 君たち」
 あの老人だった。信じられない事に生きてピンピンしている。
 何故だ? 確実に巻きこんだと思ったが……。
「……そちらこそ大丈夫ですか?」
 他に言う事が思いつかなかった。
「ああ、私なら偶然・・足元のマンホールの蓋が開いていてそこに落ちて助かったよ。服が汚れたが問題ない」
 そう言って元気そうな仕草で土の付いたコートを見せる。
 助かったあ。これで後は誘拐の方だけか。
「おじいちゃん!」
 そう思って溜息をついた瞬間ユカが勢いよく車のドアを開けて飛び出した。
 ……おじいちゃん?
「おお、ユカ。どうしてこんな所に居るんだい?」
「このサンタさんたちがおじいちゃんにユカを届けてくれたの!」
 ぴょんぴょん跳ねて老人にしがみつくユカ。どうやら本当にこの老人はユカの祖父らしい。なんという偶然だ。
 ――おじちゃんが知らないだけで、すごーく運が良い人も居るんだよ!
 ついさっきのユカの台詞が頭の中で響く。本当にこんな事もあるのか……。
 警察連中が銃を取り出して俺たちを車から降ろそうとしたが、抱き合うユカとその祖父をみて若干躊躇(ためら)っている。事情を説明するなら今だ。
 俺が目で合図するとユカは祖父の手を引いて駆けて行き、警察と何やら話しだす。
「これで何とかなるかな?」
 目に正気を取り戻した五十嵐が空を見上げて言う。俺も真似して見上げてみたら綺麗な星空だった。そこに舞う雪もなかなか良い雰囲気だ。
「何とかならないだろ。会社の車ぶっ壊しちまった」
「……始末書でなんとかならないかな」
 無理だろう。きっと。
 そこへ警察への説明が終わったらしいユカが戻って来る。
「おにいちゃんたち、ありがとう!」
 そう言うユカの笑顔を見たらいろんな先の不安が吹き飛ぶような気がした。俺と五十嵐はぎこちなくどういたしまして、と返す。
 それだけ言うとユカは祖父の元へ戻って手を繋いで歩いて行く。クリスマスにふさわしい微笑ましい光景だ。
「クビかなぁ」
 再び不安がぶり返して頭を抱える俺。
「確かに運送業者としては終わってるよな。車事故らせちまったし」
 疲れたように口髭を外す五十嵐。俺は帽子ごと脱ぎ去る。
「でもさ、サンタとしては大成功じゃない? 俺たち」
 大成功か。確かにとっても大事なプレゼントを運ぶ事は出来たな。
 狭い運転席で伸びをする。何故だか分からないけどものすごく気分が爽快だ。



 結論から言うとサンタクロースは居ない。子供たちにプレゼントを配る空飛ぶそりのおっさんなんて居るはずがない。
 でも、俺たち大人は一生懸命子供の夢を叶える事は出来るんだ。――そんな事を実感した一晩だった。



「でもやっぱりクビかな」
「だろうね」
 ……とほほ。
読んで下さりありがとうございました。
これからも応援よろしくお願いします。
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