ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  appear 作者:望月朝霞
第5章-14-



泣いてはいけないと思う。捨てたのかと罵ってはいけない。
悲しいのか、怒っているのかわからない。
いろいろな感情が合わさって、優那は目を閉じる。
優那と恵那が過ごした時間は16年間。
この世界で過ごした時間は、4年間。
たった4分の1の時間しか過ごしていないのにも拘らず、恵那はこの世界を選んだ。
涙が浮かびそうになるのを自覚して必死に食い止める。
泣いてはいけない。
違う。
恵那は捨てたんじゃない。
選んだのだ。
この世界に、優那たちよりも大切なものを見つけたから。
そう自分に言い聞かせる。
少なくても今ここで怒ってはいけない。
罵るのは簡単だ。
だがそれをすることによって、恵那が傷つく。
それはいやだ。
これはお人よしや優しさではない。
ただのエゴである。
罵る事で恵那に嫌われたら怖い。
あぁ。
やっぱり自分はどこまでも自分のことしか考えていない。
シギのような優しさが欲しい。
だがそれでも自分は自分なのだから、優那にできることをする。
ゆっくり涙の気配が完全に消えた目を開け、まっすぐに恵那を見る。
恵那は真剣な顔でやはりまっすぐに優那を見ていた。

「わかりました」

短く答え、笑う。
自分でも引き攣らずにすんだと思う。ちゃんとした笑顔になっているはずだ。

「お姉ちゃんがそれで幸せなら、私は大丈夫です」

強がりだとはきっとみんな気が付いているだろう。
だがそれでもそれも本音なのだ。
恵那が幸せなら。
恵那の4年間を完全に知ることはできなくても、想像できる。
きっと幸せなことだけではなかったのだろう。
苦しかったことも辛かったこともあっただろう。
しかし4年も生きていれば当然のことで。
その思い出があってなおこの世界を選んだというならば、それは流されて選んだのではなく自分で選びとったという事で。
それを罵ることはきっと恵那の4年間を否定することになる。
そう。
優那がこの世界に来てシギと過ごした時間を否定されるのと同じことなのだろう。
それは絶対に嫌だ。
たとえ姉であっても優那は怒るだろう。
だから優那は笑う。

「“大丈夫”は、おまじないですから」
「優那、それ覚えて…」

両親が死んだ日。
ずっと泣いていた優那に恵那が言ったのだ。

『大丈夫、って言ってごらん? きっと“大丈夫”だから。これはね、おまじないなの』

それは悲しみに沈まないための自己暗示にも似ている。
大丈夫だと口にすることで大丈夫だと思いこませる。
だがそれによって心の安定を図れるのも確かである。

「大丈夫は、すごく強い言葉ですから」
「優那、謝らない方がいいのね?」
「もちろんです。…謝られたら、困ります」

恵那が謝れば、それはすなわち優那を捨てたということ。
だから謝罪の言葉などいらない。
謝罪などよりもよっぽど聞きたいことがある。

「お姉ちゃんは、この世界を何で選んだんですか?」

選んだからには理由があるはずだ。
なんとなくは想像がつくがやはり姉の口から直接聞きたい。
恵那は優那とよく似た幸せそうな笑みを浮かべる。

「私はね、大切な人たちができたの。1人はもちろんイートゥ様。あの方には一生ついていくつもり。そして」
「ユナ」
「?」

ルクシスに呼ばれそちらに目を向ける。
そしてルクシスは衝撃的なことを言った。

「エナと婚約している」
「…」

恋人か何かと思っていたが、婚約。

「もう1人は、ルクシス。今年中に結婚する予定なの」

恵那が肯定した。
少しの間を置き、優那は疑問を口にした。

「でもルクシスさんを誰が殴ればいいんでしょうか」