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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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閉じ込めたいモノ

「さぁ、お好きな宝石を持ちだして頂いて構いませんわ」
「そう言われましても……」

 シャルロッテに連れて来られたのは、彼女の衣装室だ。

(うっかり彼女の下着を手にとってしまうハプニングを起こしたら今度こそ死刑だろうな……)

 などと考えていたのだが、そういった棚はしっかりと侍女がガードしているようだ。ガードされていて開けられないのだが、近づいてみたらシャルロッテがわたわたとしている姿を見られたので、瑛士は養えた英気を真面目に仕事に注ぎ込むことにした。

 とはいえ、女性の棚を開けるというのは躊躇してしまうものだ。瑛士が硬直して動けないでいるのをみてとると、姫は自分から率先して棚を開け始めた。
 周囲の侍女はそれを止めようとしたが、あなたも手伝いなさいと促され、二人でどんどんと棚を開けていき、粒の大きい宝石があしらわれた装飾品を次々と彼の前に並べていった。

「もう一度だけ念を押させてもらいますけど、本当にこの宝石を壊してしまってもよろしいのですか?」
「壊す前提なのはどうかと思いますが、最悪の場合は、それでも構いません」

 これでも別室なのか、と驚きを禁じ得ない瑛士だったが、言質はとれた。

「メリルさんも聞きましたよね?」
「姫様がそう仰られているのです。エンジ様はそれをお疑いなさるのですか?」
「めめ滅相もない!!」

 慌てて宝石を手にとってしげしげと眺め始めた瑛士を見て、シャルロッテと侍女のメリルは呆れたように嘆息を吐き出した。
 無論侍女は姫に見えない位置にいたのだが、部屋の中の空気は誰が感じ取っても一目瞭然だ。唯一、瑛士を除いては。

 その彼は一度宝石にかぶりつくと、ものすごい勢いで宝石を選別していった。
 恐らく、数が少ないほうが実用的な宝石なのだろうが、その色も、形も統一性はない。強いて言えばある程度の大きさ以上のものが抜き出されているようだったが、ブローチほどもある大粒の宝石は小粒な宝石と同じ山に置かれている。
 シャルロッテはごく自然な間合いで瑛士に近づいた。

「エンジ様。いったいどのような基準で宝石を選ばれているのですか?」
「もちろん、魔導具に使えそうなものを選んでいるのですが」

 答えにならない答えが瑛士から返り、姫はむっと眉をひそめた。
 助け舟を出したのは侍女のメリルだ。

「こちらの大きな宝石は使えないのですか?」
「えぇ。そちらには既に魔法が刻まれた跡がありますから」
「ではその跡とやらがないものを選んでいらっしゃるのでしょうか」
「いくつか他にも条件はあると思うのですが、私は宝石の目利きは出来ないので直感です。大きさではなく、どれだけ純度が高いか。ぶっちゃけるとキレイなものを選んでるだけです」

 いくつか段階を踏んで質問をすると、今度は正確な答えになった。

(姫様。エンジ様はこういう方です)
(分かりましたわ。軍部のおじさま方と話すのと同じですわね)

 抽象的な答えしか返せないのではなく、彼は彼の中にしっかりとした理論があるが、それをいちいちこちらに提示しないだけなのだ。
 技術を手につけている人間にはよくいるタイプだ。なんとも不親切ではあるが、シャルロッテもこういう職人や軍人とは何度も会話したことがある。魔法技師が職人肌でもおかしいことはないと納得した。

 だが、彼女は知らない。シャルロッテ相手に詳細をあえてボカして説明した者の中には彼女の聡明さが真実を突くことを恐れているものがいた事を。
 今回も彼女はその片鱗を発揮した。
 瑛士の言葉から魔導具に適した宝石というものをすぐに理解したのだ。

 シャルロッテは「それなら」と呟いて、鍵のかかった箱を棚の一つから取り出した。
 その箱は蓋の中心部に宝石が収められている魔導具だった。瑛士が神殿で直したものと同じタイプではあるが、箱そのものが金で出来ており、刻印は頑丈で厳重だ。
 箱の中身がいかほどに大切なものか、中身を見ずともそれを守る外見から推測できる。
 姫が宝石に指を乗せると、箱はガチャリと重たい音を立てて開いた。

 箱から取り出したのは一つの指輪。
 彼女の赤銅色の髪よりも更に明るい、真紅の宝石がはめ込まれた銀の指輪だ。

 あまりにも美しく、見ているだけで吸い込まれそうなその指輪を、シャルロッテは瑛士の前に差し出した。

「エンジ様。これはいかがですか?」
「こ、これは……!これは凄いです!これなら多分絶対いけます!」
「絶対……多分、ですか?」

 矛盾した物言いがおかしくて姫は少しだけ笑みをこぼした。
 瑛士の方はといえば、大慌てで身振り手振りをまじえながら釈明した。

「いえ、理論は出来上がっているのですが、何分成功したものがなくてですね」
「構いません。実験をするというのなら、出来るだけ良い素材で試してみるのが当然でしょう。必要ならばこちらをお使い下さい」

 この指輪自体が貴重なものだということは、いくら宝石に詳しくない瑛士でもハッキリと分かった。
 箱を見れば分かる。貴重な宝石だとか、そういったこととは違う意味での価値がこの指輪にはあるはずなのだ。

 とてもではないが受け取れない。
 しかしそれほどの指輪を差し出す姫の心意気を拒否するということもまた出来なかった。
 瑛士は察しの悪いタイプではあったが、数分前の会話を忘れるほど耄碌もしていない。

「……ありがたく拝借致します」
「丁重に扱っていただければ、それで十分ですわ」

 礼儀作法に則れているかは分からないが、瑛士は両手の平を上に向けて差し出し、姫はそこに指輪を置いた。
 軽いはずの銀細工のそれは、ずっしりと、確かに彼の手に委ねられた。


* * * * *


 使えそうな宝石を見繕った瑛士は、メリルと護衛の兵士に挟まれながら、自室へと戻っていた。シャルロッテとは彼女の衣装室で別れている。
 宝石くらい自分で持つと言ったのだがメリルが頑として譲らなかったため、手ぶらの状態で重そうな袋を抱えた侍女と重そうな盾と剣を持った兵士の間で、彼は申し訳無さそうに猫背になっている。

 メリルと護衛の兵士にとっては見慣れた彼の姿だったのだが、今日のメリルにはその背中に物を申さなければならない事情があった。

「ダナンさん。申し訳ありませんが、先に部屋へと戻って頂けませんか?」
「……了解致しました。何かあれば、大声でお呼びください」

 王族であるシャルロッテが、国の重鎮として迎えた魔法技師につけた侍女である。
 一兵士の彼が反論せずに従ったのは当然だった。
 唯一状況についていけない瑛士は不安げに背の角度を深めていたが、メリルは彼の正面に立って言った。

「瑛士様。先ほど下賜された指輪について、お願いしたいことがあります」
「は、はい。下賜ですか」
「そうですね。下賜される側の作法が宜しくありませんでしたが、その指輪は姫様にとって非常に大事な物なのです。それを信頼して与えられたのですから下賜と呼ぶべきでしょう」

 やっぱり、という瑛士のつぶやきは無視して、メリルは一息に切り込んだ。

「その指輪は、姫様の母君の形見なのです」
「い、い、今すぐ返してきます!?」
「それをなさらないように、というのが私からの頼み事になります」
「いやいやいや。王族の形見なんでしょ!?」
「順を追ってお話します」

 瑛士の反論には聞く耳持たず、メリルは周囲に目線を配りながら話を始めた。

「あの指輪は女王の所有物ではなく、姫様が誕生日にプレゼントされたものなのです」
「大事な貴重品じゃないですか。普通はそういうものってあげたり売ったりできない仕様でしょ……」
「仕様とはまた奇異な言い回しですが、意味は通じているようですので続けますね。
 通常それらの貴重な贈り物というのは、高貴な方々の間では魔導具であるべきという通例があります」

 あれっ、と声をあげた瑛士は、袋とは別に懐へといれていた指輪を手にとって眺めてみた。
 そこには傷ひとつなく、何かが書かれているといったこともない。
 つまりこの指輪は、魔導具ではないのだ。

「もちろん姫様も、どんな魔導具をもらえるのか楽しみにしていました。ですが結果はご覧のとおりです」
「それは……なかなか波紋を呼んだでしょう」
「当時8歳だった姫様は非常に賢く対応されました。慌てず、騒がず、ただ指輪を受け取ったのです。ですから親しい者以外はこの指輪の真実を知りません」
「ちなみに、ヤーシャ王は誕生日に魔導具をプレゼントされたことがあるのですか?」
「常に腰に佩いている剣が、それです」

 武器にも魔導具があるのか。そりゃそうか。
 と納得している間にメリルの話は更に先へと進む。

「木製の道具であれば話は別ですが、宝石を使った高等魔法を扱う魔導具を新しく作る技術は今の世界には存在しません。当然、いつかは魔導具を他人に贈れなくなるような時代がくるのです。姫様はそれを理解していましたが、子供が納得出来る理由かと言えば、そんなことはありませんでした」
「それでも、この指輪は確かに母親からもらったプレゼントだった」
「そのわだかまりを、姫様はあの箱にしまっておいでだったのです。そしてそれをこの国のため、魔導具にしてほしいと願った姫様の想いを、知っていただきたいのです」

 その想いとはどんなものだろうか。
 母からもらったこの指輪を彼女はどう思っていたのだろうか。
 足りないと思っていたのか。だから預けたのか。
 足りていたのか。だから預けたのか。
 この指輪を正しく魔導具に出来たその時は、いつかこの指輪をお返ししよう。

「分かりました。気を引き締めて臨みます」
「エンジ様の気が緩んでいるとは思っておりません。が、背筋はもう少し伸ばした方が宜しいかと」
「あっ、はい。すいません」

 シュンとした瑛士の背が少し縮む。

「ですから……。はぁ……、もう良いです。とりあえず、部屋に戻ったら昼食としましょう」
「ちょ、待ってくださいよお!」

 珍しく踏み込んで話してくれたというのに、そっけない彼女の態度はどうしたことだろうか。
 親しいものしか知らないという情報をなぜ彼女が知っているのか。それを瑛士が疑問に思い、知るのはまだ少し先のことになる。
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