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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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第3話 契約成立

 あまりのプレッシャーに吐き気をこらえるのが精一杯だった瑛士は、まともな応答も出来ぬまま城へと引きづられていった。
 半年間、まともに衣服も買い揃えず倉庫にこもっていた身を清めさせ、気付いたら彼は豪奢な謁見の間に辿り着いていた。

 綺麗な調度品だなぁ。などと呆けている間に広間の中には武装した兵士達が揃えられ、壁際に並ばされていた。
 正確には、彼も呆けて待つ以外のことをしたかった。
 何を聞かれるのかシミュレーションしたり、いっそ逃げ出したかったのだが、出来ることが何もなかったのだ。

(小さな会社の社長となら話したことがあるけど、王様と話したことはないなぁ)

 これはもういっそ楽しむしかないんじゃないか?と思考が行き詰まってパニックに陥りかけたころ、ようやく彼は来た。

 黒の服に金糸をあしらった赤髪の丈夫。こうやってマジマジと観察してみれば、自分が粗相をした姫とよく似た色の髪だ。いまさらながら、マジでやらかしたのだなぁと反省しつつ、石畳の上で思わず正座になっていた。
 こちらをみて王の眉がぴくりと動いた。

 玉座は瑛士の座っている石畳よりも三段高い位置に据えられていた。
 てっきりそこに座るのかと思っていたら、王はこともなげにその段差を降り、瑛士と同じ高さにまで歩いてきた。
 これが普通なのか?と思ったら周りの兵士がガチャガチャと動き出し、中には武器に手をかけるものまでいた。

「よい。動くな」

 王が言うと兵士たちは姿勢を戻して再び石像のように固まった。

「さて、まずは名を聞こう」
「え、瑛士と申します」
「ん?エンジではないのか?」

 知ってるじゃねーか、というツッコミは隠して瑛士は愛想笑いを浮かべた。

「エンジニアは元の世界での職業のことでして。名は瑛士と申します」
「ではその名は隠せ。少なくとも表に立つときはエンジと名乗れ」
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 問い返されたのが珍しかったのか、王は首を傾げて固まった。
 それを諭したのは聞き覚えのある女の声だ。

「お兄様。なんでも自分の言いたいことだけ言う悪い癖はお直しになってくださいませ」

 王と同じように玉座の脇の垂れ幕の中から現れたのは、姫だった。
 こちらもまた改めて観察すると、出会ったことがないほど美しい少女だった。
 兄の方の髪は剣山のように尖っているが、妹の方は絹のようにしなやかだ。
 小顔でおうとつの効いたボディバランスは芸術品かと思うほどに完璧だ。凹凸については瑛士の主観的な判断が混じっているが、それを差し引いたとしてもまごうことなき美人であった。

「エンジ様。あなた様の名をすでにお兄様が流布されてしまったのです」
「……高級魔法を使えることをですか?」
「商人の口に戸は立てられん。話していいラインを決めて自由にさせたほうが良い」

 なるほど、と瑛士は納得した。
 瑛士が彼に言い含めていた内密と、同じさじ加減ということだ。
 それ自体には驚きはなかった。

「貴様もそう考えていたのだろう?」

 だが、続く一言には驚きと、そして恐怖を禁じ得ない。
 瑛士の言葉づかい一つでそこまでを悟るこの王が一番恐ろしい、と瑛士は内心で震えた。
 同時に、この男には従うしかあるまいと諦めていたのたが、王は意外な言葉を口にした。

「エンジよ。私の名はヤーシャ王だ。公の立場に立ったものは名を捨てるのがならわしでな、これで対等に名を名乗ったとしてくれ」

 対等?

「俺は王だ。この国の誰よりも上にいるが、貴様だけは別だ。異世界人である貴様は、俺がどこまで登りつめても俺の下には入らぬであろう。だから、ここですべての非礼を詫びさせてもらう」

 言い切ると、いつの間にか後ろに来ていた姫と揃え、なんと二人で頭を下げた。
 周囲の兵士にどよめきがおこる。

「突然にこの世界へ呼び出したこと。そして半年も神殿に封じたこと。申し訳なく思う」
「どうかお赦しください」

 一国の王が、個人に頭を下げている。
 状況を理解した瑛士の胸に去来したのは、許す許さないという問題ではなく、未曾有の大パニックであった。
 子供の頃から考えても、謝ることはあったが謝られたことはとんとなく、何を言えばよいのかピンとこない。
 な、なんて言えば良いんだ?

「ど、どういたしまして……?」
「それが貴様の国での赦免の言葉なのか?」
「え、えぇ、そんな感じで」
「そうか。思う事はあるだろうが、応じてくれたことを嬉しく思う」

 だが、

「すべてを精算する前に、貴様にも」

 王の言葉に、今度はピンと来た。

「申し訳!ございませんでしたぁ!!」

 人生で最速で最も低い土下座を姫に向けた。
 ここまで素直にへりくだるものを見たのは珍しいのか、王も、兵士も、そして姫自身もぽかんとそれを見つめていた。
 瑛士が動かぬまま、否、石の中に入ろうかというほどに頭を押し付けているのを見て、王が姫を肘で小突いた。

「あっ、その、ど、どういたしまして?」

 姫のその言葉を聞いて瑛士が顔を上げると彼の額に赤い後が出来ていた。
 それを見て姫がくすっと笑う。
 それを見て、瑛士と王が揃って胸をなでおろした。

「シャルロッテが許したのだ。俺は許せんが、これでお互いチャラと行きたいところなのだが、実はこれでもまだこちらの負債のほうが多いのだ」

 気にしていませんけど、とは言わなかった。
 少数でも人前で王が頭を下げたことに意味がない訳がない。
 ヤーシャ王とシャルロッテ姫。二人の顔に泥を塗ってもいいことはないだろう。

「続きは食事をしながらにしよう」


* * * * *


「こちらの負債は大きく2つあると思っている。貴様を元の世界に戻せないこと。そして貴様の名を魔法技師として広め始めたことだ」

 豪華な肉料理を敷き詰めたテーブルに座り、飲み物で口を潤すと王はいきなり本題に入った。
 これは彼なりの交渉術なのか、単なる性格なのか。なんとなく後者だろうなと思いながら、改めてその負債というものを瑛士は真剣に捉えてみた。
 元の世界に未練はない。両親は死別し、兄弟はいない。趣味はあったが、趣味を楽しむために金を稼いでいた仕事で殺されかかっていたような人生だった。

「異世界人を呼び出したのには理由があるが、貴様の名を魔法技師として広めたこともそれが関係している」
「そんなに魔法を理解できる人材は出てこなかったんですか?」
「最初に魔法を開発した魔法技師以来、ただの一人も出てこなかった。貴様の存在は、このヤーシャの国の存在と同じくらい重い」

 ほんとですか?とシャルロッテ姫に視線を向けると、丁寧に口元を拭ってから彼女は頷いた。

「そもそも、このヤーシャの国がヤの国として存在していた戦乱の時代に勝ち上がれたのは、魔法の存在があったからなのです」
「戦争に魔法を使ったんですか?」
「その通りです。ヤーシャの国の建国から50年ほどは魔法技師の方も生きて居られたのですが、その方が亡くなって以後150年、エンジ様以外に魔法を理解し、宝石が必要な高級魔法を組み直した方はいらっしゃらなかったのです」
「数年前に戦争をしかけてきたナの国は制定したが、ここ十年ほどで周辺国家は再び戦争の準備を進めている。我が国の強さを支える魔法は伸びしろがなく、衰退していく一方だった」

 そこに、再び魔法技師が現れた。

「魔法を恐れながら、結局は魔法という技術を残せなかったヤーシャの国を、周辺国家は見くびり始めていたのさ。その動きを、貴様の名前一つで止める」
「私の名前を使うのは構いませんが、そんなことが本当に可能なのでしょうか?」
「もちろん。ひと月後には結果が出る。フェルトンから魔法技師の話が流れ、市場に紛れ込んでいる各国の密偵はその話を必ず聞きつけるだろう。そのために話を吹聴しろと言い含めておいた」
(私が城につれてこられてる間にそんなことが起きてたのか)

 巻き込んでしまったフェルトンには申し訳ないが、あれほど豪奢でしかも外国の商人だ。
 噂は確かに広まるだろう。

「それに、この祭りでは毎年必ず同じ演目の舞台が行われる。それにお前が出席すれば信じずにはいられまい」
「魔法を使う舞台ですか?」
「舞台だが作り話ではなく、先代の魔法技師を元にした実話だ。そのクライマックスで貴様に登壇してもらう。細かいことは妹から聞いてくれ」

 話の合間にいつのまにやら目の前にあった子豚の丸焼きを平らげたヤーシャ王は、それだけ伝えると止める間もなく席を立ってしまった。
 だが、扉を開ける前に瑛士を振り返って、ふたたび頭を下げた。

「報酬は十二分に出そう。よしなに、宜しく頼む」

 相手に言葉を投げつけるだけで会話になっていないのだが、姫はそれには動じていなかった。彼は真実こういう男であって、その態度には裏も意図もない。それを聴いている側が受け取れることは稀であったが。
 姫はどちらかと言えば、王の態度に対して瑛士が何も反応しないということが、特に不安であった。

 兄が王位に付く前から姫は公的な場で兄と並んで立っていたが、この物言いがわだかまりを産んだことは少なくない。
 フォークを握ったままだった瑛士は数分ほど固まった後、それを丁寧に置いて立ち上がった。
 慌てて姫も応じると、瑛士はゆっくりと頭を下げた。

「何卒、宜しくお願い致します」

 表情も変えずにあっさり頭を下げる。
 王宮で幾度も腹の下に黒いものを隠した大人達を見てきたシャルロッテだったが、その彼女でも何も見つけられないほど、素直で裏表のない態度だ。
 兄の威圧から逃れた大人達は、大概それを隠せないものなのだが……。

 それとも。姫は考える。彼は自分の立場を知って、あえてへりくだっているのだろうか。
 兄のように腹を見せているのか。
 妹(自分)のようにその下に黒いものがあるのか。

 どちらにせよ、姫にこの場で出来ることは一つだけである。

「こちらこそ、宜しくお願いしますわ」

 こうして正式に、そして今はまだ内密に、ヤーシャの国に150年ぶりに魔法技師が生まれたのである。
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