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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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露見

 瑛士はサブカルを嗜むタイプのシステムエンジニアだった。
 パソコン弄りが好きでソフトウェアを学び、その道で就職した口である。
 要するに何が言いたいかというと、彼は異世界生活というネタに耐性があったのである。

 その中で最も心配していたのは排泄物と感染症だ。しかしこれについては魔導具が改善していたし、作成方法が残されている。瑛士は魔法プログラムをこの世界にもたらした人物に感謝した。

 次の心配は食事だった。瑛士は料理スキルが皆無だ。味付けや出汁を取るといった行為が分からない。そもそも食事のほとんどはコンビニで、弁当どころか携帯食料の方が摂取量が多いという有様だった。
 異世界での食事はと言うと、しっかりと野菜の出汁が滲み出たスープが主だった。穀物ではなくイモが入っていることが多かったが、瑛士には文句の言えないレベルである。

 今日もイモ入りのスープをぺろりと食べ終わり、捧げ物の解析を始めた。祭りのせいで外の都市から魔導具を持ち込んで捨てている人が増えているので、瑛士の仕事量は増えるばかりだった。
 とはいえ一日の作業時間は三時間程度である。快適な労働環境といって差し支えないと瑛士は思っていた。

 悠々自適に研究を続けられるとウキウキしていたのだが、彼の平穏な時間は城をも揺らすような怒声で叩き壊された。

「なんとかして直さんかっ!!」

「お前らが魔法を秘匿して、サボっていたから手が付けられんのだろう!!!」

「どうせ裏で売り出しているんじゃあないのか!!!!ワシの魔道具も横流しするんじゃろう!!!!!」

 瑛士は自分の押し込められている部屋がどの程度の地下にあるのか分からなかったが、少なくとも神官が魔導具を抱えて移動するのに辛くない距離であることは察していた。だがクレーマーの怒声が届くほど浅いとは思っていなかった。
 正直、迷惑である。仕事の邪魔だし、何より嫌な思い出が蘇る。

 声のボリュームがドンドン大きくなってくるおかげで、対応している神官が何を言っているのか分からなくても会話の流れはなんとなく分かってしまった。

(あぁ、こういう無茶を言う上司や、お客さんがいたなぁ。下っ端作業員に言われてもどうしようもないんだって……うーん、うーん)

 胃がキリキリと痛み出し、食道をアツいモノが逆流しかける。
 瑛士はなんとかこの怒声から逃げられないかと魔道具をイジり始めたが、どうにも集中できずに思考がまとまらない。
 胃が痛む原因は怒声ではなく、彼の記憶自身だからだ。

 どうせ逃げられないなら解決するしか無い。
 時間をかけて言い訳を探したが見つからなかったので、仕方なく彼はその結論に至った。
 ドアをノックして外で待機している神官に声をかけた。

「神官さん。お困りじゃないですか」
「なんだゲロ。お前がなんとかしてくれるのか?」
「状況次第では」

 自信のこもった瑛士の言葉に、窓口役の神官の眉が潜められる。
 何を言っているんだと神官は思ったが、気晴らしにはなると思ったのだろう。

「いま、どういった状況なのでしょうか」

 続けた瑛士に神官は口を開いた。

「先ごろ王が隣国のナの国を征服したのは知っているか?知らない?まぁ領地が増えたというわけだ。で、ナの国にも壊れた魔導具を持っている奴がたくさん居る。今回の祭りにかこつけて、ナの国の大商人がそれを持ってきたってわけだ」
「直せないと?」
「木組みや鋼じゃない。宝石が使われてる」

 なるほど、と理解を示して独りごちた。
 瑛士が最初に習った分別方法。つまり最も簡単な、魔道具の見分け方。それは中心に据えられている核の素材だ。

 魔導プログラム(と瑛士は名付けた)は、世界に存在する謎のエネルギーを変換して魔法をアウトプットしている。
 アウトプットを増やすためにはインプットを増やす必要があり、核となるハードウェアにはインプットの負荷に耐えるだけの質が必要だった。

 木石は下級、金属は中級の魔法に耐えられる。そしてここまでは一部だけだが修理方法が残っている。
 だが、宝石を必要とする上級魔法の魔導具の修理方法は完全に失伝していた。瑛士は失伝というよりも意図的に引き継ぎをしなかったのだろうとふんでいるが、結果は同じことだ。

「そこまでご説明しても、お帰りになっていただけないと。珍しいですね」
「ここまで食い下がる者は珍しい。しかも対処に困るナの国の商人だけあって、お偉いさんも若い神官に相手を押し付けて引っ込んでる。他の参拝客や捧げ物を持ち込みたい市民も怖がって近寄ってこない。
 これをお前がなんとか出来るのか?」

 出来るだろうか。
 状況証拠ではあるが、なんとなく魔導具の種類に見当はついた。過去に直した商人の上級魔導具を思い出せば、今回の魔法にも察しはつく。

「ガラルさん。私がその上級魔導具を直して差し上げましょうか」

 初めて彼の名を呼び、呟いた。

「……貴様。まさか」
「責任は私が。失敗したら斬り捨てて頂いても構いません」
「何のためにそんなことをする?」

 はて。何のためだったか。
 俺だよ!と胃がひときわ強く蠕動した。

「……クレーマーの文句をただ聞き入れるのはツライじゃないですか」

 言うと、ガラルは地上へと上がる扉をジッと見つめて、大きく息を吐いた。

「良いだろう。行って来い。商人の名はフェルトンだ」
「承知しました」

 あごを引き、背筋を伸ばして、今はないネクタイをキュッと首元でしめる。そんなイメージをした。
 後ろでガラルが「おい。斬首用の刀を磨いておけ」とまじめに指示を出しているのが怖い。
 神官たちに見つめられるなか、私はそっと扉を開けてその男の前に立った。

「申し訳ございませんっ!」

 そして相手の姿を見る間もなく、深々と頭を下げた。


* * * * *


 可能なかぎり申し訳なさそうに。
 自分の非を全面的に認めて、文句の一つも滲ませずに頭を深々と下げる。
 それだけで、あれだけ続いていた怒鳴り声がピタリと止んだ。
 棒立ちしたまま硬直していた神官の後ろ頭を掴んで、同じように90度に倒させる。この世界の謝り方がこれで合っているかは分からないけれど、謝意というのは勢いで示すものだ、というのが瑛士の持論である。

 壊れきった魔道具は直せない。これ世界の常識アル。
 常識を無視する商人はいても、常識を知らない商人はいない。少なくとも成功する商人には。
 ならこの商人が怒っているのはなぜか。
 その読みは当たった。

「ふん。見ない顔だが、神官か?」
「いいえ。神官ではありませんが、王に招かれた魔導具専門の技師(エンジニア)で御座います」
「お前はこれを直せるのか?」
「……確認のために、少々拝見させて頂けますか?」

 瑛士は相手の質問に答えず、出来るかのように装って両手を恭しく差し出した。
 フン、と鼻をならしながら、商人は魔導具の小箱をつきだした。

 観察。金属で出来た箱だ。錠はないが表面の加工は見事で、箱だけでも高価だろう。中身がこれ以上の価値だとしたら……。
 損害賠償の額に背筋が震えたが、どうせ失敗したら斬首である。気を取り直して瑛士は観察を続ける。
 蓋の中央に宝石がはめ込まれている。しかも複数だ。軽く力を入れるが蓋は開かない。予想通り大冊なものを仕舞うタイプの魔導具だ。完全に密閉され、強化されて壊すことも出来ないだろう。
 箱の表面の途切れた紋様を読み取り、ユーゴは安心したように大きなため息をついた。

(大丈夫、これは見たことある魔法だ)

 『錠前』の魔法の仕組みは単純だ。魔法の回路で物を「閉じた」状態と「開いた」状態を切り替えるだけ。
 では、高級な『錠前』は何が違うのか。
 なんとも素晴らしいことに、宝石が認証機能を果たしていた。おそらく認証だ。何らかの情報を保持しておくようにプログラミングされている。
 言葉にすれば一行だが、それをプログラミングで実現するには何十倍もの記述が必要だ。
 それを宝石の周囲に書ききることは難しい。魔法の紋様は装飾と混ざり合っている。フェルトンは宝石の部分だけを大事にしていたようだが、箱の装飾はやや壊れている。魔法が壊れた原因はこれだろう。

「フェルトン様。こちらの魔道具、直すことは可能です。ですが……蓋を開けて中身を確認するのであれば、私とフェルトン様だけで直したほうが……」
「それが分かっているなら話は早い。おい、お前さんはもう戻っていいぞ」

 最初に応対をしていた神官をフェルトンが追い払う。若い神官さんはガラルさんに慰められている。

(もしかして、身内?)

 瑛士にチャンスを与えたことと言い優しい男だが、もしも瑛士が失敗したらどうなるだろう。瑛士の首だけでことは済むのだろうか。
 自分だけが責任を負うつもりだったが、この期に及んで瑛士は嫌なことに思い当たってしまう。
 瑛士は顔をぴしゃりと叩いて気合を入れ直した。

「おい、鍵を直せるならさっさと直せ」
「その前に何点かお聞かせ頂きたいのですが……」

 瑛士は指を二本立てた。

「まず、この箱の魔法ですが、箱を壊そうとすると中の物が損壊する仕組みになっていますか?」
「もちろんだ。そのための上級魔導具だろう」
「はい。そしてもう一つ当然ですが、魔法の解除は」
「他の解除方法など無い。おい、貴様本当に大丈夫なのか?それぐらい常識だろう!
 魔法は魔法で解除出来ないなんてのは!」
「問題ありません。念のための確認でございます」

 一度成立した魔法に、魔法で介入することは出来ない。
 それが魔法の絶対ルールだ。
 この商人がそれを知っているのなら、瑛士が自分の知らない修理方法で錠前の魔法を"直した"と判断するだろう。

 瑛士は懐から筆とナイフを取り出して箱を机におくと、まずは何も漬けていない筆で箱の表面を払い清める。これは単なる清掃だ。
 その次に瑛士は壊れた装飾を治すようにナイフで剥がれかけた部分を押し込んだりして形を整えていく。
 ここまでの作業はフェルトンにとって「箱を直している」ようにしか見えないだろう。
 だがその実、瑛士は魔導具の紋を修理していた。
 しかし壊れた装飾は作り直せない。瑛士に出来るのは書かれている魔導プログラムを書き直すだけだ。

 装飾を一通り直して、プログラムの流れとどこで停止してしまっているかを確認する。

(うん。箱の中身を破壊する魔法は生きている。錠前の解除部分だけきれいに壊したのか……)

 もしここで中身を破壊する魔法が壊れたり発動していたら、これ以上の作業はお断りしているところだった。
 だけど壊れているのが錠前の解除プログラムだけであるならば、やりようがあった。

 瑛士は懐から袋を取り出して筆を差し込む。取り出した筆には砂のような粉がついていた。
 長い時間魔法を残すのであれば、彫り込んだり装飾に誤魔化したりする。文字を書くというのも有効だ。
 一瞬だけ修理する場合はこの粉を使う。ただし魔導プログラムを隠蔽することが目的で粉を使うのは、現在の王国で瑛士ただ一人だった。

 錠前の魔法と呼ばれているがこの魔法の実態は「相対位置の固定」だ。箱の蓋を動かないように固定化させているにすぎない。
 瑛士に装飾は直せないので、解除の魔法を直すことは出来ない。どうにかして固定化の魔法を誤魔化すしかなかった。
 瑛士は固定化の魔法を発動させている宝石の周りに、筆で魔導プログラムを書き込んでいく。宝石は蓋についている。つまり蓋が箱を自分にくっついたまま固定化させていた。
 瑛士は固定化の対象情報を持っている部分を書き換える魔法を作り上げた。
 紋様を指でなぞり、魔法を発動させる。フェルトンには解錠の魔法を使っているように見えていた。
 だが真実は違う。瑛士は今も発動している魔法の内容に干渉していた。

 魔法は事象を起こす方法だと、この世界の人間は認識している。
 だがプログラムというものは必ず何かの値を持ち、それを操作するものだ。
 魔導具の本質は魔法という結果ではなく魔導プログラムにある。
 瑛士にしてみれば魔法のもつ値を操作することはむしろ当たり前であった。

「フェルトン様、箱を」

 あくまで平然と、普段通りの仕事で御座います、と言わんばかりに瑛士は箱を手渡した。
 フェルトンが言われるままに受け取ると、既に箱の蓋が浮いている。錠前の魔法が解除されたのだ。
 フェルトンは肥え太った体が浮き上がらんばかりに飛び跳ねて喜び、瑛士を抱擁した。

 瑛士も笑顔を浮かべていたが、心中は喜びよりも安堵に占められていた。
 本来、プログラムなんていうものは動かないことのほうが多くて、しっかりとテストをして保証を積み上げるものだ。一発勝負のプログラムが動いたのは運が良かったと瑛士は思っていた。

 ともあれ、斬首は免れただろう。クレーマーもさっさと帰ってくれるとありがたい。
 近寄ってくる足音が聞こえたので、瑛士は慌てて客が帰るように促した。

「ではフェルトン様、今回は特別でしたので、どうぞご内密に……」

 だが、時既に遅し。
 舞い上がったフェルトンが瑛士の言葉に耳を傾けるころには、足音の主が現れていた。

「何を隠そうとしているのだ?」

 黒の軍服に身を包んだ赤銅色の髪をした偉丈夫。
 フェルトンは親に叱責された子供のように背筋をピンと伸ばしている。緊張するのもさもありなん、と瑛士は思った。

「や、や、や、」
「貴様はナの国の。それは捧げ物か。いや待て、宝石だと?」

 まずい!と瑛士は直感した。
 この聡明な人物は気付いている。そして中途半端な嘘は通用しないだろう。
 誤魔化せそうな嘘のシナリオを頭の中で作り上げては壊していた瑛士を、後ろから現れた神官が庇った。
 ガラルだ。

「失敗ではなかったのです。彼は魔法を読み解きました。どうか彼の罪を赦し、話を聞いて下さいませ、ヤーシャ王」

 それは庇うのではなく、神殿が抱えきれない問題を王へ返上するセリフだった。

(あぁ、さよなら、私の安らかな研究ライフ……)

 瑛士は厳しい王の目線に晒されながら、心の中で涙を流した。
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