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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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スタートアップ

 そしてあっという間に三ヶ月が過ぎた。

* * * * *

 彼の名は瑛士。惑星地球は日本でシステムエンジニアとして禄を食んでいた青年だ。身長百七十センチ。体重六十キロ。髭は薄く、短い黒髪はウェーブしている。

「エンジニアをやっていました、瑛士です」

 どもったせいでこの自己紹介が言えず、周囲にはエンジという名前だと認識されている。
 大儀式によって召喚された彼だが、季節が一つ過ぎ去るだけの時間を教会の地下で幽閉されて過ごしていた。

 彼が幽閉されている理由は二つ。
 一番派手な理由は、ファーストコンタクトの粗相のせいだ。王政国家で王族のドレスにゲロぶっかけて命があるだけ賜物だが、お咎めが無いはずも無い。
 しかし一番大事な理由は、彼が召喚主のおメガネに叶うような異世界人ではなかったからだ。

 ヤーシャの国が求めていたのは、戦争に備えた即戦力。『屈強な戦士』や『強力な魔法を操る魔法使い』だった。
 しかし実際に現れたのは平成の日本から召喚された、ひょろひょろのシステムエンジニア。そう、システムエンジニアである。パソコンのモニターに向き合いキーボードとマウスを操る職業だ。断じて鋼の剣を振り回したり、全身鎧を着込んで走り回る職業ではない。

「隠している能力があるやもしれん。やらせてみろ」

 斯様に王が行わせた模擬戦で危うく死にかける程度に筋力も体力も無い。

 かくして彼は期待の召喚人から、王族に吐瀉物(それも緑の体液(誤解))を吐いた無能へと華麗な転身を遂げたのである。
 客観的に見て生かしておく理由が無い。しかし実際に下された処分は幽閉だった。
 瑛士を殺さない理由を王は語らなかったため、瑛士も含めてなぜ生かされているのか誰も分からなかったが、無駄な殺生を好まない優しい王なのだろうと瑛士は納得することにしていた。

 ちなみに自分が用済みになったことを知った瑛士は、元の世界に帰してもらえないかとお願いしてみた。先週末が納期の仕事が残っているのだ。
 けれどもどうやら召喚の魔法とは片道通行らしい。正確には帰る方法があるかは分からないそうな。呼び出せるということだけしか分からない使い切りの魔導具を消耗し、要するに一世一代の博打に失敗したのだという。

 この国の王様がリスクとリターンが考えられないような人だとは、瑛士には思えなかった。
 数々の無能な上司、無能なお客様を見てきた瑛士からすると、彼は有能な人物に見えたのだ。そんな王が、リスクのある選択肢を選ぶしか無い状況なのだろうか、この国は。
 そんな状況で自分が王様だったら、無能な異世界人くらい斬り殺してもおかしくない。
 生きているだけで王様には日々感謝し、姫様には日々謝罪しながら瑛士は過ごしていた。
 伝言は届かないので心の中で思うだけだったが。


* * * * *


 そんなわけで一方的に召喚されたあげくに幽閉されている異世界生活だが、瑛士には全く不満が無かった。
 それほどにこの地下室は快適だった。

 そもそも牢屋ではなく、しっかりと調度の整った部屋であった。外に出る扉には鍵が掛かっていたが、寝室と作業部屋、そして風呂トイレのある化粧室と三部屋もある。ちなみに風呂トイレ別。
 空調はないけれど常にひんやりとして涼しい地下住宅。家賃敷金礼金ゼロで三食完備。
 不満などあろうはずもない。

 前世に残してきたものは仕事と貯金だけだった。後輩は心配だが転職活動を始めていたので大丈夫だろう。そうなると心配するものは本当に何もなかった。
 華々しくは無いけれど気楽な異世界生活の始まりである。

 瑛士は喜々としてくうねる生活をスタートしたのだが、三日で発作に襲われた。
 月に百時間の残業を与えられていた彼の肉体は、悠々自適な生活に耐えられなかったのである。
 顔色を悪くしながら「何かお手伝いできることはありませんか」と懇願する彼に、神殿は雑務を与えた。

「おい、ゲロ。また捧げ物があるから、よろしくな」

 ぼーっと座っていた私に声をかけてきたのは、神殿で私との窓口になっている神官だ。
 いつまで経っても私の名前を呼んでくれないので、私も彼の名前は覚えないことにしている。

「祭りが近いから人が多くて、捧げ物も増えてる。さっさと頼むぞ」

 捧げ物というのは神殿に供養される、動かなくなった魔導具のことだ。
 そう、魔導具である。魔法の力を込められた道具だ。快適な環境に適度な労働とはいえ、退屈では心が腐る。
 本当に瑛士があっという間だと思うほどに時間がすぎるのが早かったのは、魔導具という心躍る存在のおかげだった。

 瑛士は魔導具について、神官から次のようにレクチャーを受けていた。
 この世界には魔法が存在していた。けれど、人間には扱えなかった。
 魔導具が生み出されたのは今から約二百年前。魔導具によって魔法を扱えるようになった人間は勢力を拡大した。その供給国であるヤーシャの国も栄えたそうな。
 しかし問題もあった。魔導具の製法が残されていなかったのである。この時点で瑛士は何かを思い出して顔色を悪くしていたが、レクチャーは続けられた。
 残っているのはメンテナンスをする方法くらいで、それも全て口伝だという。この時点で瑛士は絶望し、心の中で叫んでいた。

「作った本人しか分からないシステムなんて、属人化にもほどがある!」

 そして現在。
 魔法の仕組みについて理解している人材がいないなう。

 仕事を与えられた初日は絶望した。
 ここにこういう模様がある。その場合はこう。そうなっていたらアレする。アレがダメなら修理不可。

 体系立てられていない断片的な知識は理解するにも時間がかかる。
 どういう理屈で動いているとか、そういうことを理解している人は誰一人として居ない。理解しようと心がける者も居ない。今あるものをただ運用するだけで彼らは精一杯で、任されている以上の仕事はこなせない。
 あぁ、耳が痛い。そういう現場は前世でも経験したけど二度とやりたくない。
 しかも魔導具の保全は国家プロジェクトである。

 ここの神官たちは自分達が手順を残せていないことをまるで不安に感じていないようだった。なんとなく保全の作業を続けられると思っているらしい。
 神殿に捧げ物という形で廃棄される家庭用の魔導具ですら、修理できないものがあるというのに。

 魔導具という貴重品、それが例え動かないガラクタでもヤーシャの国では重要な存在だ。だから動かなくなった魔導具は神殿に捧げ物として寄与される。
 直せたものは市場に流すし、直せなかったものは神殿の地下倉庫に押し込められる。
 ほとんどの捧げ物は直せない前提なので、誰が寄与したかも記録に残さない。手が空いたら誰かがちょちょいと直し、片手間で直せないようなものは放置される。

 そこに現れたのが、二十四時間手が空いている私であった。
 神官達は面倒くさいこの作業を全て私に任せてくれた。
 おかげで私はこの三ヶ月、運ばれてくる新しい(古びて壊れた)魔導具と毎日にらみあうことが出来た。
 昼食の後から日が暮れて夕食が出てくるまでの時間、壊れた魔道具を修理し、研究する生活。

「これも、これも、ダメ、ダメ」

 そして今日も同じことを繰り返す。
 分解して、模様を解析する。
 一定のパターンを見つけ、少し変えては動きを確かめ、動かないことを受入れ、解析する。万が一メモを取って見つかったら大問題なので、頭の中の記憶が全てだ。
 魔導具は発動すると刻まれた模様が光る。光る。光らない。光る。光らない。光らない。試行錯誤の日々が過ぎていった。

「だけど、多分」

 論理をこねくり回すのは大の得意だった。それだけが彼の武器だった。
 神官たちの経験則で「直せない」と判断されたものを直せたことは、この三ヶ月に一度もなかった。
 それでも口をついて出そうな言葉が、予感が瑛士には有る。

 よく分からないままでも、三ヶ月も触れていれば大体のことはなんとかなる。
 どんな死地(デスマーチ)に送り込まれてもなんとかしてきたその経験が、出口が近いことを教えてくれていた。

 模様を追って、パターンを覚え、どうしても見つからなかった論理の終着点。
 だというのに、それらのパターンを覚えることはなぜか苦にならなかった。
 なぜこの不思議な模様のリズムは、こんなにも馴染むのだろう。
 魔導具を床においてじっと見つめているうちに、そこにはないキーボードを指が叩いた。

 あっ、と声が漏れる。

「見つ、けた……?」

 顔がくっつくほど近づけていた魔道具から目線を外し、天井を見上げて深呼吸。
 ヒートアップした頭を冷やして、もう一度目線を落とす。
 分かる。
 気づいてしまえばなんて単純なこと。
 この三ヶ月で朽ちようとしていた前世の知識が、彼の中で急速に蘇っていた。

 読めなかった紋様は、文字だった。ぶっちゃけアルファベットだ。
 異世界の文字を前世の文字に落とし込むような暗号解析、するわけがない。
 三ヶ月もかかったのが馬鹿みたいにスラスラと記号が読める。

 頭の中に紋様とアルファベットの変換表を刻み込む。絶対に忘れないように。
 文字が読めれば、そこには文法があり、規則があった。

「なんだ、なんだよちくしょう!うは、うははははははは!!!!」

 誰にはばかること無く、瑛士は大声で笑った。
 なんという偶然だろう。なんという幸運だろう。
 この世界の誰もが理解できないこの魔導具の正体は。

「プログラミング言語じゃねぇか!!」

 瑛士は今まで読めなかった魔道具を手当たり次第にひっくり返して、目を走らせた。
 ところどころにプログラミングの常識が古いところはあったけれど、全てを読み解くことが出来た。
 久々の快感に笑いが止まらない。神官からの悪評は増えるだろうけれど、それでも全く構わない。

 ここで得た知識をどうするかは後で考えることにした。
 とりあえず今は、出来るだけ正確に、そして出来るだけ多くの魔法を知ることが楽しかった。
 メモを取ることは許されていないから、少しずつ着実に魔法の知識を増やす。
 それと同時に魔導具の原理を知ることで、誰も入らない彼の寝室にひっそりと"動く"魔道具が増えていった。

 彼の秘密がバレてしまうことになったのは、この発見から更に三ヶ月後。
 異世界召喚から半年も過ぎた後の事になる。
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