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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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第2話 露見

 その日、捧げ物を持ってきたのは熱心なクレーマーだった。



 昼飯はだいたい、イモの入った味の薄い野菜スープだ。
 ぺろりと食べ終わると、瑛士は捧げ物を回収して倉庫へと運びこみ、自分もまた同時に倉庫の中に消える。
 今日も悠々自適に研究を続けられるとウキウキしていたのだが、彼の平穏な時間は城をも揺らすような怒声で叩き壊された。

「なんとかして直さんかっ!!」

「お前らが魔法を秘匿して、サボっていたから手が付けられんのだろう!!!」

「どうせ裏で売り出しているんじゃあないのか!!!!ワシの魔道具も横流しするんじゃろう!!!!!」

 声のボリュームがドンドン大きくなってくるおかげで、対応している神官が何を言っているのか分からなくても会話の流れはなんとなく分かってしまった。
 同時に、嫌な思い出が蘇る。

 あぁ、こういう無茶を言う上司や、お客さんがいたなぁ。
 下っ端作業員に言われてもどうしようもないんだって……うーん、うーん。

 胃がキリキリと痛み出し、食道をアツイものが逆流しかける。
 うぅむ。無視したい。耳栓でもつくろうか。

 なんとかこの怒声から逃げられないかと魔道具をイジり始めたが、どうにも集中できずに思考がまとまらない。
 胃が痛む原因は怒声ではなく、彼の記憶自身だからだ。

 どうせ逃げられないなら解決するしか無い。時間をかけて、あがいて逃げようとして、仕方なく彼はその結論に至る。
 彼は久しぶりに。本当に久しぶりに、日が沈む前に倉庫を出て、怒声の元へと向かった。
 果たして、そこには矢面に立たされている若い神官と、ドアを挟んで身を竦ませているその他の神官達の姿があった。

「いま、どういった状況なのでしょうか」

 知った顔の禿頭を見つけたので、隣りに座って小声で聞いてみた。
 いつも私に仕事を渡す上司だ。

「……先ごろ王が征服したナの国の大商人が王都に行商に来ていたそうなのだが、魔道具が壊れたらしい」
「直せないと?」
「木組みや鋼を使った細工ではない。宝石を使った非常に貴重な物だ」

 なるほど、と理解を示して独りごちる。
 ここに来て最初に習った分別方法。つまり最も簡単な、魔道具の見分け方だ。
 それは中心に据えられている核となる部分の素材である。

 木材に文字が彫ってあるだけの下級魔法なら簡単に直せる。
 金属を使う中級魔法は、金属の換えと、直し方が伝わっている魔法ならかろうじて直せる。
 だが、宝石を使う高級魔法は無理。絶対に無理だった。
 魔法の原理が複雑すぎて全く理解できず、直し方も残っていない。核の代わりを調達するにも、高級魔法に必要な宝石はかなり上質のものでなくてはならなかった(その理由すら誰も分かっていない)。

「それをご説明しても、お帰りになっていただけないと。珍しいですね」
「ここまで食い下がる者は珍しいが普段から居ないわけではないぞ。お前が奥に篭っているから聞こえないだけだ」

 耳が痛い。
 痛いので耳を押さえる大げさなジェスチャーで体を丸めて、

「ガラルさん。私が直して差し上げましょうか」

 初めて彼の名を呼び、呟いた。

「……貴様、倉庫に篭って寝ているものかと思っていたら……」
「責任は私が。失敗したら斬り捨てて頂いても構いません」
「何のためにそんなことをする?」

 はて。何のためだったか。
 俺だよ!と胃がひときわ強く蠕動した。

「……クレーマーの文句をただ聞き入れるのはツライじゃないですか」

 言うと、ガラルは扉の方をジッと見つめて、大きく息を吐いた。

「良いだろう。行って来い。商人の名はフェルトンだ」
「承知しました」

 あごを引き、背筋を伸ばして、今はないネクタイをキュッと首元でしめるイメージをする。
 後ろでガラルが「おい。斬首用の刀を磨いておけ」とまじめに指示を出しているのが怖い。
 神官たちに見つめられるなか、私はそっと扉を開けてその男の前に立った。

「申し訳ございませんっ!」

 そして相手の姿を見る間もなく、深々と頭を下げた。


* * * * *


 可能なかぎり申し訳なさそうに。
 自分の非を全面的に認めて、文句の一つも滲ませずに頭を深々と下げる。
 それだけで、あれだけ続いていた怒鳴り声がピタリと止んだ。
 棒立ちしたまま硬直していた神官の後ろ頭を掴んで、同じように90度に倒させる。

(神官が、謝り慣れてるわけないよな)

 壊れきった魔道具は直せない。これ世界の常識アル。
 常識を無視する商人はいても、常識を知らない商人はいない。
 ならこの商人が怒っているのはなぜか。その読みはズバリ当たったようだった。

「ふん。見ない顔だが、神官か?」
「いいえ。神官ではありませんが、王に招かれた魔道具専門の技師(エンジニア)で御座います」
「お前はこれを直せるのか?」
「……確認のために、少々拝見致しますが」

 フン、と木製のその箱をフェルトンはつきだした。
 少しだけ顔を上げて、腰は折ったまま、両手で長方形の箱を恭しく受け取って観察する。
 外見は木で出来ているが、枠は金属で作られている。錠はなく、蓋の中央に宝石がはめ込まれており、切れ目からさっするにこの宝石の魔法を起動させれば蓋が開くのだろう。
 そしてずっしりした重量からして、中身自体が重要な可能性がある。

 と、状況の確認はそこそこに、瑛士は次の確認に入った。
 魔法を直せるかどうか。
 否。自分がこの箱の魔法を作り直せるかどうかを。

 大丈夫、これは倉庫で見たことがある魔法だ。
 使われている魔法を読み取る。読み取って、脳内で変換する。
 『錠前』の魔法の仕組みは単純だ。魔法の回路で物を「閉じた」状態と「開いた」状態を切り替えるだけ。瑛士は神殿から出られないので見たことはないが、一般の民家でも使われている技術らしい。
 では、高級な『錠前』は何が違うのか。
 なんとも素晴らしいことに、宝石が認証機能を果たしているのだ。

 宝石は魔法的な情報に強く干渉でき、そして長く保存できるようだった。
 つまり、指紋認証や静脈認証のように、人間の情報を記録する。
 宝石は何かに触れられるとその情報を参照し、本人であれば『解錠』のプログラムを呼ぶ。
 言葉にすれば一行だが、それをプログラミングで実現するには何十倍もの記述が必要だ。

 そして瑛士は直すべき魔法を一瞬にして把握し、想定し、二度ほど暗算で脳内に描く。

「フェルトン様。こちらの魔道具、直すことは可能ですが……私とフェルトン様だけで直したほうが宜しいものだと認識しているのですが……」
「それが分かっているなら話は早い。おい、お前さんはもう戻っていいぞ」

 最初に応対をしていた神官をフェルトンが追い払う。
 神官は解放されたことに露骨に安堵の息を吐いていたが、直せるというのならフェルトンもその態度を気にしないようだった。
 そして瑛士もまた、神官がこの場からいなくなってくれたことは好ましかった。
 これから行うことは、まさしく秘術だ。知っているものは少ないに限る。

「おい、"鍵"を直せるならさっさと直せ」
「その前に何点かお聞かせ頂きたいのですが……」

 瑛士は指を二本立てた。

「まず、この箱の魔法ですが、箱を壊そうとすると中の物が損壊する仕組みになっていますか?」
「もちろん、当然だろう。鉄ではなく木箱なのだからな」
「はい。そしてもう一つ当然ですが、魔法の解除は……」
「"魔法の解除方法など無い"。おい、貴様本当に大丈夫なのか?それぐらい当然だろう!"魔法は魔法で解除出来ない"なんてのは……」

 再び激昂しかけたフェルトンだったが、その口を瑛士は一言で噤ませた。

「そう、常識でございます。今からその魔法を破壊し、新たな魔法に書き換えます」

 今からこの世界の常識を変えて見せる。
 この男が言い放ったそのセリフがどれほどの大言壮語であるか。
 一度成立した魔法に、魔法で介入することは出来ない。それが魔法の絶対ルールだ。

「そんなことが出来るのか?」
「私だけの秘術で御座います、どうぞ"御内密"に」

 この情報にどれだけの価値があるだろうか。頭のなかでソロバンを弾き始めたフェルトンを放置して、瑛士は懐から筆とナイフを取り出して箱を机におくと、まずは筆で箱の表面を払い清めた。
 単純に払っただけではない。瑛士は書き換えるべき魔法の一部分をその一瞬で書き消してしまっていた。
 するとこれまた懐から取り出した砂のような粉を筆に付け、瑛士は箱に紋様(プログラム)をサラサラと書き進めていく。

「フェルトン様、箱を普段開けるように、持ち上げて頂けますか?」
「ふむ、こうか?」
「はい。くすぐったいでしょうが、少々我慢ください」

 箱を片手で持ったフェルトンの指の周りに、さらさらと筆を走らせる。
 宝石だけにフェルトンの情報をもたせたら前と同じ期間で魔法は蒸発してしまう。
 だから瑛士は、指紋認証の考えで、彼の指先の情報を箱に擦りつけた。

 指紋は大きく変わらない。
 商人なのだ、荒事で指先の指紋が摩耗することもないだろう。

「これから箱をお開けになる時は、大体同じ場所に指をおいてくださいませ」

 喋りながら筆を宝石まで走らせ、宝石から箱の上面の端々に運ぶ。

「これで完了でございます。さぁ、もう片方の手で宝石に触れてみてください」

 あくまで平然と、普段通りの仕事で御座います、と言わんばかりに瑛士は宝石を指差す。
 フェルトンが言われるままに宝石に触れるとパチンと軽く音がして、箱の蓋が軽く浮いた。
 フェルトンはその肥え太った体が浮き上がらんばかりに飛び跳ねて喜んでいる。
 クライアントが満足そうにしているところを見ると、いつも喜びより胸をなでおろす安堵を感じる。
 万が一の問題を予想し、常にリスクとソロバンを秤にかけて胃をすり減らした前世の習性はやはり変わりようもなかった。
 本当ならリップサービスをして今後のコネを作りたいところだったが、扉の向こう側に気配を感じて慌てて背を伸ばす。

「ではフェルトン様、今回は特別でしたので、どうぞご内密に……」

 そう言ってしずしずと下がろうとした瑛士だったが、神殿の入り口から彼を引き止める声がした。

「何を隠そうとしているのだ?」

 瑛士とフェルトンの反応は真逆だった。
 瑛士は誰が来たのかと訝しみ、フェルトンは親に叱責されたように背筋をピンと伸ばしたのだ。

「や、や、や、」
「貴様は確か……それは捧げ物か?いや待て、宝石だと?」

 フェルトンの焦りようと、そして突然現れた男の口調を聞いて、瑛士はようやく現状に気付いた。
 前世でも何度か経験があった。
 一言二言だけでも漏れ出す聡明さや気位の高さというものがある。
 この男は知っている。宝石を使った魔導具の価値を。
 そしてこの男は気付いている。瑛士が何をしたのかを。
 その価値にも。

「私から説明致します」

 そう言って割り込んできたのは、上司のガラル。

「失敗ではなかったのです。彼は魔法を読み解きました。どうか彼の罪を赦し、話を聞いて下さいますよう。ヤーシャ王よ」
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