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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

何と成り、何を為し

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束の間でも平穏を

 そしてあっという間に一ヶ月が過ぎた。
 ヤーシャの王の執務室にいるのはヤーシャ王その人と、侍女長メリルである。

 ダの国で何が起こっているのか、シャルロッテは伝令を忘れていたが、メリルは毎日使いを飛ばして経過を王に伝えていた。
 瑛士がダンターに持ちかけた保守運用とやらの契約は全て彼自身のアイデアだが、王もしっかり把握した上での契約だった。
 相手の国に魔導具を整備する人員を送り続け、関係性を維持しながら細く長く利益を得るというのは王としての経歴が浅いヤーシャ王にとっては目から鱗の提案だった。

 今はまだ、大々的に広めることはできない。そもそも魔法技師の数が少なすぎるのだ。それに今回の騒動を広めるわけにはいかない。魔導具の質が落ちていましたと宣言したら保障を求められる可能性もあるからだ。

 伝えられていたダの国の状況は思ったよりも悪かった。宣伝できるはずもない。
 そして鉱毒というものの存在である。
 この大陸にはドゥオルグの力を借りず、奴隷を使って資源を掘り出している人間国家も存在する。鉱山では激務以外にも毒気の存在によって、短命で人生を終えるものが多いという情報もあったが、瑛士はその存在を証明していた。
 それらの問題は解決したことはなく、常により多くの人足を投入することで誤魔化されてきたというのに。

「対処してしまうとは。やはりエンジは一人の技師としておくにはもったいないな」
「しかし技師をやらせながら政治を行うのは負荷が掛かり過ぎかと」
「……お前には報告を任せたが、意見を出せとは命じておらん」
「失礼致しました」

 メリルの言うことには理がある。ないがしろにするつもりはないが、今の彼女は侍女長にすぎない。
 たとえヤーシャ王の身辺を担当したことがあろうと。
 たとえ彼女が彼の親友の妻であったことがあろうと。
 今の彼女はそれを言うべきではないし、言わせてはならないというのがヤーシャ王の思いだった。

 冷静に頭を下げた彼女が、体を起こす。
 そこにあった表情に戸惑いや憤りや不満はない。
 が、ヤーシャ王はどうにもその表情が見慣れた彼女と違うように見えた。

 昔から変わらない生真面目な顔だ。お互いに年はとってきたが、相変わらずの整った顔だ。

「どうか、されましたか?」
「いや………」

 黙り込んだヤーシャ王に声を掛けながら、メリルは耳の横に垂れる一房の髪を指でくるくると回していた。
 やはり、彼女の髪に目を取られる。

「メリル、お前。美しくなっていないか?」

 本人は半信半疑で質問しているだけなので当然口説き文句としてはストレートに過ぎたが、メリルがぴくりと反応した。
 もっと正確に彼女の心情を反映した表現をすれば、いつも通りに笑顔を浮かべながらも、何かをこらえるように口の端を軽く引きつらせていた。
 この顔は何かを隠している顔だった。笑いをこらえている。昔からよくやられた顔だ。

「さぁ、どうでしょう。しかしシャルロッテ様は変わって帰ってくると思いますよ?」
「いいや、お前も変わっているぞ。肌も髪も違う」
「そんなところを見る余裕があるのなら、報告書に目を通して下さいませ」
「……この"オンセン"?というのはなんだ。新しい武器か?」

 怪しい発音だったので、メリルがそれを訂正した。

「ただしくは温泉、と呼ぶそうです」

 ついでに字も教えた。

「温かい、泉?……おい、もしかして湯が湧いているのか?」
「えぇ。持ち帰ってくることは出来ませんが、大地から湯が無限に湧いているのです。
 エンジ様の世界ではいくつもの種類の温泉があるそうで、詳しい効果は分かりませんが、健康や美容にも効果があるそうですよ」
「……だからまた向こうに戻るのか?そうなんだな?」
「さぁ」
「美容に効果があるというのも確かなようだ」
「さぁ。どうでしょう」

 打てども響かず、押しても暖簾のように躱される。だが彼女は隠しきれない笑みを浮かべていた。
 だが効果のほどは今まさに目にしている。目に見える結果があるのにためらうヤーシャ王ではなかった。

「こちらから路を引いてやっても良いかもしれんな。税も取れるかもしれん。なるほど。おい、俺も"視察"にゆくぞ」
「そう言うと思いまして、準備はさせております。ダの国との国家間契約の調印という名目です。ですから、早く書類を片付けて下さいませ」

 強かな侍女に今回は素直に感謝して、ヤーシャ王は執務机に戻り、あっという間に仕事の山を片付けて、机の表面が見えた瞬間に城を飛び出した。
 特上の馬をあてがった馬車は荒れ地をあっという間に走破し、瑛士達がかけた時間の半分で、彼はダの国にたどり着いた。


* * * * *


 現地についてみれば、瑛士はまさにその温泉とやらで療養中らしい。
 ダンターも一緒だということで、ダの国到着からほぼ最速で温泉にたどり着いたのは必然だった。

 メリルが書いたものと同じ文字で、温泉とかけられた立て札を抜けると、そこは熱気と異臭の渦巻く屋外だった。
 石で囲まれた中に張り巡らされている水が全て湯なのだろう。
 なんという贅沢なと思いつつ、それが湯船の脇にこしらえられた口から延々と補給されているところを見ると、水と同じように気軽に汲んで使えるようだった。
 こちらを出迎えた顔の中に知った顔をみつけて、ヤーシャ王は前も隠さず堂々と温泉の中に入っていった。

「うおぉ……おぉ……これは……」
「ガハハハ!どうだヤーシャ王、エンジ殿が見つけたこりゃあエラいもんだろう!」
「……確かに大変なものだ。どうやって見つけた?」

 テンションの高いダンターにヤーシャ王も若干引きづられつつ、二人して瑛士に向き直った。
 湯船の中にいるのはこの三人だけだ。
 瑛士は湯船の脇に用意していた木箱を開けると、中から一つの魔導具を取り出した。

「ふむ。秤……ではなく、中央に黄色い石を吊るしているのか。これは宝石か?」
「いいえ、硫黄と呼ばれる物質です」
「触っても平気か?」
「大丈夫ですけど、指は濡れて無いほうが良いです。あと、力を込めると割れやすいので」

 ヤーシャ王は布で指を拭うと、吊るされた黄色の結晶を指で摘んだ。

「触っただけでは分からんが、これがどう温泉とやらと関係するんだ?」
「温泉の湯の中に、硫黄も含まれているんですよ」
「水に……この石が?」

 鉱毒問題を解決した瑛士は事後経過を観察するためと、爆発事故の負傷を回復するためにダの国に滞在している最中、早速ダの国へ新たなサービスを展開していた。
 調査中にこの山脈が火山性の山だと知った。瑛士は、必ず温泉が出きると確信していたのだ。

 そこから先は考えるよりも行動するほうが早かった。
 そして科学を使わないという理念は、この時瑛士の頭から完全に消し飛んでいた。

 ドゥオルグが産出してきた鉱石の中から黄色の鉱石をかき集めると、諸々の化学反応を実験して硫黄を割り出した。
 魔導具で硫黄の溶けた水源を地下に見つけ、ドゥオルグ協力のもとでどんどんと掘り進む。
 大陸初の温泉が当然のように発見されたのだった。

「なるほど……。では今後はその硫黄とやらとこの魔法を使えば、どこでもこの温泉を掘り当てられるのだな?」
「温泉はどこにでもあるものじゃないですけど、掘り当てる場所は見つけられると思います」
「ヤーシャの首都には掘れんか」
「平野のド真ん中ですが、この火山の地脈がどこに繋がっているか次第ですね」

 大陸と惑星全体のプレートの動きなどが分かれば、火山地帯と温泉の湧きやすいエリアというのは絞り込めるが、そこまでの知識はどこにも存在しないし、瑛士も調べることはできない。

「そうか。それでは、ここを観光地として流通を通したいのだが、どうだろうか、ダンター殿?」
「そう来るだろうと思って、シャルロッテ姫が話はまとめておったぞ。なぁ、姫?」

 ダンターは壁の向こうに大声で呼びかけた。
 木で作られた壁の向こう側からばしゃばしゃと水音が聞こえた。

「この壁の向こうが女性用か。なるほど、メリルが俺を放置して消えていったのは向こうにいるのか」
「よく分からんが、女性用の湯というものを分けるようにという指示をエンジ殿から受けてな」
「ドゥオルグに女性は居ませんが、人間が利用するなら必要でしょう。それに、ロッテも女性専用の風呂が欲しいと」

 既にシャルロッテが、観光に使うための条件は整えていたということだ。
 だが、それとこれとは別の問題が露呈した。

「ロッテ、だとぉ?」
「いえ!これはですね!?メリルさんも絡んでてですね!?」
「ガハハハ!男ならしゃっきりせんといかんぞ!」

 男湯で騒いでいると我慢できない話題だからか女湯からも声が

「ちょ、ちょっとお兄様!?」
「姫様。はしたないので黙ってエンジ様の言い訳を聞きましょう」
「言い訳ってあなたね……」

 男湯も女湯もしっちゃかめっちゃかな騒ぎになったが、それを不快に思う者もいなければ、止める者もまたいなかった。
 さんざん声をはりあげてのぼせるまでやりあった結果、兄公認で瑛士が彼女の名を呼ぶことを許された日であり、この日を記念日と思う者がいた。
 歴史にこの日は刻まれずとも、たしかにこの日はそこにあって、何も変わらず時間は過ぎていった。

 そして、歴史に刻まれる一日がやってくる。
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