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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

何と成り、何を為し

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第19話 ごほうび

 シャルロッテとメリルからの叱責は長々と続いたが、要点を絞れば「魔法技師としての身体を大事にしなさい」というものだった。
 粗末に扱っているつもりもなければ、問題解決のためには必要な行動だと思った……と瑛士は述べたのだが、取り付く島は当然なかった。
 意味のない叱責に一日中心を殺してひたすら頭を下げつづけた記憶に比べればずいぶんありがたいお説教だ。しかし瑛士には自虐をしているつもりはなかったが、自分の身を危険に晒した解決法だという自覚は当然あった。

「魔法技師に代わりはいないのですから」

 彼女たちが繰り返し使った言葉は事実であるが、真実ではない。
 代わりは居るのだ。元の世界に。腐るほど。
 瑛士の目的は以前直接王に伝えたとおり、それを避けることだ。
 身寄りの無い人間が異世界に召喚されたのは幸運だった。
 妻子をもった男が異世界に呼び出され、二度と帰れなくなったら、犠牲になるのは男の人生だけではない。

 自分の怠慢でそんな悲劇を起こしたくはなかった。
 それに、瑛士の次が必要になるとしたら、その時瑛士は生きていないだろう。
 だから彼はやや朦朧とした頭で、彼女たちに頭を下げながらも既にいくつかの解決策を模索する。
 頭を下げているだけでは事態は解決しない。

 やがて彼女たちの説教は終わると、瑛士はすぐさま実験にかかった。
 だが、悲劇は実験を初めて三日後に起こった。

* * * * *

 実験を始めてから、シャルロッテは頻繁に研究室(瑛士の元)を訪れていた。
 貴重な人員である魔法技師が無茶をしないように見はるという目的も、進捗を把握するという意味もあった。
 今日も彼女はメリルを連れて、研究室へと向かっていた。

 この角を曲がって扉を開けるときに何を言おうか。
 また無茶はしていないだろうか。
 そんな思いを馳せていたシャルロッテを現実に引き戻したのは、突如通路に響いた爆音だった。
 天井も床も、山内の通路全体が揺れる。
 メリルが頭上を守ってくれていたが、嫌な予感がシャルロッテを走らせた。

 角を曲がった彼女が見つけたのはきらきら光る白い煙と、倒れている学徒達だった。

「息を止めて部屋から出てください!!」

 次に聞こえてきたのは、初めて聞いた瑛士の叫び声。
 緊迫したその声に突き動かされて、彼女は白い煙の中に手を伸ばそうとした。
 それを止めたのは、いつの間にかやって来ていたダンターだ。

「……この煙には金属の味がする。人間が吸っていいものではない。ここで待っていなさい」

 即断ダンターは連れて来ていたドゥオルグと一緒になって、研究室から瑛士達を運びだしていった。
 通路の壁にもたれかけられた学徒達は一様に激しく咳き込んでいる。
 当然シャルロッテはその場を離れるべきだったのだろうが、瑛士が運びだされてくると、彼女はメリルの手を振り払って、その横に座り込んだ。

 ひどい有様だった。
 着ていた服のいたるところが赤く染まっている。何かの破片が服を切り裂き、体中に突き刺さっていた。

「大丈夫ですか、瑛士さん!」
「すいません、シャルロッテ姫。せっかくの学徒達にも怪我を……」
「あなただってその一人でしょう!」
「責任が、ありますから」

 まだまだ瑛士を責めたいシャルロッテだったが、その余裕が彼にないことは明白だった。
 流れている血の量は少ないが、怪我は全身に及んでいる。
 はやく彼を救護室に運ばせようとしたのだが、二人の間へ割って入る用にしてダンターがやってきた。

「意識はあるな?説明できるか?」
「ダンター様!?こんな時に……」
「いいんです、シャルロッテ姫」

 ダンターには、ダンターの責任があるのだ。
 それはシャルロッテと同じものではない。瑛士もそれを理解していて、両方に得のある解決策を考えていたのだが、結果として双方に被害を出した形である。説明義務は自分に有り、悠長に寝ている場合ではないということも理解できていた。

「そもそも、今日は何の実験だったんだ?」
「……金属と金属を引き合わせる、魔法です」

 水の中から不純物を取り出す、という目標のために、ここ数日でいくつかのステップを瑛士は踏んできていた。

 弱った石を探した検知器を応用して排水から問題の濃い地点を分離しようとしたが、水に含まれる量が少なすぎて失敗した。
 では逆に、水と水を引きあわせて、金属を取り除こうとしたが、それも溶けた状態では上手く働くはずもなく失敗したのだった。
 そして今日、水がだめなら金属を引き寄せる魔法を試そうとしていた。

 色とりどりの極彩色の金属塊を実験室に取り揃え、ここ数日何度も刻んできた『同質の物体を引き合わせる』魔法を何気なく刻み、最大の失敗を招いた。

「魔法を刻んだ途端、その金属は強く反応したのですが、砕けて飛散してしまいました……」
「金属が魔法に耐えられなかったのか?」
「おそらく違います。魔法に対して小さすぎる宝石を壊したことがありますが、その時は割れた程度で、こんな爆発は起こりませんでしたから」

 以前、シャルロッテから宝石を貰う前の実験で、魔法が発動しない事象については目が腐るほど見てきた。
 魔法は発動していたのだ。
 だが、なぜ……。

 痛みに思考を遮られていた瑛士は考えをまとめることも出来ず、意識を失いかけていた。
 答えに気づいたのは、この場で唯一冷静な思考を保っていたダンターだった。

「この魔法は、物体を引き合わせるのだな?」
「そうです」
「引き寄せるのではないのなら、おそらく、その金属は正常に引き合ったんだろうよ」
「一体何と……」
「山とだよ」

 唖然とした瑛士とシャルロッテだったが、瑛士はなるほど、と納得顔で苦笑した。

「なるほど……今度は成功しすぎたんですね」
「良い傾向だ」
「えぇ、まったくです」

 同じ失敗続きだったところに、新しい失敗が積み重なる。
 技術者としては喜ばしい限りだ。
 これでまた一つ、無数の手段の一つにバツをつけられた。そうやってすべての失敗を塗りつぶしていけば、いずれ正解にたどり着けるはず。

「仕切り直しだ、瑛士殿」
「お待ち下さい、ダンター様!」
「良かろう。待ってやらんこともない」
「えっ?」
「だが、どれくらい待てばよい?冷静になれ、シャルロッテ姫。ダの国の損失、解決策なしに垂れ流すのはさすがに受け入れられん」

 ……瑛士がうなだれている間に、シャルロッテはどんどんと追い込まれていた。
 その間瑛士が何をしていたのかといえば、何も動きはなかったが、動きが無いだけで思考は高速で走っていた。

 瑛士は爆発の瞬間を間近で目撃した。
 その光景をまざまざと思い出す。
 肌に撃ち込まれた破片がどのように飛散したのかを。倒れながら目撃した光景を。

「ダンター様、まだ策は尽きていません」

 床に倒れたまま、瑛士は言った。
 足はまだ震えて立つことも出来ないが、声はハッキリとしていた。

「金属塊が水を引く力より、山に引かれる力のほうが強かったのであれば、方針は問題なく、あとは強度の問題です」
「なるほど。だがあの踊る人形の魔法に、強度をコントロールする術などないぞ?」

 それが分からぬ瑛士ではない、とダンターは信頼していた。
 瑛士ならば気づいているはずだ。その上で発言するだけの解決策があるのだと。
 だから、最後の疑問形で問いかけたのは解決策の有無ではなく、その内容。

 瑛士は自信満々に、誰にも分からぬ答えを吐いた。

「……踊る人形の魔法(プログラム)解体(デコンパイル)します」


◇◇◇


 最後には燃やすという条件で、瑛士は大量の式を羊皮紙に書き散らしていった。その多くは細かい隙間を敷き詰めてなお溢れ、己を上から塗りつぶしていく。魔法の根幹部分は外部に漏らさないため資料に残すことを禁じられていた。それは瑛士が魔法を解析し始めてからも同じだったのだが、リバースエンジニアリングという作業はそのルールを破る必要すらある、困難を極める作業だった。

 魔法に使われている言語は、元の世界のプログラミング言語を暗号化しているような状態だ。今までは暗号の解読だけでよかった。引き起こす現象と、暗号化した文字列を照らし合わせれば良かったのだ。
 だが今回はそれに加え、元々のプログラム自体を解析する必要がある。二重の暗号解読だ。病み上がり(というかまだ傷だらけなのだが)で出来る
 挫けそうな作業だ。肌の至るところについた細かな傷が痛む。何かが混ざり込んだのか、左目がズキズキと疼いては思考を逸らそうとしてくる。
 このまま倒れ込んで寝たい。プレッシャーに押し潰されて寝込んだことなんて何度だってある。しかし、この世界は瑛士に殊更に優しかった。

 ダンターは瑛士に技術者としての気遣いを。
 姫は瑛士の体を。
 弟子達だって、手伝える事はないかと傷を押して顔を出しにくる。

(優しくないのはあんただけだよ、先代)

 結局のところ、瑛士が向き合う相手は常に一人だった。
 過去の栄光、偉大な足跡、彼がこの世界に残した何十年モノのシステムが魔法だ。
 スパゲッティが絡まったまま固まって腐ったようなシステムを引き継いだ経験はあったが、真に厄介なのは低レベルよりも理解できないほどの高レベルな設計だ。

 そのバランスはある種神がかっている。人形程度の大きさなら問題ないが、それ以外に適用するには弱すぎたり強すぎたりするのだ。
 現に強度を強くしたら事故が起こり、解析の結果、強度を弱めてテストしても、水の中に潜む微細な粒子は引き寄せられず、押し流されていってしまった。

「強度は強く、しかし周囲に影響を及ぼし過ぎないように」

 要件は相反している。
 同じ思考を何度も繰り返して行き詰まり始めた瑛士は天井を見上げた。
 首を回してみるが、頭と目に溜まった熱は逃げていかない。
 時間はもったいないが、リフレッシュせねば……そう思って部屋を出ようと扉を開けた瑛士は意外な待ち人に出会った。

「……シャルロッテ姫。なにか御用……は、様子見ですかね」
「えぇ。無茶をしているのは知ってますけど、課題の方はいかがかと思いまして」

 けど、の部分が随分と刺々しかったが、自覚はある。文句は言わず、室内に通してお茶を出した。
 しかし、先程から魔法の調整が上手く行かず、進捗は全く進んでいない。
 どうやって説明したものかと考え始めたところで、口火を切ったのはシャルロッテだった。

「瑛士さん、そろそろ講義の時間ですよ」
「講義?」
「えぇ、講義です。こちらに来てから、私だけ何も教わってません。他の学徒達に水を開けられるのは悔しいです」

 悔しい、という個人的な感情を彼女から聞くのは珍しかったが、考えてみれば彼女は瑛士の世界で言えばまだ学生をしている年齢だ。
 息抜きがてら、そして情報の整理の一環として。先ほど感じた違和感は忘れたことにして、瑛士は彼女を部屋の中に招き入れた。

◇◆◇

 結果として、それは講義というには鋭すぎる、手加減の無い、瑛士一人の吐露であった。

 課題の抽出方法に誤りはないのか。
 見つけた課題に対する解決手段の模索で何かを見落としているのではないか。
 今までの実験結果とその証跡(ログ)から推測される次の解決手段は。

 だが、シャルロッテはお飾りで王と一緒に国を支えているわけではなく、まさにそれを証明した。
 瑛士の話す内容を(質問も交えながら)的確に理解して、一緒に課題を整理し始めたのだ。

「瑛士さんの判断に問題らしい箇所は無いと思います」
「本当に?」
「本当です。ただ、水の中に金属が溶けている、というのは理解しがたいのですが……」

 鋭い、という感想は漏らさないよう、瑛士は口を噤んだ。

「でも、実際に水の流れ込んだ場所に金属が積もっていましたし、そういうものなのでしょうか?」
「そのように判断しました」
「ふぅん……"判断"ねー」

 いくら口に蓋をして隠しても、気づく者は気づくのだろう。しかし、隠さなくても良いという意味を見つけられるまで、瑛士は口を開きたくなかった。
 科学が進歩した世界に、この世界を導くほどの責任は取れない。
 彼にとって幸いだったのは、シャルロッテが隠したモノだけではなく、隠した意図があることまで気づける人間だったことだろう。

「まぁ、瑛士さんがそう言うなら、今はこのくらいにしておいてあげる」

 年下とは思えないような余裕のある笑顔で彼女はそう言った。
 彼女のこの優しさは確かに幸いである。しかし反面、危険でもあった。

 楽しそうに、そしていつも以上に親しみのある話し方と距離感。
 ぽろっと余計な知識をこぼさないように気をつけていた瑛士だったが、ついに瑛士は我慢できなくなって聞き返した。

「その……良いのですか?」
「何が?」
「エンジという名で」

 呼ばなくても良いのですか?と続けることは出来なかった。
 彼女の背がピンと伸び、顔が赤らむ。
 咄嗟に瑛士は「しまった!」と考えた。普段は仕事に関係しないところでろくすっぽ働かない勘が見事にクリーンヒットしていた。

「えーと……その、すいません」
「なんで謝るの?」
「聞き方が悪かったかな、と」
「聞くことが自体が悪いけれど……瑛士さんはそういう人よね。別に理由なんてないですけど」

 けど。

「その、サアラだけじゃなくって、他にもちゃんと名前を覚えている人が増えてもいいでしょ?」

 いくないだろう、と思った。

 公の名前を広めるだけなら普段から本当の名前を呼べばよいのに、なぜ誰も王の名を呼ばないのか。
 彼を王と呼ばないのは、唯一この妹だけだ。
 それを忘れる彼女ではない。

「ありがとうございます」

 だから今度は謝罪ではなく感謝を伝えたのだが、やはりコメントすること自体が失策だったようである。
 シャルロッテはなぜか染めたままの頬を膨らませて不満をアピールしたからである。
 続く言葉はなく、彼女が諦めるのは早かった。

「瑛士さん」
「はい」
「ヒントをさしあげますから、もし役に立ったら、ごほ……ほ、報酬をください」
「報酬」
「そう、報酬です」

 シャルロッテは返事も聞かずに立ち上がると、瑛士の横に立った。

「ちょっ、ちょっと」
「いいですか。城内の水路と、東に流れ出る川は、途中で幾つかこのような分岐路を通過しています」

 抗議はつっぱねて、彼女は羊皮紙に図を書き加え始めた。
 水路の分岐路、ということは基本的にY字やT字、多くても十字路になっているものだろうと瑛士は予想していたのだが、彼女が描いた図はそのどれとも異なっていた。
 円を描くようにして、交差する一端の手前からやや平行して走り、合流する。
 出て行く水路も同じように道を作り、並行した道から一瞬だけ交錯して再び分かれる。

 どこかで見たことあるような、と思ったところで、瑛士は水路の正体に気づいた。

「こ、これは!!」
「役に立ちますよね?では、報酬を楽しみにして待ってますね」

 しっかりと瑛士が頷くのを確認してから、シャルロッテは距離をとって離れた。
 そのまま彼女は部屋を出て、ゆっくりと扉を締める。
 ヒントにしては正解に近い大ヒントだった。あとはこれを、現実の設計に落としこむだけである。
 瑛士の徹夜は更に一晩伸びることになった。

◆◆◆

「ダンター様。ダの国の水路をすべて工事しましょう」

 目を覚ましたダンターが聞いた第一声は、お付きのドゥオルグではなく魔法技師のその第一声だった。

「ふむ……金属で吸い寄せるのは諦めたのかね?」
「いいえ、諦めません。合わせ技でいきます」

 そういって瑛士は複数の羊皮紙を広げて見せた。
 そこにはシャルロッテが描いた水路図を三重にも四重にも重ねた複雑な水路が描かれていた。

「それぞれの岐路に、金属塊を置いて、引き寄せる魔法も併用します」

 準備よく、瑛士は懐に入れていた金属片を設計図の上に置いていく。
 適当においているように見えたが、設計図全体を見れば一定の周期で規則性があり……それらをひと通り説明するころには、ダンターもこの大魔法の仕組みを理解していた。

「なるほどなるほど。水路の中の金属片を小さく吸い寄せて分岐させ、」
「"水を流さない水路"を平行して走らせることで純粋な水を弾いてそれをまた別の水路に寄せます」

「不純な水路は最初の金属を含んだ水と平行して走らせて再び引き寄せて、」
「それを繰り返すことで純度はかなり上げられます」

 金属を引き寄せるだけで取り除くのは不可能だ。
 であれば、金属を含んだ水そのものを使えばいい。
 だが、水に魔法は描けない。

「だから水路に魔法を仕込み、水で発動させるのか……!なるほど。良いだろう!!」

 "良く出来たモノ"かどうかを判断するのに、ドゥオルグ以上に適切な種族は居ない。
 彼はこの計画の採用を即断した。

「施工に一週間はかかるでしょうが、その間にテストを挟んでいけば……」
「ならばそれも急がねばな、エンジ殿。この工事、3日で終わらせるぞ?」

 徹夜は更に三日間続くこととなった。
+注意+
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