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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

何と成り、何を為し

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第17話 いくじなし

 部屋の扉を開けると、そこは魔界だった。
 そういって差し支えないほど、部屋は物が散乱して異界の様相を呈している。
 床には無数の羊皮紙が散らばり、壁には地図が貼り付けられて、なにやら書き込まれている。机の上にも資料が山のように積み重なり、その向こうに人はいるようだが、姿は確認できない。
 そして何より、壁の棚をうめつくす無数の石。傍目には何が違うのか分からない石を並べて、学徒達があーだこーだと言葉をやりとりしている。

「エンジ様」

 その喧騒を一言で沈めたのはメリルのそれはそれは冷たい、恫喝めいた声だった。
 こんな部屋に姫を呼びつけるとは何事か。
 いったい何のために呼びだしたのか。
 ちゃんとした釈明がなければ、その時は……。
 あらん限りの叱責を瞬時に思い浮かべていたのだが、資料の壁の向こうから現れた瑛士の姿を見て、二人は息を飲んだ。

「ぁ゛ー。お待たせしました、姫様」
「ちょっと待ちなさい。なんですか、その声は」

 周囲の目があるというのに、メリルは普段の丁寧口調を捨てて瑛士を叱り始めた。
 ひどい惨状である。髪は脂で固まり、目元には深く黒いクマがくっきり出来ている。指先はインクやらなにやらで汚れていて、それを拭ったのか、服にも染みがいくつもついている。立っているだけでも足が震え、絞り出した声はガラガラで、聞き取るのも一苦労だ。

「いえ、ちょっとばかし徹夜をですね」
「徹夜……。まさか本当に寝ていないのですか!?」

 シャルロッテが驚いて身を乗り出そうとするが、足元が覚束ないので部屋の中に入ることすら出来ない。
 徹夜といっても、まったく休憩を取らないわけではないだろう。そもそも、夜を徹して間に合わせたのなら昼にだって寝こむことはある。

「まぁ、徹夜ですから」
「この三日間、ずっと?」
「途中ちょっとだけ寝ちゃいましたけど、なんとか終わりましたよ~」

 終わったかどうかなんて聞いていないが、相手の話を聞かないのはお互い様だった。
 背後をついてきていた護衛兵に微笑みかけながら問いかける。
 まぁ、微笑み作りは珍しく失敗していたのだが。

「ダナン。彼の睡眠時間は?」
「……日に十分であります」

 びきっ、と何かが割れる音がして、シャルロッテとメリルの間には強固な意思が固まった。
 一晩、遅くまで作業するだけでも疲労は翌日に持ち越されるというのに、それを三日間。
 70時間近く働き詰めたという。
 彼が仕事に関して無頓着にこなそうとするのは分かっていたが、少し目を離した隙にどれだけ自律できなくなるのか。
 怒るにも呆れてものもいえなかったメリルだったが、場をとりなしたのは先程まで踏ん切りのつけられなかった姫だった。

「エンジ様。お話は後で伺います。まずはいったん体を洗って、ゆっくりとお休みください」
「いえ、でもですね。品質が悪くなっている原因はなんとなく掴めたんですよ。後は……」
瑛士さん(・ ・ ・ ・)。言う通りにしてもらえなければ、聞きませんから」

 では。
 頭を下げて二人は退出し、シャルロッテは扉を勢い良くバタンと閉じた。
 部屋の中ではとりあえず解散しましょう、とばたばた片付けが始まっているようだ。
 だが、シャルロッテには部屋の中の声など届いていないだろう。

「姫様」
「う、うぅ……言わないでいいから」
「さすがヤーシャ王の血縁ですね」
「言わないでいいったら!どうせ勢い任せよ!」
「いえ。王とは違い、英断です」

 さて。いかに不精でも侍女をつければ今晩にでも瑛士は顔を出しに来るだろう。
 そうなれば、顔を合わさずにはいられない。

「ねぇメリル。どうやったら引き伸ばせるかしら……」
「言っておきますが、付き合いませんよ」

 薄情者!という叫びは轟音にかき消されて聞こえないことになった。


◆◇◆


 侍女をつけて身を清めるとなれば裸体の一つや二つは晒すことになる。普段の瑛士はさすがにお断りして一人で体を清めていたのだが、今日ばかりはメリルに押し切られて他人に体を洗ってもらうことになった。
 となれば反応の三つや四つはあったのだが、何故か何事も起きなかった。

(侍女の皆さんの肉食系の目は変わらないんだけど……)

 ひとまず責任問題に発展しなかったことに瑛士は安心しきっていて、よもやトップダウンで釘を刺されているなど気づきもしなかった。
 身を整え、報告の準備をまとめ、使いを走らせて許可をもらってからシャルロッテの部屋を訪問した。
 事はつつがなく進んでいた。
 つまり、彼は油断していたのだ。

 部屋を開けてまず気づいたのは、香だ。
 瑛士の知識では、中世ヨーロッパでは、香は主に臭い消しに使われていたそうだが、魔法による洗浄技術が発達しているヤーシャの国では違う。
 彼の暮らしていた時代と同じように、オシャレや雰囲気作りに使われているとのことだ。

 だが、彼は率直に表現して、寝ぼけていた。
 当然である。三日連続の徹夜作業の疲れが数時間の休息で取れるはずもない。
 むしろ頭の中は報告するべき情報以外はすっからかんで、真っ白だった。

 その真っ白なキャンパスに飛び込んできてのは、国を傾けるほどに気合の入ったシャルロッテだった。
 一瞬だけ目が合い、すぐに逸らした。正確には吸い込まれる力を自覚して、逸らされた。
 濃い空色のドレスは、色違いだがサアラが着ていたものにそっくりだ。違いと言えば、サアラのドレスに作られていた頂きは無い。しかしその代わりに十分な魅力を放っているのが、ドレスから伸びる白く細い四肢だ。豊満さではなく人形のように細く可憐さを備えた足が組まれ、その奥の影に興味のまま吸い寄せられかけて、冷静にイカンと判断して視線を顔に戻す。
 先程は白かったシャルロッテの首から上が、桃色に染まっていた。

 事前に伺いは立てている。
 事故ではない。
 であれば、この状況の意味は、なんの意図があるのか。
 瑛士は察した。

 この後ドゥオルグとの会談があるのだろう。
 報告は手早く済ませなければ。

「えー、魔道具の品質が落ちている原因が判明しました」
「……えぇ。それで?」

 そこで話を止めさせられなかったのがシャルロッテの敗因だった。
 誘うような……否、正真正銘誘いながら真面目に仕事の話を始めたせいで、自分の場違い感は強くなる一方だ。
 だいたい瑛士は徹夜でフラフラになりながら仕事をしていたのに一体私は何を……。悩む間に瑛士の報告は済んでしまい、何一つ耳に入らず頭にも残っていなかった。

「というわけで、石質調査の魔導具を作りましたので、ドゥオルグの方に協力をお願いしたくてですね」
「えっ!?えぇ、分かりました。メリル」
「かしこまりました。明朝には必要な人数を揃えます」

 いつの間に話が終わっていたのか……。
 空返事で許可を出すと瑛士はあっさり退出し、部屋には静寂だけが残った。

「前言を撤回させていただきます」
「言わなくていいわよ」
「王は狙われた獲物を前にして逃されたことはありませんよ」
「だから、言わなくていいの!!」


◆◇◆


 翌日、瑛士の元に十数人のメンバーが集まっていた。
 魔法を教わる学徒達に加え、ダンターを含めた数人のドゥオルフ達も揃っている。
 話を聞いていなかったシャルロッテと、実際に手配したメリルの姿はない。

「ふむふむ。さて、それで、ワシ達を呼びつけた理由を教えてもらえるかね?」

 ダンターは瑛士が手に持っている魔導具を指さしながらそう聞いた。
 瑛士が持っているのは、石で出来た立方体の箱だ。箱の頂点にはそれぞれ宝石が備え付けられており、頂点を結ぶ辺上にも溶けた金属が張り巡らされている。
 宝石と金属を使っているからには高等な魔術が刻まれているはずだが、この世界の人間ドゥオルグもエルフもは、魔法を読み解けず、魔導具の類似する形状から推察するしか、魔法を判別する方法がない。
 つまり、今まで誰も見たことがない、新たな魔導具だった。

「まず、ダンター様。申し上げにくいのですがこの鉱山から取れる石の中には、確かにエレメントへの干渉力が弱まっているものがありました」
「残念だが、それは事実だろう。ワシらも分かっとる」
「はい。ですが、その品質劣化には偏りがありました」

 研究室の壁に並べられていた大量の石は、それを判別するためのものだった。
 それぞれの石に同種の魔法をかけて、その魔法の強度を調査して並べる。結果として、石によって魔法の効果に強弱があることは確実になったのだが。

「この鉱山では、石をどこから採掘してきたのかは判別しないのですね」
「うむ。ドゥオルグは石の種類なら生まれた時から違いがわかる。採掘を続ければ深さも変わり、出てくるものも変わる。どこから取ってきたかは気にせんのよ」
「なので、今回はそれを調べていただきたいのです」

 瑛士は箱を両手で持つと、左右の面にあった金属板に指を触れる。
 効果は一目瞭然だった。
 箱の頂点にあたる宝石が、それぞれ光りだしたのである。
 一様に光っているだけに見えたが、それらの光度は微細な違いがあった。そして特にそのなかの一つは、輝きが弱かったのである。

「これは石が発生させるエレメントに反応して、宝石が光る魔導具です。これを使えば、どのあたりの石が弱っているのか、わかります」
「おぉぉ!素晴らしいではないか!で、なんでワシらが呼ばれたんじゃ?」

 たしかに、と周囲のドゥオルグたちがざわめきだす。
 この道具があれば、ドゥオルグは必要ない。
 ドゥオルグには仕事がある。各々が仕事を果たせないのなら、仕事が滞る。
 彼らは仕事の虫だ。それどころか仕事が無いと生きがいがないのだ。
 もちろん、そんな彼らが働くための理由を瑛士は用意していた。

「理由は2つあります。ひとつは、ここの坑道はドゥオルグのサイズで作られているので、人間では苦しいからです」

 なるほど、とドゥオルグたちが瑛士を見上げて納得する。
 ドゥオルグの中で一番大きいダンターでも130センチほどだ。平均すれば100センチちょっと。小学生くらいの大きさしかない。
 だが、本当の理由はもうひとつの方だった。

「もうひとつ。おそらく、ここの土がやられている原因が、鉱毒だからです」

 鉱山病、というものがある。
 日本の教育では足尾銅山の鉱毒事件は必ず教わっているだろうが、鉱山病は日本だけのものではなく、世界中で遥かな昔から発生し続けているものだ。武器や道具を金属で作るはるか昔から、貨幣や塗料のために人間は鉱山から鉱物を取得し、同時に鉱毒に侵されてきた。
 そして、この異世界でも。

 鉱物を錬成するなどして処理する際には、かならずと言っていいほど何かしら人体に悪質な物質が発生する。
 それらは排水や煙気の中に大量に含まれ、どこかで体内に入り、鉱毒を吸収した人間は数年で死に至る。
 土にとって悪質な成分が流出すれば土は傷み、土地は病み、そこから生まれたものを口にした動植物もまた汚れていく。

 だが、ドゥオルグは違った。彼らに鉱山病の症状は出ていないという。
 原因は定かではないが、彼らはこの環境下でも病まずに活動を続けられるのだ。
 彼らが石から生まれてきているからか。それともエルフが人間に理解できぬ魔法を使うように、彼らも意図せずともエレメントの力でそれを防いでいるのか。
 ともあれ結果として、土は病んでも彼らは病んでいない。
 ドゥオルグの協力は不可欠だ。

 というようなことをしっかり説明すると、ドゥオルグ達はあっさりと納得した。

「なるほど。仕事に必要ならば、仕方ない」

 それどころか、瑛士の説明に大いに納得した彼らは土に申し訳ないとさめざめと泣き始めたのだった。

「おぉ、父母そのものである土石に負担をかけていたのか」
「それにも気づかず、我々のなんと不甲斐ないことか」
「ありがとう、エンジ殿。本来は我々が気づかねばならないことを」

 とりあえず仕事にならないので泣いているドゥオルグはなだめて、無数に広がる坑道にそれぞれ散ってもらった。
 職業意識が強いと、無駄な話をしなくてすむなぁ、と感心しながら待っていると、ドゥオルグ達は無数の情報を持ち帰ってきた。
 あの坑道の奥はこちらの光が弱かった。
 掘り始めたこの坑道の奥はどちらも強い。
 入り口の方の土はどちらも弱っている……。

 それらの情報をつなぎ合わせるのは、エンジ達人間の仕事だった。
 あらかじめ調査中に仕入れていた地図に、それらの情報を書き込んでいく。
 だが、それだけでは病んでいる土の方向がわかるだけだ。
 傾向はあるが、その原因は突き止められない。

「一日だけなら大丈夫でしょう」

 瑛士はもっとも土が弱っていると思われる方角の調査へ、自ら乗り出すことにした。

「一人では迷うかもしれん。ワシもついていくとしよう」

 何故か下っ端を護衛につけるでもなく、ダンター自身が同行を申し出た。
 その時の瑛士は理由を考えることもせず、二人は一緒に暗い坑道へと潜っていった。
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