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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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第1話 召喚は失敗しました。

 大陸東端に位置するヤーシャの国の、その王都。
 平野に広がる巨大な円の中には城下町が広がり、その中心部には2つの巨大な建造物があった。
 一つは一目見ただけで分かる、この国の主城である。2つの高い尖塔があり、そのうちの高い方の屋上には赤い国旗が風に踊っている。

 だが、その日。国の命運にも関わる大事が起きていたのは城ではなく、隣接するように立てられていた神殿の更に奥底深くであった。

 神殿というくらいだからその施設では当然神を祀っているのだが、神官たちの仕事の半分は神に仕えることではなかった。
 魔導具。
 それを持つだけで魔法を使えるようになる神秘の道具。その修理や製作が彼らの生業の半分であった。
 国民たちも壊れた魔導具を神殿に持ち込む習慣があるため、神官の姿が見えなければ魔導具関連の職務があるのだろうと納得するのだが、この日はそれにしても神官たちの姿が目につかなかった。

 それもそのはず。神殿の地下に設えられた秘密の部屋に多くの神官が集まっていたからだ。

 地下に作られた巨大な石室に、円と五角形と三角形が組み合わされた巨大な絵図が描かれ、神官たちが総出でそこに奇異な文字を書き込んでいった。

「ヤーシャ王。シャルロッテ姫。お待たせいたしました」

 すべての準備が終わると、一人の神官が壁際に佇んでいた二人の男女の前で頭を垂れた。

 二人の髪は、血のつながりが一目で分かるほどに同じ赤銅色をしている。
 ヤーシャ王と呼ばれた男の方はまるで軍服のように余計な飾りを取り払った黒の衣服だったが、並々ならぬ偉丈夫で、腕を組んで立っているだけでも周囲を威圧するような気を放っていた。
 対して女の方は小柄で線が細く、またそれを際だたせるような白亜のドレスに身を包んでいた。

「ロッテ」
「はい、お兄様」

 王は胸元のポケットから巨大なブローチを取り出した。
 悪趣味なまでに巨大で、ギラついた青い宝石がそのブローチの面積の大半を占めている。
 姫はそのブローチを丁寧に受け取ると魔法陣の目の前で跪き、宝石の表面につけられた傷を指でなぞりながら二言、三言呟いた。
 瞬間。ブローチから光が溢れだし、魔法陣の上を稲光のように走る。だが、暗い石室の中に突如発生した閃光のせいで、その様子を目撃できた者は居なかった。
 全員がきつく目を閉じて眩さに耐えてまぶたを開くと、そこには体を丸めて寝ている異風の男が現れていた。

 男はピクリとも動かず、寝息も立てていない。
 まさか死んでいるのでは。失敗したのか?
 神官とヤーシャ王は怪訝に思いつつもその場から動けなかったが、唯一足を踏み出したものが居た。
 シャルロッテ姫は男の様子を不審に思って覗きこむ。
 人の気配を感じたからか、機械じかけのようにパチンと男の目が開いた。

 男の目はぐるぐると周囲の光景から情報を読み取ろうとし、目の前でこちらを覗きこむ美女に吸い込まれ、そこから離れて吸い込まれを三度ほど繰り返し、美女と正面から見つめ合う形で停止した。
 だが、彼女に見とれているような余裕はなく、彼は頭の中で自分の状況を把握しようと高速で回転していた。

 最近は仕事しかしていない生活だった。
 いったい何に影響されて、こんな夢を見ているのだろうか。
 最近見た深夜アニメにいたヒロインとは髪の色が違う……というかその最近も既に2クールは昔の話だった。
 などと冷静に考えながら寝そべっていると、室内に少女の声が響いた。

「もし。お目覚めでしたら、お名前をお聞かせ頂けますでしょうか」

 夢とはいえ、女性の前で寝そべっているのは行儀以前の問題だ。
 くせっ毛でグルグルの黒髪をした痩身の男は、床に手をつきながらゆっくりと上半身を起こす。
 手はしっかり床を掴んでいるはずなのに、彼の視界は思考に負けず劣らずの早さでぐるぐると回転していった。

 過労と、寝るためにムリヤリ飲んだ酒のせいだ。
 何度も経験のある浮遊感に、離れてもらおうと少女に手を出す。
 が、気持ち悪さをこらえるために声は出ず、少女はその手をとってしまい、

「あの……お加減は」
「う゛お゛え゛ぇ゛ぇぇぇぇ」

 吐いた。美少女に。盛大に。

 夢にまで見た仕事からの開放。そして異世界との遭遇。
 ファーストコンタクトは大惨事で終わった。
 ゲロの色はエナジードリンクの緑色だった。


* * * * *


 そしてあっという間に三ヶ月が過ぎた。
 三ヶ月経っても未だに思い出すだけで恥ずかしいことをしでかしたのだが、結論を言ってしまえば大粗相は夢ではなく、そしてマンガのように異世界へと召喚された私は、おめがねに叶うような異世界人ではなかったらしい。

 どうやら私を召喚しようとした人(というかこの国)は、屈強な戦士か何かを求めていたようで。
 ひょろひょろのシステムエンジニアは期待はずれだったようだ。

 即戦力を欲しがるとはなにやら物騒な臭いがするのだが、召喚に失敗した私も臭いもののようで、神殿とやらの外にでることは出来ず、押し込まれて蓋をされていた。

 それだったらせめて元の世界に帰してくれとお願いはしてみたのだが、どうやら片道通行で元の世界には帰れないらしい。
 残してきた仕事は心配だが仕事以外に心配するものはなかったので、この世界での衣食住だけ保証してもらってのうのうと暮らして三ヶ月。
 そう、何をするわけでもなく、三ヶ月があっという間に過ぎ去ってしまった。

「おい、ゲロ。また"捧げ物"があるから、直せそうにないやつは奥の部屋に運んでくれ」

 ぼーっと机に座っていた私の肩をたたいたのは、神殿で上司としてあてがわれた男だった。
 いつまで経っても私の名前を呼んでくれないので、私も彼の名前は覚えないことにしている。

「いえ、私の名前はゲロじゃなくて……」
「あーあー。エンジ、だっけ?」
「エンジニアは職種でして、名前は……」
「名前はいいからとりあえず働いてくれ。大きな商隊が祭の前で集まってるから、"捧げ物"も多くて大変なんだ。遊んでる暇はないぞ」

 ゲロという名前にはもちろん悪意があるのだろうが、私が粗相をした相手はお姫様だったらしい。私は国家レベルのゲロ野郎であるからして、受入れねばなるまい。それに三ヶ月も呼ばれていれば慣れてしまうものだ。
 殺されていないだけマシで、怒鳴られもしなければ居心地の悪い無視もされない。
 生きていくには十分な環境だと、瑛士は本気で思っていた。
 大して重くもない腰を上げてみれば、確かに山のような捧げ物こと魔道具が積み重なっているのだが、細かく運んだとしても一時間もかからないような量だった。

 時刻は先ほど正午を回ったところだ。
 捧げ物の納品は午前しか受け付けていないので、これを運び込めば午後は丸々暇になる。
 他の神官の方々はこれから本職である神に仕える神官としての仕事に戻るそうだが、私はこの国の宗教に属していないので何をしても、していなくても怒られない。

 せっせと勤勉に捧げ物を振り分ける。
 直せるものと、直せないものの二種類だけ。
 この世界で魔法というものが生み出されてから200年が過ぎているらしい。地球との暦の違いを計算すると実際は百数十年なのだけどそれはさておき。
 問題は魔導具をみだりに作られないように、貴重な魔導具は製法すら残されていないこと。
 残っているのはメンテナンスをする方法くらいで、それも全て口伝だということだ。
 魔法の技術を盗まれることを恐れて、石板や書物にはいっさい残されていないらしい。

 そして現在。魔法の仕組みについて理解している人材がいないなう。

 仕事を与えられた最初は絶望したものだ。
 ここにこういう模様がある。その場合はこう。
 そうなっていたらアレする。
 アレがダメなら修理不可。

 どういう理屈で動いているとか、そういうことを理解している人は誰一人として居なかった。
 そしてそれを理解しようとするものもいなかった。
 今あるものを、ただ運用するので彼らは精一杯で、彼らは任されている以上の仕事はこなさない。

 手順書も残さずに、口で伝えるだけの仕事とか怖すぎるでしょう。と思ったのだが、それは前の世界での職業病のようなものだろうか。少なくともここの神官たちはその手の心配をしていなかった。
 この世界では捧げ物を壊してしまうような障害(ミス)が許されているようだが、システムエンジニアの魂に刻まれた"障害"という言葉への恐怖心はかたくなにそれを受入れなかった。

 結果、私はこの三ヶ月、日が暮れるまで倉庫にこもり、壊れた魔道具を研究していたのだった。

「これも、これも、ダメ、ダメ」

 そして今日もまた同じことの繰り返しである。
 分解して、模様を解析する。
 一定のパターンを見つけ、少し変えては動きを確かめ、動かないことを受入れ、解析する。
 万が一メモを取って見つかったら大問題なので、脳内に魔導具に刻まれた紋様のパターンを記憶していく。そしてどのように書き込まれた魔法や模様が光るかを検証し、それもまた覚えこんでいく。

「だけど、多分……」

 元々がIT企業のシステムエンジニアだ。脳みその中で論理をこねくり回すのは大の得意。
 神官たちの経験則で「直せない」と判断されたものを直せたことは、この三ヶ月に一度もなかったが、それらが壊れても誰も文句は言わない。
 十分に実験は繰り返せた。
 彼らから後ろ指をさされていることも知っている。まぁ後ろ指どころかゲロ扱いなんだけども。

 それでも口をついて出る言葉がある。
 たぶん。
 その先は出てこないが、喉まで出かかっている。

 よく分からないままでも、三ヶ月も触れていれば大体のことはなんとかなる。どんな死地(デスマーチ)に送り込まれてもなんとかしてきたその経験則が、出口が近いことを教えてくれていた。
 模様を追って。
 書き込まれた謎の文字のパターンを当て込み。
 どうしても見つからなかった論理の行き先。
 だがしかし、それらのパターンを覚えることはなぜか苦にならなかった。
 なぜ、この不思議な模様は、読めない文字達のリズムは、こんなにも馴染むのだろう。
 魔導具を床においてじっと見つめているうちに、指がそこにはないキーボードを叩いた。

 p u b l i c。

 あ、と声が漏れた。

「見つ、けた……?」

 顔がくっつくほど近づけていた魔道具から目線を外し、天井を見上げて深呼吸。
 ヒートアップした頭を冷やして、もう一度目線を落とす。

 分かる。

 i f 。e l s e。

 気づいてしまえばなんて単純なこと。
 この三ヶ月で触れることなく朽ちようとしていった知識が急速に蘇ってくる。

 読めなかった紋は全て"英語"に置き換えられる。正確には単純な英語ではない。それはとある言語における、命令(コマンド)
 自分の知らない文字だから異世界の言葉だと思い込んでいたけれど、その文法や配置が分かれば、アルファベットに置き換えられる。

「なんだ、なんだよちくしょう!うは、うははははははは!!!!」

 誰にはばかること無く大声で笑い声を上げた。
 なんという偶然だろう。なんという幸運だろう。
 コレは、この世界の誰もが理解できないこの"魔法"とは。

「プログラミング言語じゃねぇか!!」

 そうと分かれば、今まで読めなかった魔道具を手当たり次第にひっくり返して、目を走らせる。
 ところどころにプログラミングの常識が古いところはあるが、それを全て分かることが出来た。
 久々の快感に笑いが止まらず、倉庫から漏れ聞こえる笑い声で翌日から私に声をかける神官は少なくなったけれど、それでも全く構わない。

 ここで得た知識をどうするかは後で考えることにした。
 とりあえず今は、出来るだけ正確に、そして出来るだけ多くの魔法を学びたかった。
 メモを取ることは許されていないから、毎日少しずつゆっくりと、着実に魔法の知識を増やす。
 誰も入らなくなった倉庫の奥で、ひっそりと"動く魔道具"が増えていった。

 たった一人の勉強会が終わりを告げ、私の秘密がバレてしまうことになったのは、この発見から更に三ヶ月も過ぎたあとの事になる。
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