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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

東の森の来訪者達

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妖精演舞

 前世では仕事漬けの生活を送っていた瑛士だったが、デートの経験が無かったわけでもない。しかし豊富だったと言えないところが泣き所で、その数少ない経験の中には夜遅くの待ちあわせも無かった。
 城での食事も終わり、祭りに沸く街でも喧騒が一段落して、落ち着いた時間が過ぎていく。

 待ち合わせ場所に指定されたのは西の城壁だった。
 この星も衛星はひとつなんだなぁ、と瑛士はぼーっと景色を眺めていた。

 城の西には教会が接しているが、城壁の上では尖塔と目線が合う程度の高さだ。あそこにこもっていた日々が懐かしい。
 尖塔から目線をそらすと、視界には地平線に広がる険しい山々が見える。
 あの山はヤーシャの領土ではなく隣国らしいが、立派な鉱山なのだとヤーシャ王は舌なめずりしながら夕食時に教えてくれたが、いずれエルフの住まうという森も含めて、見聞を広めてみたい。

 山から目線を伸ばす先は夜空。
 星がきれいだ。
 それはこの世界の文明が、いまだ自然を失わないレベルにあることを示している。
 だというのに、魔法とはオーバーテクノロジーそのものだ。
 これを作った先代は何を思っていたのか。
 これを広めた先代は何をどんな世界にしたかったのか。
 あるいは、何も考えていなかったのか。そんなはずは無いけれど。
 折に触れて予想してみるが、答えは見えない。

「待たせて、ゴメン」

 足音に振り返れば彼女がいた。

 これは、まずい。

 出てきた感想は、そんな貧相なものだった。
 だが致し方ない。これほどまでに美しい女性の容姿を褒めたことなど、瑛士にはないのだ。
 まず、彼女が着ている緑のドレスだ。肌を露わにした服装よりも、ドレスの方が淫靡さが増しているというのは何故だろう。おそらく、この世界では一般的な肌をほとんど出さないドレスとは大きく異なってからだろう。
 肩から胸元まで大きく解放され、豊かな胸が下から補正下着で押し上げられている。膝上までのスカートは太ももを隠しているのに、ひらひらと風に揺れて目線を吸い寄せる。
 手先から肘までと足先から膝まで伸びる手袋とソックスは、普段シャルロッテが付けている純白のものと同じだ。だというのに褐色の肌の上で際立っているのか、闇夜でもはっきりと見える彼女の指先の動きが気になってしまう。
 後ろ手に組んだ指はスカートを押し上げる尻の上にのせて、背中側もちらりと見せる。

「ロッテとメリルが用意してくれたの。どうかな?」

 最近できた親友の悪知恵は、瑛士に直撃していた。
 恥ずかしそうにしながら尋ねる彼女の声に頭がクラクラしていたが、瑛士は気力を振り絞って体をピンと伸ばした。

「エルフの美女の晴れ姿なんて、僕には高嶺の花だよ」
「たかね?」
「僕が見せてもらうにはもったいないくらい、その、綺麗だって意味です」
「そ、そっか。ありがと」

 瑛士としては感動の百分の一も伝えられていないのだが、サアラには十分だった。
 けれど。

「でも、見せたいのはコレじゃないんだ」

 そう言ってサアラは背筋を伸ばし、ぎこちなくスカートの端を摘んでお辞儀をした。

「前とおんなじ。口には出せないから」

 そうして彼女は踊り始めた。

* * * * *

 その光景を遠目に見ながら、シャルロッテとメリルは自分たちの作戦の成功を確信した。
 もちろん、瑛士への色じかけではない。そちらは仕掛けを必要としない。
 大きく裁断したドレスは今のヤーシャの国のドレスコードに照らし合わせれば破廉恥そのものだ。だが彼女は貴婦人ではなく狩人で、城下の民ではなく森に生きる美の化身であり、そしていまは一流の舞踊家である。

「踊り子に裾を踏むような衣装を差し出さなくて助かりました」
「踊るなら踊ると言えばいいのに」
「良いではありませんか。お兄様のようになってはいけませんが、結果だけを見ても良いことはあるものです」
「……口調、戻ってるわよ」
「失礼ついでに一言言わせて頂きますが、機を見つけたら飛びつくほうが良い時もあります」
「ハセン様のように?」

 不用意な一言で、穏やかな空気は凍った。
 ハセン・パルシバール。兄の親友だった人。そしてメリルの愛した故人。
 兄と共に戦場に飛び込み数多の功績を上げたその人は、シャルロッテにとっても二人目の兄のようだった。

「ごめん」
「私も出すぎたことを申しました」
「いいのよ。私がそれを貴女に求めているのに、甘えすぎただけ」
「お気になさらず。私の助言などなくても、機会はすぐに来るでしょうから」
「……別に、来なくても」
「そういうことにしておきましょう。今はあの踊りを見ながら、酒杯でも楽しんでください」

 用意がいいわね、と豪奢なソファに埋もれながら、シャルロッテは見惚れていた。
 踊る彼女の手足の先に緑と青の光が舞う。
 その様子は、

「きれいね。まるで、」


* * * * *


「まるで妖精だ」

 ヤーシャ王はためらわずに、己の直感と確信を持って踏み込んだ。
 刃ではなく言葉で、曝け出せ、と横で酒杯を傾ける老婆に斬りつけた。

「……ほんとうに、似てるねぇ。あの技師も。お主も。見た目から言うことまでそっくりさ」
「では、アレはそういうことなのか?」
「さてね。その謎を解くのはアンタじゃないよ」

 突き放したような言い方は拒絶のような冷たさはなかった。
 まるで……といっても見た目そのままに、老婆が孫をあやすように優しく、確信を持った答えだった。
 酒杯を煽ったヤーシャ王は、老婆に酒を注いだ。

「初代の頃から貯蔵されてきた最後のワインだ。楽しむといい」
「当たり前さ。こりゃ私があいつに教えてやったもんだよ。私が飲むに決まってるじゃないか」

 カカカ、と楽しそうに笑う老婆に合わせてヤーシャ王も笑う。
 細かいことは全部瑛士に任せてしまえ、とお達しもあったことだ。考え事をして酒をまずくする必要はない。
 妖しい舞を肴にしながら、ヤーシャ王は窓の外から離れていった。


* * * * *


 彼女が見せてくれたもの。それは舞だ。
 ドレスをひらひらひらりと舞わせながら、彼女の細い腕が何かをかき集めるように抱かれて、胸の上に翠と蒼の光が集まる。
 腕を広げて光を放ち、くるくるくりと回って再び光を集める。
 光の粒子と踊る彼女の様子に見惚れていたが、瑛士はハッと気づいた。

(これは精霊、なのか?)

 蛍のような淡い光を纏いながら、サアラは瑛士をじっと見つめて舞い続ける。けれど瑛士は、彼女が見つめているのは自分ではないと思っていた。
 彼女の言う"前"もこうして舞ったのだろうか。これを見て前任の魔法技師は何を思ったのか。
 何を思ってくれたと想像して、サアラは今再び舞っているのか。

 瑛士には前任の感情までを推し量る事はできない。瑛士に出来るのはこの舞を見て、前任が気付いたであろうことに、同じように気付くことだけだった。
 ただそれでも。たとえ当時のサアラが幼かったとしても、前任も同じような感想は持っただろうなと瑛士は確信していた。

(まるで、妖精のようだ)

 彼女の踊りは長いようで短かった。
 最後に大きく光を解放して、彼女は頬を上記させたままにこりと微笑んだかと思うとお辞儀をした。

 彼女の頭は上がらない。
 風の音にまぎれるような、か細い嗚咽が漏れている。
 泣いてばかりの女の子。年齢は遥かに上だけれど、瑛士から見れば彼女は女の子だった。
 それに彼女を泣かせているのは自分ではなく先代だと割り切って、瑛士は声をかけた。

「ありがとう。分かったよ」

 顔を上げた彼女は、笑顔に戻っていた。
 泣き笑いだったけど、そこには確かに笑みがあった。喜びがあった。

「こちらこそ、ありがとう。先代が、言ってくれたのと同じ」

 先代、と絞るように、惜しむようにサアラは言った。
 二度も泣いて、ようやく彼女はそれだけのことが出来るようになった。
 前任が名前を残さなかったのは罪深いな、と思った瑛士は考えもせずに口を開いていた。

「瑛士だ」
「エイジ?」
「そう。それが僕の本当の名前」

 こう書くんだ、と瑛士は自分の名前を手すりの上に指で描くが、サアラは手元ではなく瑛士の顔を見ていた。

「な、なに?」
「へー。エ、イジ……エイ、ジ。うん。瑛士って、自分のこと僕って呼ぶのね。初めて聞いた」
「あー。顧客(クライアント)の前だと丁寧に話さないとね」
「私はお客様じゃないってこと?」
「魔法技師の存在は、エンジという名前で広がれば良い。だけど僕のことは瑛士と覚えておいてくれると嬉しい」

 自分の名前を残せず、与えられた立場と足跡だけを残した先代。
 残したのか。残せなかったのか。そこに無念がなかったのか、瑛士には分からない。
 だけど自分の名前を隠して、誰かがそれを悲しむのは。

(自分なら嫌だな)

 ヤーシャ王と約束したのは魔法技師としての名前をエンジと広めることだ。
 瑛士という名前を魔法技師として広めるわけではないのでセーフだろう。

「分かった。私がしっかり覚えて後世に伝えてあげるわ」
「いや、公の場で呼んじゃだめなんだ。だから覚えてくれてるだけでいい」
「ふぅん。エルフの風習とそっくりね」

 そうなの、と聞くとサアラは王城の尖塔を見上げた。
 きっとそこにいる人を見ている。

「個人を捨てて、公の名を得る。名は体を表す。
 だから長老も本当は名前があったんだって。長老より長生きしてるエルフは居ないから、もう誰も知らないけど」
「なるほどね」

 瑛士は一緒になって城を見上げた。
 その中の一室で、誰かが手を振っているのが見えた。

「ロッテだ」
「見えるの?」
「もっちろん。狩人は目が命よ」

 ドレスのお礼しなきゃ。
 行きましょう。

 彼女に手をひかれて、二人は城壁の上から姿を消した。
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