挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

東の森の来訪者達

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

17/28

第14話 妖精演舞

 仕事に追われて半分人間をやめていた瑛士だったが、デートの経験が無かったわけでもない。ゼロではない、というだけだったが、それでも、待ちあわせの時間は遅きに過ぎた。
 城での食事も終わり、祭りに沸く街でも喧騒が一段落して、落ち着いた時間……子供は寝て、大人は艶やかな時を過ごす月の高さだ。

 この星も衛星はひとつなんだなぁ、と待ちあわせ場所に指定された西の城壁上で、瑛士はぼーっと景色を眺めていた。

 城の西には教会が接しているが、城壁の上では尖塔と目線が合う程度の高さだ。あそこにこもっていた日々が懐かしい。
 尖塔から目線をそらすと、視界には地平線に広がる険しい山々が見える。
 あの山はヤーシャの領土ではなく隣国らしいが、立派な鉱山なのだとヤーシャ王は舌なめずりしながら夕食時に教えてくれたが、いずれエルフの住まうという森も含めて、見聞を広めてみたい。

 山から目線を伸ばす先は夜空。
 星がきれいだ。
 それはこの世界の文明が、いまだ自然を失わないレベルにあることを示している。
 だというのに、魔法とはオーバーテクノロジーそのものだ。
 これを作った先代は何を思っていたのか。
 これを広めた先代の描いていた絵はどんなものだったか。

「それを教えてくれるのかな?」

 振り返れば彼女がいた。
 表情の豊富な可愛い女性だとは思っていたが、今晩のサアラは暗闇でもその変化が如実に分かるほど美しかった。
 その理由が彼女のしている化粧だと気付いて、瑛士はなるほど、と思った。

 これは、まずい。

 これほどまでに美しい彼女の姿に返す言葉が全く思いつかない。
 褒めるところは、と目線を送る先すべてが褒める以外にない。

 いつもの質素な狩猟服ではなく緑のドレスを改造したものを着ているのだが、この世界の一般的なドレスとは大きく異なっている。
 隠すはずの胸元と谷魔の入り口が下から押し上げられていつも以上に視線を吸い寄せる。
 手先から肘まで伸びる手袋は白く、褐色の肌の中で細い腕と指先を闇夜に浮かび上がっていた。
 膨張色なのにすごいね、という感想は間違っても口に出すものではないことは確かだったが、ファッションの常識を覆すほど魅せるものが、彼女にはあった。

「どうかな?」

 恥ずかしそうにしながら、丸めかけた体をピンと伸ばす。
 羞恥からどもることが多い彼女にしては珍しい反応だが、これは早くも気を置かなくなっている親友の助言のおかげだった。
 そして組んだ手を背に流すだけではなく、それを尻の上に置いてくるっと一回転。
 それもまた、親友の悪知恵だったのだが、確かに瑛士の下心を捉えていた。
 ただでさえ短いスカートは盛り上がってさらに裾が上がっている。そこから伸びる脚はぴたっと寄り添い合わさって、だというのに確かな質感で目線を奪う。

 ただ、それでも瑛士は、幻想には流されず、実に徹した。実から離れられなかった。
 彼女の美しさは健康的で、魅力的ではあったが蠱惑的ではなくて、サアラが瑛士に”それ”を求めていないことだけはハッキリとしていた。
 彼女の流した涙を受け取ったのは彼だったのだから、その意味を履き違えることはなかった。

「エルフの美女の晴れ姿なんて、僕には高嶺の花だよ」
「たかね?」
「僕が見せてもらうにはもったいないくらいだって意味だよ」
「そ、そうか。ありがと」

 瑛士としては半ば事務的に、冷静に褒めるくらいしかできなかったのだが、褒められ慣れていないサアラには十分だったようだ。
 けれど。

「でも、見せたいのはコレじゃないんだ」

 女子のおしゃれがすべて男のためではない、と前世のネットで読んだことあるなぁ、と思いつつ、口では「なに?」と答えを促す。

「”前”とおんなじ。"口には出せない"から」

 そうして彼女は踊り始めた。

* * * * *

 その光景を遠目に見ながら、シャルロッテとメリルは自分たちの作戦の成功を確信した。
 もちろん、瑛士への色じかけではない。
 腕飾りとスカートを大きく裁断したドレスは破廉恥そのものだが、彼女は貴婦人ではなく狩人で、城下の民ではなく森に生きる美の化身であり、そしていまは一流の舞踊家である。

「踊り子に裾を踏むような衣装を差し出さなくて助かりました」
「踊るなら踊ると言えばいいのに」
「良いではありませんか。お兄様のようになってはいけませんが、結果だけを見ても良いことはあるものです」
「……口調、気をつけなさいよ」
「失礼ついでに一言言わせて頂きますが、機を見つけたらお兄様のように飛びつくほうが良い時もあります」
「ハセン様のように?」

 不用意な一言で、穏やかな空気は凍った。
 ハセン=パルシバール。兄の親友だった人。そして彼女の愛した故人。兄と共に戦場に飛び込み数多の功績を上げたその人は、シャルロッテにとっても二人目の兄のようだった。だから、気軽に思い出して、考える前に口をついて飛び出した。
 言うべきではないことが溜まりすぎて、溢れだす。
 言いたくないと思うことが真っ先に口から出る。
 悪癖だ。
 汚らしい唇を破り捨てるかのようにつねる。
 そうさせた原因は彼女だが、それを止めるのも姉代わりの彼女だった。

「ごめん」
「私も出すぎたことを申しました」
「いいのよ。私がそれを貴女に求めているのに、甘えすぎただけ」
「お気になさらず。……またしばらく、我慢して頂くことになるでしょうから」
「パルシバールの勘?」
「そういうことにしておきましょう。今はあの踊りを見ながら、酒杯でも楽しんでください」

 用意いいわねー、と豪奢なソファに埋もれながら、シャルロッテは思った。
 踊る彼女の手足の先に緑と青の光が舞う。
 その様子は、

「きれいね。まるで、」


* * * * *


「まるで、精霊のようだ」

 ヤーシャ王はためらわずに、己の直感と確信を持って踏み込んだ。
 刃ではなく言葉で、曝け出せ、と横で酒杯を傾ける老婆に斬りつけた。

「……ほんとうに、似てるねぇ。あの技師も。お主も。見た目から言うことまでそっくりさ」
「では、アレはそういうことなのか?」
「さてね。その謎を解くのはアンタじゃないよ」

 突き放したような言い方は拒絶のような冷たさはなかった。
 まるで……といっても見た目そのままに、老婆が孫をあやすように優しく、確信を持った答えだった。
 酒杯を煽ったヤーシャ王は、老婆に酒を注いだ。

「初代の頃から貯蔵されてきた最後のワインだ。楽しむといい」
「当たり前さ。こりゃ私があいつに教えてやったもんだよ。私が飲むに決まってるじゃないか」

 カカカ、と楽しそうに笑う老婆に合わせてヤーシャ王も笑う。
 細かいことは全部瑛士に任せてしまえ、とお達しもあったことだ。
 細かいことを考えて酒をまずくする必要はない。
 妖しい舞を肴にしながら、ヤーシャ王は踊り子と、そしてそれを眺める瑛士を見下ろした。


* * * * *


 彼女が見せてくれたもの。それは舞だ。
 ドレスの裾を、スカートを、ひらひらひらりと舞わせながら、彼女の細い腕と足が何かをかき集め、そして放つように振るわれる。
 踊りとしては奇妙な動きが何を表しているのか、答えはすぐに分かった。
 彼女の腕先、腰上、胸元に、緑と青の光がぼうっと浮かび上がり、彼女に合わせて踊り始める。

(精霊か)

 蛍のような淡い光を纏いながら、彼女はこっちをじっと見つめて舞い続ける。
 二百年の昔にも、こうして舞ったのだろうか。
 その頃はだいぶ拙かっただろう踊りを仕上げて、今の彼女は言葉も発さずに精霊を呼ぶ妖しい踊りを舞い果たしている。

 まるで、妖精のように。

 彼女の踊りは短く、同じ動きを三度繰り返して終わった。
 歓談し、
 酒を酌み交わし、
 ここに居ない誰かと見つめ合うわずかな時間の幻想。
 くるくると二回転し、サアラは横にピンと張った両腕をゆっくりと胸の前に持ってきて、深々と礼をした。

 彼女の頭は上がらない。
 たが、小さく、風の音にまぎれるようなか細い嗚咽が漏れていた。
 泣いてばかりの女の子。苦手ではあるが、彼女を泣かせたのは自分ではなく先代だ。
 気負うことはなく、彼女に言葉をかけよう。

「ありがとう。”分かった”よ」

 顔を上げた彼女の笑顔が、正誤をはっきりと語っていた。

「こちらこそ、ありがとう。エンジが……あー、先代が、言ってくれたのと同じ」

 先代、と絞るように、惜しむように言ったサアラ。
 彼女へ贈る言葉を瑛士は思いついた。

「瑛士だ」
「エイジ?」
「そう。それが僕の本当の名前」

 こう書くんだ、と瑛士は自分の名前を手すりの上に指で描くが、サアラは手元ではなく瑛士の顔を見ていた。

「な、なに?」
「へー。エ、イジ……エイ、ジ。うん。瑛士って、自分のこと僕って呼ぶのね。初めて聞いた」
「あー。顧客(クライアント)の前だと丁寧に話さないとね」
「私はお客様じゃないってこと?」
「古くからつながりのあるエルフなら、魔法技師のエンジが名前を教えてもいい、と思う。覚えておいてくれると嬉しい」

 自分の名前を残せず、与えられた立場の足跡だけを残した先代。
 残したのか。残せなかったのか。
 そしてなぜ、この世界に彼の子孫が居ないのか。
 そこに無念がなかったとは、瑛士には思えなかった。
 そう思うのだから、少なくとも自分は悔いるだろうと思った。

「分かった。私がしっかり覚えて後世に伝えてあげるわ」
「いや、公の場で呼んじゃだめなんだ。だから覚えてくれてるだけでいい」
「そういえば、"エンジ"もそうだったんだよね。エルフの風習とそっくり」

 そうなの?と聞くとサアラは王城の尖塔を見上げた。
 きっとそこにいる人を見ている。

「個人を捨てて、公の名を得る。名は体を表す。だから長老も本当は名前があったんだって。今も生きてるエルフが生まれる前から長老は長老だから、もう誰も知らないけど」
「なるほどね……」

 瑛士は一緒になって城を見上げた。
 その中の一室で、誰かが手を振っているのが見えた。

「ロッテだ」
「見えるの?」
「もっちろん。狩人は目が命よ」

 ドレスのお礼しなきゃ。
 行きましょう。

 彼女に手をひかれて、二人は城壁の上から姿を消した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ