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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

東の森の来訪者達

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第12話 エルフの大捕り物

 祭りに出かけるパーティーは四人になった。
 シャルロッテ、サアラと瑛士。そして護衛としてダナンという若い兵士が平服で彼らの後ろを歩いている。
 平服といっても平民ではなく、祭りに足を直接伸ばしてもおかしくない程度の貴族の偽装だ。護衛の体裁もそのままで、ダナンの腰にはいつでも戦えるように革製の篭手と短剣を腰に下げている。
 王族とは思われないだろうが、上級貴族の護衛についている腕利きの兵士として見られているのは明らかだ。
 しかし、雰囲気まで硬すぎるのは問題だった。

「ダナンくん、良かったら一緒に食べない?」
「いえ、遠慮しておきます」

 出店に並んでいるこの世界の食べ物を前にして瑛士は彼を誘ってみたのだが、すげなく断られてばかりだ。
 ダナンはメリルの生家であるパルシバール家に連なる男児である。先代家長やメリルの夫とは年が離れていたため、軍家名門の子ではあるが彼らと戦場をともにしたことがない。腕前以上に光る七光の名声を越えようと、真面目すぎるほど生真面目に職務にあたる好青年だ。
 まして、今日は姫とそれと同等な来賓を守らねばならないという。一人で。
 瑛士は「いつも護衛についてくれているし、仲良くなれればいいなぁ」と考えていたのだが取り付く島もない。

「とは言ってもさ、イチ貴族として街に出てるんだから、率先して振る舞いを教えてもらわないと」
「いえ、ですが……」

 あまりにも渋るので戦略レベルの援護がきた。

「ダナンさん。あんまり難しいことを言われてしまいますと、メリルとお話することになってしまいますわ?」
「た、直ちにご案内致しますので、メリル義姉さんには御内密にお願いします!!!」

 シャルロッテのお願い(恐喝)で、ダナンは瑛士と二人で率先して肉串などを買い漁る。
 サアラなどは若々しく元気な雄で良いではないかと豪快に笑って楽しんでいたが、シャルロッテの恫喝はシャレにならない。
 瑛士とダナンは必死に彼女らのお気に召す物を探して回った。

「森で取れない食べ物って何があるかな」
「牛とかその辺の肉はどうでしょう?」
「あー。確かに森のなかをうろついてるイメージはないね。よし、それでいこう」

 わきあいあいとコミュニケーションをとりつつ、食事を楽しみながら四人は街の中を練り歩いた。
 シャルロッテとダナンにとっては市井の様子を知る良い機会であったが、瑛士とサアラにとっては純粋に初めて見る景色である。
 特にふたりとも、暮らしの中で使われている質素な魔導具を見つけてはそれをダナンやシャルロッテに訪ね、売り物であればさらっと金を出してそれを買いあさった。
 とはいえ、金を出しているのはほとんどが瑛士だ。サアラはエルフの森から長老についてきただけで、ヤーシャの国で使われている貨幣など持ち合わせていなかった。

「ありがとう、エンジ殿」
「どういたしまして。それより、その"殿"っていうのやめません?」
「うっ……いや、それは……」

 なんとか打ち解けようと同じやり取りを繰り返しているのだが、どうやら逆効果のようで、サアラの反応はどんどん硬くなってしまっている。
 サアラはシャルロッテに対しても、ダナンに対してもフレンドリーに呼びかけている。演技が半分、本来の気性が半分だが、シャルロッテのことは彼女の兄と同じようにロッテと呼び、ダナンのことも愛称のダーナと呼びつけている。

 その中で、瑛士にたいしてだけは敬称が外れない。
 瑛士は自分では「ぼっちでも平気だもん」と思っているが、これはつらい。
 ぼっちは一人でいるから平気なのだ、集団の中でぼっちになるのはつらい。

「ですけど、彼も呼び方を変えないと周りにバレてしまいますよ?」

 いい加減に見かねたのだろう。
 ベストタイミングで脅迫、もといお願いを実行するシャルロッテの秘技が炸裂したが、サアラの態度は変わらなかった。

「うぅ……バレて連れ戻されるのは嫌だけど……」
「……いえ、そんなに呼ぶのがイヤなら、無理に変えなくてもいいんですよ」

 瑛士は世辞ではなく本気でそう思っていたのだが、彼女からはイエスともノーとも返事はなかった。
 ただ、何かを言おうとする雰囲気はあった。

「同じ、なんだ」

 往来から注目を浴び始めた中で、彼女はなんとかその声を絞り出した。

「先代の技師様も、おんなじように呼ばれてた。エンジ、と」

 なるほど、と納得が腑に落ちた。
 理解できていないのは、彼女が誤ってキスをしたシーンを見ていないダナンだけだ。

 自分の好いていた……否、今でも好いている男と同じ名前で呼ぶのはイヤだ。
 ごもっともである。
 だから瑛士もシャルロッテもそれで良い、と思ったのだが、余計な一言を言うものが居た。

「エンジというのは本名ではないのでしょう?」

 女心をまるで理解しない爆弾発言だった。
 むろん、爆発した。

「……そ、そうなの、か?」
「いえ、サアラ、落ち着いてください」
「私は……彼の、名前も……」

 サアラが涙声になって、ようやくダナンも失態に気付いた。
 だが、時既に遅しである。
 サアラが小さく呟くと風が巻き上がった。助走もなしにジャンプした彼女は、一階建てとは言え民家の屋上に移動している。

(今のは……!!)

 彼女が魔導具を用意していた形跡は無い。
 だが確かに何かを呟き、風は起きた。
 確かめなければ。
 瑛士の判断は一瞬だった。

「ダナン。ロッテを連れて戻れ」
「え、エンジ様!?」
「あんな高い目印があれば、城には迷わず帰れるから。では!」

 瑛士はポケットから2つの指輪を取り出した。一つはシャルロッテからもらった真紅の宝石の指輪。そしてもうひとつは新作の青の指輪だ。
 呪文を唱えると青の指輪が光り、瑛士も同じように風に巻き上げられるようにして屋根上へと跳躍していた。

 いつの間にこんな魔法を、とシャルロッテが問いただす暇もなかった。
 瑛士はサアラを追いかけて屋根上を疾走(はし)り始める。

 後の世でも演題にされる、この年の祭りで起きた事件。
 "エルフの大捕り物"が始まった。


* * * * *


 多くのデスクワーカーの例に漏れず、瑛士は体を動かすのが苦手だ。運動自体は嫌いではないが、都会に暮らしているとフットサルとジョギング以外に出来る運動はたかがしれている。
 対してサアラは大森林で野生動物の狩りをする狩猟民族であるからして、到底追いつけるはずがない。

 ならばもちろん、二人の間で追いかけっこが成立しているのは、魔法のおかげだ。

 サアラが一歩を踏み出すと、同時に強い風が巻き起こり彼女を運んでいく。
 どちらかと言えば運ばれるというよりは射出されるような乱暴な動きだが、普段から使い慣れているのだろう。彼女は姿勢を崩さずに一歩ごと風を発生させて前へ、遠くへと逃げていく。
 先ほどと同じように、魔導具を使っている形跡はどこにも見当たらない。
 既存の常識では理解できない怪現象だが、瑛士は驚きよりも喜びを感じていた。

(やっぱり、あの鷲と同じだ!)

 羽ばたかずに飛行する鷲を目撃したのは一度きり。
 もしかしたら魔法ではなく自然現象だったのではないかとすら思っていた。

 しかし今、同じ事象が目の前で繰り返し発生している。
 再現性があるのであれば、それは偶然ではなく必然だ。
 そこに確かな証跡(ログ)があるのならば、必ず原因を突き止められる。

 瑛士は内心で飛び跳ねるほど喜び、そして実際に、己の魔法を使って飛ぶように屋根上を跳ねて行く。
 このまま彼女を逃がすのは、ヤーシャの国としても、個人としても、そして魔法技師としても有り得ない。
 指輪に嵌めた青い宝石が光った。

「風作成。引数設定、瞬間・強度2」

 屋根を軽く蹴ってジャンプするが、足に力は込めない。
 サアラとは違い、身体を風に委ねて運ばせる。
 風の持続時間と強度を細かく変更し、サアラを追いかける。

 煙突を避け、時に大通りを横断して逆サイドの移動しやすい屋根上を行く。
 少しずつ魔法の扱いにも慣れてきた瑛士だったが、彼女との距離は付かず離れずのまま。
 このままではおそらく体力の差で追いつけなくなってしまうだろう。

 だから、瑛士はスパートをかける。
 先ほどと同じ挙動をしているはずなのに、距離はぐんぐんと縮まりはじめた。
 安定して彼女のスピードを上回り、巻き起こす風は街中の人々の意識も集め、瑛士に集中していく。

「なんだありゃあ!」
「あれが噂の魔法技師様よ」
「と、とんでるぅ!?」

 通りからこちらを指さす者がいるが、無視を決め込む。
 責任は長老になすりつけよう。

 通りからの声が聞こえたのだろう。振り向いたサアラは、瑛士が追ってきていること、そして距離を詰めていることが信じられないようで、驚きに目を見張り、更に力強く前へ出ようとする。
 だが、サアラの踏み込みが強くなればなるほど、瑛士は距離を詰めていった。

 秘策は2つ。
 踏み込む場所と、位置取りだ。

 サアラは常に屋根の中心に踏み場所を探し、べた踏みで進んでいく。
 対する瑛士は屋根の端に足をかけ、徒競走のクラウチングスタートの踏み台にするように、横方向に自分の体を発射する。
 何気ないことではあっても、現代文明の偉大な知識の賜物だ。

 そしてもう一つの秘策は”スリップストリーム”と呼ばれる、レーシングの基礎技術だ。
 前進速度に関わるのは推進力と抵抗力だ。同じ推進力でも、抵抗がない方が早くなる。
 だから、瑛士はサアラが通りすぎて空気のない空間を意図的に狙って加速していく。

 平均速度が相手を上回っているのだから、追いつくのは難しいことではない。
 二人の間にあった距離は家屋3つ分から2つに減り、そしてとうとう、1つにまで追いついた。
 そこまで接近してもなお、彼女が風を巻き起こす手段は検討もつかない。
 体術なのか。魔法なのか。はたしてそれ以外の何かなのか。

(分からないならテストしてみるしかないか)

 考えて考えて、考え尽くして分からないなら実験するしか無い。
 むしろテストはすべき。絶対にすべき。
 前世で培った現場根性が研究気質を上回った瞬間、瑛士は既に決断を終え、行動に出ていた。

 彼女に追いつく最後の一歩で、そのリズムを合わせて。

 行った。

「オブジェクト破壊処理、起動!」

 同時に、

「風作成。引数は瞬間・最大」

 跳躍をしようとしたサアラがバランスを崩す。
 受け止めようとした風が発生しなかったのだ。

(やっぱり魔法の類か)

 だが、落ち着いて検証する時間は無い。
 勢いの足りない彼女の体は、大通りの真ん中に向かって放物線を描いていく。
 このままでは次の屋根に届かず地面に叩きつけられる……。

 だが、影響も考えずにテストをするなど愚の骨頂だ。
 当然瑛士は彼女が失速することを見越した軌道で急加速を終えている。
 サアラを空中で抱きかかえるようにして受け止める。

(うおっ、おも……)

 筋トレで鍛えているわけでもない瑛士が、豊満な肉体の女性を支えきれるはずもない。
 とっさに風の魔法を小声で発動する。持続は最長、強度は弱。
 風に浮きながら彼女を抱え直した。

「話もしないで逃げ出さないで下さいよ」
「追いかけてきたのはそっちの勝手だろう!」
「大使である長老さんと一緒に来たあなたを放置出来るはずないでしょう。先代が名を名乗れなかったことにも理由はあるのです。まずは話を聞いて下さい」

 理由なんて決まっているんじゃないのか、とサアラはすねてしまう。
 瑛士は彼女の態度は気にせずに、自分の話をしてしまうことにした。
 お客様に仕事の話をするのは得意だが、子供をあやすのは不得手だ。
 紛うことなきビジネスでもある。心のネクタイを締めて姿勢を伸ばす。

「この国には、公の立場に立った方は自分の名前を隠すという風習があるそうです」
「……じゃあ、私だけじゃないのか?」
「少なくとも、この世界に来てエンジと名乗った後に、彼の本名を知っていたものは居ないと思われます。当時の王族の手記などでも、彼の名前が書かれているものはありませんでした」

 徹底して名前隠しは行われていた。
 しかし同士に、エンジの情報は他にも無数に残っていた。
 たとえば、彼はこの世界で誰とも結婚しなかった。
 そして少なくとも記録に残るような子供もいなかった。

 同じ人間に見えるが、前世の世界の人間の種では子供が出来ないのか。
 それとも本当に誰とも恋をしなかったのか。
 はたまた、それに理由でもあるのか。
 いずれにせよ、幼いの恋心を無駄につつく必要もなし、瑛士にそれをする度量もまたなかった。

「そうかぁ。知りたかったなぁ」

 瑛士に出来たのは、誰にも聞こえないくらい高い場所まで、彼女を連れていってあげることだけ。
 風を巻き上げ、空高くへ飛ぶ。
 サアラは短慮ではあったが、理解力がないわけではない。
 好意に甘えて、彼女は泣き縋った。
 誰にも聞こえない空の上で。



 翌日には、この日の大捕り物が演劇になり、民衆に大好評を博していた。
 曰く、魔法技師がエルフの美女を虜にした。
 曰く、魔法技師が空を飛ぶ魔法を開発した。
 曰く、それを目撃した姫が後から激怒した。

 彼に関する逸話を並べれば突拍子はない話なのだが、この人気の演劇を見せられた二人は共に不機嫌になり、魔法技師が土産屋を奔走する後日談までをセットに、長らく祭りでは演じられていたそうな。
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