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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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そして歯車は回り始める

 一部の者達は慌ただしくテロリストを捕縛したり尋問したり拷問にかけたりと忙しかったようだが、瑛士の周囲はそれ以上なんの問題も起こらず祭りは幕引きを迎えた。
 水や風で誤魔化すのではなく伝承通りに魔法を掻き消したという事実は、二代目魔法技師エンジの名前と一緒に風より疾く王都を駆け抜けた。
 今頃は王都を抜け、国外にまで風が届いていることは間違いなかった。

 瑛士に押しかける民衆のせいで馬車が城まで戻るのに時間はかかったが、無事に役目も果たした。
 ようやく人心地ついて休めると瑛士はだらしなくベッドに倒れ込んでいたのだが、彼の部屋の扉がコンコン、とノックされた。
 静かで丁寧で、しかし拒否することを許さないようゆっくり、しっかりとしたノック。
 確かめるまでもなく、訪問者の正体は出来すぎな侍女だった。

「エンジ様。ヤーシャ王とシャルロッテ姫が会食を、是非に、と」
「……はい。分かりました」

 この人にノーを返せる日は来ないだろうなぁ、と思いながら瑛士は招かれるままに二人の元へと向かった。
 そこは彼が神殿から呼び寄せられた夜にも使われた部屋だった。

「お待たせいたしました」
「よい。料理はこれから運ばれてくるところだ。それに、ゆっくりと食事を楽しむ前に話したいこともあるのでな」

 ヤーシャ王の話したいこと、それは瑛士にとっても同じであった。
 とはいえその日の内に呼び出されるとは想像以上に性急だったが、拙速もまたこの王の持ち味なのだろう。

「お前が見出した技師としての魔法の知識。それをヤーシャの国に広めてもらえないだろうか」

 反抗する他国を征し続けている若き王の望みが、一切の虚飾なく(つまび)らかれた。


* * * * *


 王のまっすぐすぎる要望に、瑛士は口をつぐんだ。
 その間を取り持つのは(たとえ相手が瑛士以外の誰であろうとも)シャルロッテの役目だった。

「エンジ様。そもそも先代の魔法技師は、なぜヤーシャの国に魔導具のみを残し、魔法の知識そのものを残さなかったのかご存知でしょうか?」
「技術を悪用されないように。他国に知識が広まって、より凄惨な戦争が行われないように。彼の伝承に書いてありました」
「そうです。今ある魔導具は……少なくとも戦争に使えるような高度な魔導具はこれ以上増えない。だからそれを有効に活用し、今ある戦力で武威を示す。それが先代の魔法技師の思想でありました」
「一方的で独善的だけど、力による抑止力というのは有効な方法の一つだと思います」

 強い武器をもった相手を攻撃すれば、手痛い反撃を受ける。
 瑛士の前世における核兵器と同じだ。それが相互ではなくヤーシャの国だけを基点としているのは、前任もこの国が気に入っていたからだろうか。瑛士は余計な、そして答えの出ない先代の思いに意識を滑らせていった。
 それを引き戻して話を進めたのも姫だ。

「その通りです。その抑止はこの百数十年間上手くいっていましたが、問題は二つあります。一つは、もうお分かりだと思います」
「魔導具は壊れ始めてしまった」

 先代の唯一の誤算か、計算通りか。
 それとも、自分の死後のヤーシャには興味がなかったのだろうか。
 自分たちを押さえつけていた大国が力を失ったなら、周囲から針のむしろになるのは自明の理だというのに。

「そしてもう一つ、先代の技師殿の本当の願いを我らが王家が叶えられていないということだ」
「魔導具を用いて他国を抑止することは出来ていたのではないのですか?」
「本当の、と言っただろう。魔導具があるだけで永遠の平和など叶えられん。先代の描いた世界はヤーシャによる大陸統一だ」

 それは戦争の抑止とは真逆の理論。
 前言撤回そのものだった。

「戦争を抑止するのとは真逆じゃないですか」
「抑止することと、平和であることは違う。抑え込んだところでいずれ抗うものが出てくるのであれば、敵が攻めてくる前にこちらから飲み込んでしまえばよかったのだ」
「……危険な思想ですね」
「そうかな。魔導具がなくても戦争はあった。今日のような凶炎が人々を焼き、殺し殺され、ヤーシャの国の前身であったヤの国も敗北寸前だったという」

 そんな恐ろしい世界に、先代は。
 瑛士は息を呑んだ。
 経緯はともあれ、彼は王の言いたいことを実感とともに理解した。

「でも、それは叶えられなかったんでしょう?」
「王族の者達が日和り始めたからだ。政略で地図の上だけで版図を広げ、ヤーシャの血が身体の隅々に至らぬというのに敵を取り込み……私達の父は、腹の中から食い破られた」

 だから、私がやるのだ。

「腹の中で暴れられぬほどに噛み砕いて、すり潰して、そうして本物の血と肉にする」

 どうしてそこまで、と問うことは出来ない。
 それはあまりにも踏み込み過ぎているように瑛士には思えたし、そこまで踏み込んで彼の激情を受け止められる自信もなかった。
 理由はともかく、王の話はそこでいったん区切りがつけられた。
 彼の目的は話し終わったのだろう。

「そこでだ、エンジ。ようやく本題に入れる」
「魔法の知識を広める件ですね。良いですよ」
「あ?」

 ドスの効いた声に椅子ごと後ろにひっくり返りかけた。

「貴様は何を聞いていたのだ。人を殺す技術を供与せよと命じているのだぞ。二つ返事で受け入れる奴があるか!!」

 理不尽だなー、と考えていた瑛士は、姫に視線をやった。
 もちろんその助け舟が分からぬ姫ではない。
 兄王をまるで馬のようにどうどうと落ち着けた姫は、憤慨する兄の代わりに口を開いた。

「エンジ様のいた世界は、そんなにも戦争の多い場所だったのですか?」
「いいえ。至って平和でしたよ。死体なんて両親のものしか見たことありませんし、誰かを殴った記憶だってあんまりないです」
「それならばなぜ、そんなに簡単に協力頂けるのですか?」
「えーと、まず前提を確認したいんですけど」
「はい、どうぞ」

 姫が快諾すると、瑛士は指を三本立て、一本ずつそれを折りたたんでいった。

「僕は元の世界に帰れないんですよね?」
「そうです」
「僕が拒否したら、僕は殺されますよね?」
「少なくとも自由には出来ません」
「僕が協力しないのであれば、何とかしてまた他の人を召喚しますね?」
「おそらく」

 姫の答えは実に簡潔。
 少なくともではなく安全くらいは保証してもらいたかったのだが、瑛士はこの答えに納得し、嘘はないと信じていた。
 この姫様は可愛い顔して腹黒く、しかしそれを隠さず実直に行動するまさしくヤーシャ王の妹なのだと、理解していた。
 そして自分の考えが間違っていなかったことを確認した瑛士は、改めてハッキリと口にした。

「なら僕は僕の身を守るために。そして元居た世界の人が望まずに召喚されることを避けるために、魔法の知識をお渡ししましょう」

 瑛士はこの世界にきたことを後悔していない。だけどそれはレアケースだ。
 自分の喪失を悲しむ肉親が普通は居るだろう。
 この世界の文化には満足できない者もいるだろう。
 前世の趣味を懐かしみ、涙する者もいるだろう。

 そして何より、魔導具を理解できる者が召喚される可能性がどれだけあるだろうか。
 瑛士が召喚された理由も不明だ。召喚の魔法がプログラミングの出来るものだけを召喚対象に選ぶとは考えられない。どうやったらそんな"魔法"が実現できるというのか。

 ともあれ。
 魔導具は壊れたそうだが、彼らはなんとかして再び地球人を喚び出してしまうかもしれない。
 その人がヤーシャの国で幸せに生きられる可能性は、ゼロに等しい。
 それならばまだ、この世界を楽しめている自分が頑張ろう。
 瑛士の決意は、今この時にようやくハッキリと定まった。

「後で詳しくお教えしますが、もう一度召喚をして私のような有用な人物を召喚出来る可能性は砂漠の砂から一粒の砂金を拾い上げるようなものです」
「……その例えは良く分からんが、よほど有り得ない事だという例えだな?」

 まじか。格好良く決まったと思ったのに砂漠が通じなかったとは。
 だがこれ以外の理由は瑛士にはない。瑛士は頭を深々と下げた。後は自分を信じてもらうだけだ。
 幸いにしてお辞儀が誠意を伝える態度だというのは異世界でも共通の認識だった。

 瑛士が頭を下げている間に王はシャルロッテと目でお互いの納得を確認し合うと、立ち上がって近寄り瑛士の肩を掴んで頭を上げさせた。

「お前の言葉に嘘はないと信じよう。おいメリル、夕餉を運ばせろ。食える方をな」

 食えない方があるんですか、という質問を瑛士は飲み込んだ。
 姫を睨むが、彼女は素知らぬ顔で水を口に運んでいる。

(まぁ、口封じをするのが素早く確実な対応だよな。あの魔導具を使えば全世界の魔法を一方的に打ち消せるんだし)

 どちらかと言えば、瑛士を試して信じるだけこの二人に感謝をしなければならないだろうと彼は考えていた。自分だったら自白剤とか拷問に掛けているだろう、とも。
 相手を信じるというリスクを負うだけの自信が無いからだ。

 瑛士は手元のコップに手を伸ばした。
 すると、コップを掴んだ手の更に上から、後ろに控えた侍女の手が伸びる。

「だめです、エンジ様」
「……もしかして?」
「素面でこの後の食事を楽しみたいのであれば、換えをお持ちしますので少々お待ちください」

 もはや瑛士は何も考えないことにした。
 オネガイシマス、と片言で口にするのが精一杯である。

「では細かい話はあとにするとして、一つだけお願いがある」
「はい。なんでしょう」
「今後はお前を試すような真似はしないから、対等な立場として敬語を使うのは止めろ」

 この後恐縮する瑛士とゴリ押しするヤーシャ王とやんわりなだめながら同じくゴリ押しするシャルロッテ姫の問答が続きつつ、デザートを食べる頃には瑛士が折れることになった。

 ヤーシャの国が建国されてから二百年目を迎えた記念祭のその日。
 大きな歯車がカチリと噛み合い、歴史が動き始めた。
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