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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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Exception01 侍女長メリル=パルシバール

 二代目魔法技師エンジ。
 彼の名はあっという間に広がっていった。

 まさしく風の如く平野を走り、山を飛び越え、森林を抜けて、いまだ併合されぬ四方の国へと届いた。
 国の外でそうなのだ、ヤーシャ国内ではその反響はもはや熱狂的というしかないほどの歓迎ぶりであった。
 民衆から兵士、貴族に至るまで、魔法技師に対して否定的な意見をもつものはごく少数。
 そしてその人気の波は、王城内で王族や主流貴族に仕える侍女達へも波及した。

* * * * *

 メリルの朝は、日が昇る前に始まる。
 瑛士は知らないし気づいてもいないことだったが、彼女はヤーシャ王城に務める三人の侍女長の一人であった。偉いのである。
 彼は侍女をメイドさんのように捉えていた、実態は違う。
 下級貴族や大商家の娘が、高貴な方々に奉公するために選ばれているのである。仕えているといえば同じだが、一般的な職ではなく、これもまた上流階級の特権的な役付の一つなのである。

 メリルは10歳で王城に侍女として入った。以来、亡くなられた女王の侍女になってから、その長男である現ヤーシャ王、そしてシャルロッテ姫など、王族の身辺担当を歴任した名侍女である。
 結婚を期に一度は退任したが、子を設ける前に彼女の夫は戦死してしまう。悲嘆にくれる日々に沈んでいたが、シャルロッテが呼び戻し、以後は城内の侍女達を管理する重役を与えられ、再び国に奉公することとなった。
 今日も彼女は日が昇る前から城内のタスクを確認し、それぞれのお付きの貴族の方々の予定と付き合わせ、仕事を適切に振り分ける。
 誰も起きだしてこない早朝から、その日の城内の動きを決める大事な仕事の最中だったのだが、遠慮がちに、しかしどことなく浮いた心がすけて見える若い娘の申し出が後ろからメリルを呼んだ。

「メリル様、少々お願いがあるのですが……」

 溜息はつかずに肩を落としながら振り向くとそこにはここ数日で見慣れた表情の娘が立っていた。
 何をそんなにしっかり化粧をしてきているのですか、というツッコミは彼女の申し出を聞いてからすることにした。まぁ、彼女の願いは聞くまでもなく分かっていたのだが。

「まだ当番が決まっていないのでしたら、技師様の午前の当番にあてて頂けないでしょうか」

 さて、今日はなんと応じて禁止したものか。

「貴女の希望は分かりました。ですがエンジ様の担当は一月先まで決まっています」

 昨日の朝に同じように訪れた別の侍女はここで諦めたのだが、今日の娘はまだ粘った。

「では、次の私の番と入れ替えでも、飛ばして頂いても構いません」

 ここまで強気に出る彼女のヤル気に、メリルは今度こそため息をついた。
 彼女の狙いは浅ましすぎて底まで透けて見えていた。

 玉の輿。両家の関係繋ぎ。政略。嫌いな侍女が狙っているから。はたまた、純粋な恋愛感情。もしくは身体狙い。

 理由は様々だが、円満な侍女の退職理由の殆どは、結婚や出産だ。普段なら(接近される貴族にも要望を聞いたうえで)彼女らの要望を聞き入れることもある。

 しかし、エンジの場合、話は別だ。

「カロエリーナさん。貴女の要望は分かりました」
「では!」
「ですが、貴女のためを思って言いますが、やめておいたほうが良いでしょう」

 えぇー、という顔をされ、メリルは昔自分に説教をしてくれた先輩の顔を思い出してしかめっつらをわざとらしく作った。
 当時は細やかな仕事の仕方や、お仕えする方の趣向を裏で教えこまれたものだ。
 今回の指摘内容はそれとは段違いに危険なものだったが。

「ナの国の残党や、周辺諸国の諜者から狙われたくなければ、出すぎたマネは控えたほうが宜しいでしょう」

 侍女の表情がピシリと固まる。

「国内の有力者だけの間でなら、侍べる女としての力量次第でしょう。ですが、それで彼を虜にしたところで今度は貴女や、貴女の家、親類縁者が国外から狙われる可能性があります」

 彼女は軽挙ではあったが、事前に発揮できないだけで想像力は十分にあった。
 うわさの魔法技師を家に迎える。玉の輿ねらいでいたとしたらこれ以上の上物はないだろう。国内の貴族や商家を相手取る野心はあったのかもしれない。
 だが、国外から訪れた不埒なものが執拗に手を伸ばしてくるとしたら。
 うっかり子どもや親を質に取られてしまったら……。

「悪いことは言いません。打算で動くだけにしてはあまりにもリスクが大きすぎる相手ですよ」
「うぅ……でも、すぐ取られちゃいそうで……」

 彼女の反応に今度はメリルが唖然とさせられた。

「本気でエンジ様を狙っていたんですか?」

 言外に「趣味が悪い」というのが漏れでていた。
 本気で本気の部分があった彼女は、その物言いにさすがに憤慨したのだろう。控えめな言葉で激しく反論した。

「真面目に仕事をされていますし……」

(あれは仕事の虫というだけです)

「社交と言い張って遊びほうけてもいませんし……」

(人と関わるのが面倒くさくて仕事を入れられては、付き合うこっちが大変だというのに)

「珍しい黒髪に黒目で、くせっ毛もかわいいですし……」

(人前に出すときにアレを直すのがどれほど大変か)

「線も細くて、無駄なお肉がついてないですし……」

(……筋肉質なのが良いのは個人の問題ですから、よいでしょう)

 まだまだ続きそうだった彼女の告白ラッシュを止めて、メリルは大きくため息をついた。

「個人の主観を否定するつもりはありませんが、とにもかくにも、個人的な理由だけで出し抜けて近づくには、彼は危ない立場にあります」
「はい……」
「あと、もう少し男性を見る目を養いなさい」
「……はい」

 なぜそこで不満そうなのだ。
 ちょっとムッとしたメリルは、彼女に一枚の羊皮紙を見せた。

「今日の空き番の貴族様方です。この中から好きな方を選びなさい」
「あっ。じゃあカリオスティ様がいいです!!」
「……分かりました。では、今日はこのまま仕事に入ってもらいますよ」
「え゛……」

 まだ仕事が始まっていない朝からこれである。
 ため息は止まらない。
 だというのに、彼女の仕事はここからが本番だった。

* * * * *

 祭りが終わって瑛士が魔法技師として正式に認められてから、午前中にメリルが彼のもとに顔を出すことはなくなった。
 政治的に彼を判断する必要もなくなり、また彼女もそれ以上彼に付き合って入られなくなったから。
 その元凶のほぼ全ては、三年前に先王を暗殺して反旗を翻したナの国にある。

 ナの国は先王が最も信頼していたと言われるヤーシャ軍の団長、パルシバール家の長女を嫁に出して政略で結びついた敵国の一つだった。
 彼の国はヤーシャの国が懇意にしている東の大森林に住まう種族との交易路を抑えようとしていた。ナの国と争えば、商路は絶たれて戦争以上の影響が出ると判断した先代ヤーシャ王は、ナの国に最も信頼する者の娘を差し出し、時のパルシバール家長もそれを認めたのだ。

 だが、彼らはあっさりとそれを放棄した。
 放棄しただけならまだしも、ヤーシャを暗殺するという卑劣な手によって。

 戦争はヤーシャの国が勝った。
 現ヤーシャ王の武凛の発露が最大の収穫であり、
 パルシバール家長が戦争でなくなったことはそれ以上の損失であった。

 姉と父を戦争で失ったメリルは復讐を誓った。
 必ずや、この国の中から憎きナの国の血を駆逐する。
 無様に取り入ってくる奴らの生き残りも。
 奴らに与した貴族の生き残りも。
 ナの国から血の匂いをわずかでも運んでくる商人も。

 彼女の半日はそのために費やされる。
 侍女を割り振り、貴族の腹の中を探り、そこかしこを渡り歩く商人の更に深い腹の底を暴く。
 侍女らの想いを利用して貴族の線を断ち切り結び繋ぐ。

 しかしやり過ぎてもいけない。
 だから半日の采配で国の闇をひっくり返し、また蓋をする。
 弟の担当を願った今朝の娘は、あいつの姉が自分である事を知っているのだろうか。
 ため息は深く重い。
 まぁ、それに比べれば。
 面倒くさくて見所もない男だったが、彼の当番を務めるこの午後の時間は、悪いものではないのかもしれない。

「失礼します」

 今日は彼の声だけではなく、敬愛する姫の声も返ってきた。
 彼女も忙しいはずなのだが、どうにもこの部屋で顔を合わせる機会が増えてきた気がする。
 まさか……。
 いや、しかし、十六の娘の心情を見抜けなかった今朝の失態の例もある。

 厳しめに気を引き締めながら、彼女は今日も彼の部屋を訪れた。


* * * * *


 ヤーシャ王は瑛士を改めて魔法技師として迎えるためにあえて厳しい言葉で彼に迫ったが、実際のところ彼に喫緊の仕事がもたらされたことは一度もなかった。
 では彼が何をしているのかと言えば、新しい魔導具の作成と、そして次代の魔法技師の育成である。
 ヤーシャ国とは本当に切っても切り離せない名家の子供。その中でもヤーシャ王やシャルロッテ姫と直接関わりがあったり、信頼している数名の若手が、入れ替わり立ち代わり、彼の部屋を訪れて技師としての技術を習っていた。

 この日は(この日も、というのがメリルの主観としては正しかったが)シャルロッテが彼の教鞭を受ける日だったようだ。

「なるほど……。ではこの部分を書き換えたのが、この前の指輪なのですね?」
「その通りです。その部分を全て厳密(private)な設定にすれば、簡単に魔法を乗っ取られることはないでしょう」
「ですがあえて、ここを疎漏(public)にしていれば、乗っ取られても取り返す余地はありますね」
「さすがです、姫様。おそらく先代の魔法技師もそのためにあえてセキュアではない魔法を流布したものかと」

 メリルが午後は必ず瑛士の当番になっているのは、この魔法教室を監視するためでもある。
 その中でもシャルロッテの進度は最も進んでいるようだった。
 技術的なレベルもそうだが、特にそれを解釈して発想に繋げる才能は、やはり他の生徒より一段高い位置にある。
 だが、改めて見てみれば、彼女には別の問題があった。

「……治りませんね、その敬語」
「あぁ、いえ、そうですね。すいません」
「兄も言っていたじゃないですか。魔法技師がぺこぺこしていたら威厳も何もなくなってしまいます」
「そうは言いましても、地位を与えられたからといって一朝一夕で偉くはなれませんよ」
「あら。私は敬語を使わないように努力できてますよ?」
「か、可能な限り努力します……するよ」

 これはそのままヤーシャ王に伝えたほうが良いのだろうか、と真剣に思案しながら、メリルは努めて平然に本日の紅茶をサーブした。
 メリルからしてみれば、ヤーシャ王は2つ年下で、シャルロッテはそこから更に10も離れている。
 瑛士は(暦の違いはあれど)数字としては王と同じ26だという。
 彼女の擦り寄りが計算なのか、本気なのか、はたまた兄を慕うようなものなのか。
 最近は彼女も本当のことをメリルに話さないことだって増えてきた。

 彼女が生まれた時から侍女仕えをしているメリルからしたら悲しいものだが、瑛士がやってきたのはそれだけ時が流れた契機なのかもしれないとムリヤリ納得しつつ、彼女は今日も彼の部屋でじっくりと、生徒が聞く話を一緒に耳に入れる。
 そうやって少し身を離して彼らの講義を聞いていたのだが、シャルロッテからお呼びがかかった。

「むむ……メリルも一緒に解きませんか?」
「姫様。宿題を一緒に解いては意味がないではありませんか」

 何度も同じ話を別々の生徒にしているので、だんだんとメリル自身も魔法についての知識が身についてきてしまっていた。
 解こうと思えば解けるのかもしれない。否、昨日も同じような授業を聞いているので、もしかしたら答えそのものをを分かっているかもしれない。
 自分が入っていくのはフェアではないだろう、と思っていたのだが、瑛士はなぜか自信あり気な顔で笑っていた。

「メリルさんもどうぞ。今日のは二人のためのスペシャル問題ですから」

 つまり、挑発されていたのだ、と気づいて彼女の中の炎が燃え上がった。
 女とて、名将パルシバールの血を引いているのだ。
 挑まれて逃げるわけにはいかなかった。

「良いでしょう。では正解した暁には、見返りを頂きます」
「あっ、いいわねそれ!」

 歳相応にはしゃぐシャルロッテの姿を見るのは久しぶりだ。
 だから、彼女のこの姿を保てるように。

「姫様からで難しいのでしたら、私を含めた侍女をまずは呼び捨てに会話をしてみてはいかがでしょう」
「え……でもメリルさんは、としう」
「だめですよ、エンジ様」
「では、そういうことで、始めるとしましょうか、姫様」

 他に熱中するものがあれば、復讐心も薄らいで、やわらかな日差しを楽しめるだろう。
 少なくとも、このティータイムの間だけでも。
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