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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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第9話 そして歯車は回り始める

 祭りの大一番を喝采で終え、一部の者達は慌ただしくテロリストを捕縛したり尋問したり拷問にかけたりと忙しかったようだが、瑛士の周囲は問題も起こらず、極めて平穏だった。
 水でも風でもなく、発動したあとの魔法をかき消す。ヤーシャ王の目論見通り、二代目魔法技師エンジの噂は風より疾く王都を駆け抜けた。今頃は王都を抜け、国の更に外にまで風が動いていることは間違いない。

 彼に押しかける民衆のせいで馬車が城まで戻るのに時間はかかったが、無事に役目も果たした。
 ようやく人心地ついて休める……はずもなく、彼の部屋の扉がコン、コン、とノックされた。
 静かで丁寧で、しかし拒否することを許さないようゆっくり、しっかりとしたノック。
 確かめるまでもなく、訪問者の正体は出来すぎな侍女だった。

「エンジ様。ヤーシャ王とシャルロッテ姫が会食を、是非に、と」
「……はい。分かりました」

 この人が口にする「是非」に非を返せる人が果たしているのだろうか、と言い返したかった瑛士だが、王と姫が待っているなら不要な口論をする時間ももったいない。
 瑛士はメリルに最低限の身だしなみを整えさせられ、彼ら王族だけが使う食堂へと向かった。
 そこは彼が神殿から呼び寄せられた夜にも使われた部屋だった。

「お待たせいたしました」
「よい。料理はこれから運ばれてくるところだ。それに、ゆっくりと食事を楽しむ前に話したいこともあるのでな」

 ヤーシャ王の話したいこと、それは瑛士にとっても同じであった。
 とはいえ、その日の内に呼び出されるとは想像以上に性急だったが、この拙速こそがこの王の持ち味なのだろう。

「貴様が見出した技師としての魔法の知識。それをヤーシャの国に広めてもらえないだろうか」

 反抗する他国を征し続けている若き王の望みが、一切の虚飾なく(つまび)らかれた。


* * * * *


 王のまっすぐすぎる要望に、瑛士は口をつぐんだ。
 その間を取り持つのは(たとえ相手が瑛士以外の誰であろうとも)シャルロッテの役目だった。

「エンジ様。そもそも先代の魔法技師は、なぜヤーシャの国に魔導具のみを残し、魔法の知識そのものを残さなかったのかご存知でしょうか?」
「技術を悪用されないように。他国に知識が広まって、より凄惨な戦争が行われないように。彼の伝承に書いてありました」
「そうです。今ある魔導具は……少なくとも戦争に使えるような高度な魔導具はこれ以上増えない。だからそれを有効に活用し、今ある戦力で武威を示す。それが先代の魔法技師の思想でありました」
「一方的で独善的だけど、有効な抑止力だと思います」

 強い武器をもった相手を攻撃することは、手痛い反撃を受けることと同義だ。
 魔法技師にとっての、そして瑛士にとっての元の世界で、核兵器を保有しあうことで大国同士の戦争を抑止した"抑止論"と本質は似ている。それが相互ではなくヤーシャの国だけを基点としているのは、彼もこの国が気に入っていたからだろうか、と瑛士は余計な、そして答えの出ない先代の思いに意識を滑らせていった。

 それを引き戻して話を進めたのはまたも姫だった。

「その通りです。その抑止はこの百数十年間上手くいっていましたが、問題は2つあります。一つは、もうお分かりだと思います」
「魔導具は壊れ始めてしまった」

 先代の唯一の誤算だろうか。
 それとも、自分が死んだあと、魔導具が抑止の効果をなくしたあとのヤーシャには興味がなかったのだろうか。
 自分たちを押さえつけていた大国が力を失ったなら、周囲から針のむしろになるのは自明の理だ。
 まさかその意見を真っ正直に王へということは出来なかったのだが次の助け舟は姫ではなく王から差し向けられた。

「そしてもう一つ、先代の技師殿の本当の願いを我らが王家が叶えられていないということだ」
「魔導具を用いて他国を抑止することは出来ていたのではないのですか?」
「本当の、と言っただろう。魔導具があるだけで永遠の平和など叶えられん。先代の描いた世界はヤーシャによる大陸統一だ」

 それは戦争の抑止とは真逆の理論。
 前言撤回そのものだった。

「戦争を抑止するのとは真逆じゃないですか」
「抑止することと、平和であることは違う。抑え込んだところでいずれ抗うものが出てくるのであれば、敵が攻めてくる前にこちらから飲み込んでしまえばよかったのだ」
「……危険な思想ですね」
「そうかな。魔導具がなくても戦争はあった。今日のような凶炎が人々を焼き、殺し殺され、ヤーシャの国の前身であったヤの国も敗北寸前だったという」

 そんな恐ろしい世界に、先代は。
 瑛士は息を呑んだのか。呑まされたのか。
 少なくとも、経緯はともあれ、彼は王の言いたいことを実感とともに理解した。

「でも、それは叶えられなかったんでしょう?」
「王族の者達が日和り始めたからだ。政略で地図の上だけで版図を広げ、ヤーシャの血が身体の隅々に至らぬというのに敵を取り込み……私達の父は、腹の中から食い破られた」

 だから、私がやるのだ。

「腹の中で暴れられぬほどに噛み砕いて、すり潰して、そうして本物の血と肉にする」

 どうしてそこまで、と問うことは出来ない。
 それはあまりにも踏み込み過ぎているように瑛士には思えたし、そこまで踏み込んで彼の激情を受け止められる自信もなかった。
 理由はともかく、王の話はそこでいったん区切りがつけられた。
 彼の目的は話し終わったのだろう。

「そこでだ、エンジ。ようやく本題に入れる」
「魔法の知識を広める件ですね。良いですよ」
「あ?」

 ドスの効いた声に椅子ごと後ろにひっくり返りかけた。

「貴様は何を聞いていたのだ。人を殺す技術を供与せよと命じているのだぞ。二つ返事で受け入れる奴があるか!!」

 理不尽だなー、と考えていた瑛士は、姫に視線をやった。
 もちろんその助け舟が分からぬ姫ではない。
 兄王をまるで馬のようにどうどうと落ち着けた姫は、憤慨する兄の代わりに口を開いた。

「エンジ様のいた世界は、そんなにも戦争の多い場所だったのですか?」
「いいえ。至って平和でしたよ。死体なんて両親のものしか見たことありませんし、誰かを殴った記憶だってあんまりないです」
「それならばなぜ、そんなに簡単に協力頂けるのですか?」
「えーと、まず前提を確認したいんですけど」
「はい、どうぞ」

 姫が快諾すると、瑛士は指を三本立て、一本ずつそれを折りたたんでいった。

「僕は元の世界に帰れないんですよね?」
「そうです」
「僕が拒否したら、僕は殺されますよね?」
「少なくとも自由には出来ません」
「僕が協力しないのであれば、また他の人が召喚されますね?」
「おそらく」

 姫の答えは実に簡潔。
 少なくともではなく安全くらいは保証してもらいたかったのだが、瑛士はこの答えに納得し、嘘はないと信じていた。
 この姫様は可愛い顔して腹黒く、しかしそれを隠さず実直に行動するまさしくヤーシャ王の妹なのだと、ようやく最近理解に及んでいたのだ。
 そして自分の考えが間違っていなかったことを確認した瑛士は、改めてハッキリと口にした。

「なら僕は僕の身を守るために。そして元居た世界の人が望まずに召喚されることを避けるために、魔法の知識をお渡ししましょう」

 瑛士はこの世界にきたことを後悔していない。
 自分の喪失を悲しんでくれる身内は居なかった。彼女すらも居なかったのはむしろ自分が悲しくて泣きたいくらいなのだが、他に自分と繋がりがあったといえば務めていたブラック企業くらいのものだ。
 だが、世の中の人間の大半は、今の生活をあっさり捨てきる事なんて出来ないだろう。
 ましてやその不満をヤーシャ王にぶつけたら、あの腰の剣がひらりひらりと舞い、首が銅から離れてしまうのではなかろうか。

 最後の不埒な憶測だけは隠して、瑛士は自分が考えていることを素直に口にした。
 この二人と会話する時に大事な部分はそこだ。技術以外に気の回らない瑛士だったが、クライアントに怒られないように話す技術は社会生活で少しばかり学んでいた。

「再び魔導具を作り出し、ヤーシャの国のためにその知識もお渡ししましょう。これは一つにヤーシャではなく私の世界の住人を守るためです。それと」
「それと?」
「どちらにせよ、僕はもう魔法技師として近隣国の注意を集めているのでしょう?あなたがたに守っていただくのが一番安全です」

 ちなみに、僕は戦場に出ませんから、宜しくお願い致します。
 最後にそれだけ付け加えて、瑛士は椅子から立ち上がると頭を深々と下げた。
 それが瑛士にとって礼儀にのっとった行動だと分からない二人ではない。

 瑛士が頭を下げている間に王はシャルロッテと目でお互いの納得を確認し合うと、頭を上げろと瑛士に命じた。

「お前の言葉に嘘はないと信じよう。おいメリル、夕餉を運ばせろ。食える方をな」

 食えない方があるんですか、という質問は飲み込んだ。
 自由にさせないどころじゃないじゃないですかー!と姫を睨むが、彼女は素知らぬ顔で水を口に運んでいる。
 ……うーん、信じ過ぎかもしれないが、信じなければ生きていけないのも間違いないか。
 瑛士はの信条は『ヒドイクライアントに相対したときは諦めの早さが肝心』だったので、今回も素直に諦めることにして、彼も目の前のコップに手を伸ばした。
 すると、コップを掴んだ手の更に上から、後ろに控えた侍女の手が伸びる。

「だめです、エンジ様」
「……もしかしてこの水も?」
「"しらふ"でこの後の食事を楽しみたいのであれば、換えをお持ちしますので少々お待ちください」

 もはや瑛士は何も考えないことにした。
 オネガイシマス、と片言で口にするのが精一杯である。

「では細かい話はあとにするとして、一つだけ約束してくれ、エンジ」
「はい。なんでしょう」
「魔法技師は俺に匹敵する立場にある。これ以降、俺とシャルロッテ相手に敬語を使うのは止めろ」

 この後恐縮する瑛士とゴリ押しするヤーシャ王とやんわりなだめながら同じくゴリ押しするシャルロッテ姫の問答が続きつつ、瑛士は毒抜きの夕食を楽しんだ。

 こうして民衆の知らない舞台裏でも、正式に魔法技師がヤーシャの国に生まれることとなる。
 ヤーシャの国が建国されてから199年目。
 200年の境を前にして、歴史の大きな歯車がカチリと噛み合い動き出した。
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