「娘から手を放せっ!」
と、警察官が叫んだ。
その目の前には、凶悪な殺人犯が一人。
「近づくんじゃねーぞ、ポリ公がっ! お前の娘がどうなっても良いのかっ!」
「父さんっ!」
そして殺人犯の腕の中に、人質として警察官の娘が捕まっていた。
しかも、背後からナイフを突き立てられている。
これでは迂闊に逮捕する事は出来ない。
無理をすれば、娘の命が危険になる。
だが、だからといって逃がす事も出来ない。
この殺人犯は、別件で五人も殺しているのだ。
もし取り逃がしでもしたら、もっと多くの人が殺されてしまうだろう。
殺人犯が威嚇するように吠えた。
「お前の娘が殺されたくなかったら、俺から離れろやっ! どかねぇーと、また殺すぞっ! どーせ捕まったら、一生ムショ暮らしなんだからな」
へらへらと。
殺人犯は笑っていた。
その時。
銃声が響く。
空に向かって、警察官が威嚇発砲したのだ。
だが、殺人犯は怯んではいない。
いや、それどころか、怒りで目が赤黒く変色していた。
「ビビらせやがって、クソ警官がっ! 本当に、娘の命がいらねぇーっていうのかっ!」
発砲した警察官が、悲痛な顔に成る。
「娘を返せっ! 私のたった一人の娘なんだ。放さないと、お前を殺すぞっ!」
「お父さん、助けてっ!」
人質になっている娘は涙を流し、体を小刻みに震わせていた。
「俺を殺す? 面白い」
殺人犯は、にやりと笑い。
刺した。
背後から七センチほどの刃が、娘の心臓を一刺。
娘は、ナイフが体に突き刺さったまま、倒れ込んだ。
ぴくんぴくんと、陸に打ち上げられた魚のように体を痙攣させている。
そんな中。
警察官が、発砲した。
どうしても、許せなかったのだ。
娘を刺したというのに。
ヘラヘラと笑い続けている。
あの男の顔を、弾丸で打ち抜いてやりたかったのだ。
殺してやりたい、殺して、殺す。
警察官の顔が、般若のように歪む。
殺人犯に向かって、殺意と怨念の弾丸が飛び出す。
だが。
父親の執念も空しく。
弾丸は、何処かへ飛んで行ってしまったのだ。
怒りで手が震えるあまり、狙いがズレてしまったのだ。
「くそぉっ!」
警察官が、もう一度、発砲しようと拳銃の引き金を引いた時。
そこに。
駆け付けた別の警察官に、殺人犯は逮捕されてしまったのだ。
「あははは、馬鹿な奴だ。娘が殺されたっていうのに、やり返す事も出来ないってうのかよ」
と、殺人犯はパトカーに乗せられるまで、へらへらと笑い続けていた。
取り残されたのは。
冷たくなっていく娘の死体。
それに抱きつき、嗚咽を漏らす警察官。
現場を保持している人達だけだった。
撃たれた弾丸は飛び続け、近くの公園に落下した。
「マーマー、何か落ちているよ」
それを子供が拾い上げ、母親に見せた。
「そんな汚い物は拾わないで、ゴミ箱に捨てなさい」
「はーい」
と、公衆のゴミ箱に入れられた。
その中味は、ゴミ収集車に持って行かれ、分別場に運ばれた。
人間の手によって、可燃、不燃、プラスチック、カンと瓶、発泡スチロールと分類される。
分けられた後は、個別に圧縮され、処理施設にトラックで運ばれる事となる。
その道中。
中国人の2人組に襲われ、一台のトラックが盗まれてしまったのだ。
そして。
トラックは中東に売られてしまい。
トラックに積まれていた荷物は北海道を経由して、ロシアに流れ着いていた。
そこで荷物は溶かされ、固まりとなり。
加工され、輸入雑貨と装飾品が作られた。
出来上がった品は、直ぐに中国の義烏へ輸送されている。
義烏は世界でも有数の卸市場だ。
ありとあらゆる国の人間が訪れ、ありとあらゆる物が取り扱われている。
だが。
この後姿勢に、装飾品など全く売れなかった。
このままではゴミ市場に流されるという時。
ある日本の企業が装飾品を買い占めたのであった。
その日。
刑務所では、特別な料理が出されていた。
ステーキだ。
加工肉の安物だったが、脂気のない囚人達には御馳走だった。
一部屋、五名。
いそいそと全員が席に着き、号令してから食事が始まった。
ふと。
本来、会話は禁止されているのだが。
へらへらと、笑っている男が呟いた。
「なんか、小綺麗なナイフだな」
何時ものプラスチックのフォークやナイフではない。
装飾されている鉄か鉛製の食器に見えた。
「なんでも、百円ショップで大量に買ってきたらしいぜ」
と、誰かが答えた。
「ふーん、こんなもんに税金使うとはね」
へらへらと笑っていた男がステーキを食べた。
瞬間。
何故だが、尖端が口内に刺さってしまう。
「いちちち」
慌ててフォークを吐き出した時、置いてあったナイフに手が当たった。
その反動で飛んでしまったナイフが、サクッと眼球に突き刺さる。
「うぎゃぁぁぁぁああっ!」
あまりの痛さに、へらへらと笑っていた男が倒れ込む。
痛い、痛いと喚き。
百足の頭が釘を刺された時のように、ばたばたと足を動かし続けている。
その時、テーブルを蹴飛ばし、衝撃でひっくり返してしまった。
だが、反対側に倒れる事はなく。
何故だか食卓の全ての物が、男にのし掛かってきたのだ。
「ひっ!」
男は息を飲んだ。
慌てて逃げようとするも、既に遅い。
いや、逃がさない、というようにとテーブルが倒れたのだった。
その後。
駆け付けてきた監視員が見たものは。
ハリネズミのように、10本のフォークとナイフが突き刺さっている男の死体であった。
普通ではあり得ない死に方だけに、監視員も不思議な事だと首を傾げていた。
それは、警察官の娘が殺された日から。
丁度、イチネン目の事故であった。
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