第二十話 αβγ体育祭事件
α−1
あれは俺が学園での昼下がりの午後、自分の席で文庫本を読んでた時だった。
そこ、意外だとか言わない。元々俺は文学少年なんだ。そういう設定なんだ。
「体育祭ぃ?」
「そう。高村くんこの前休んでたから、聞いてないかと思って」
そう言って髪をかき上げる目の前の女は、このクラスの委員長で名前が……
「どうしたの? 難しい顔して」
「いや、お前……名前何だっけ?」
「……もうこのクラスになって二ヶ月経つけど?」
「いや、名前の方は覚えてんだ。確か……花――――――――」
「言わないでぇぇ――――!!!」
そう言って驚くべき瞬発力で俺から文庫本を取り上げ、その文庫本の角で俺のこめかみをぶち抜く女。
当然不意の出来事に反応出来なかった俺は地面と平行に吹っ飛び、二、三の机を巻き込んでやっと止まった。
どうでもいいが、俺の文庫本に挟んであった栞も吹っ飛んでひらひら舞っているのが目に付いた。
さらば、俺があの本に費やした全ての時間。そしてこんにちは、絶望。
呆然と横たわる俺につかつかと歩み寄り、ガバッと胸倉を掴み上げる委員長。
「――――吉野崎……吉野崎よ。覚えなさい」
「で、名前が花――――――――」
「言うなぁぁ――――!!!」
空中に放り投げられ、まさかの足技五連撃を喰らった俺は地に伏した。
これ以上口に出すと命すら危うくなるのでモノローグで語るが、彼女の名前は吉野崎花子。名字と名前のギャップが激しいという点では俺と同じ痛みを知る者だが、本人は気にし過ぎってくらい気にしており、うっかり名前で呼ぼうものなら今の俺みたくなる。
「なあ、吉、吉……吉田崎。お前は俺を蹴りたいのか? それとも体育祭の事で何かあったんじゃないのか?」
「………吉野崎だから。で、うん、体育祭の事なんだけどね、高村くん、騎馬戦に出る事に決まったから」
…………は? え?
「待て。何で一択?」
「だって高村くん、先週休んでたじゃない」
休んださ。休んだとも。誰も見舞いに来てくれなかったけどな。
「と言うか、騎馬戦に一年生は要らんはずだが」
「人数合わせで、一年からも一チーム出る事になったのよ」
マジでか。
「こういう事、他にやりたがるヤツは居なかったのか?」
「ああ、なんか松屋くんが高村くんを推薦してたけど」
良一ぃぃィ――――!!!
「殺す……。いつか殺す……」
「物騒な発言はさておき、今日の放課後、騎馬戦に出る人の会議みたいなのがあるからよろしくね」
俺は地に伏したまま溜め息を吐く。ごろんと仰向けになりながら礼を言った。
「……ま、伝えてくれてありがとな。えーと…………野崎山?」
「……吉野崎だから」
---*---
α−2
で、レナ達に帰宅が遅れる事を連絡して、放課後。
紅団団長とか言ういかにも体育会系の暑苦しい男が作戦やら戦術を口角泡を飛ばしながら説明し、最後に四人一組になってメンバーを確認する事になった。
「で、メンバーがこれか……」
「よ、よろしくお願いします……」
向かって一人目。身長がかなり低く、撫で肩で肩も腰も細い。髪が長めで色白。顔はまるで――――うん。
「待て。何で女子がここに居る?」
「ぼ、ボク、男です…………」
「……お前の人生は男に生まれたという点を除いて全て正解なんだろうな」
「よ、よく言われます……」
とりあえずこいつの名前は玖珠晶とか言うらしい。
「よし次」
いつの間にか場の主導権を握った俺。向かって二人目に紹介を促す。
「つーか何でてめーが仕切ってんだよ」
見るからに不良。つか何でこんな奴がこの学園に居るんだ。一応名門校だぞ、ここ。
「あ? 何ガン飛ばしてやがる」
「………………」
(ただいま制裁中です。五分ほどお待ちください)
「……制裁(鉄拳)完了」
「うう……俺が悪かった……」
「こ、怖い人ですね。高村さんって……」
んでもって、こいつの名前は橘太一。俺が仕切るのに異論は無くなったようだ。
「で、最後が……」
「……辰巳志人」
自分から名乗り出てくれた。礼儀正しいヤツだ。
とりあえずこいつは背が高い。190センチは有る。
でもって無口。何というか、植物を思わせる男だ。
「で、このメンバーで騎馬戦に出るわけだが……その前にちょっと訊きたい。この中に、先週休んでて騎馬戦に出るハメになったヤツ、手を挙げろ」
全員、手を挙げた。
「寄せ集めかよ…………」
「まぁ適当にやりゃあ良いんじゃね? どうせ一年だしよ」
「あぁ?」
ギロリ、と橘を睨みつける俺。先ほどの制裁を思い出したのか、橘は小さくひぃ、と呻いた。
「良いか、俺はな、俺に関係ないうちはこういう事をやるのは死ぬほど嫌いなんだ。けどな、一度関係を持ったなら死んでもやり遂げなけりゃ気が済まないんだよ」
「えと、つまり…………」
「死んでも勝つ。異論は?」
誰も何も言わなかった。元々無口なヤツが一名。俺の殺意が籠もった視線に負けたヤツが二名。
「よし、じゃあ今日から特訓だ!」
「「ええええぇぇぇ〜〜!!!」」
「………………」
「……つーか辰巳。お前はなんか喋れ」
---*---
β−1
「……てな事になってるぞ、たぶん」
「高村、負けるの嫌いだからね」
「へぇ、高村くんって意外と負けず嫌いなんだ」
放課後の教室。夕焼けが窓から射し込み、部屋の中を赤のコントラストで彩っている。
教室の内には少女が二人、少年が一人。
少年の名前は松屋良一。栄えあるかどうかは別にして、高村朱海の友人一号である。少女のうちの一人、もう片方の少女より背が低いほうの名前は瀬戸秋生。やはり高村朱海の友人である。
もう片方、ストレートヘアに赤のカチューシャ、赤縁メガネを掛けた少女は先ほど登場した吉野崎花子。このクラスの委員長であり、彼女をファーストネームで呼ぶ者は悉く彼女によって陸の藻屑と化す。
「負けず嫌いってか頑固だよな、あいつの場合。覚えてっか秋生、中一の時のアレ」
「ああ、あれでしょ。野球部で良一の球誰も取れなくて困ってた時に高村を連れてきたってヤツ」
「え? 高村くんって野球部だったの?」
「いや、結局は入んなかったけどな。あん時は惜しい事したなぁ。あそこで朱海を説得出来てりゃ今もバッテリー組んでたかもしれないのに」
「けど高村、ルール知らなかったんでしょ?」
「ルール以前の問題だろ。ベースを逆に回るわ、タッチされなきゃ良いんだろって守備にドロップキックかますわで大変だったぞ」
「……高村くんって、天然?」
---*---
α−3
「――――へっくしょい!」
……なんだ? 急にクシャミが出た。これはアレか。誰かが密かに俺の噂してるとか言う…………ワケ無いか。
ああいうのは全部作り事とか質の悪い偶然とかそんなんだ。現実に有り得る筈は無い。
現在、俺の前には屍が三つ。言うまでもなく玖珠、橘、辰巳の三人だ。
ちなみに騎馬戦では俺が上に乗る事になった。本当は一番軽い玖珠が乗って然るべきなのだが、目立つのが嫌だと本人が辞退したために急遽俺が乗る事になった。
まあ、玖珠は後の五分でそれを後悔したまま屍になるのだが。
だって上の方が断然楽だろ。
しかしたった一時間、騎馬を組んでグランド二十周させただけなのに情けない。
「こんなんで体育祭まで大丈夫かね……」
声はしなかったが、こっちのセリフだ、と三人が言っているように見えた。
理由は知らないけど。
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α−4
さて、次の日。騎馬戦三人組は学校を休んだ。何でも、全身疲労で家から一歩も出られないらしい。重ね重ね、情けない。
良一がのほほんと騎馬戦の首尾を訊いてきて腹が立ったので一発殴った。全然効かないどころかむしろ喜んでいたので全く気は晴れなかった。
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β−2
「と、いうワケで朱海は騎馬戦に向けて頑張ってる最中だ」
体育祭まで残り七日。高村朱海と愉快な仲間たちが騎馬戦に向けて苛烈な特訓を開始してから、早一週間。その日の放課後、彼の住む寮での事である。
「へぇ、朱海のヤツ何か帰り遅いと思ったら何、その、タイイクサイ?」
「……ベルさん、知らないんですか? 体育祭」
「なっ……知ってるわよ! あれでしょ、走ったり飛んだり取り合ったりするやつ」
「何ですか、その抽象的すぎて的外れなのかどうだか分からない答え」
「……それよりも、このお茶何か変な味しない?」
「あ、それですか。朱海さんの見よう見まねで作ってみたんですけど」
「どれどれ……うわ、ホントだ。まずっ」
「何入れたのよ、レナ?」
「何って……葉っぱですけども」
「……正しいよな」
「作り方は?」
「ええと、まずヤカンに葉っぱと水を入れて沸騰するまで火に掛けて、それから急須に移して……」
「……正しいよね」
「あれ、でも朱海、お茶っ葉切らしてたって言ってなかった?」
「? お茶っ葉って何ですか?」
「え」
「な」
「まさか……」
「……レナちゃん? この葉っぱって……何の葉っぱ?」
「えっと、そこの外に生えてる植え込みの葉っぱ…………あれ、どこ行くんですか? ベルさぁーん! 良一さぁーん! 秋生さぁーん!」
---*---
γ−1
――――準備は万端だ。まず気付かれる事は無いだろう。
一生懸命やってる連中の努力を無駄にするのは忍びないが、ここまで来たからには引き返す事は出来ない。
体育祭を――――――――潰す。
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α−5
さて、いよいよ明日は体育祭。鍛えに鍛えた一年生騎馬戦組は今や敵無しになっていた。
昨日の合同練習では並み居る上級生を薙ぎ倒し、跳ね飛ばし、恐れられる程には成長した。
……まぁ、成長しないでいいとこまで成長したけど。
「高村、明日の体育祭での騎馬戦の件だが、やはり直接大将を狙いに行くのではなく迂回して戦局を見極めてから突っ込むべきかと思う。いや、これは最前列に立つ僕が辛いとかそういう事では無い。しかし物事は効率と言う物を考えた方が」
「……辰巳、もうちょっとゆっくり喋れ」
成長その一、辰巳がペラペラ喋るようになった。
「おはざっす朱海さん! 明日の体育祭、頑張りやしょう!」
成長その二、橘が妙に恭しくなった。
「あ、あの、高村さん、お弁当作ってきたんですけど、一緒に食べませんか?」
成長その三、玖珠が以前よりもっと女っぽくなった。何で?
ま、何にせよ明日が体育祭。後はただ体を休めて戦いに備えるのみ――――だと言いたいが。
生憎と俺には仕事がある。それも飛びっきりの重要なのが。
---*---
γ−2
よし、この日まで誰にも気付かれなかった。体育祭が潰れるのも時間の問題だ。
後は"これ"を打ち込むだけ――――
「そこまでにしとけよ、桐絵さん」
---*---
α−6 γ−3
「そこまでにしとけよ、桐絵さん」
屋上。入り口のドアに背を預けながら、俺は告げる。
俺に背を向けていた桐絵さんは、ゆっくりと、しかし驚愕した面持ちで振り返った。
「どうして…………?」
「どっちの"どうして"だそれは? どうして計画がバレたか、か、それともどうして止めようとするのか、か」
「……両方よ」
「そうか。それならまず最初の方から」
言って、もたれかかっていたドアから背を離し、緩慢な歩みで桐絵さんの方に向かう。
「まず俺が気に掛けたのは、あんたが水を操るアートマ使いだって事だった」
「…………」
「次に、これは偶然なんだが……放課後、ここにいるあんたを見た」
あれは玖珠たちが屍になったあの日の事だ。遠巻きだったが、何かをしている桐絵さんの姿を屋上に見た。
「その日から……いや、本当はもっと前からかもしれないが、屋上にあんたを見かける度に雲の量が増えていった」
「…………」
桐絵さんは何も答えない。
「二つを結び付けるのは自明の理だった。つまり、水を操れるあんたが時間を掛けて雲を増やし、明日の体育祭に雨が降るようにしようとした」
大きく息を吸う。桐絵さんは憮然とした表情で俺を睨み付けている。
「体育祭を――――――潰すために」
「……当たり」
楽しくも何とも無い様子で桐絵さんが言う。
「二つ目だが……どうして止めようとするか、だったよな」
桐絵さんとすれ違う。俺はそのまま屋上の手すりに手を掛けた。
「決まってる。俺しかこんなバカげた計画を止められるヤツがいねーからだろが」
瞬間、桐絵さんが神速とも言える速さで杖を顕現させ、それを天に向かって振ると、火の玉のような青い何かが空に、むしろ雲に向かって打ち上げられた。
「"蒼の豪雨日"」
桐絵さんが勝ち誇ったように笑いながら言う。
「あれが雲に届いたら――――終わり。グランドが一週間使えなくなる位の大雨が降るわ」
勝ち誇ったような桐絵さんの表情は、しかし驚愕の表情に変わる。
――――俺が、桐絵さんよりも勝ち誇った顔をしていたからだ。
「――――魔力」
左手の人差し指を空に向ける。イメージは弓のそれと同じで、溜めてから一気に射出するように。
速く、もっと速く――――――――
「――――撹乱!」
翠の光が、辺りの空気を弾いて発射された。
光は青い物体を貫き、雲にまで達する。
途端、雲が渦を巻くように着弾点から晴れていき、やがて煙のように消えて無くなった。
呆然と空を見、憎むように俺を見る桐絵さん。
「あんたね……私がどれだけ苦労したか分かってるの?」
「じゃあ訊くがな、明日の為にあんた以上に苦労したヤツがどんだけいると思う?」
「…………」
「同じ苦労するならもっとマシな苦労の仕方しろよ」
とりあえず、言いたい事は言ったし、やるべき事もやったので立ち去ろうとする俺。
しかし、不意に腰に何かがぶつかった。リアルな質感と重みを感じる。
それが、桐絵さんに背後からしがみつかれたと分かるまで時間が掛かった。
「どうして……」
背後から聞こえた声は、別人かと思うほど弱々しかった。
「あんただって私と同じ、"特別"なのに……何でそんなに普通でいられるのよ……」
「さあ、俺の周りには変人が多いから、かな」
変人だろうと、心の支えくらいにはなる。あと反面教師にも。
「でもあんた、そういうヤツが居ないだろ。だから間宮のヤツを後押ししてやりたいんだよ」
「…………」
ゆっくりと、俺から離れる桐絵さん。
俺は後ろを振り向かずに、その場を去った。
---*---
γ−4
『……泣いてるの、奈美?』
「うるさい、ヘルメス」
『てゆうか、見破られてたね。色々』
「色々?」
『計画の事とか、周りに人が居ない所とか』
「高村朱海……何なのよ、アイツ」
『……でも、奈美の事ちゃんと考えてくれてたんだね、アケミン』
「…………」
『あ、ひょっとして惚れた?』
「ヘルメス……ぶっ叩かれたい?」
『だって、顔赤いし』
「夕日のせいよ」
---*---
α−7
さて、なんとか無事に体育祭が開催され、我ら紅団は獅子奮迅の大活躍。騎馬戦も見事な立ち回りを見せ、紅団が白団に圧勝した。
余談だが、桐絵さんがあんなにも体育祭を中止させたがっていた理由が分かった。
要は運動が死ぬほど苦手のようだ。100m走でこけて、クラス対抗リレーでこけて、競技開始の入場の時にこけてと散々だった。
更に余談だが、レナとベルが応援に来た。恥ずかしかったので言ってなかったのだが、そうなる事を見越して良一と瀬戸が伝えたらしい。あれで抜け目の無いヤツらだ。
その良一と瀬戸だが、何か悪いもんでも食べたのか、なんかげっそりしていた。何故だろうか? |