第十八話 夢見る少年の帰省
「お前にとって」
真っ暗闇の空間。目の前の男が問う。
「生まれるってのはどういう意味だ?」
間髪入れずに俺は答える。
「存在しないモノが存在するようになる事だ」
――――嘘だ
「生きる事は?」
「生まれた事への意味付けだ」
――――嘘だよ
「死ぬ事は?」
「存在が非存在になる事だ」
――――嘘だって
「最後の質問。嘘だって分かってながら何でそんなもん建前にしてんだ?」
「分からない」
――――本当だ。
---*---
「あー……くそ、最悪の目覚めだ」
俺の心拍停止から一週間。ようやく退院の日だってのに、なんて夢見せやがる、俺の潜在意識。
まあ良い。出だしこそ最悪だが、別にこれといって不具合も無い。荷物を纏めて、着替えて、色々挨拶とかしてから帰ろう。レナとベルも心配だし。
と、思い立ってから三十分後。
懐かしき我が寮に帰り着いた時――――俺は惨劇の生き証人になる。
いや、惨劇と言うのもアレだ、訂正しよう。
――――地獄絵図だ。破壊と混沌と絶望が百鬼夜行よろしく足並み揃えてやって来たみたいな地獄絵図だ。
だってそうだろ。ほんの一週間前まではマメに掃除をして綺麗にしていた(自負)のになんで、なんだこれは――――
まず玄関。
<Before>
銅製の玄関は重厚さを感じさせ、そこを潜る者に一種の安心感を感じさせます。
魚レギオンの侵入により一時吹っ飛びましたが、業者さんはいい仕事をしてくれました。
<After>
どうでしょう、何故か既に吹っ飛んでいて、爆発でも有ったのでしょうか、銅が酸化して真っ黒です。魚レギオン侵入時の比じゃありません。
次にリビング。
<Before>
絨毯敷きの上に、人一人優に眠れそうな(実際眠っているのだが)ソファが二つ、艶のある木製のテーブルを挟んで鎮座しています。ソファから等距離の所に人一人乗れそうな(実際乗ったヤツが居るのだが)テレビが置いてあります。
<After>
ご覧ください、何故か絨毯は剥がされ、フローリングが剥き出しです。傍らにある焦げた布の塊はもしかしてカーテンでしょうか、元は真っ白だったはずなのに面影の片鱗も有りません。
ソファの有った場所には布団を被った少女が二人、床の上に直接寝ています。寒そうです。
最後にキッチン。
<Before>
リビングとは擦りガラスで隔てられたキッチンには炊飯器、電子レンジ、食器乾燥機、ガスコンロなどが完備。料理好きにとっては不足の無い設備となっております。
<After>
何と言う事でしょう、炊飯器からは吹き出た泡が固まってまるで白いカルメ焼きです。電子レンジだと思しき残骸は爆発でもしたのか破片しか残っていません。ガスコンロには何故かペシュカド丸が突き刺さっています。
ああ、いや、うん。言いたい事が有るんだ。一つだけで良い。一つだけで良いんだ。
「ざっけんじゃねぇぞこの野郎共ォォァーー!!!」
---*---
「……まず状況を説明しろ」
比喩無しに壊滅状態のリビングに、正座した少女が二人。その頭にはたんこぶが生々しく出来ている。何があったかは想像にお任せしよう。
「いや……ベルさんが」
「いや……レナが」
「つまり両方か」
その後、二人の話を纏めるとこうなる。リアルタイムでお楽しみ下さい。
---*---
「ねえベルさん、白ごはんってどう作るんですか?」
「さあ? 朱海はいつもお米洗ってるけど」
「なるほど、洗えば良いんですか」
---*---
「……洗う? 研ぐ、じゃないのか?」
「だって朱海、いつもお米わしゃわしゃーって洗ってるじゃない」
「まあ、洗ってると言えば洗ってるか……って、まさか、お前…」
「お米って、洗剤で洗えないんですね」
……良い子の皆さん、いや、老若男女を問わず、絶対に真似しないで下さい。
いや、しても良いですけど一人でやって下さい。
「……炊飯器はまあ良い。他の惨状は一体何が引き金だ?」
「ええと、ガスコンロはベルさんがやりました」
「だってあれ、どうやって火を点けんのよ。ワケ分かんない」
「……ベル。あそこに付いてるスイッチみたいなのは分かるか?」
「アレも押してみようとしたけど、押せないのよ。何なの? アレ」
「あれはな、押すんじゃない。捻るんだ」
「………………」
ベル、絶句。もとい、驚愕。
「……他は?」
「電子レンジは……汚れてたんで水洗いしたら爆発しました」
「その際にカーテンも燃えたわ」
「絨毯に燃え移ると悪いので剥がしました」
「玄関は……確かレナが銃をぶっ放して……あれ、何だったの?」
「ああ、あの時ですね、玄関にゴキブリが居たんですよ。私ったらもう無我夢中で……」
オッケー、了解。理解した。
「……とりあえず、お前らにはもう絶対に留守番させねぇ」
---*---
「はい……はい、お願いします」
(ガチャン)
「何の電話だったんですか、朱海さん?」
「何だと思う?」
「あ、分かった。」
「たぶん、私も」
「「出前」」
「……寮の修理を業者に頼んだ」
「「ごめんなさい」」
「と言うか、修理に丸一日かかるらしい」
「え…それじゃ、その間あたしたちどうするの?」
「どうするって……どこか別のところに泊まるしか無いだろ」
「どこかって、どこですか?」
「うーん、ホテルとかでも良いんだが高いしなぁ……」
「ホ、ホテル!?」
何故だろう、ホテルと聞くとこんな反応を示すのはひとえに思春期という通過儀礼の賜物だろうか。
「……仕方無いか。面倒くせぇけど……」
そう言って俺は本日二回目の電話を取る。
「もしもし、俺だ。うん。今日そっちに帰るから、ババァに伝えといてくれ。ああ、一晩泊まる。あと連れが二人いるから、そいつらの分も頼む。それじゃ」
(ガチャン)
「……ハァ、難儀な事になったなぁ…」
「あ、あの、朱海さん? 今の謎の電話は何なんです?」
「泊まるとこ、見つかったぞ」
「え?」
---*---
三人で電車を乗り継いで数十分。辺鄙とさえ言えるほどのどかな景色が広がる地に、俺達は足を踏み入れた。
麗らかな午後の日差しにさえずる鳥。うーん、平和だ。
「あんなもんさえ建ってなかったらな……」
まるで鳥居のようなバカデカい朱塗りの門。そこからは石敷きの通路が直線に伸びている。
その先にはこれまたバカデカい瓦屋根の日本住宅が鎮座している。
通路の脇には明らかにその筋の男たちが今にも頭を深々と下げようと俺達が入ってくるのを待ち構えている。
とりあえず、俺は溜め息を吐いた。
「あの、朱海さん? ここ、どこですか?」
明らかに通路脇の男たちにビビるレナ。……だからって、腕にしがみつくのは止めてくれ。何というか、男として何かが危うい。
「んー……、実家……みたいなもんか」
「へえ、結構おっきいじゃない。ま、あたしンちには負けるけど」
あー、はい、そりゃどうも。それは良い。けど何でお前までしがみつくんだ。ビビるなら素直にビビっとけ。
ちなみに、ベルが抱きついたところで全く俺の男としての危うさは揺らがない。悲しいかな、嬉しいかな。
「……行くか」
覚悟を決めて足を踏み出す。門を潜るまであと三歩、二歩、一歩――――――――――――
「「「お帰りなさいませ、若ぁぁっ!!」」」
予期していた通り、男たちは一斉に頭を下げた。そりゃもう、これがシンクロナイズドスイミングなら金メダルが確定するくらいの統一感で。
「……とりあえず、若は止めろ」
「何をおっしゃいます若! あなたはこの鷹揚会五代目を継ぐ御方! 忘れたとは言わせませ」
「忘れた」
「若! ついに身を固める決心をなされたのですね! それも二人も!」
「殺すぞてめぇ」
(身を……)
(固める……?)
次の瞬間、リンの化学反応のように二人が自然発火。通路の上で悶え始めた。
「身を固めるなんてそんな大それたこといや別にいいんですがベルさんいらないそもそもまだお付き合いもしてないのにいや別にいいんですが」
「朱海があたしと朱海があたしと朱海があたしと朱海があたしとレナいらない朱海があたしと朱海があたしと朱海があたしと朱海があたしと」
とりあえず、落ち着けお前ら。
「電話でも言ったが……一晩泊まるだけだ。またすぐ帰る。それよか疲れた。屋敷に通してくれ」
「はッ!!」
あー、疲れる。これだから実家やだ。
「おい、行くぞ二人と……」
「いやでも朱海さん人間だし私天使だしいやでもそういうのもアリかとベルさんいらない」
「あたしが朱海とあたしが朱海とあたしが朱海とあたしが朱海とあたしが朱海とレナいらない」
「お前ら……いつまでやってんだ」
---*---
そして私たちは部屋に案内されました。勿論朱海さんとは部屋は別です。少し残念です(byレナ)
「ねぇ、ベルさん」
「何?」
「朱海さんって、何者なんでしょうか?」
「知らない」
「よくよく考えてみれば、私たちって朱海さんの事よく知りませんよね」
「…………」
「とにかく、只者じゃない事は確かです」
「そういう会話、本人が居ないとこでやった方が良いと思うぞ?」
「うひゃあぁぁぁ!!?」
「朱海………居たの」
「今来た」
「び、びっくりしたぁ………」
「で、何なの?」
「いや、ちょっとな、ここのババ……世帯主が話がしたいってんでな、来いって」
「はあ……」
そうしてあたしたちは朱海に連れられていった。…………ていうか、このモノローグ、必要なわけ?(byベル)
---*---
まるで城の御殿のような広さの畳敷きの部屋に、座布団が三枚、横に並べられている。そこから距離をあまり置かぬ所に、閉じた襖がある。描かれているのは荒々しい鷹の絵だ。
俺は無言で真ん中の座布団に座る。レナが左に、ベルが右に座った。
「来たかい」
襖の向こうから、妙齢の女性の声。
「ああ」
緩やかな摩擦の音を立てて、襖が開く。
そこに居たのは、女性だった。
髪を結い上げかんざしを差し、染め抜きの黒い和服を羽織っている。
いかにも――――ああ、いかにもだ。その筋の女だ。
「一見さんは初めまして。関東鷹揚会四代目会長代理、高村朱音だ。以後お見知り置きを」
「え……たかむら?」
「その紹介で何が分かるってんだ、このババァ」
「相変わらずつれないねぇ、朱坊。……まぁいい、訂正しとくよ。あたしゃ朱坊の親父の妹、つまり叔母だ」
「お、おばぁぁぁ!!?」
「その様子じゃあ何も朱坊から聞いてないね? 困ったもんだよ、まったく」
「あんたの事を話すかどうかなんざ、些末極まる問題だろうよ」
「心の準備ってもんがあるでしょうに。いきなり連れて来られてハイ叔母ですってなりゃあ驚きもするだろうさ」
「んなこたどうでもいい。用件は何だ、さっさと言え。俺は眠い」
「再三訊くけどさぁ、"こっち"に戻るつもりは無いかい?」
「再三言うがな、"そっち"に戻るつもりは毛頭無ぇ」
「いやさ、あたしもそろそろカタギに戻りたいんだよ。普通の女の子に戻りたいってやつ?」
「年甲斐も無く気持ち悪い事言うな」
「と言うか、あんた以外に適任が見つからんのよ、五代目。組の奴らぁこの地位狙って虎視眈々だし」
「言ってろ。用件はそれだけか?」
「あ、いやもう一つ」
「何だ?」
「都賀の嬢ちゃんは元気かい?」
「……………」
「勘ぐらないでいいよ。純粋に心配してんだから」
「……元気だ」
「そう、そいつぁ良かった」
「終わりか?」
「うん。あんたはもういいよ」
「あんた"は"? こいつらに何か用でもあんのか?」
「まあ、ちょいとね」
「……妙な真似はすんなよ」
「良いから、さっさと行きな。今からここは女の園だよ」
「ババァを女に数える奴が居るんならな」
捨て台詞と言う名の置き土産を置き、ついでにレナとベルと言う役立たずと言う名の置き土産も置いて俺は部屋を出た。
---*---
「さて、うるさい奴も消えた事だし」
始めますか、と目の前の女性は言った。
「まず最初に訊きたいんだけどさ、どっちが正妻?」
「せい……」
「さい?」
「どっちが朱坊の本当の妻かってこと」
ボン、と音がした。片やあたしから、片やレナから発せられた音だ。
「ちちち、違います! 私たちまだ、いやまだと言うのもおこがましいですがそういうご関係ではございませんから!」
何か言おうかと思ったが、レナの言ったことと大差無いので止めた。
「まあ、そうだろうねぇ。あの朱坊にそんな甲斐性無いか。あっはっは」
豪快に笑うその姿からは、朱海との共通点は無いように見える。けど良く見てみたら少し朱海に顔が似ていると言えなくも無い。いや、朱海が似たのか。
「あの、失礼ですけど……さっき、おうようかい、とかカタギ、って言ってましたけど、それって……」
「極道」
あっさりと、あまりにもあっさりと目の前の女性――――高村朱音は言った。
「もっとも、朱坊はもう抜けたけどね。二年前に」
「二年前って……朱海が一人で暮らし始めた時よね」
「うーん、ちょっとこっちでゴタゴタあってね。朱坊は極道に嫌気が差しました、とさ。あっはっは」
笑うところでは無さそうだが、こういうところで笑うのがこの人なのだと思った。
「一つ――――、訊いていい?」
「ほいさ、何でもどうぞ」
「さっき、都賀がどうのこうのって言ってたわよね。それって、ビンぞ……都賀岬の事?」
「ありゃ、なんだ。知ってたのかい。都賀の嬢ちゃんの事」
「あ! そう言えば、都賀さんが朱海さんと出会ったのって……」
「二年前、よね」
レナと同時に顔を見合わせて、同時に高村朱音を見る。
高村朱音は、さっきまでとは打って変わって真剣な表情になった。
「妙な符合だがねぇ、今あんたたちがしてた話は全部繋がるのさ。つまり朱坊が極道辞めた理由が都賀の嬢ちゃんだ」
「二年前に、ですか?」
「……詳しい話は朱坊に訊きな。あんまし語りたくなるような思い出じゃないんでね」
「…………」
「ただ……都賀の嬢ちゃん、朱坊の事、好きだよ?」
「……知ってる」
「覚悟はしてるってワケかい。くくく、若いって良いねぇ」
はて、なぜ今の台詞に悪寒を覚えるのだろう。……まさか。
「あんたたちも、朱坊の事好きなんだろう?」
――――バレてた。
頭に血が登るのが分かる。何か言い返そうとするが、舌がもつれて上手く発音出来ない。
「都賀の嬢ちゃんは強敵だよ。せいぜい頑張りな」
その言葉に含まれていたのは、紛れも無い愛情。
なるほど――――――――、この何気ない優しさには覚えがある。
高村家の一族は、こういう所が似るらしい。
---*---
翌日。寮の修理が完了したとの連絡を受けて家路、むしろ寮路に就く事になった。
組員が見送りだの何だのうるさくなりそうだったのでこっそり帰ろうとしたが、捕まって小一時間ほど足止めを喰らった。多分ババァが告げ口したんだろう、年の割に落ち着きの無いババァだ。
帰りの電車の中で、レナが言った。
「良い人ですよね、朱音さんって」
耳を疑った。と言うかむしろレナを疑った。
「同感ね」
ベルもかよ。あの自己申告制女の園で一体何が起こった。洗脳とかされて無いだろうな。
「文句は言わんが、同意もせんぞ」
そう言ってどっかりと背中を座席に預ける。どうでもいいが、両サイドを二人ががっちり固めているので、どこか落ち着かない。
二人を意識しまいと努めていたら、不意に眠気が襲ってきた。
抗う間もなく、俺は眠りに落ちた。
---*---
「お前にとって」
あの夢に良く似た、夢。世界は真っ暗じゃなくて。
それが度々見るあの夢とは違って、完全に俺の意識から作られたモノだと分かった。だから――――
「極道ってどんな感じ?」
都合の良い質問が、降ってくる。
都合の良い答えを、俺は返す。
「大ッ嫌いだ」
――――本当だ。 |