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灰色イデオロギー
作:風利堂



第十七話 久遠と怠惰と鉄面皮




虚無。虚無虚無虚無虚無虚無虚無。





いや、のっけからサイケな感じですまん。
暇だ。暇すぎて死にそうとは誰が言った事だったか、身を以て実感してみると成る程死にそう。

「我思う、故に我あり………か」

最初に言っておく。この台詞に意味は無い。
次に言っておく。今病室には俺しか居ない。
最後に言っておく。もう何か、泣きたい。
結局レナ達はあれ以来お見舞いに来てない。良一と瀬戸は未だ来てくれない。
あ、あと桐絵さんが(と言うよりヘルメスさんが)来た。帯名式優勝のお祝いらしい。餞別は五円チョコだった。捨てた。
間宮が闇討ちに来た。フェンリルに変身する前に返り討ちにした。結果、入院患者が一人増えた。死ねば良いのに。



「本当に死ねば良いのに……」

もちろん、返事など返ってくるはずも無い。だが、独り言でも言わんと気が滅入る。
大体何で大病院で六人部屋なのに俺一人なんだ。誰か他に入院してきたって良いだろ。間宮以外。
と、俺が病院への憤慨を間宮へのそれにすり替えようとした時、病室のドアがノックされた。
思考を一旦リセットして、ドアに注意を向ける。ゆっくりと開いたドアの向こうに居たのは、レナでも悪魔でも良一でも瀬戸でも桐絵さんでも間宮でも無かった。

「ああ」

お前か、と俺は言う。

「久しぶりだな。(みさき)

---*---


「う〜〜〜〜〜〜〜〜」

「うるさい、天使」

「天使じゃありません、レナです」

「大体、何で朱海はあんたを名前で呼ぶくせにあたしは悪魔のままなのよ。理不尽だわ」

「理不尽って、悪魔さんまだ朱海さんに名前教えて無いじゃないですか」

「だって訊いてくれないんだもん」

「子どもですかあなたは」

(プルルルルルルル…………)

「あ、電話ですね」

「あたしは出ないわよ」

「あ、朱海さんからです」

(ガチャ)

「もしもし、朱海?」

「………………」

『あ、悪魔か』

「どうしたの?」

『いやな、お前ら多分飯食えて無いだろ?』

「うん、全然。お金も無いし」

「悪魔さん? 朱海さんにご飯の炊き方聞いて貰えませんか? 見よう見まねでやったらなんか炊飯器が泡吹いてるんですけど…………」

『待て。今なんか聞こえた気がするが』

「気のせいよ」

『……まあ良いか。で、今そっちに知り合いが向かってるから、そいつから金貰って何か買ってくれ。一週間くらいで戻れると思うからそれまでその金でなんとかやりくり出来るだろ』

「分かった。それじゃね」

(ガチャン!)

「………………」

「……何よ」

「……いや、何でも無いです。で、朱海さんは何て言ってましたか?」

「何か、知り合いがお金持ってくるからそれでご飯買って食えって」

「そうですか。朱海さんは大丈夫そうでしたか?」

「たぶん。一週間で戻るって言ってた」

「一週間ですか。長いですね」

「……あんたは見てないから良いんでしょうけどあの時の朱海、本当に死にそうだったんだから。正直一週間でも早い方よ」

「ああ、確か悪魔さん泣いてたって言ってましたもんね」

「……ケンカ売ってんの?」

「まさか。天使は争い事を好まない物ですよ」

「………………」
「………………」

「悪魔さん」

「何?」

「……真面目な話、して良いですか?」

「………?」


「悪魔さんが自分の名前を言わないのって、私の事を気にしてくれたからなんですか?」

「……何でよ」

「だって、悪魔は天使と違って名前を貰うまでは名前が無いなんて制度無いじゃないですか」

「誰があんたに気なんか使うのよ」

「少なくとも、朱海さんは使ってくれました」

「…………」

「朱海さんは……多分気付いてますよ。悪魔さんにちゃんとした名前がある事も、それを言わない理由も」

「…………」

「だから、朱海さんは悪魔さんの気持ちを汲んだんだと思います。あの人、たまに自分勝手なのか他人本意なのか分からないですから」

「……何が言いたいの?」


「朱海さんに伝えて下さい。あなたの名前を」


「…………」

「……私が言いたいのはここまでです。後は――――あなた次第です」

「…………」
「…………」


「ねえ、天………レナ」

「何ですか?」


「あたしも――――真面目な話、していい?」

「……どうぞ」

「あたしが悪魔になって――――最初に思った事って、何だと思う?」



「……何ですか?」

「あたしね、天使になりたかった」

「え?」

「だって、悪魔なんかより天使の方が素敵じゃない。死の命運(ケール)の事を聞いてからは尚更」

「…………」


「だからね、あたしは悪魔なんて大っ嫌い」


「悪魔さん……」

「……止め止め。湿っぽい話はおしまいにしましょ」

(ピンポーン)

「あ、丁度来たみたいね、今度こそ出なさいよ、レナ」

「……はい」





---*---





……私の名前は都賀岬(つが みさき)
彼……高村朱海の株式代理人を任されている。
……なぜ私はいきなり自己紹介を始めているのだろうか。突然したくなったとしか言いようが無い。
……それはいい。続ける。
現在、彼と同じ十五歳。諸事情により高校には通っていない。
今日は彼が入院したと聞いてお見舞いに行った所、用事を頼まれて彼の住む寮を訪ねて現在に至る。


玄関に出たのは金色の髪をした私より少し背の低い少女だった。
私を見るなり目を見開いて放心している。そのまま何かを叫びながら寮の奥に引っ込んだ。悪魔とかなんとか聞こえたが、気のせいだろう。
次に、長い黒髪の少女が出て来た。頭にある角のような物は飾りだろうか。似合ってると言えば似合っている。
少女は小走りでこっちに来たかと思うと、私の姿を認めた途端に来た時の三倍の速度で戻っていった。

……今の二人が、彼の言っていた居候だろうか。



---*---


「どどど、どどどっどどどど…ゲフッ!」

「お、落ち着きなさい! 今すぐ手のひらに"悪"って書いて三回飲むのよ!」

「どこの風習ですかそれ! と言うかこれが落ち着いていられますか! 何であの人が!?」

「あたしに訊かないでよ! と、とにかく覚悟を決めて――――」


「……あの」



---*---


「……あの」

見るに見兼ねて私は声を懸けた。一体何故彼女らは怪訝な態度を取るのだろう。理解に苦しむ。
勝手に寮に入ってしまったが、まあ良いだろう。彼なら許す。
私は懐からお金――――一週間の生活費にしては高額すぎる金額が入った封筒を差し出す。

「……お金」

黒髪の少女が恐る恐ると言った様子でそれを受け取る。不可解な点が多いが、何にせよ私の役目は此処までだ。
立ち去ろうとする私を、しかし金髪の少女が引き止めた。

「待ってください!」



---*---


「待ってください!」

いてもたっても居られず、私は取りあえず声を出した。
おかっぱ頭に鬢の厚い眼鏡を掛けた少女はゆっくりと振り返る。

「……何?」

「ええと、訊きたい事は色々ありますけど、あなた誰ですか?」

「……都賀…岬。彼……高村朱海に頼まれて、届けに来た」

そう言って彼女――――都賀さんは悪魔さんの持っている封筒を指差す。

「ああ、それは聞いてます。それで、朱海さんとはどういったご関係で?」

「………!」



---*---


「………!」

今、なんと言った。
朱海? 朱海とは紛れもない、彼の名前ではないか。
私ですら面と向かってさえ呼んだ事の無い彼の名前を、易々と口に出来るなど、羨まし……もとい、許し難い。

「彼とは……二年前に知り合った」

「それで、その……その時からそう言うお付き合いを?」

……? "そう言う"とはどう言う事だろう。彼から聞いているのか?
私は無難に返事をしておく。

「……そう」

瞬間、空気が止まった。ぱさり、と音がしたと思ったら、黒髪の少女が蒼白な顔で封筒を落としていた。


※解説※
レナと悪魔の娘っ子はこの都賀って嬢ちゃんが朱海っちの彼女だと思ってるんだぜー。 (byタルタロス)


今何か、変な声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
昨日徹夜したせいかもしれない。

「……私も――――あなた達に、訊きたい事がある」

彼が、まるで姉妹のようだと形容した彼女達。
彼女達にとって――――――――

「――――彼は、どう言う人物?」



「大切な――――人です」
「まあ、うん、そうね」



なるほど、理解した。
やはり私の見立ては正しかったようだ。
この二人は――――彼を好いている。





私と――――同じように。



---*---

ああもう、自分で自分が嫌になる。
何でこんな時にさえ素直に言えないのか。
ここら辺がレナとあたしの差なんだろう、素直さの度合いが全然違う。
こういうのを世間ではツンデレとか言うらしいが、当事者にしてみればこれほど難儀な恋も無い。
私が朱海に名前を告げなかったのは、本当は怖かったからだ。これ以上踏み込まれるのに。
本当に難儀な物だと思う。本当は踏み込まれたいのに、わざわざ壁を作って踏み込まれないようにしておきながら、その実壁を壊してくれる事を望んでいる。
あたしはもう、何がしたいのか分からない。感情ばかりが先行して、意思がついて来ない。
感情があたしに命じるのはただ一つ。

朱海の傍に居たい。それだけ。

「ねぇ、ビン底」

「ビン……底?」

「あんたの事よ」

ちなみに鬢底眼鏡の略である。

「言っとくけどね……あたしは諦めないわよ」

諦めない。あたしには最も似合わない台詞の一つだろう。
執着。執着と言う事をした覚えは、無い。いつだって流されて、そこから抜け出す努力もしなかった。そのくせ自分を責める事は無く、他人や世の中を批判していた。嫌な過去だ。
今もそうかもしれない。昔の自覚があるだけで。
それでも――――――――

「朱海の傍は、渡さない」

たとえ流される事しか出来なくても、流される場所くらいは選びたいから。


「……了解した」


抑揚の無い声でビン底が喋る。けれどもその声には凄みが掛かっているように聞こえた。

「……あなた達を敵と認識する。異存は?」

「ないわ」
「ありません」

「一応……名前を訊いておく」

「天崎零奈です」

答えた後、心配そうな顔でレナが私を見る。
大丈夫。

「本当は……最初は朱海に聞いて欲しかったんだけどね」












「あたしは"怠惰(たいだ)"のベルフラウ=フェゴール。覚えときなさい」

レナが驚いた顔をする。目の前のビン底は動じない。

「あ、あの、悪魔さ…ベルさんって呼んで良いですか? ベルさん、出身はどこですか?」

「出身? ドイツだけど」

「……日本語、上手ですね」

「日本育ちだから」

そもそも赤い瞳の日本人なんて居るわけ無いのに。
と思うや否や、ビン底がこっちに背を向けた。今度こそ帰るらしい。

「さよなら」

挨拶だけはきちんとしていった。そこら辺は几帳面なのかもしれない。



---*---



「ベルフラウ=フェゴール」

「は?」

「あたしの名前よ。ちなみに出身はドイツ」

現在、病室。珍しく一人でやって来た悪魔は顔を合わせるなりそう言った。

「あー、なるほどな……。もう一回言ってくれ」

「ベルフラウ=フェゴール」

「ついでにもう一回」

「ベルフラウ=フェゴール」

「最後にもう一回」

「……ケンカ売ってる?」

「いや、まあ正直言うと嬉しくて」

悪魔――――いや、ベルフラウ――――いや、ベルでいいや。
ベルは何かを言おうとしたらしいが、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせて地獄の釜で茹でられたように顔を赤くした。
……最近、思った事をそのまま口に出すと言う行為を改めなければならないのか、と考える。

「あんたってホント……そう言う事を……ずけずけと……」

相当動揺しているのか、文末を結びきれていない。

「ところで、岬には会ったろ?」

「ああ、あのビン底?」

「………悪意の籠もった愛称を付けるな。……で、どうだった?」

「どうだった、って?」

「いや、普通だったか?」

「やけに無口で無表情で玄関から不法侵入する事が普通だってんなら普通だけど」

玄関から不法侵入? 日本語が矛盾してないか?

「ああ、いや、あいつはそれで常態だ。……そっか、随分大丈夫みたいだな……」

「何が?」

「いや、何でもない」

「ところで朱海、昨日貰ったお金なんだけど」

「ああ、あれだけあれば十分だろ? 一応多めに持たせたけど、」

「いや、そうじゃなくてね……」

「?」

「レナのヤツが昨日焼鳥屋でやけ食いして……、もうお金が底をついたの」

こいつら焼鳥屋好きだな。
……じゃなくて、

「……マジですか」

「……マジよ」

俺とベルは揃って溜め息を吐く。

「……岬にまた持って来させる。それまで耐えてくれ」

「……分かった」

その後も他愛ない話をして、ベルが部屋を出る。その途中で、

「朱海」

「? どうした?」

「あたしさ、諦めない事に決めたから」

諦めない。ベルには似合わない言葉だ。
まあ、良いさ。気にしないのは得意だ。

「……そいつは良かった」

何が良かったのかは分からないが、良い気がした。まあ、直感ってやつを信じてやろう。
ベルが去って、妙に病室が静かに感じる。
最近恒例になってしまった独り言を呟く。

「なんにせよ、難儀な事にならなけりゃいいけどな……」

心にも無い事を言ってみる。自分でも可笑しかった。
今度は、本当に思った事を声に出してみる。



「早く退院してぇ…………」

まあ、どちらも叶わぬ願いだが。












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