第十四話 そうだ、魔界行こう
「…………」
「な、なあ、天使」
「…………」
「この前の事は悪かった。嫌、悪かったっつったら悪魔に失礼だがまあとにかく俺が悪かった。何がかは分からんが悪かった。だから頼むから黙々と飯を食い潰すのは止めてくれ。今月ピンチなんだ」
「……別に、怒ってなんかいません」
怒っているかどうかは訊いてない。にも関わらず言うって事はやっぱし怒ってるんだろう。
「まあまあ、天使の娘っ子。そろそろ切り出しゃ良いじゃねぇか。俺っちは頃合いだと思うぜ?」
タルタロスか。心なしか久し振りの登場だな。
「いやー、俺っちさ、寝なくて良い時は何時までも起きてられるんだが、いざ寝たら何日も起きれねぇんだわ」
それはなんと言うか……なんとも言えんか。
「アレだ、アレ。こっちの世界で言う、ナポ、ナポ、ナポリタン?」
「ナポレオンだ」
確かにナポレオンは一日三時間寝れば大丈夫な人間だったらしいが、建物の分際で世界の皇帝と同列のつもりか?
「で、切り出すって一体何の事だ?」
「んーとな、確か帯名式、つったか? 魔界であるんだろ?」
「たいめいしき?」
「……第九天使に名前を付ける儀式の事です」
天使が答えた。未だ不機嫌そうだが。
「名前って……"水瓶"のヘルメスとか"裂爪牙"フェンリルとかそんなのか?」
つまりこれまでの"天使"って呼び方を改めなけりゃいかん訳か。喜び半面寂しさ半面、って感じだな。
「でな。この儀式にゃ天使庁公認の付き添い人が要る。俺っちの言いたい事は分かるな?」
「……俺に行けと?」
「話が早ぇや。ほら、ついでに二人っきりで魔界観光でもしてこい。こん前の良い穴埋めだろ?」
二人っきり、の部分に反応したのか、天使が立ち上がった。
「行きましょう、朱海さん」
天使が俺の手を取って言う。心なしか目が爛々として覇気が有る。
「……別に構わない。構わないんだが、一つ問題が有る」
「何ですか?」
「俺、どうやって魔界に行きゃ良いんだ?」
俺の観念上、魔界イコール死後の世界みたいな公式が成り立っているし概ね当たっていると思う。
魔界に行くイコール死ぬって訳じゃ無いよな?
「ああ、大丈夫です。はい」
天使は何処からか天使銃を取り出すと、にこやかに銃口を俺の額にくっつけ、にこやかに引き金を引いた。
爆発したような音が脳内で響き、俺は急速に意識を失っていった。意識が途切れる寸前、俺は天使に向かって頭の中で何でやねんとツッコンだ。
---*---
嗚呼、此処は何処だろう。嫌に眩しい。
嗚呼、此処は川だ。向こう岸に誰か居る。あれは―――父さんだ。写真でしか見たことの無い母さんも居る。
どうして此処に居るんだろう。この川を渡れば分かる気がする――――
---*---
「……って、ハッ!?」
「あ、気が付きましたか?」
眼前には逆さまになった天使の顔。いつかと同じ膝枕だ。
俺は上体を起こすと天使の頭にチョップをかました。
「思いっ切り大丈夫じゃ無ぇだろうが。三途の川が見えたぞ」
俺が親父の事反吐が出るほど嫌って無かったら渡ってたぞ、多分。
「まあ無事に着いたんだから良かったじゃないですか。それよりほら、どうです?」
天使が指差す先には、この世のものとは思えない光景が広がっていた。いや、実際違うのだが。
先ず目に入ったのは純白の建物。城とさえ形容した方が良いようなそれは無信心な俺でも思わず拝みたくなるような神々しさに満ちている。
次に目に入ったのは建物が建っている場所で――――驚く事に、地面が浮いている。
良く見てみれば他にも宙に浮かぶ島のような大陸が幾つも有り、その間を羽の生えた何か――――天使が飛び交っている。肥沃の大地に体の芯まで突き抜けるような清々しさ。
例えずとも―――此処は天国だ。
「此処が……魔界の中でも天使たちの区域、"アスガルド"です」
「…………」
とりあえず俺、絶句。本当に魔界に着いたのか。
「で、帯名式だったか? 何処に行きゃ良いんだ?」
「ええと……確か天使庁の…あ、あの建物です」
天使が指差したのは、先ほど俺が城と形容した純白の建物だった。
「どうやって向こうまで飛んでくつもりだ? 確かお前、飛べなかったはずだが」
「大丈夫です。確か向こうまで運んでくれる運送屋がどこかに……あ、いた!」
確かに居た。鷲のような褐色の羽を生やした男の天使で、何故か船乗りの格好をしてパイプをふかしている。因みに、見た目が若いので全然似合っていない。
「すいませーん、天使庁まで天使一人と人間一人、お願いしまーす!」
「ああ、へい、毎度。お代はマナで良いかい?」
「マナ?」
「アスガルドでのお金みたいなものです。…ええと、カードは使えますか?」
驚き半分、笑い半分で吹き出しそうになった。まさかクレジットカードがこんなに似合わんとも思わなかったし、そもそも持ってるとも思ってなかった。
「はいよ、了解。じゃ、これ乗って」
と、何処からか京都の人力車みたいな物が出て来た。座るスペースが辛うじて二人分くらいある。
とりあえず天使と座る。かなり天使と密着する形になったが気にしない。気にしたら負けだ。
「ああ、そうだ。儂は"鷲羽"のウィゾフニル。ウィズと呼んで貰って構わん。以後、お見知り置きを」
儂、か。何度も言うが、外見が若いせいで全然似合わん。
「それじゃあウィズさん、さっきも言いましたけど、天使庁まで、宜しくお願いします」
「はいよ、先に断っとくが、儂は飛ばすぞ」
返事をする前に、車(?)は発進した。
新幹線のようなスピードで。
---*---
「げほ、げほっ! 息が…出来なかったです」
「ごほ! …そっちのがまだマシだ。俺は心臓が止まりそうだった」
「はっはっは、大丈夫かい、お二人さん」
正直大丈夫じゃ無い事この上ないのだが、此処はいつかと違って空気を読む。
「な、なんとか…大丈夫です」
「ほう、良かった。また文句を言われるのではとヒヤヒヤしたわい」
……文句言う人、居たんだな、やっぱ。
「ま、まあ無事とは言い難いですがなんとか天使庁に着きましたし、行きましょう、朱海さん」
「そうだな。…それじゃ、ありがとう御座いました、ウィズさん」
「礼には及ばんよ、少年。また会えると良いな」
「まあ、もう魔界に来る事も無いでしょうから、滅多に会えませんが」
背後から天使の呼ぶ声が聞こえたので、俺は最後に礼を言って天使の後を追い掛けた。
「滅多に会えん、か。そうなる事を祈るよ。………高村朱海」
---*---
「うお…すっげぇ……」
場所は変わって此処は天使庁内。なんと言うか、凄い眺めだ。
なんせそこかしら天使が飛び交ったり歩いたりと言うなんとまあ壮観な状況だ。
建物の方はなんか調度も雰囲気もロールプレイングのゲームに出てきそうな中世の城みたいな感じだ。甲冑とかある。
「で、何処に行きゃ良いんだ?」
「ええと……、まず私の上司に挨拶に行ってから地下の聖儀場に向かいましょう」
「何だ、上司とか居るのかお前」
上司と部下とか、なんか所帯じみた感じだな。
「まあ、天使も元は人間ですから」
歩いてるうちに部屋の前に辿り着いた。天使が呼び鈴を鳴らして扉を開ける。
何故か、服を着た白骨死体が其処にいた。
「うおおおおぉぉっ!!?」
途端に俺は銀脚を顕現し、天井までひとっ飛び。ネズミと仲良くケンカする某ネコよろしく天井にへばり付いた。
「朱海さーん! 大丈夫! 大丈夫ですって! この人私の上司! 上司ですから!」
「お、俺は信じないぞ……。 白骨死体が服を着てあまつさえ動き回るなんざ……、そうだ、眼科行こう」
「そんな、"京都行こう"みたいなノリで目の前の現実から逃げないで下さい! もう!」
「ホホホ、そちらが高村朱海君、かな?」
「うわああぁ!! 骸骨が喋ったああぁ!」
「だ、だからこの人は私の上司で……」
「調査部隊隊長、第五天使の、"墓守"、ネクロです。宜しく」
「ああ、何か幻聴が聞こえる……、そうだ、精神科医って日曜でも開いてたっけ……」
「そろそろ現実に戻って来てください!」
---*---
「ホホホ、いつも彼女がお世話になっております」
「いえ、何というか、こちらこそ」
超怖ぇ。どっから声出てんだこれ。
「私もね、暇なもんで彼女に同行しようと思ったんですがね、なんせこんな格好なもんだから現界に行けやしないもんで、ホホホ」
「そ、それはご愁傷様で……」
「それで今でもこんな事務仕事しか出来やしない。ああ、隊長なんか肩書きですよ。責任重くして現界行けないようにって上の腹です。ああ、行きたいですねぇ、現界」
意外に愚痴っぽい人だ。ウィズさんと違ってこの人は見た目が見た目だから似合うっちゃあ似合う。
「ああ、白骨死体とか人体模型に紛れて調査できた日々が懐かしい……江戸ならまだしも平成のご時世に白骨死体とかそうそう転がってませんしねぇ……ホホホ…」
なんか怖い事言ってるが耳を塞ごう。
「おっと、そろそろ帯名式ですね。それでは朱海君、彼女を宜しくお願いします、ホホホ」
「あ、はい、それじゃ失礼します。ネクロさん」
足早に立ち去ろうとネクロさんに背を向けて立ち去ろうとしたが、後ろから呼び止められた。
「ああ、待ちなさい。餞別です。これをどうぞ」
ネクロさんが真っ白の手から差し出したそれは、手のひらに乗るくらいの銃弾だった。
「……?」
「天使銃の機能拡張用の弾です。あなたが持っていた方が良いでしょう」
「え、はあ、ありがとうございます」
「それじゃあ、行ってきますネクロさん! さあ、行きますよ、朱海さん!」
引っ張るな天使。まあ早く出られるに越したことは無いが。
---*---
またも場所は変わってここは地下に続く石造りの階段。ここを下った先が天使の言った"聖儀場"らしい。左右には松明が灯っていていかにも中世西洋の地下室だ。
階段を下りきると目深に白のフードを被った人がいて、左手を水平に上げて左を指し示した。そっちに行けと言う事らしい。
俺と天使は無言で左に向かった。微かに光が見える。
「なあ天使。帯名式って詰まるところ何する儀式なんだ?」
「や、だから第九天使に名前を付ける儀式です」
「いや、だからさ、その名前を付けるのに何をするのか、って事だよ」
「さあ?」
「……知らんのか」
「まあ、そんな大変な事じゃないとは思いますけど。たかだか名前ですし」
名前の事で苦労してるヤツがお前の目の前に居るんだがな。
「それなら良いが……あれ、着いた…のか?」
話してるうちに着いたらしい、通路の先に開けた場所がある。嫌に明るい。松明の比じゃない。
「何か…聞こえませんか?」
確かに、騒がしい声や怒号が聞こえる。
恐る恐る通路を抜けると、そこには――――――――
場所を間違えたかと思った。
開けた場所には擂り鉢状に広がった――――例えるなら中世の闘牛場みたいな空間があった。
その周りをぐるりと囲んでるのは見渡す限りの人、人、人。さっきの騒がしい声や怒号はこいつらの物だ。
広場の中心には何組も俺と天使みたいな二人組が居る。
二人合わせて呆然としていると、拡声器に掛けたような大きな声が聞こえた。
『レディィースアァァンドジェントルメェェン!! 今年もやって来ました帯名式! ルールは簡単! 付き添い人と二人一組でトーナメント形式の試合を行ってもらい、優勝した組の第九天使に栄えある名称が授けられまーす!!』
俺は天使と顔を見合わせた。天使の顔は真っ青だった。天使の目に映る俺の顔も真っ青だった。 |