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灰色イデオロギー
作:風利堂



第十二話 じゃんけん黙示録



「なあ、二人とも、明日ヒマか?」

「ヒマも何も、私達年がら年中ヒマですよ」

そいつは何だ、殊勝なのか悲しいのか。まあ良いや。

「ここにな、映画のチケットが二人分あ」

「「行く(行きます)」」

……即答かよ。

「ああ良かった。じゃあ、ほい」

言って俺は天使と悪魔にそれぞれ一枚ずつチケットを渡す。

「いい気分転換にはなるだろ。明日にでも行ってこ……うおぉ!?」

なんか二人がとてつもない殺気を放っている。あれだ。フェンリルに近い。いらん事ばっか学習する奴らだな。

「朱海……これ、何?」

「いや…映画のチケットだが」

なんだこのプレッシャーは。胃が痛い。

「それを何で私達二人に配るんですか?」

「いや、お前ら二人とも行く、って言うからさ、じゃあチケットはお前らが持ってなきゃ、と」

なんで俺はこんな言い訳がましい台詞を吐かにゃならんのだ。疚しい事した記憶は微塵も無いんだが。
と、天使と悪魔は互いに顔を見合わせると呆れたように溜め息をついた。

「朱海さん……そもそも誰かと朱海さんが一緒に行くって発想は無かったんですか?」

「無い。見りゃ分かるがその映画は恋愛ものだ。俺はんなのに微塵も興味は無いし興味を持とうとも思わん」

おかしな事を聞く奴らだ。そもそも行く気があったらお前らは誘わん。どっちが行く行かないだのでケンカになるからだ。

「せめて、誰か一緒に行きたい相手くらいは居ないの?」

「居ない。居たら誘ってるよ」

また二人とも溜め息をつく。なんか此処まで来ると怒りたくなってきた。

「もう回りくどい言い方は諦めましょう、悪魔さん。この人にそんな事言っても馬の耳に念仏、もとい間宮さんの耳に常識です」

すっかり間宮=常識知らずの公式が成り立っている。同感だが。

「単刀直入に……いや、なんであたしがこんな……、朱海が鈍いのがいけないんだから…」

なんかブツブツ言ってるが、如何せん虫の羽音みたいな声なので聞こえない。
ところで悪魔、なんで顔真っ赤なんだ?

「あ、朱海! 天使なんか放っといてあたしと映画に行きなさい!」

なんて事を言い出しやがるこの悪魔は。

「あ! 抜け駆けはずるいですよ! そっちこそ引っ込んで下さい、朱海さんは私と映画に行くんですから」

なんて事を言い出しやがるこの天使は。

そしてそのまま言い争う二人。俺だけ蚊帳の外だ。問題の中心に居るような気もするが。
しかし映画のチケットを巡って…いや、ちょっと違うか。"誰と"映画を見に行くかを巡ってケンカするとは、言葉通りヒマな奴らだ。
あ、成る程。分かった。こいつらがそこまで映画を一緒に見る相手に拘る理由。

「しかしなぁ……もうそろそろ慣れても良い頃だと思ったんだがなぁ……」

「何が?」
「何がですか?」






「いや、お前らが俺と映画に行きたいのは、お前らが互いに嫌い合ってるからだろ?」

これなら納得が行く。要は映画に行ってまで顔を合わせたく無いのだ。そういや、もともと種族間で仲が悪かったしな。
しかし一緒に暮らすようになってそろそろ一ヶ月になるのに、まだ慣れないのか。これは懸念すべき事態かも知れ……………?
なんか空気が凍っている。天使と悪魔は信じられない物を見るような目で俺を見ている。
巷では空気が読めない奴の事をKYとか言うらしい。俺はそれになってしまったのだろうか。

「朱海さん、歯を食いしばって下さい」

「物騒な前置きは止せ」

次の瞬間、右からは天使、左からは悪魔が見事なパンチを打ち出した。俺に。
それを思いっきり顔面に喰らった俺はしばらく失神した。また、次の日に顔のアザを心配されたが、それは別のお話である。

「と言う訳で、要は朱海さんに一枚のチケットを、残り一枚を私達で奪い合えば良いんです」

奪い合うって、お前な。

「手っ取り早く殴り合いで決める?」

「それだと勝った方もただじゃ済みません。スマートに行きましょう、スマートに」

えーと、状況確認。どうやら俺が映画に行くのは確定らしい。で、どっちが俺と一緒に行くかを巡って目の前の物騒な会話を繰り広げているようだ。
しかしまぁ可笑しな話だ。まるで映画はついでで本当の目的は俺みたいじゃないか。

「ここはスマートに……じゃんけんで事を決めましょう」

「じゃんけんって、まさか十二枚のカードを使って三つの星を奪い合うと言う伝説の………」

「それだと時間がかかりますし、著作権を気に掛けなきゃならなくなるので止めましょう。普通の三回勝負です。ただし!」

急に凄むな。じゃんけんに拘りでもあるのか?

「普通は先に二勝した方が勝者ですが、今回は三回戦、つまり最後の勝負で勝った方が勝者です。前の二回戦は練習みたいなもんです」

違う。俺には分かる。前の二回戦は探り合いだ。相手がどんな手を出す確率が高いか、低いか。相手のクセ、手の動き……全てを探れる。これは練習の皮を被った本番だ。

「ふふふ……私もじゃんけんにおいては"天使"と呼ばれた身です。全力でねじ伏せてあげましょう」

……日常生活からして天使と呼ばれてるだろ。

「そっちこそ、泣いて降参するなら今のうちだから。あたしはじゃんけんで一度も負けた事が無いのよ」

「今までじゃんけんをした事が無い、ってオチじゃ無いだろうな?」

(ビクッ)

図星か。

「それじゃ行きますよ! じゃん・けん・」
「「ぽんっ!!」」

天使はグー、悪魔はチョキ。天使の勝ちだ。

「か、関係ないんでしょ、今のは?」

続いて二回戦。

「じゃん・けん・」

「「ぽんっ!!」」

天使はまたもグー、悪魔はパー。

「やった! 勝った!」

悪魔の勝ち。だが、これは絡め手だ。
天使は敢えて出す手をグーに固定する事で情報の流出を防いだ。対して悪魔はてんで無防備。
チョキ→パーの順番通りに行くと次に出すのはグー。だがそうそう読まれやすい手を出すとも考えがたい。悪魔がそうやってグーを敬遠したなら出す手はチョキかパー。しかしここで天使の二連続グーが活きるーーーー。
次もグーだったら? そう言う考えが悪魔の思考を絡めとる。そうなれば悪魔の出す手は限られてくる。
まず悪魔はグーを警戒する。
チョキはまず出ない。
ならば出る手はグーかパーのみ。
しかし、"天使がグーを出す"と言う仮定に成り立っている悪魔の仮説は裏返せば"天使がグーを出さない"ならば脆くも崩れ去る。かと言ってチョキは出せない。つまり悪魔はグーかパーの中から最も勝つ確率が高いものを選ぶ。パーを出せば本命のグーには勝てる。だがそれを狙って天使がチョキを出す可能性は高い。ならば逆にそれを狙ってグーを出せば最悪本命であるグーともあいこになるし、天使がチョキを出したら勝てる。
悪魔が考えて出す手はグーだ。
ならば天使はパーを出せば良い。悪魔はチョキを敬遠するからリスクも少ない。
だが、この絡め手には重要な要素がある。それさえ崩れたらーーーー。

「それじゃあラスト! 負けても恨みっこ無しですよ!」

「望むところよ!」

「じゃん・けん・……」



「「ぽんっ!!」」



天使と悪魔は目を瞑っている。俺だけに勝負の結果が見えていた。

天使が目を開ける。悪魔もそれに倣う。
そして、

「え……えぇ!?」
「やった! 勝ったわ! これで朱……ゲフンゲフン、映画はあたしのもの!」

天使が出した手はパー。悪魔が出した手は……チョキだった。
俺は茫然自失の天使の肩に手を置いた。

「天使……悪魔がそこまで複雑な事、考えられると思うか?」

天使は青ざめた。そりゃそうである。結局天使の一人相撲だったのだ。天使は力無く床にへたり込んだ。

---*---

「じゃあ約束通り朱海はあたしと映」
「ごっめーん、高村!」

いきなり現れたのは瀬戸だ。悪魔は突然の来訪者に目を丸くしている。

「あのチケット必要になってさ、あ、これだよね! じゃ、持ってくね、バイバーイ!」

瀬戸は嵐のように現れ、嵐のように去っていった。

本日の被害:映画のチケット二枚

「朱海……どういう事か説明して?」

なんか悪魔が怖い。なんか今日だけで胃炎になれる気がする。

「えーと、な。今日瀬戸からあのチケット貰ってな、元々良一と行くつもりだったらしいんだが駄目になってな、いや、取り戻しに来たって事は行く事になったのか。いやー、良かった良かった……」

悪魔の怒りのオーラが消えた。その代わり、

「うっ……うう………ぐす」

泣き出した。勿論慌てる。

「す、すまん! わ、分かった! 一緒に行こう! 二人で! 映画でも何でも行こう! だから、もう泣くな、な?」

悪魔は泣き止まない。が、唇が動いた。

「本当に……? 本当に行くの……?」

「あ、ああ、行く! 絶対行く! だからえーとあーと、その……」

「それじゃ、楽しみにしてる」

俺がどもっている間に、悪魔は泣き止んだらしい。笑っている。
俺は何かとてつもなく恥ずかしくなってーーーー、悪魔から顔を逸らした。
顔を逸らした理由が、悪魔の笑顔を見て照れくさくなった、と言うことは、まあ一生語られる事の無い俺の思いである。






蛇足だが、天使は未だに落ち込んでいる。今度、映画にでも誘ってやろうかと思っている。












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