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灰色イデオロギー
作:風利堂



第十一話 高村朱海 vs "裂爪牙"



降りかかる火の粉は払えば良い。そう思ってきた。
だが今回つくづく思う。
そもそも火の粉が降りかからずに済む手段は無いのだろうか、と。

---*---


「決闘じゃあぁぁぁ!! 細切れになるまで引き裂いたらあぁぁぁ!!」

上は単細胞を怒らせたらこうなりますよ、の図です。単細胞の扱いには充分ご注意して用法・用量をお守り下さい。

「…どうすんの、アレ」

「放っといたら治る、って感じじゃありませんよ、アレ」

「潔く決闘受けてボッコボコにしてやるしか無いんじゃない?」

俺は手近に有ったペットボトルをひっ掴み、蓋がちゃんと閉まっている事、中身はちゃんと入っている事を確認して桐絵さんをひっぱたいた。

「…あんた、女に手を挙げるなんて最低だと思わないの?」

昨今では男女共同参画社会が叫ばれているし涙目で言われても威厳が無い。

「貴様あぁぁぁ!! 奈美さんを泣かせたなあぁぁぁ!!」

「なっ! 泣いてなんか無い!」

あーもう、うるさい。

「もう我慢ならん! 来い、フェンリル!」

空気が変わったのを感じて俺は立ち上がった。他の三人も同様らしいが、桐絵さんだけが涼しい顔をしていた。
目に見える程の青い障気が間宮の周りに立ち込め、それが時と比例して青い獣を形どっていった。

『ハッ、久し振りの呼び出しじゃねーの、幸平。ストーカーごっこはもう終いか?』

声を発したそれは悪魔の言に違わず青い毛並みをした狼で、頭部には悪魔である事を示す流線型の鋭い双角が生えていた。

「話は後だ。あの無愛想面を細切れにしてやる」

無愛想面って俺の事か?

「行くぞ…! 変・身!!」

この年になって変身とか臆面無く叫んで、恥ずかしくないのだろうか。無いんだろうな。
いや、軽口を叩いてる場合でも無さそうだ。あれが魔力ってやつなのだろうか、青色の得も云わぬ迫力を持ったオーラが二人(一人と一匹?)を包み込み、それが落雷のような衝撃と共に弾け飛んだ時、そこには影は一つしか無かった。

『…ハッ、融合体(このからだ)に成んのも久し振りだ』

違う。さっきまで吠えてたストーキング野郎とは纏う雰囲気が全く違う。
単細胞は単純に怒る事は出来てもああも純粋な殺気は出せやしないーーー。

「来るぞ、朱海っち!」

「なーーーーー」

次の瞬間、何が起こったのかも分からず、俺は吹っ飛ばされて窓ガラスを突き抜け、電柱に叩きつけられた。

「がっ…………」

くず折れながらも銀の腕と脚を顕現させる。顔を上げた俺は俺を吹っ飛ばしたものの正体を知った。

それは見た限り間宮のシルエットを取っていた。だがよく見ると逆立った髪は群青に染まり、手足は獣を思わせるしなやかなラインを描いている。
取り分け目を惹くのは両手足に生えた鋭い爪で、確かにあれで斬り裂かれたら細切れに成りそうだ。

『自己紹介はまだだったか、小僧?』

その声を聞いて確信した。俺の目の前に立っているモノは顔こそさっきの間宮幸平そのものだが、その体を支配しているものは違う。

『"裂爪牙"、フェンリルだ。以後お見知り置き…は必要無ぇな。すぐに殺すから』


直感する。俺はこれまでレギオンと幾度か戦ってきて、ある程度死線を越えたつもりだった。
だがそんなものがチャチに思えるほどの殺意と敵意を、目の前の人影は発している。握った俺の左手は瞬く間に汗でびっしょりになった。

「朱海っち、聞こえるか?」

(その声…タルタロスか? 一体どこから…)

「頭だよ。朱海っちの頭の中から話しかけてんだ」

(頭!? でもお前、確か空間にしか取り憑けないんじゃ無かったか?)

「あーと、オホン。人間の頭蓋骨にはな、重要な神経系の詰まってない空洞があってだな、昔は良く拷問なんかに…」

(わ、分かった! 分かったからとりあえずその話を止めろ!)

そういや、さっき吹っ飛ばされた時にコイツの声が聞こえた気がしたが、あの時から頭の中に居たのか。

「それよか気ぃ付けろ。"裂爪牙"相手に気抜くとあっと言う間にお陀仏だ」

お陀仏と言われた方がまだ優しいくらいだ。多分細切れにされるぞ、俺。

『行くぜ』

目の前の青い獣人が低く唸った。流れるような動きで両手を地に衝け、四つん這いの形になった。その姿は奇しくも、と言うべきか、当然、と言うべきか、

まるで獲物を狩る狼だった。

「跳べ!」

いきなり脳内から大声が聞こえて、その意味を理解出来ずに惚けてしまった。すると、重力がコペルニクス的転回でも起こしたみたいに俺は天に引っ張られた。いや、違う。どうやったのかは知らないが、 俺の方が跳んでいた。

「え…なっ……!?」

と、呆けた声を出してしまったが、避けた背後から轟音が響いた。
跳躍した俺の体は呆けた意識を置き去りにして電柱を駆け上がり、寮の屋上に着地した。

「ボサっとすんな、朱海っち!」

(タルタロス!? 今のは…?)

「俺っちが朱海っちの体を動かしたんだよ!」

(体って…どうやって?)

「あーと、オホン。人間の骨は軽くする為に空洞があってだな、ほら、よく骨密度って言うだろ? それに筋繊維の間には隙間が…」

(わ、分かった! 分かったからそう言う話はもうこれっきりにしてくれ!)

と、今さっき20m下で交わしたような会話は、二度目の轟音で掻き消された。

『ほお、よく避けれたじゃねーか』
どこからかその声が聞こえて一瞬、地面が震えたかと思うと、下からフェンリルが床を突き破って出て来た。

『どっちかと言やあ"水瓶"の野郎と闘りたかったんだがな…まあ良い。あんまし長いことストーキングばっかだったからいい気分転換だぜ』

「えらく余裕だな。狼野郎。揚げ足取られても知らんぜ?」

『言ってろよ、糞ガキ。気付いたら墓の下、ってオチが関の山だ』

言って、相手は姿勢を低くして構える。
俺も一切合切の感情をを捨て、目の前の獣人に集中する。
膠着状態に痺れを切らしたのは相手の方だった。

「右だ!」

タルタロスの脳内サポートを受けて右に跳ぶ。元居た場所を矢のような速度でフェンリルが駆け抜けた。

「後ろ!」

振り向き様に裏拳で背後を凪ぐ。腕で防がれたので直撃とは行かなかったが、それでも相手の体勢を崩して吹っ飛ばした。

(いけるか?)

「まだだ!」

吹っ飛ばされた相手は器用にも空中で一回転して地に着き、またも俺目掛けて高速で突っ込んできた。

(カウンターだっ!)

「! 止せ、朱海っち!」

タルタロスの言葉を受け取る暇も無く、俺は銀腕を突き出した。
相手が腕に触れるか触れないかの瞬間ーーーー相手の姿が見えなくなった。
と同時に、右肩に鋭い痛みが走った。

(…!?)

右肩から鮮血が吹き出た。背後から声が聞こえる。

『まさか、あの程度のスピードで見切ったつもりか?』

その言葉に悪寒を感じると同時に、或いは感じるより以前に、

背が裂けた。
腿が裂けた。
脇腹が裂けた。
頬が裂けてーーー血達磨になりながら俺は倒れ込んだ。

「がっ……ぅあ……」

「しっかりしろ、朱海っち! 朱海っち!」

意識が朦朧とする。心無しか目が霞んできた。何か白い物が黒い物と一緒に飛んでくる……ああ、あれは天使と悪魔か。

「朱海さん!」
「朱海!」

二人共、こっちに向かって駆け寄ってくる。馬鹿、今ここは危険だーーと叫ぼうとして、声が出ない事に気付く。

「お願い…"クロノクロック"!」

天使が銀の懐中時計で俺の時間を巻き戻す。悪魔はペシュカド丸を構えてフェンリルと俺の間に立ち塞がる。
視界がはっきりしてきた。二人共、震えているのが分かる。じゃあ来るなとは言えなかった。それ以前に思えなかった。
ただなんとなく嬉しくてーーーーこんな状況なのに、俺は笑った。



『除け、ザコ共』



天使も悪魔も笑みも嬉しさもーーーーその一言と同時に、俺の前から姿を消した。
そして俺も吹っ飛ばされる。口の中が切れて血の味がした。

『ザコの癖に出しゃばりやがって…そんなに死にたきゃ殺ってやろうか?』

フェンリルの歩みが天使と悪魔に向かう。立とうとするが、立てない。いつの間にか手も足も自分の物に戻っている。
心は怒りと悔しさで満ちているのに、体が動かない。ごちゃごちゃする思考に、ある人物が浮かんだ。

(まるで昨日の桐絵さんだな……)

そうだ。元はと言えばあの人のせいでこんな事に成ってんだ……。
後で落とし前をーーーーーー

(!!)

思考が冴える。最後の手段。そして切り札。
俺は思いっきり体を反らして…地面に向かって頭突きした。

頭の揺れる感覚と共にーーーーーーーー、俺は意識を手放した。


---*---


ぼんやりと、あるいは朦朧とした感覚。呼吸の出来る海に佇むような気分だ。
此処は闇。それ以外の形容を成し得ない。そしてその闇に佇むのは、二人。

「こいつは冥利だ。まさかお前から会いに来てくれるなんてな、兄弟」

「御託はいい。用件は分かってんだろ」

もう見飽きたと言いたい所だが、今回ばかりは頼らざるを得ないこいつ。
白衣に黒仮面の男。未だにこいつの事が分からないのは懸念すべきなんだろうか。

「ああ、大いにすべきだと思うぜ。」

無視。とにかく無視だ。時間が無い。

「そう急くなよ。ほれ」

翠の球体が俺に向かって放り投げられる。俺は難なくそれをキャッチする。
と同時に闇に亀裂が走る。現実世界に戻る合図だ。

「そうだ、少し面白い話をしようか、兄弟」

「……何だ?」

「罪を犯した奴が居るとして……責める人間は誰もいない。未来永劫責められない。それならば…罪を犯した者は償うべきなのか?」

不思議な問いだ。だがそんな問いに真剣に答えようとする自分に気付いた。

「それは……罪を犯した本人次第だ」

すると、目の前の男は喜びだした。俺の曖昧模糊とした答えに、何かあったのだろうか。

「そうかい、それじゃ見物だ。お前がどんな行動を取るか、な。」

言葉の意味は分からなかったーーーー。






分かりたく無かったのかもしれない。

---*---

不意に意識が覚醒した。今寝ている場所が寮の屋上だということを確かめる。
辺りを見回す。フェンリルは今当に横たわる天使と悪魔に手を加えようとしていた。

「待て!!」

ありったけの気力を絞って叫ぶ。詮方の耳には届いたらしく、手を止めてこっちを振り返った。


「まだ喋れたか。人間ってのは案外しぶてぇな」

言ってろよ、クソ狼。左人差し指を突きつける。


予告通りーーーー足元掬ってやる。


「………魔力」

つい昨日の話だ。思いつかない方がどうかしてた。
アートマンにのみ致命的な攻撃を目の当たりにしていて、しかもその能力を吸収した、なんて。

「ーーーー撹乱!!」

人差し指から翡翠色の閃光が射出される。それは驚愕に目を見開くフェンリルの胸に過たず命中した。

『っな………』

体の構成源である魔力を撹乱されたフェンリルは地に崩れ落ちる。そしてそのまましばらく苦痛の声を上げーーーー消えた。後には金髪の少年だけが残った。

「あれ? フェンリル? ここは……何処だ?」

「教えてやるよ……ここが地獄の一丁目だ」

「き…貴様は! 来い! フェンリ……え? 今無理? ちょ、待て、待っ…」

「…お前は俺に殴られなければならない理由が三つある。
一つ、今回俺が物凄いとばっちりを食った。
二つ、天使と悪魔に手を出した。
そして三つーーーー、せいぜい気絶でもして、桐絵さんに治してもらえ」
最後は意味が分からなかったようだ。間宮はアホ面の権化とも言える間抜け面をしている。
俺は思いっきり間宮の顔をぶん殴った。空気を読んだのか、一発で潔く気絶してくれた。

---*---

『こりゃハデにやられたわねぇ……奈美!』

「はいはい……"カドゥケウス"!」

フェンリルに裂かれまくった傷が、みるみる癒えていく。十秒もじっとしてれば完治した。
天使と悪魔は軽傷で済んだ。ただ、まだ目は覚めていない。

「で、なんでこいつは絵に描いたようなアホ面下げて気絶してるの?」

「細かい事は気にするな。それよか治してやってくれ」

渋々というか不承不承というか、桐絵さんはとりあえずは間宮を治した。

「あ、そうだ。ついでに言っておくが、俺、こいつの恋路を応援する事にした」

桐絵さんは虫でも食ったような表情で、

「何それ、嫌がらせ?」

と言った。

「安心しろ。それは別に考えてある。いや、本当の理由は単に個人的なもんだ。話す気は無いけどな」

桐絵さんは溜め息をついた。間宮に対するものなのか、俺に対するものなのか。両方だろう。

「ところで話は変わるが、昼飯はどうする?」

「そうね…ご相伴に預かれるなら戴こうかしら」

かかった。俺は反論されぬ様に早口でまくし立てる。

「そうか、じゃあ納豆料理でも作るか。納豆パスタとかどうだ?」

桐絵さんはあからさまに顔色を変える。俺は続ける。

「そうだ、今どうせみんな寝てるからいっそ味見してくれ。前から挑戦してみたいレシピが…」

「きゅ、急用を思い出したわ。今すぐ帰……」

逃げようとする桐絵さんの肩を、俺の手が掴んだ。

「諦めろ。元はと言えばあんたのついた嘘が事の発端なんだ」

桐絵さんは心なしか涙目だ。ヘルメスさんは笑っている。
俺は、納豆を使っていかに美味い料理を作ろうかと考えながらキッチンに着いた。












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