夏祭りの帰り道
――ふられた。
夏祭り。高校二度目の夏休みも折り返しとなった日、買ったばかりの浴衣を着込み、神社の裏手に先輩を呼びだして告白した結果は、やけにあっさりとしたものだった。
受験勉強に専念したいというありきたりな理由を告げる先輩を見て、髪が伸びたんだな、なんてどうでもいいことを考えてた。
どうせなら彼女がいるとか、好きな人がいるとか、そんな嘘でも吐いて欲しかった。
のろのろとあぜ道を歩いていく。
田んぼから聞こえてくる蛙の鳴き声が耳にうるさい。微かに鼻をくすぐるにおいは送り火のものだろうか。
街灯が作り出した影を追いかける。影はどんどんと遠ざかる。でもそのうちに薄くなって消えてしまう。やがて別の街灯の下までやって来るとまた影が現れた。そんなことを繰り返していく。
砂利道の上を赤い鼻緒の下駄が滑っていく。右、左と、交互に現れては消えていく。浴衣と一緒に買ったものだ。右手にぶらぶらと下げている巾着とお揃い。
先週、市内に繰り出して今日のために買ってきた。浴衣は、白地に水彩のような淡い赤の花がちらほら咲いている柄を選んだ。浴衣が落ち着いた色合いのものだったので、巾着と下駄は派手なものにした。事情を知る友達に冷やかされながらの買い物は、楽しかった。
先輩のこと意識したのは、四ヶ月ほど前の春休みのことだった。
隣に住むずぼらな野球少年が忘れたお弁当を、休み中だというのにわざわざバスに乗って学校まで持っていった。野球少年は同級生で腐れ縁だ。そいつに義理はないけれど、おばさんには小さい頃から可愛がってもらっていたので、断るなんてことはしない。
グランドに着くとすぐに泥だらけの少年が目に付いた。どうやってこっそり渡すか考えながら練習風景を眺めていると、そいつと親しげに話すかっこいい人が目に止まった。
記憶を辿る。確か一つ上の先輩で、レギュラーでセンターを守っていたはずだ。
その先輩がボールを追う度に、華麗にボールを捌く度に、周りの女の子たちがざわついていた。
月並みだが、ビビっときた。これだ、と思った。
二年に進級する直前であったので、焦っていたことは事実だ。親しい友達は一様に、高校一年間で彼氏を作っていた。
「あんたは高望みしすぎなのよ。幼なじみ君にとりあえずしておけばいいじゃない」
無責任な友達はそう言う。冗談じゃない。『とりあえず』であいつと付き合う気なんてさらさらない。だから『とりあえず』高望みすることにした。
聞くところによると、先輩には彼女がいないらしい。
少しは自信があったのだ。容姿はそれなりだという自負はある。もう少し目がぱっちりして、鼻がすっと伸びて、唇が薄くなって、あと睫ももっと長い方がいいし、肌も白い方がいいよね。運動部には入っていないけれど、毎日続けている腕立て伏せが何故かお腹周りをすっきりとしてくれていたし。あと、性格は快活で確固たる自己を持っていると言われる。要するに勝ち気でわがままなんだけど、それは付き合い始めるに当たってなんとかごまかせるものだ。
計画は緻密に。実行は軽やかに。
事前の調査は念入りに行った。情報源はほとんどあいつだったけれど、正確で深い情報は得られた、はずだ。代わりに何度も奢る羽目になったけれど。
先輩の趣味や好きな音楽、服装、もちろん女の子のタイプなんてものも徹底的に調べあげた。その徹底ぶりにあいつはあきれていたけれど、ふられるなんてみっともないことを考えれば、形振りは構っていられなかった。
男の子がどきっとするような仕草もあいつで練習した。今思えば、それがいけなかったのかもしれない。あいつはどこか標準から外れていたに違いない。
突然、辺りが明るくなった。少し遅れて大きな音がお腹に響いてくる。振り返ると、夜空に大きな花が咲いていた。
ぼんやりとそれを見ていた。明るい花は一瞬だけ咲き誇っては消えていく。
くるりと回れ右をして、また影を追う。今度はなかなか消えてはくれない。
空気をふるわせる音の合間に、聞きなれたメロディが聞こえてきた。軽快なポップスに苛立ちを覚えながら携帯を取り出すと、画面には今一番話したくないやつの名前が表示されていた。無視しようと思ったけれど、やはり文句の一つも言いたくなる。そう、きっとふられたのはあいつのせいだ。
「よお、今どこにいるんだよ」
ハスキーな声が聞こえてきた。早速切りたくなる。帰るところ、とだけ言った。
「は?」
声が聞き取りにくい。向こうもそうらしい。左耳に携帯を押し当て、右耳は巾着をぶら下げた手で塞ぐ。後ろから聞こえる大きな音は切れ目なく聞こえてくる。
もう一度、大きな声で同じ事を言ってやった。
「は? 何でだよ。これからいいとこなんじゃないか」
いらいらする。「は?」と返されると相手は不快な気持ちになると、いつも注意してやっているのに。
帰りたいから帰る。そう言った。
「なんだ? 帯がきつくて苦しくなったのか? 似合わないこと――」
声を荒げて先の言葉を遮った。
心底腹が立つ。
「あー、わりい。でもよ、今年はけっこう気合入ってるらしいぞ」
知っている。神社が造営されてから何百周年だかで、町を挙げて盛大なお祭りにしたらしい。
でもそんなことはどうでもいい。帰りたいから帰る。それは揺るがない。
「そこから見えるのか?」
後ろでうるさいほど聞こえている。振り返るのも面倒だと伝えた。
「おまえなあ……、ほんと、どっか具合でも悪いのか?」
今更遅い。さっきから胸がむかむかすることは確かだ。
「俺のせいかよ! そんなだから……」
そこで言葉が途切れた。こいつが言葉を濁すパターンは分かっている。電話の向こうで、しまったという顔をしているのがありありと思い浮かぶ。それを見逃してやるほど人間はできていない。
「いや、えーと、……。さっき、先輩と会ってさ……」
向こうも逆らうことが無意味だと知っている。あっさり白状した。
みっともない。カッコ悪い。恥ずかしい。何とも言えない、情けない気分になる。
沈黙。
周りも静かになっている。どうやら小休止のようだ。
どう冷やかそうか考えているのだろうか?
慣れない慰めの言葉でも?
いずれにしても、こいつにはバカにされるのも同情されるのもイヤだ。
「も、戻ってこいよ。ここ、よく見えるぞ。例の祠のとこ!」
やがて聞こえてきたのは、拍子抜けするほど関係ないことだった。
それにしても、あそこは電波が届くのか。知らなかった。
今から行ってもどうせ終わっているだろう。そう言って断った。
「ちょっ、えーと、用事! 用事があるんだ。だから……」
どんな用事かはわからないけれど、戻ってやる義理はない。どうせ陸でもない用事に決まっている。
「陸でもないって、お前……」
む? なんだかいつもと様子が違う。いつもならささやかながらも反論があるはずだけれど。
「と、とにかく戻ってこいよ。その、……この際だから言っておきたいことがあってさ」
むむ? これまで散々利用しまくってきたから遂に反旗を翻そうとしているのだろうか? ちっとも怖くはないけれど。
「まあ、そういうのも関係なくはないけどな。ここのところ先輩のことでお前に付き合わされてたのは、正直、きつかったからな……」
むむむ? やっぱり怒っているのだろうか? でもそれはこちらも同じだ。八つ当たりと言えなくもないが、煮え切らない思いはどこかにぶつける以外にない。
「怒ってるってわけじゃない。……つーか、これ以上は電話じゃちょっとな」
何故だか弱気のようだ。ならばこちらの優位は変わらない。こちらとしても、『文句の一つ』を言うなら直接がいいような気がしてきた。ついでに二つ三つ言ってやろう。
待ってなさいよ、と脅しをかけて電話を切った。
勢いよく回れ右をして、神社に向かって歩き出した。三日月が付いて来る。その横にはうっすらと煙の固まりが見えている。煙は少しづつ風に流されてかたちを変えていく。
再び夜空に花が咲き乱れた。様々なかたちをした大きな花は、次に咲く花に後を託しながら、精一杯夜空を彩っている。
からころと下駄が鳴る。その音に合わせて好きなポップスを口ずさむ。響き渡る音もリズムに変わった。
大きな音に驚いて、心臓がばくばくと高鳴っている。遠くはじける火花が頬を暖める。
夜風が吹いた。ひんやりとした風が火照った頬を心地よく撫でる。
さて、どんな文句を言ってやろうか?
短編慣れしていないにも関わらず、いろいろ試した実験的作品です。
いろいろ読みにくいかも知れません。ごめんなさい。
(2009.10.11)
いただいたご意見やご感想を参考に、一部加筆しました。
高校二年生であることが冒頭でわかるような内容を追加。
「用事」がなんとなくわかるように、なんとなく追加。
それなりに苦労したのですが、あまり捻りとかありません。
誤字・脱字、矛盾点等々、お気づきの箇所がございましたら、ご指摘いただけますと幸いです。
また、よりよい作品作りに向けての参考とさせていただきたく考えておりますので、ご意見、ご感想もお気軽にお寄せ下さい。メッセージにて個別でも構いません。
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