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母親の実家は異世界でした!! 作者:歩夢りんご

第01章 突然の急展開

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第1話

初投稿です!
色々拙いところもあると思いますが、読んでいただけると嬉しいです!
突然だが、我が家には目覚まし時計というものが存在しない。必ず起きる時間を固定しておけば人間勝手に目が覚めるものらしい。

目覚ましが鳴らなくとも、俺は5時に目が覚める。そして、着替えたらまず両親のいる仏壇に線香をあげて手を合わせ、そこから俺の一日が始まるのだ。



俺の名前は辰野謙人。東高校二年で、一人暮らしをしている。両親が亡くなった後、正確に言うと光弘叔父さんと一緒に住んでいるのだが、国内だけでなく海外あちこちを仕事で飛び回っていて、一年のうち数週間しか家にいない。おかげで自炊生活が身に付き、いつでも彼女に飯をふるまえる…。彼女いないけど。

顔はそこそこ、身長も低くはないがそんなに高くもない。勉強は進学校といわれる東高校で1ケタ台というトップクラスを維持、運動はかなりできる。結構優良物件だと思うんだがなぁ…。



さて、両親が亡くなったのは実は小学校5年生のときだ。殺人事件に巻き込まれて、二人とも遺体で見つかった。突然のことで俺は大泣きしていたが、家の中には母親が手紙を残していた。


「もし私が死んだら、次の三つのことをしなさい。

1.富士山のそばに知りあいが住んでいます。私の名前を出して面倒を見てもらうこと。たぶん、師匠として色々学ぶことになる
2.行く前に光弘叔父さんに1の内容を伝えること
3.いちいちくよくよしないで、まっすぐ生きること

私とお父さんの息子なんだ、それくらいやりなさい」


なんともまあ、簡潔な文章だ。葬式が終わってからこれを見つけたんだが、一緒に読んだ光弘叔父さんが、

「お母さんらしいな」

と苦笑するほどだった。
あの両親に育てられた俺としては、もう泣いているわけにはいかなかった。


その後、俺はその知り合いのところに身を寄せ、4年間その人に師事した。
ちなみに、そこで学んだひとつ目が、目覚ましなんかに頼らず正しい時間に起きることである。師匠は格闘技の達人だったので、それを習い続けたから運動神経はかなりのものが育ったんだろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



母親は厳しかった。

一つ一つの生活態度に目くじらを立てる人ではなかったが、ここぞという場面では毅然とした態度を取ることを口がすっぱくなるほど言っていた。
たとえば、小学校で大喧嘩をした時、殴られて泣いて帰ってきた俺を母親は家から放り出して言ったのだ。


「自分が悪いことをしたと思っているなら、喧嘩になるまでその非を認められなかった自分を反省して、一晩そこに座っておきなさい。自分は悪くないと思ってるなら、逃げて帰ってないで一発入れておいで!」


今考えると、普通に虐待で訴えられてもおかしくなかったかもしれない。しかし、俺としてはそう育てられてきたことに後悔はなかった。

(ちなみに、その時は殴った相手の家まで訪ねて行って相手を殴り飛ばして帰ってきたら、あっさり家に入れてくれた。その後、母親は家から1時間ほど出て行ったのだが何をしていたのか…)



『毅然とした生き方』と母親は何度も言った。いつもは丁寧で優しくしゃべるのに、みっともない姿を見せた時は烈火のごとく怒った。

他にも、駆けっこで負けた悔しさに俺が泣き顔で帰ってくると、母親はこう言って河原まで連れ出した。


「負けて悔しいなら、次勝てるようになるの!さあ、今から特訓するわよ!」


こんなときの母親はとても楽しそうで、俺も泣くのを忘れ明るい気分になれた。まあ、その特訓内容は小学生どころか、アスリートですらやらないような過酷なものだったせいで、明るい気分どころか吐き気もしたんだが…。


また、俺は生まれつきかなり頑丈な人間だった。
というより、怪我したら一瞬で治ったので、それに気づいた母親は俺に言い含めた。

「けがの治りが早いのはいいことだけど、あんまり人に見られないようにね?」

「どうして?どうしてだめなの?」

「他の人はあまり早くないのよ?怖い大人が謙人のことを実験動物にするよ?」


説得の仕方としてどうなんだと父親は苦笑していたが、そのおかげで頑健な体に育ち、その上でその性質が目立たないような生活を送ることができた。


そう、母親は大きな目標としていつも俺の前にいて、俺の目標として今もある。




父親は優しかった。

声を荒げたところを見た記憶がない。いつもにこにこと笑って、母親の横に寄り添っていた人だった。

しかし、俺にとって母親の姿が目標ならば、父親の姿は理想である。

母親が3日ほど家を空けると言って、いなかったときのことである。父親も仕事でいなかった。
そんなとき、小学校3年生だった俺は友人の家に遊びに行き、そのまま遊び呆けて家に帰ったのは7時だった。門限は5時半であり、母親がいたら絶対にしない所業だった。



家に帰ると、もうすでに父親が帰っていた。


「ただいま…」


「おかえり、謙人。もうご飯できているから、手を洗っておいで」


いつもと変わらずにこにこしたまま、いつもの言葉を言う父親に俺は安心してほっと一息つき、怒られないだろうと思いながらご飯や風呂を済ませた。
その後、残していた宿題を済ませた俺を見て、父親は謙人を呼んだ。


「謙人、ちょっとおいで」


にこにことしたまま言う父親に、うなずいて俺は立ち上がる。
いつも通りの父親に連れられて入ったのは、和室の中だった。和室は六畳だったが、真ん中にいつも置いてある机がどけられていた。


「そこに座りなさい」


父親のまとっている雰囲気は変わらない。しかし、さすがに俺も父親がこれから何をするつもりか、おぼろげに想像できた。
何も口にすることができずに、俺は指された場所に正座する。父親も真向かいに正座した。俺が目線を上げると、父親はいつも通りの笑顔で笑っている。


「お父さん、あの…」

「座りなさい」

「あの、でも…」

「座りなさい」


全く変わらない雰囲気。そこから、俺は父親が怒っているということを感じとった。そこからは何も話すことができず、ただ目線を下げることもできず、ほほ笑む父親と相対していた。



3時間くらい経っただろうか。正座していた足が痺れるどころの話ではなかったが、精神的に限界が来た。
目線を下げることも許されず、逃げることもかなわないこの雰囲気に、否応なく自分の悪事を見つめ直させられたのだ。

突然、俺の目から涙がこぼれた。もうほとんど泣くことはなくなっている時期であるが、泣いた。泣かされた。俺はこの父親には絶対敵わないと思った。
泣きだしてもなお目線を逸らさないで俺を見つめていた父親は、やっと口を開いた。


「家に帰るのが遅かったからじゃない。謙人が悪かったところは明らかに別のところだ。
それがわかる年だと思うし、わからない人間にお母さんも私も謙人のことを育てたつもりはない。
なにも言わなくていい、自分でわかったのなら、布団に行って寝なさい。今日は学校を休む連絡を入れておくから」


しゃくりあげる俺を見つめながら、父親はやはりほほ笑んだままだった。
帰りが遅かったことはそこまで重要なことではなく、母親がいないからという理由で遊び呆けた俺の態度を問題視したのだと思う。
身にしみて理解した俺は布団に潜り込んだが、その時見た時計は朝の5時を指していた。3時間どころではなかったのだ。


目が覚めたら12時だった。俺は急いで起きだして居間を覗くと、父親の作った昼食と書き置きだけが置いてあった。
きちんと食べて、勉強は済ませておくように、と書いてあった。俺は父親を徹夜させて、さらにご飯を作らせて、そして仕事にいくのも見送らなかったようだ。
あまりの自分のふがいなさと、父親の偉大さが身にしみて分かったひとときだった。


その晩帰ってきた父親は、徹夜からの仕事というのにやっぱりいつも通りほほ笑んでいた。その顔を見て、俺はやはり何も言えなかった。

この日以来、俺の生活は変わった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



人としての起点が父親と母親であり、自分を作った彼らの愛情に深い感謝と尊敬をずっと心に抱いている。





仏壇に線香を上げ、朝の挨拶を済ませる。やはりほほ笑んでいる父親と、きりっとした母親。


今日もがんばりなさい、と言われた気は……しなかった。



彼らなら、何も言わずに見守るだけだろう。そう想像できるくらいにまでは、俺も成長しているんだ。

現在、こちらの作品を連載中です。

妹の代わりに俺は魔王になった。


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