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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第四章 帝国の混迷
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第一話 御前会議

新章開始です。

 常闇の国、真紅帝国インペリアル・クリムゾン本国、空中庭園『虚空紅玉城』。


「遅れてすみません。勅命により参上しました、レヴァンですが……」


 御前会議の名目で召喚を受けやってきたクレス自由同盟国の盟主(仮)である、獅子の獣人レヴァンは、案内された数多ある緋雪(ひゆき)の私室――と言っても、その規模及び絢爛さは地上にある国々の謁見室を遥かに凌いでいる。と言うより比較するのもおこがましい積み木のオモチャである――の入り口から室内を覗き込んだ姿勢で、広大な室内に緋雪とその腹心の四凶天王、外様代表であるアミティア共和国のコラード国王、他に数名しかいないのを見てキョトンとした顔になった。


「やあ……来たね、レヴァン」


 どことなく疲れた様子で、力なく手招きをしている緋雪――黒に赤薔薇をあしらった豪奢なワンショルダーのドレスを着ているが、本人の美貌がそれを遥かに上回るので、これでもまだ地味に思える――の姿に非常に嫌な予感を覚えながらも、室内に足を踏み入れた。


 ふわふわと雲の上を歩いているような弾力の床(絨毯ではなくて床の材質が未知のものらしい)に悪戦苦闘しながら、指定された肘掛つきの豪華な椅子――コラード国王の隣だったので、軽く挨拶をすると、どこか諦めたような顔での挨拶が返ってきた。これでさらに内心で警戒のレベルを上げつつ――に座る。


 どうやらレヴァンの到着が最後だったらしい。緋雪が立ち上がり、集まった面々の顔を見回した。

「えーと、みんなに集まってもらったのは他でもなく…」


 そこで、コラード国王が遠慮がちに手を上げた。

「あの、よろしいでしょうか?」


「貴様っ、姫のお言葉の途中で――!」


 激高する天涯(てんがい)を、「まあまあ、今日は非公式な場だから」と慣れた様子で緋雪がなだめ、しぶしぶ矛を収めさせる。


「いいでしょう、直奏を許可します。他の者も、本日、この場限りにおいては許可いたしますが、特例であることを、ゆめゆめ弁えるように」

 納得しかねる様子の天涯に代わって、命都(みこと)が凛とした声でその旨を伝達した。


「はあ、ありがたき幸せにございます」

 コラード国王以下その場にいた者が一礼したので、レヴァンも慌ててあわせる。


「それで、お聞きしたいのは本日は御前会議と伺ったのですが、集まったのは我々だけなのでしょうか?」


「そうだよ」


「えっ」

 あっさり頷いた緋雪に、思わず驚愕の声をあげると、真紅帝国インペリアル・クリムゾン側の全員から、『姫のおっしゃることになんか文句あるのか、殺すぞ!』という視線が一斉に放たれて、慌てて愛想笑いを浮かべて、レヴァンはその場に縮こまった。


「……他の重臣の皆様方がいらっしゃらないようですが、宜しいのでしょうか?」


 重ねて問いかけるコラード国王の態度に、実は内心、初対面の時から『軟弱そうな男だな』と思っていたレヴァンだったのだが、その先入観を180度改めることにした。

 さすがは一国を支える国王だけあって、たいした胆力である、と。


 一方、聞かれた緋雪の方は、なぜか遠い目をして、

「いや、一応この前、正式な御前会議は、円卓の魔将以下、列強と呼ばれる主だった実力者や、世界樹の森や基底湖の長とか集めて行ったんだけどさ。――あ、議題は『今後の真紅帝国インペリアル・クリムゾンのこの世界での位置づけについて』ね」


「なるほど、興味深い議題ですね」


 コラード国王同様、頷いてレヴァンも身を乗り出した。


「んで、壮絶な議論(殴り合い)の末、『全部征服しちゃえば問題ないじゃん』という結論に達したわけなんだけど」


 ずるっと椅子に座ったまま、コラード国王とレヴァンの二人がこけた。


「私が指揮を執って全軍で侵略するのと、主要国をピンポイントで破壊するのと、全員好き勝手に暴れるのとで意見が対立してねぇ。最終的な決断が私のところに持ち込まれたわけなんだけど。――どーしたもんだろうね。そこらへん、現地の意見も取り入れたいので、君たちを呼んだわけなんだけど」


「……いや、あの、世界征服とか簡単におっしゃいますが、そもそも可能なのでしょうか?」


「ん? 可能だよ。てゆーか、破壊だけなら天涯一人でも2ヶ月もあれば可能なんじゃないかな?」


 事もなげに答える緋雪の後を受けて、天涯が胸を張った。

「左様でございますな。1月と言いたい所ですが、森羅万象根こそぎとなると、そのくらいはかかるかと」


「ちなみに全軍を投入したら、グラウィオール帝国クラスでも分単位で倒せる思うよ」


 いささかの誇張もない、水が高いところから低いところへ流れるのを説明するような、緋雪の自然な口調と、当然だという周囲の雰囲気に、それがまぎれもない事実だと悟った二人――コラード国王とレヴァンが、お互いに血の気の失せた顔を見合わせる。


 いやぁ、なんか一人で核のボタン握ってる気分だねぇ、はははははっ……と訳のわからない感想を付け加えて、から笑いをする緋雪。


「まあ、不安要素と言えば、らぽっくさんを始めプレーヤー達と神様を名乗るその黒幕の存在かな?――まあ、神の定義なんて様々だけど、やってることの質の低さから見て、中身は人間だと思うけどさ」


「そのあたりを確認する意味合いを込めて、この世界に火を放てばよろしいのでは?」

 空穂が事もなげに提案をする。


 なんかネズミを燻り出す感覚で、世界が危機に陥っている。

 その事実を前に、戦慄するコラード国王とレヴァンの二人。あと、実はほかならぬ緋雪自身が、一番恐怖しているのだが、そうした感情が何周か回りすぎて、すでにメーターが壊れまくっているので、見た目には平然と笑っていうようにしか見えない。


 で、それを見て、円卓メンバーや列強の実力者たちは、『さすがは姫、この程度のことは笑い事であるか』と大いに感じ入って、盛大な勘違いをさらに深めたわけだったりするのだが。


「まあ、そーいうことでさ、なんか意見があれば聞きたいんだけど?」

 もう諦めた。世界征服でもなんでもすりゃいいじゃん。という投げ遣りな気分で、二人に水を向ける緋雪。


「あの、そういう直観暴力に頼るやり方以外で、平和的に解決できないでしょうか?」


 恐る恐る提言するコラード国王に対して、

「姫が支配する世界こそが恒久平和であろう。愚か者が」

「平和というのは戦と戦の間の準備期間でしょう」

 天涯と命都が小馬鹿にしたように答える。


 他の者も概ね『平和? なにそれ美味いの?』という反応である。


 自身の無力を悟って沈黙したコラード国王に代わって、レヴァンが手をあげた。

「あの、そもそもの疑問なのですが、なんでそんな会議を開くことになったのでしょうか?」


 言われて目を瞬き、「あれ?」という顔で考え込む緋雪。

 ややあって、ポンと手を打った。


「――思い出した。なんか最近、ヒマだからなんか暇つぶししたいねぇ、と私が言ったら、いつの間に御前会議とかなんとか大事になったんだっけ」


『貴女が元凶なんですか!?』

『暇つぶしに世界征服しないでください!』

 と、言いたげな表情で固まる、レヴァンとコラード国王の二人。


「――いや、他にやることはいっぱいあると思うんですが」

 それをぐっと飲み込んでレヴァンは訴えかけた。


「……例えば?」


 訊かれてレヴァンは考え込んだ。はっきり言って国の舵取りとか問題だらけで、それこそやることは山積みなのだが、個別案件について相談しても意味がないだろう。だいたいその辺りの裁量は、クレス(こちら)に任されているわけだし。

 宗主国の国主に持ち込むなら、問題はもっと根本的なところだろう。

 

 そう、一言で言うなら――


「うちの国って貧乏なんですが、これってどうにかなりませんかね?」


 実感の篭った切実な響きに、半分他人事で世界征服とか言っていた緋雪も、目が覚めたような顔で姿勢を正した。

「ああ、うん。そうだね、貧乏は嫌だねぇ」


 うんうん、わかるよぉ……としみじみ言われ、予想外の好感触にレヴァンは内心首を捻った。


「じゃあ早速、国家予算を向こう100年分くらいあげようか?」


 子供に飴玉でもあげる調子であっさりと言われて、レヴァンと隣のコラード国王が慌てて、さすがに今度は口に出して止める。

「いやいやいやいや!」

「やめて下さいっ。そんなことをすれば市場が大混乱になります!」


「で、できれば我々獣人族や亜人族が自立できる国家体制造りの支援をお願いしたいのですが」


 冷や汗を流しながらのレヴァンの懇願に、緋雪は首を捻った。

「自立ねえ。――いまのままだと難しいの?」


「正直言って、食うだけで精一杯ですね。それすら穀倉地帯を抱えていたケンスルーナ側が帝国に押さえられたせいで、事欠く有様です」


 ふむ、確かにあの荒野ばかりでは農業も産業も育ちようがなさそうだねぇ、と思いながら思いつくままを緋雪は口に出した。


「クレスってなにか特産品とかないわけ? あと鉱物資源とか」


「特産品これといってありませんね。鉱山とかは山が聖地の場所も多いので、おいそれとは掘れませんね」


「まあ、強いて挙げるなら獣人族そのものが資源でしょうか。外貨の獲得手段としては、他国で傭兵や冒険者などをして稼ぐのが唯一くらいですので」

 コラード国王がすかさず言い添える。


「なるほどねえ。基本的に内需も外需もほぼ壊滅なわけか。ねえ、コラード国王、君がここの国王だったらどうするの?」


 水を向けられたコラード国王は、前もって準備していたかのようにスラスラと答えた。

「やはり農業基盤の整備しょうね。まったく水源がないわけではないので、その傍に水路等で水を引き、徐々に穀倉地帯を増やす。あとはやはり人材の育成でしょうね。国内で無理であれば、他国へ国費留学生を送るなどして、将来の国の舵取りをする人材を育てる。これは必要不可欠でしょう」


「う~~ん、長期的なスパンで見ればそれがベストなんだろうけど、もっと短期的な計画とかないかな?」


「……難しいですね。これといって産業も、観光になる目玉もありませんし、地理的にも貿易の基幹はおろか中継ぎにもなりませんから」


 けんもほろほろなコラード国王の言葉に、目に見えて意気消沈するレヴァン。


「そっかー」

 緋雪の脳裏に描かれたビジョンには地球のドバイのような、砂漠の中で発達した国家が描かれていたのだが、あそこは観光ではなくて基本的に貿易の中継地として発達した側面が強いので、単純に人工的な(某ネズミの棲家やカジノのような)観光地を作っても、先細りするだけだろう。


「せめて、帝国と自由貿易でも行えれば、新たな貿易路として発展する要素もあったのですが」


「帝国か……」


 とは言え、ないものねだりをしても仕方がない。


「取りあえず、農地の拡充と人材の育成かな」


 そんな感じで、この日の御前会議は有耶無耶に終わり、結局、世界征服とかの話題が棚上げされたままだと緋雪が気付いたのは、コラード国王とレヴァンの二人が退席した後だった。

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