第十二話 予選開始
第一回戦開始です。
それと、これの前のお話『第十一話 心驕慢心』は、『幕間 男達之夜【第二夜:ジョーイside】』の前、昨日の14時頃更新したのですが、諸般の都合で(まあ私の操作ミスですが)更新自体を知らない、という方もいらっしゃるかと思われます、まことに申し訳ございませんでしたm(。≧Д≦。)m
次代の獣王を決める獣人族の戦い、その予選がここクレス王国の聖地『聖獣の丘』の麓にある『魔狼の餌場』で、今日から3日間に渡り執り行われる。
ちなみに丘の反対側にある『地竜の寝床』でも同様の予選が行われ、4日目に決勝戦として『聖獣の丘』で予選を勝ち上がってきた双方の勝者同士がぶつかり合うことになる。
そんなわけで、いまボクは予選会場の『魔狼の餌場』――そこに作られた貴賓室に来ているわけなんだけど・・・。
「……これって態のいい隔離だよねぇ」
ボクは予選会場を一望できる、見通しの良い特製の櫓の上から見える、会場の反対側にある天幕郡――その中にいるであろう、獣人族の各部族長・長老連中の慇懃でありながら、こちらの脅威度を本能的に察して、腰が引けた状態になっていた姿を思い出して、ため息をついた。
貴賓席というより、天井桟敷だよね、これは。
「ご不快でありますか、姫?」
傍らに立つタキシード姿の天涯に訊かれ、ボクは一瞬考えて、正直に答えた。
「――不快だけど仕方ないねぇ。あちらさんにしてみれば招かれざる客なんだし」
実際、この櫓には勝手に食えとばかり、木の実や食べ物、飲み物などが並べられてあるだけで、歓待しようという人間は誰もいない。
「少々お待ちいただければ、いますぐその原因を取り除いて参りますが?」
廊下に落ちているゴミを始末する感覚で、気楽に頭を下げて進言する天涯。
いや、大会予選が始まる前にツブしてどうするわけ!?
「それはやらなくていいけど、まあ勝手にしろというなら、勝手にさせてもらうよ。――と、いうことで。ちょっと頼まれてくれるかな天涯」
「はあ……?」
◆◇◆◇
予選1回戦第一試合に出場とあって、獅子族の天幕には緊張が漂っていた。
「やあやあ、調子はどうだい二人とも? 昨日の怪我の影響はないかい?」
天幕前の広場で準備運動をしていたレヴァンと、その汗を拭いたり、水分の補給をさせたり、なにげなく義兄の体を触ったりしていたアスミナが、ぱかっと揃って口を開けて、目立たないようローブを頭からかぶったボクの顔を見た。
「へ・・・陛下・・・?」
「なんでここに……って、あれ?? 貴賓席にいます…よね?」
アスミナが指差す先、会場のどこからでも見える、5mほどの高さの舞台みたいになった丸太造りの櫓の上で、ボクが平然とした顔で周囲を見下ろしている。
「ああ、あれ替玉」
「か、替玉って、影武者ってやつですか……?」
噂には聞いていたけど初めて見た、という顔であっちのボクを珍しげに眺めるアスミナ。
「まあ正確には、私を模した魔導人形なんだけど、よほど近くから見ないと区別はつかないと思うよ」
とはいえ傍に寄れば肌の質感とか、目の動きとか、体温とかでいかにも『人形』って感じで一目瞭然なんだけどね。気が付かないのはよほどの阿呆だね。誰とは言わないけど。
あとアレの実物を目にした時に、稀人が目を輝かせて、「ぜひ1体譲ってください!」って懇願してきたので、ボコボコにしておいた。
で、カモフラージュの為、人形の隣に立っている天涯が渋い顔をしているけど、やっぱりこういう娯楽はかぶりつきで見ないと面白くないからねぇ。
「そういうことで、こっそり抜け出してきたんだけど、調子の方は良さそうだね」
話しかけられてやっと我に返ったみたいで、レヴァンが口元に、ふっと楽しげな笑みを浮かべた。
「ええ、お陰さまで」
いまから試合――いや、死合だっていうのに、そこには気負いや悲壮感のようなものは全然感じられない。というか晴れ晴れとして一点のシミもない青空みたいな笑顔だった。
――これはこれは、一晩でずいぶんと化けたものだねぇ。
いまのレヴァンが相手ならかなり良い勝負ができそうな気がして、ボクも嬉しくなった。
「そりゃ良かった。――うん。今日の君は良い顔をしてるねぇ。大丈夫、勝てるよ」
「ありがとうございます。とはいえ、昨日までの駄目なオレを吹っ飛ばしてくれたのは陛下ですから、今日はその礼を込めて、無様な戦いをしないと約束します」
「そか」
勝つ勝たない以前に、全力を尽くすってことだね。うんうん、これは本気で期待できるねぇ。
「……あのォ、陛下」
そこへなぜか妙にドロドロしたアスミナの声が掛かった。
「妙に義兄と雰囲気が良いのですが、まさかわたしから義兄を奪うつもり・・・ではありませんよねぇ」
底なしの洞窟のような瞳で見据えられ、ボクは慌てて全力で首を横に振った。
「……そ、それはともかく、ずいぶん軽装だけど、防具とかはつけないの?」
レヴァンの衣装はいつもの民族服とほとんど変わらないもので、違いといえば動きやすいように両手の袖がないくらいだった。
「はあ、余計な防具は動きの邪魔になりますし。――マズイですか?」
「うーん、普通だったら問題ないと思うけど、今回は相手方に強力な武器が出回ってるって言うし、最低限の防具くらいはつけた方がいいんじゃないかな?」
その時、ふと茶目っ気が起きて、ボクは腰の収納バックからとある装備を出して、レヴァンに見せた。
「――手甲と足甲ですか」
飾り気のない黒のそれを見て、レヴァンの口から素直な感想がこぼれる。
「そっ、手甲のほうが『干将』で、足甲が『莫耶』っていうの。これくらいなら大丈夫かな?」
受け取ったレヴァンがそれを装備した。『干将』は腕を通すところが指貫の長手袋状になってるし、『莫耶』のほうもベルトで調整できるので、いちおう装備することは出来るはずなんだけど。
「ちょっと大きくて重いかな……まあ、邪魔になるほどでもないですね」
軽く手足を動かしてのレヴァンの感想。
「そりゃ良かった。君がそれに見合うレベルになれば、重さも大きさもちょうど良い具合に、自動で調整してくれるし、本来の力も発揮できるんだけど」
――そして、誰が認めなくてボクは君を『獣王』と認めるよ。
ボクは心の中だけでそれを付け足した。
「まあ、いまのところは『凄く丈夫な防具』とだけ思っていればいいよ」
ボクの言葉に殊勝な顔で頷くレヴァン。
「わかりました。お借りします」
「いや、いいよ。あげるよ。私が持ってても使い道がないしね」
「良いのですか、貴重なモノでは?」
「道具は道具さ」
あれだよね、最強の剣が手に入ったのに、凄いレアで使うと耐久度が減ってもったいないからと倉庫にしまい込んで、それより劣る武器で戦うプレーヤーとかいるけど、ボクの場合はあるものは使わないでどーするの?って感じで躊躇なく、どんどん使い潰してたけどねぇ。
「わかりました。ありがたく頂戴いたします」
一礼をして受け取るレヴァン。
かつての獣王の装備がボクの手元に来て、現在の獣王の後継者が受け取る。ボクは運命なんて信じちゃいないけど、こういうのも縁というのかも知れないね。
「――まあ、実際のところ、人のオッパイ揉んだりした変態の持ち物なので、持っていたくもないというか」
「はあ……」
微妙な顔で、『干将』と『莫耶』に視線を落とすレヴァン。
◆◇◆◇
そんなわけで始まった予選第一回戦。
獅子族の次期頭首レヴァンVS兎人族の冒険者クロエ。
会場――と言っても荒地を整地して、相撲の土俵みたいに100m四方を周りから1段土盛りしただけの粗末なものだけど――の周りを囲む双方の部族及び、これから試合を控えた部族の関係者から盛んな歓声やら怒声やらが上がっているけど、相手の兎人族に比べ、獅子族の方にイマイチ盛り上がりに欠けるのは、昨日までのレヴァンと同じく、相手が脆弱な兎人族の、しかも女だということで舐めているのだろう。
やがて審判役の合図で、双方の代表者が試合会場の中央に進んだわけだけど――
「……違うかな、アレは。プレーヤーじゃないっぽいね」
レヴァンの対戦相手の兎人族の女冒険者を見て、ボクは首を捻った。
一方、隣で観戦していたアスミナが泡を食った様子で、ボクに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「なんですかっ、なんですか、あれ?! あれって兎人族なんですか!? 冒険者の女ってみんな、ああなんですか!?」
「…いやぁ、アレは特別じゃないかなぁ」
アレ呼ばわりされた相手――兎人族の女冒険者クロエは、一言で言ってゴツかった。
身長は2m近く、太い眉に鋭い目、四角い顎先は2つに分かれ、全身の筋肉ははち切れんばかりで、二の腕の太さはボクの胸周りくらいあり、胸だか胸筋だかわからない膨らみははち切れんばかり、さらにビキニに似たアーマーを着ているため、8つに分かれた腹筋や、女性らしいまろやかさのまったくない『兄貴の尻!』って感じのお尻。そして、そこから足にいたるラインも、巨木の根が絡み合ったかのような筋肉の塊であった。
その頭の上に、申し訳程度にロップイヤーのウサ耳が垂れている。
うん、あれはプレーヤーキャラの限界を、ある意味超えてるね。
◆◇◆◇
レヴァンは目の前にそびえる対戦相手を見て、内心ほっとため息をついた。
――よかった。これなら遠慮は無用だな。
緋雪にはああは言ったものの、やはり女性相手に手を上げるのは、内心忸怩たるものがあったのは確か。
だが、目の前にいるのは紛れもない『戦士』。ならば手加減するなど失礼というものだろう。
だから自然と口に出していた。
「――よかったよ、貴女が1回戦の相手で」
その言葉に不快そうな顔で眉をひそめるクロエ。
「あん? そりゃアタシを舐めてるのかい?」
「違うよ。貴女が紛れもなく強敵だからだ。だからオレも自分の力を遠慮なくぶつけられる。それが嬉しいんだ」
一瞬、呆けたような顔をしたクロエだが、次の瞬間、にやりと凄絶な笑みを浮かべた。
「ふふん、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。なよなよした坊やかと思えば、まあまあの男だね。――さては周りによほどいい女がいると見える」
レヴァンは、ちらりと試合場の下で、かぶりつくようにして自分の様子を見ている義妹と緋雪を見て、苦笑しながら答えた。
「そうだな。オレにはもったいない女たちがいてくれる。…ところでオレの評価は、『まあまあ』なのかい?」
「――フン、アタシに勝ったら『いい男』と認めてやるよ!」
「そうか、では遠慮なく!」
その途端、「はじめっ!」の合図と太鼓が鳴り、レヴァンは拳を、クロエは赤い2mほどの棍――棒状の打撃武器で通常は木製だが、これは金属製らしい――を構えた。
「ふん!」
気合の声を上げて、クロエの持つ棍の先端がレヴァンの顔面に迫る。
余裕を持って躱そうとしたその瞬間、
「伸びろ!」
棍が予想を遥かに超える速度で滑り、目算を崩されたレヴァンの顔面へと到達し、硬い音とともにその体を吹き飛ばした。
◆◇◆◇
「レヴァン義兄様!」
血相を変え、いまにも駆け寄らんばかりに身を乗り出すアスミナを、ボクは宥めた。
「大丈夫、ぎりぎりガードが間に合ったし、派手に飛んでるようでも、自分から跳んで威力を殺しているから、見た目ほどのダメージはないよ」
それから、若干険しい目で、クロエの持つ赤い棍を見た。
「あれは『E・H・O』のドロップアイテム、『如意棒』じゃないか。普通に出回るものじゃないし、やっぱり裏でなにか陰謀が動いているのかな・・・」
そんなボクに向かって、心配そうな顔を向けるアスミナ。
「大丈夫なんですか?」
「と、思うよ」
「あと試合前に、レヴァン義兄様、あの女と親しげに話していましたけど、浮気の心配はないと思いますか?」
「……君もブレないねぇ」
ちなみに如意棒はボスドロップではなくMobドロップなので、さほど珍しいものではありません。伸びるだけなので、ネタ武器扱いされてます。
9/7 誤字の訂正をしました。
×せんかん→○かんしょう
×きりぎり→○ぎりぎり
同、表現を変更しました。
×まろみのない→○女性らしいまろやかさのまったくない