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怪異妙奇譚伝 作者:Kt

壹譚目

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13/29

十二

 玄関からは右側に少しキツそうな傾斜をした階段、左側には扉を介して幾つかの部屋と繋がっている廊下が見えた。
 母親に通されたのは、ダイニングとリビングが一体となったよくある造りの居間であった。左手には、白いソファや脚の短いテーブル、テレビや室内観賞用の植木鉢に入れられた小さな花が点在しており、その向こうには大きなガラス戸や窓があった。そこから外の光が多く入るはずなのだろうけど、心なしか部屋が暗いように感じた。空気もなんだか冷たい。そして何より、家の全てがとても重いように思えた。

 なんでそうなのかは容易に想像できる。というか、一目瞭然だし、当然だ。
 リビングとダイニングの間ぐらいの壁際にはある仏壇を見れば。全体が黒く所々に金の模様が入っており、被害者のにこやかな笑顔の遺影や戒名が書かれた位牌やりんや線香などが丁寧に置かれているのを見れば

「お好きな席にどうぞ」

 母親に4人掛けの茶色のテーブルへ促される。
 だけど……俺は顔を固定したまま、トー君とアイコンタクトを取り、小さく頷いた。

 俺は母親に視線を向け、「線香をあげさせていただいても?」と切り出した。すると、「あぁ……お願いします」と弱々しい返しが返ってきた。口元は多少緩んではいるものの、目元は疲れと悲しみからか止まったように動かない。そのまま母親は奥にあるキッチンへと消えていく。一方、仏壇の前には、トー君、俺、イチ君が並んだ。

「コーヒーでよろしいですか」

 キッチンからの問いかけに、俺は「あっ、お構いなく」と返した。

「お2人は?」

 「僕も同じので」トー君が先。
 「じゃあ〜コーラってありま——」「こいつもコーヒーで」イチ君の発言をかき消すように遮るトー君。遮られたイチ君は、ちぇ、という言葉がぴったりな表情をした。

 まずは、トー君が仏壇前にある座布団に座り、線香をあげる。並んだ順的に考えると、次に俺で、最後にイチ君だ。
 待っている間、少し辺りを見回す。リビングの、食事などの際に使っているであろう脚の長いテーブルのそばには本棚があり、そこには家族写真や赤ちゃんの写真が飾ってあった。何十枚も所狭しと飾られているのを見て、なんか胸が締め付けられる。
 だが、あくまでそれは気がしたレベルの話。当の本人らが感じているものと比べたら圧倒的な雲泥の差なのだろう。結局のところ、本当の痛みは本人たちにしか分からない。俺はそう思うし、そうだと心がけている。そうすれば、必要以上にずけずけと人の心の中まで踏み入れないで済む。不躾にならないで済む。

 トー君が座布団からどく。俺の番だ。

 上で正座し、線香入れに入れられた緑色の線香を手に取り、ロウソクの上の小さな炎に当てる。細かく揺れている。火が移り、線香の上で燃え始める。少ししてから手で扇いで火を消す。細い煙が立ち上ったのを目視してから、香炉灰にさして立てる。りんを2度鳴らす。部屋中に響き広がる。目を閉じ、首を少し前に倒してから両手を合わせる。次第に音が小さくなっていく。聞こえなくなってから、目を開き、座布団の外側で足を着いて立ち上がる。

 そのままテーブルの方へ向かい、既に窓側に座っていたトー君の隣に俺は腰掛けた。



「大丈夫か?」

 かけられた声で意識を取り戻す。
 いつの間にか真向かいに座っていたイチ君が俺の顔を覗き込んでいる。例の黒い竹刀袋はもちろん背負っているかと思いきや、外している。トー君に促されたのか自発的なのかは分からないが、椅子に引っ掛けていた。

「あ、あぁ……」

 俺の意思とは別に目が勝手にパチクリと動く。乾いていたのか、目から水分がなくなっている。
 まただ……いつの間にかまたボーッとしてしまった。あの時と、ファストフード店でのアレの時と、同じだ。

 「時間はあとどれくらい?」俺は改めて確認した。分かってはいるが、自分の中だけだと急に無性に不安になってしまうのだ。

「3日と10時間。まだ残ってる」

 まだ、か……イチ君の余裕を感じられる一言だ。だが俺にとっては、それしか残ってない、だ。疑ってる訳じゃない。そうじゃないんだけど、俺は……俺は助かるのだろうか。
 改めて、怖くなってきた。恐怖が芽生えてきた。実はもう既に死が俺の双肩にぶら下がるようにしがみついてて、3日と10時間後を今か今かと待っている。そんな気がしてならないんだ。気が気でならないのだ。

 急に手足が震え出した。もちろん、寒い訳じゃない。味わったことのない未知の恐怖に慄いている震えだ。

「お待たせしました」

 見ると、母親がお盆にコーヒーを4つ乗せ、こちらへやってきた。
 そばまで来ると、目の前にコーヒー、スプーン、プラスチックの小さな使い捨てカップに入ったコーヒーミルク、そしてスティックシュガーを置いた。イチ君やトー君の前にも同様に置かれる。

 乗せてきた盆をそばに置きながら、母親はイチ君の隣に座った。それを確認してから俺は「いただきます」とカップを持った。

 ミルクもシュガーも入れなかった。早く、早くこの不安や恐怖を胃液で溶かしてしまいたかったのかもしれない。俺は慌てながら、まだ淹れたてのコーヒーを口の中へ流し込んだ。瞬間、痛みが走った。舌全体に針で細かく刺されたような、そんな痛み。少し火傷しちゃったかな……

 コーヒーを口にするトー君の方を見て「香奈と同じクラスだったんですよね?」と尋ねてきた。

 トー君は飲むのを慌てて止め、コーヒーカップを置きながら「はい」と答える。

「お話する機会は少なかったですが、たまに話すと凄く親切にしてくれました」

 トー君の切なさそうな表情は本心からなのか、演技によるものなのか、それとも別の嘘をついていることからくる罪悪感からなのか。

「そうですか……」

「すいません、来るのが遅くなってしまって」

「いえ……わざわざ足を運んで頂けただけで充分です」

 仏壇に目をやり、「あの子も喜んでると……思います」と目を潤ませ、母親はそっと手でふき取る。「すいません」と頭を下げてきた。

 「いえ。謝ることは何もないです」俺はそう言うしかできなかった。経験から、部外者の慰めの言葉はただ空虚なものでしかない、そう思ったからだ。

 「あの」トー君が口を開く。

「はい?」

 「そこにある写真を見せてもらっても?」彼が指を差したのは、仏壇前で待機していた時に俺が見た、あの本棚だった。

「どうぞ」

 許しをもらったトー君はおもむろに立ち上がると、本棚に。
 だがその向かい方は少々おかしな点が見受けられた。複数あるのを見に行ったのではなく、ある1枚をめがけて一直線に歩みを進めているのだ。まるで気づいた何かが本当にそうか確認するためのよう……訂正。本当にそうだったみたいだ。トー君は額に入った1枚の写真を手に取り、脇目どころか、他には一切目もくれず、踵を返して持って帰ってきた。

 「これについて、香奈さんから何かお聞きしてませんか?」その写真を母親に見せるトー君。俺も体勢をずらして盗み見る。

 あれ? これって……

 俺はすぐにケータイを取り出す。目的は画像フォルダ。

「ブレスレット……ですか?」

「はい」

 やっぱりだ。画像を目一杯引き伸ばして拡大してみると、金山さんの手首にも同じようなブレスレットを身につけている。

「いえ、特には何も……でも、お気に入りだったみたいで、よく付けていたのは覚えてます」

 「いつぐらいに購入したとかは分かりますかね?」トー君は曲げた人差し指の第二関節辺りでメガネを上げる。

「確か……香奈が亡くなる2週間ほど前だったかと」

 この状況下でメモを取るのは難しい。得た情報を忘れぬよう、脳内に刻んでいく。

 「今、それを見ることはできますかね?」俺は少し体を前のめりで聞いてみた。もしかしたら何か突破口になるかもしれない。

 でも返された言葉は「それが、なくなってしまったんです」であった。俺は思わず眉をひそめる。「なくなった?」

「はい。あの日も付けて出かけたんです。それで後日遺留品として警察の方からバッグやケータイなどを返してもらったんですが、そのブレスレットだけなくなってしまったんです」

 『だけ』?

「てことはつまり、他のものは返ってきたということですか?」

「ええ、全てちゃんと。本当にそれだけ返ってこなかったんです。それで、ないのが分かってその時お世話になった刑事さんに連絡したんですが、『現場にはこれ以外なかった』と言われてしまって……」

 もちろん警察の不手際が原因の可能性もある。だが、記者の勘が叫んでいるのだ。これは何か関係があるぞ、と。

 「どこで買ったとか……は?」一応訊いてみただけ。ダメ元。

「確か……」

 まさかのヒット。

四六横丁(・・・・)だったと思いますが」

 えっ?

 俺は眉をひそめた。場所の名前に聞き覚えがあったからだ。
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