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怪異妙奇譚伝 作者:Kt

壹譚目

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十二

 玄関からは右側に少しキツそうな傾斜の階段、左側には扉を介して幾つかの部屋と繋がっている廊下が見えた。
 母親に追随した結果、通されたのはダイニングとリビングが一体となったよくある造りの居間だった。ダイニングには白いソファにテレビ、室内観賞用の植木鉢に入れられた小さな花が。大きなガラス戸や窓があり、外からの光が多く入るはずだろうに、心なしか部屋が暗いように感じる。空気もなんだか暗く冷たい。家に篭った全てがとても重く感じた。

 なんでそうかは容易に想像できる。リビングとダイニングの間ぐらいの壁際には全体が黒く所々に金の模様が入った仏壇があり、被害者のにこやかな笑顔の遺影や戒名が書かれた位牌やりんや線香などが丁寧に置かれているのを見れば、一目瞭然、というやつだ。

 「お好きな席にどうぞ」母親に4人掛けの茶色のテーブルへ促される。
 だが、その前に——俺は顔を固定したまま、トー君とアイコンタクトを取り、小さく頷く。

「線香をあげさせていただいても?」

 俺が尋ねると「あぁ……お願いします」と弱々しい返しが返ってきた。口元は少し緩んではいるものの、目元は疲れと悲しみからか止まったように動かない。
 そのまま母親は奥にあるキッチンへと消えていく。

 仏壇の前に、トー君、俺、イチ君の順に並ぶ。

「コーヒーでよろしいですか?」

「あっお構いなく」

 「お2人は?」イチ君らの方を見る母親。

「あっオレはコーラ——」

 「同じので、お願いします」イチ君の発言をかき消すように遮るトー君。

 まずは、トー君が線香をあげる。次に俺で、最後にイチ君。
 待っている間、少し辺りを見回す。テーブルのそばに本棚があり、そこには家族写真や赤ちゃんの写真が飾ってある。何十枚も所狭しと飾られているのを見て、なんか胸が締め付けられた。
 だが、あくまでそれは気がしたレベルの話。当の本人らが感じているものと比べたら圧倒的な雲泥の差なのだろう。結局のところ、本当の痛みは本人たちにしか分からない——俺はそう思う。

 俺の番が来た。仏壇前にある座布団に正座する。
 緑色の線香を手に取り、ロウソクの上で揺れる小さな炎につける。火が移り、線香の上で燃え出す。手で扇いで火を消し、香炉灰にさし、立てる。
 りんを2度鳴らす。部屋中に響き広がる音を聞きながら、目を閉じ両手を合わせる。次第に音が小さくなっていき、聞こえなくなる。

 目を開けて、座布団の外側で足を着き、立ち上がる。
 そのまま、テーブルの方へ向かう。既に窓側に座っていたトー君の隣に俺は腰掛けた。



「大丈夫か?」

 かけられた声で意識を取り戻す。
 いつの間にか真向かいに座っていたイチ君が俺の顔を覗き込んでいる。例の黒い竹刀袋はもちろん背負っている——かと思いきや、外している。トー君に促されたのか自発的なのかは分からないが、椅子に引っ掛けている。

「あ、あぁ……」

 俺の意思とは別に目が勝手にパチクリと動く。乾いていたのか、目から水分がなくなっている。
 まただ……いつの間にかまたボーッとしてしまった。あの時と、ファストフード店でのアレの時と、同じだ。

「時間はあとどれくらい?」

 俺は改めて確認した。分かってはいるが、自分の中だけだと急に無性に不安になってしまうのだ。

「3日と10時間。まだ残ってる」

 まだ、か……イチ君の余裕を感じられる一言だ。だが俺にとっては、それしか残ってない、だ。
 疑ってる訳じゃない。そうじゃないんだけど、俺は……俺は助かるのだろうか?

 改めて怖くなってきた。実はもう既に死が俺の双肩にぶら下がるようにしがみついてて、3日と10時間後を今か今かと待っている——そんな気がしてならないんだ。
 急に手足が震え出した。もちろん、寒い訳じゃない。味わったことのない未知の恐怖に、感覚に慄いている震えだ。

「お待たせしました」

 見ると、お盆にコーヒーを4つ乗せてこちらへやってくる被害者の母親が。
 目の前にコーヒー、スプーン、プラスチックの小さな使い捨てカップに入ったコーヒーミルク、そしてスティックシュガーを置いてもらう。イチ君やトー君の前にも同様に置かれる。

「いただきます」

 俺は不安や恐怖を胃液で溶かしてしまおうと、まだ淹れたてのコーヒーを流し込んだ。舌全体が細かく刺すような痛みが走った。
 少し火傷しちゃったかな……

 乗せてきた盆をそばに置きながら、母親はイチ君の向かいの席に座る。そして、コーヒーを口にするトー君の方を見て「カナと同じクラスだったんですよね?」と尋ねてきた。

 トー君は飲むのを慌てて止め、コーヒーカップを置きながら「はい」と答える。

「お話する機会は少なかったですが、たまに話すと凄く親切にしてくれました」

 トー君の切なさそうな表情は本心からなのか、演技によるものなのか、それとも別の嘘をついていることからくる罪悪感からなのか。

「そうですか……」

「すいません、来るのが遅くなってしまって」

「いえ……わざわざ足を運んで頂けただけで充分です」

 仏壇に目をやり、「あの子も喜んでると……思います」と目を潤ませ、母親はそっと手でふき取る。「すいません」

「いえ……」
 俺にはそう言うしかできなかった。経験から、部外者の慰めの言葉はただ空虚なものでしかない、そう思ったからだ。

 「あのー」トー君が口を開く。

「はい?」

「そこにある写真を見せてもらっても?」

 指差したのは先ほど俺が見た本棚だった。

「ええ。どうぞ」

 トー君は立ち上がり、本棚に向かう。だがその向かい方は少しおかしかった。複数あるのを見に行ったのではなく、ある1枚をめがけて一直線に歩みを進めているのだ。まるで気づいた何かが本当にそうか確認するためのよう——訂正。本当にそうだったみたいだ。
 額に入った1枚の写真を手に取り、他には目もくれず持って帰ってきた。

「これについて、香奈さんから何かお聞きしてませんか?」

 母親に見せるトー君。俺も体勢をずらして盗み見る。

 あれ? これって……

 俺はすぐにケータイを取り出す。目的は画像フォルダ。

「ブレスレット……ですか?」

「はい」

 やっぱり——画像を目一杯引き伸ばして拡大してみると、金山さんの手首にも同じようなブレスレットを身につけている。

「いえ、特には何も……でも、お気に入りだったみたいで、よく付けていたのは覚えてます」

「いつぐらいに購入したとかは分かりますかね?」

 トー君は曲げた人差し指の第二関節辺りでメガネを上げる。

「確か……香奈が亡くなる2週間ほど前だったかと」

 メモは取りにくい。得た情報を忘れぬよう、脳内に刻んでいく。

 「今、それを見ることはできますかね?」俺は少し体を前のめりで聞いてみた。もしかしたら何か突破口になるかもしれない。

 でも返された言葉は——「それが、なくなってしまったんです」

 「なくなった?」俺は思わず眉をひそめる。

「はい。あの日も付けて出かけたんです。それで後日遺留品として警察の方からバッグやケータイなどを返してもらったんですが、そのブレスレットだけなくなってしまったんです」

 『だけ』?

「てことはつまり、他のものは返ってきたということですか?」

「ええ、全てちゃんと。本当にそれだけ返ってこなかったんです。それで、ないのが分かってその時お世話になった刑事さんに連絡したんですが、『現場にはこれ以外なかった』と言われてしまって……」

 もちろん警察の不手際が原因の可能性もある。だが、記者の勘が叫んでいるのだ。これは何か関係があるぞ、と。

 「どこで買ったとか……は?」一応訊いてみただけ。ダメ元。

「確か……」

 まさかのヒット。

四六横丁(・・・・)だったと思いますが」

 えっ?——俺は眉をひそめた。

 場所の名前に聞き覚えがあったからだ。
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