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〜祈り〜 みちたりない幸せ
作:美伊



夢のかけら


 連なるカーブに車体を揺らされながら、さらに砂利道からタイヤを伝わってくる振動が、疲れきっていた私を深い深い眠りの底に突き落としながら、夢の中…
 私は何ともモワモワとした様な感覚の中で、昔の記憶を呼び覚ます様な形のない夢を見ていた…
  
 太平洋に面した小さく素朴な田舎町の風景ー
 海辺の松林や、白い浜木綿、港のフェリー、連なる山々、川のせせらぎー

 幼少時代の記憶ー
 通り過ごした故郷の風景ー
 あの頃に感じていた孤独や不安ー
 
 いろいろな景色や感情が交差した、言葉では表現できないような複雑な夢の中で、あの頃、幸せな感情を求め続け、探し続けていた自分を少しずつ、けれど激しく思い起こし始めていた。


 そう。
 私は六人もいる、賑やかなはずの家庭で生まれ育った。
  
 けれど、いつも私を包んでいたのは孤独。
 なんとなく夢のない退屈な生活。
 ?窮屈な生活。

 祖父母と同居していた私達家族は、賑やかで明るいと言う表現には程遠く、いつも聞こえてくる争いの声や、母からの小言…
 そんな不愉快な雑音でいつも家中が充ち溢れ、それが騒音と化して幼い私の心を押し潰す様に暗闇のトンネル奥深くへと導かれている様な毎日だった。
楽しいとか、嬉しいとか、そんな気持ちで過ごした思い出が殆どなくて、いつもいつも何かみちたりない様な空腹な気持ちで子供時代を過ごして来たような気がする。
 同居している祖父母との折り合いが悪く、養子として入った父はいつも不機嫌そうな顔をしていて母との口論も絶えず、板挟みになった母は、そんなストレスの刃を子供の私たちに向けるかの様にキーキーと甲高い声で子供の私たちを支配していた。
 そして、一つ下の妹の事を私はいつも複雑な気持ちで眺めていた。
 たった一人の妹、加奈子。かわいくて仕方ない。
 でも、彼女は家の外で殆ど口を開く事のない大人しい子だった。
 必要以上に大人しく、いつも周りの同級生からはイジメの標的にされていた。
 そんな妹の事を私はいつも必死で守りながら歯がゆい思いでいっぱいだった。
 そして、私はいつしか妹の事を、口うるさかった母と同様に責め立てるようになっていた。
 「何で言えないと?」
 「何でちゃんと言えんと?」
 「何でちゃんと言わんと?」
 「ちゃんと言いない!」
 「早く言いない!」
 そんな言葉の連発に、いつも妹は苦痛に満ちた表情を浮かべ、顔が硬直していた。
 かわいいがゆえに、必死で投げた言葉が、妹の心をますます閉ざしてしまったのだろうか。
 加奈子が10歳になる頃には、とうとう唯一のケンカ相手であり、遊び相手であった私にもすっかり心を閉ざしてしまい、家の中では見せていた笑顔さえもついには見る事が出来なくなってしまった。
 家の中はますます暗くなり、私の小さな心は孤独でいっぱいになった。
 母が私を支配していた様に、私も加奈子を支配してしまった。そして加奈子の心を潰してしまった。母が私の心を潰してきた様に。
 そして、家中の誰もが孤独になってしまった…
 
 私の中で、幸せのかたちが、いつも漠然としていて、自分は幸せなのか、だいたい幸せというものが一体何なのか分らないまま随分と長い時を過ごしてきた様だ。そして、その疑問は今も消える事なく、私の中の孤独がその答えを求め続けている。今も。そしてきっとこれからも。
 だから私は、ずっと、ずっと、分からないままでいる。
 自分はいったい幸せなのか、幸せでないのか。
 もしかすると幸せに気付いていないだけなのか。
 だとしたら、だとすれば、人生なんて大して面白いものではないと証明してしまう様なもの。
 それとも、もしかすると幸せでない自分の日常が当たり前になってしまったがゆえに不幸な自分に気付いていないだけなのか。
 だとしたら、だとすれば、幸せな生活が訪れた時、いったい自分の気持ちがどれだけみたされるのだろう。
 知りたい…  
 知りたい…
 幸せになりたい…
 
 孤独な子供時代の自分が、みたされない気持ちを抱えながら、二階の窓から遠くに見える夜の港を眺めていた。
 暗い海の上を、漁船が小さな光を浮かべて漂っている。まるで、海に浮かぶ星屑のようだ。
 その上に散りばめた空の星と一体になりながら、私の気持ちを一段と物悲しい思いにさせながら、見慣れた懐かしい景色とあの頃の物悲しさが私の中へと押し寄せてくる。
 あの頃の景色。
 あの頃の気持ち。
 目頭が熱くなり涙がこぼれそうになる。
  
 故郷を離れ、私は高校卒業と同時に一人家を出た。
 家を離れて都会に行けば、そこにはもしかすると幸せが待っているかもしれないと思っていた。
 大きな期待と不安で胸がいっぱいになり、一人乗り込んだ電車の中で溢れる涙が故郷の景色を消していった。そっと… そっと…
 
  
 ふと気付いて目を開けると、車窓から見える景色がかすんでみえた。涙で濡れていた。
 あの頃感じていたものがすっかりと自分の胸の内に甦った状態で夢から覚めた感覚。
 
 視界にはすでに夫の飛び立つ空港が見えていた。
 そこで私の両親とも久し振りに再開する。もうじきだ。
 
 フェニックスの並木が南国のムードを盛り立てるかのように、心地よく風になびきながら私たちを迎えてくれていた。
  
 これで旅も終わった。
 いや。これからまた新しい旅が始まる。
 2泊3日の九州旅行を終え仕事の為に帰宅する夫と離れ、空港で出迎える両親と共に、これから私は子供たちと久しぶりに実家へ向かう予定になっていた。
 
 私はすっかり夢から覚めていた。
 終わったな。始まるな。
 そんな気持ちに包まれながら、私たちを乗せた車はようやく空港へと到着した。

 
 
    
 
 







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