坂東蛍子、公園で友を偲ぶ
女子高生坂東蛍子はブランコをこぎながら友人の剣臓のことを考えていた。剣臓は週に二度以上は必ずこの公園で顔を合わせる公園仲間であり、中年の親父でありながら坂東蛍子の遊び友達であった。蛍子は明るいうちから公園でいつも同じくたびれたスーツを着ている剣臓のことをホームレスだと推測していたが、隣に座って二人で買ってきた駄菓子を食べながらそのことを茶化すと「実は現職のCIAなんだ」と神妙な顔で耳打ちしてくるこの気の良い中年のことをとても気に入っていた。悪い人間では無いはずだ。よく「タクミ」というイマジナリーフレンドに話しかけては姿が見えないことに「またウロチョロしやがって」と頭を掻いてはいたが、それも個性の範疇だ、と蛍子は笑って受け流した。しかしその剣臓がここ二週間程姿を見せていないのである。何か良からぬことに巻き込まれたのではないかと蛍子は一人ブランコの上で彼の身を案じていた。
思えば剣臓と初めて会話したのもこのブランコでだったな、と蛍子は当時のことを懐かしんだ。蛍子が一人でブランコを全力で漕ぎに漕ぎその日のストレスを発散していると、突然隣で中年の男が張り合ってきて、互いに意地を通した挙句にジャンプ勝負にまで持ち越したのだった。結果は蛍子の圧勝だったが、剣臓はその際前方に安全のために設置された金属製の柵に脛をぶつけて小一時間もがき苦しむことになった(このことは救急車を所望し泣きべそをかく社会人と、その隣で腹を抱えて笑い転げる女子高生が昼下がりの公園の中を転がりまわるという異様な光景を目撃した近所の父母たちの証言により地元でちょっとした騒ぎとなる)。
剣臓は西洋刀のツルギに内臓のゾウで剣臓と書く。これは剣臓の父が「剣のような強い臓物」、つまり肝の据わった人物になれという意味でつけたのだ、と剣臓は嫌なことを思い出すかのように蛍子に語っていた。彼はその当て字の影響で子供の頃に散々馬鹿にされ嫌な思いをしたようだった。中学時代のある日、剣臓は保健の授業中に友人に人体の臓器が書かれたページを見せられ、こうからかわれた。
「おかしーな、お前、俺の中にいねぇぞ」
お前は俺の中にいない、この言葉が剣臓は何故かとてもショックだった。とても悲しい気持ちになったのである。その時から自分は哲学と生物学の勉強に没頭するようになり、そこから脳科学、情報科学、工学と理解を深め、その事がCIAの目に留まりスカウトされたのだと剣臓は蛍子に語ってきかせた。蛍子はどこまでが本当かさっぱり分からなかったので、話を聴いた後とりあえず剣臓を蹴り飛ばした。剣臓は蛍子に理不尽な目に合わされると決まってタクミに同情を仰ぎ、姿の見えないタクミを探して「何処行った?」とおどけるのだ。
しかし今その声は聞こえない。剣臓の姿は公園内のどこにもなかった。蛍子は漠然と剣臓はもう死んでしまっているような気がしていた。ホームレス狩りかもしれない。もしくはこの冬を越えられなかったのかも。いずれにせよあのオッサンとはもう会えないんだな、と蛍子は目尻に涙を溜めた。蛍子はよく剣臓と話をしたベンチに歩み寄ると、そっと目を閉じ、次生まれ変わる時は五臓六腑になれると良いね、と心をこめて手を合わせた。
「おー!嬢ちゃんじゃねぇか!」
坂東蛍子が声のした方に振り返ると、剣臓と長身の男がこちらに向かいながら手を振っているのが見えた。剣臓は相好を崩して笑っている。蛍子は顔を真っ赤にして怒っていた。
「いるのかよ!!」
「えぇ・・・!?なんだ急に・・・なぁタクミ」
「タクミもいるのかよ!!」