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孤独経路-8
 八咫烏 弥生。

 年齢十六歳。身長は165を超える比較的長身で、体重は不明。今時というか、過去にも珍しいであろう腰までの長髪を持つ。もちろん、脱色や茶色に染めることはなく、その自然で艶やかな黒髪は周囲を浄化するような気さえする。そしてその容姿は美しい髪に負けることの無く、高校生ながらもいまだ愛らしさを含んだ顔である。百人に聞けば百人が美少女だと答える美貌である。
 頭もよく、IQは二百を超えているといわれ、倍率10の超難高校の受験を平均点98点を記録したという伝説を作っている。それに加え清楚な性格、気配りのよさでファンクラブは他校を含め二百を超えている。現在、入院中。

 そして、知っているものは極々少ないが《八咫烏 擁》という兄がいる。
 
 これが、弥生の兄、擁として自分が知っている妹の全てだ。改めて、すごいと思う。まさに完璧、完全無欠な少女である。ただ一つの欠点といったら、自分のような兄がいることだろうか。

 なぜこのようなことを思い出しているのか、といったら自分の持つ情報と現在の状況を照らし合わせるためである。そもそも、何故照らし合わせる必要があるかといったら―――――――

「兄さん?どうかしましたか」

 やはり、情報に食い違いがあるようだ。少なくとも、『弥生は病院にいるか』という事項に関して齟齬がある。では、自分の記憶と現実とどちらを優先すべきかといったら…………

 記憶?

 やや混乱した頭に、清廉な声が伝わる。

「兄さん、大丈夫ですか?気分でも優れませんか?」

 言葉と共に腰にかすかな圧力が掛かる。下を見ると、弥生が抱きついていた、しかも破壊力抜群の上目遣い付きで。

「……」

 一瞬固まってしまったが、すぐに戻る。
 間違いない、この顔と行動。俺の妹、弥生以外にこんなことをする奴はいない。

「久しぶりだな、弥生」

 言葉に出したとたん、弥生は顔を輝かせて更にひしっと抱きついた。そして、胸に顔をうずめる。
 なにがそんなに嬉しいのやら。ついつい苦笑をすると、そういえば、と思う。弥生は誰に連れて行ってもらったのか。こいつは地理感覚も抜群だが、住所を一度聞いただけで目的地に行くことは難しいだろう。いや難しいはずだ、たぶん。それに、病院が二年間も昏睡していた患者を一人で退院させるわけも無い。ってことは――――――

「よぉ」
「……親父」

 片手を挙げて、銜えタバコをした男が俺に話しかける。くたびれたシャツにジーンズという、現在五月という状況を鑑みれば、この軽装は何かの罰ゲームかと思ってしまう。それに加え、数ヶ月ぶりに会ったとは微塵も思わせない軽い挨拶。ああ、俺はこんな非常識の子供なのか。まあ、いつもの事なので気にしないが。

「わが息子よ!ああ、何度この日を夢見たこと―――あだだっ、はなっ、放せっ」

 大仰な身振りで何かほざいていたが、俺は抱きついていた弥生をそっと引き剥がし、親父の髪をしっかりと握った。
 うん、よかったな。これだけ引っ張って抜けないとは、ハゲることも無いな。

「……なぜ、連絡しなかった」
「何故って、痛、たたた。ちゃ、ちゃんと連絡したぞ。お前が出なかっただけだ」

――――そういえば、家に置いてきたな。

 言われて思い出す。自分の電話にかける人間といったら、両親と金髪ピアスぐらいしかいない。親からの電話なんてほとんどないし、正樹とは学校で会うので、携帯の必要性が無いのだ。

 髪から手を放すと、親父は涙目になって頭を触る。そして呟いた。

「痛ってぇなぁ。そもそも、妹関係で擁に伝えないわけが無いだろう。そんなこと冗談でもやらないぞ、俺は」
「ふぅん……」

 まあそうか。一人で納得すると、何故か複数人の視線を感じた。振り向くと、一緒に下校していた三人が説明しろ、なオーラを出していた。

 俺が説明をしなくてはいけないのか?

 まあ、事情をしって尚且つ初対面じゃないのは俺しかいない訳なのだが、どうにも気が進まない。というか、メンドくさい。

「はぁ……えーっとだな」
「初めまして、兄さんの妹の弥生と申します」

 なにから説明するか考える前に、そばにいた弥生が頭を下げて挨拶をする。どうやら、状況をすばやく把握し、自己紹介をすべきだという判断をしたようだ。さすが完璧少女。

 ボーっとしている間に弥生は、あらかた事情を説明していたようだ。しかも、奈駆木も理解しているのを見るとかなり分かりやすくまとめたようだ。

「ふーん、あそこの人が貴方の父親でねぇ……」

 ぼろい服にしょぼそうなタバコを吸っている姿を、なんともいえない顔でみる奈駆木。俺も珍しくお前に同意だ。

「よかった~。擁チン、ペドフィリアじゃなかったんだ~。危うく襲わせるところだったよ~♪」

 せめてロリといえロリと。そんなマニアックな名称をするな。襲わせるってファンクラブにか?やめろ俺の平穏が崩れる。そして奈駆木、ペドフィリアって何?とか聞くな、紗羅答えるな。

「あぁ、そういえば母親の方は?まさか旅行先に置いてきたとかじゃないよな」

 正樹の質問。
 それは無い、と断言して言える。

 今は成りを潜めているがコイツは重度の愛妻者だ。たとえ離れるとしても同じ町から出ることは無い。しかも危険だから、と言って始めての訪れる所に一人で残すことは無い。子供二人は平気で置いていくくせに大した根性だと思う。

「ああ、病院から一応家に戻ったんだけどな。そのときに何故か母さんが冷蔵庫を開けて、呆然としてな。声を掛けようとしたら、突然立ち上がってどっか行ってしまった。ありゃ、覚醒してたな」

 絶対妻主義のバカ親父だが、その過保護にも唯一例外がある。
 
 それが《覚醒》。

 といっても筋肉が異常に増えるとか、身長が二メートル超えるとかそういうものではない。いわゆる主婦パワーマックスというヤツだ。
 ある時は洗濯物を干し続け、ある時はバーゲンセールに直行する。そうなったら誰にも止められない。というか止めてはいけない。それは安売りの店への道にたむろしていた不良集団が一日で壊滅したという事実からも分かる。能力者でもない母さんがどんな手段を用いたのか、それはいまだに謎だ。

「まあ、買い物だろうな……」

 冷蔵庫の中身を見たことと、自家の食料状況とを併せれば自然と答えは出た。
 そこで正樹に振り向く。

「らしいぞ」
「あ?ああ」

 どうやら自分が質問したことを忘れていたらしい。相変わらずのバカだ。だから言ってやる。

「バカ」
「んなぁ!?なぜ突然貶められる!」

もう言いたいことは言ったので、弥生と、一緒に話している二人になんとなく目を向ける。

「―――――でね、名前を言ったくせに尋ねずに行っちゃったのよ。自分勝手よねホント」
「ふふふっ。兄さんらしいですよ」

 どうやらナンパ事件のことを話しているらしい。というか名前を名乗れなかったのがそんな不服だったのか。
 ともかく、あまり弥生に俺のことを話して欲しくない。より具体的に言うとすれば、俺が能力者だということは知られたくない。いつかは話すことになるだろうが、その時俺は嫌われるかもしれない。それならまだいい。

 だが――――――恐れられたら。能力者として嫌悪されるだけでなく、怖がられたら。嫌悪されたら関係を絶てばいい事の話だが、恐怖されたらそれはもはや、存在自体が恐怖されている。
 存在の否定。それこそ本当に、絶望的だ。

 さりげなく奈駆木の話を止めるように間に入り、声を掛ける。

「楽しかっただろうが、動いたのは久しぶりなんだから今日はもう休め。な?今、倒れたら悔しいだろ?」

諭すようにいうと、弥生は頬を膨らませて不満の意を表したが、しぶしぶという様に頷いた。うん、いい子だ。
 無意識の内に手が動いて弥生の頭を撫でていたが、別段それを嫌がるようなそぶりを見せる訳でもなく寧ろ嬉しそうにしながらもやはり恥ずかしそうな様子だった。

「ん。まあ、こういう事だから。俺、車で帰るわ」

 二年ぶりの絹のような髪質を堪能しながら同級生に話しかける。……返事が無い。
 近づいていっても反応ナシ。目の前で手を振っても無視。いや、固まったというのが正しいのだろう。それにしても……怪獣と出会ったとしても、逆に懐かせてしまう様な紗羅が(一方的な偏見)固まるとは何があった?
 返事が無いまま帰るのは、やはり心苦しいものがあるので、とりあえず奈駆木のほうに向き直る。
 中指を親指で押さえつけるようにしてセット。人差し指、薬指はピンと伸ばしておく。

 俗に言う『でこピン』というモノだ。

 ぱちんっと言う軽いものではなく、びしっといういささか重い印象が否めない接触音がする。

「―――っっ!!な、何するのよっ」
「いや、こっちこそ何すんだ、だ。無視するな」
「いや、別に無視したわけじゃなくて、その、なんと言うか、八咫烏って、笑うんだなって」
「必死の説明すまないが、全く意味が伝わらなかった。それで、帰るんだが。いいか?」
「う、うん。じゃあね……」

 いつもなら、意味不明って何よ!!みたいな突込みが帰ってくるのだが今回は、何も無かった。
 何も無いというのは通常、異常ナシを示すが、いつもの物が無い、というこの場合は異常アリを指していた。
 数秒思考するが、理由は分からない。まあどうでもいいか。そう思って弥生がいるはずの方向を向く。

 妹は、そこにいなかった。といっても捜す必要は無い。少し視線を上げれば、校門の方に向かっている弥生の姿が見える。もしかしてないがしろにされていると思って、拗ねてしまったかもしれない。こういうところで妹は子供っぽいのだ。

「じゃな」

 急いで弥生の所へ向かうと、すぐに追いついた。まあ、相手が歩いて自分が走ったのだから当然だが。

 ちょうど校門の所だった。

 横に並ぶように一緒に歩いても、こちらに目を合わせようとしない。やはり拗ねているのか。
 だが、まあこんなことは《やはり》という以上、慣れるほどの回数を経ているわけで、当然対処法も分かっていた。

「……」
「………」
「…………」
「……兄さん」
「……」
「兄さん」
「……」
「兄さんっ!!」
「なんだ」

 何も無かったように返事をする俺を見て、また頬を膨らませたが、それはただ可愛らしさを強調する物以上にはなり得なかった。いや、それだけでも俺には十分だったが。
 ともかく、弥生はたとえ自分のせいではなくとも重い雰囲気や沈黙になる事に罪悪感を感じる少女なのである。
 一応だが、正樹と似ているようでぜんぜん違う。アイツは沈黙はつまらないから苦手なのであって、罪悪感を感じているからではない。むしろ責任から逃げ続ける罪悪感など無縁なバカである。

「もぉ…いいです。何でもありません」

 フンと言うふうにこっちに向いていた顔が正面に向けられる。悪いのは自分だといえ、さすがにここまでやられると悲しい。

「まあまあ、二年ぶりの再会なんだからそう怒るな。機嫌直してくれ―――――――」

 途中でセリフが止まる。
 視線の先。妹の顔。場所は校門の手前。


 特殊技能専門学校


 そう彫られた石碑が校門の所に立っていた。といってもそんな目立つ場所に置いてある訳でもなく端より、さらに石碑自体もそこまで大きな物ではない。
 運が悪かった。
 そう表現するしかないだろう。
 しかしこのときの不運は到底、神様の悪戯といえるような物だった。

「特殊―――技能」

 横で妹は呟く。
 いや、もしかして弥生は気付かないかもしれない。特殊技能、とはどういうことかと聞くだけかもしれない。そうしたら大丈夫だ、俺の言ったことは信じてくれる。まだ悲観することは無い。まだ望みはある。

 いや――――そんなわけは無い。

 『天才』の二文字は決して伊達ではないのだ。

 くるりと弥生が振り向く。表情の豊かで感情の読みやすい弥生だったが、この時ばかりは知りえることは出来なかった。
 なぜなら完全な無表情だったから。
 何も映さないその瞳だったが。いや寧ろ何も映さないからこそ、俺には妹の感情が伝わってくるかのように感じた。
 
 嫌悪。そして恐怖。

 控えめな唇が動く。半分停止した俺の思考でも、透き通ったその声は十分に聴覚を刺激した。


「兄さんは」
 

 能力者だったのですね。

 

 聞き終える前に

 俺の脚は

 走り出していた。
そろそろの大詰めです!……といっても今話で終わらせるつもりだったのですが(汗
そういえば『孤独経路』の次もあまり内容が決まってないようなあるような、まあいいでしょう(きっぱり)。
感想評価等お願いします。また誤字脱字も報告お願いしますm(_ _)m

追加事項
突然シリアスになったりするのは擁が根暗だからです。本人も否定しません。決して作者の文章力の無さからではありません!(きっぱり)


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