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素敵な願い事

作者:sumi
「あなたにお願いしたいことがあるのです」
「はい?なんでしょうか?」
 あなたは塩胡椒のみで味付けされた肉厚のポークステーキを切るナイフを止め、白髪の老婆のほうへと向き直りました。
わたくしに恋をさせていただきたいのです」
 老婆の口から出た予想外の言葉に、あなたは少し目を丸くしました。
「恋……ですか?」
「はい。そうです」
 あなたはちょっと困ってしまいました。
 あなたはフォークを丁寧にプレートの上に置き、腕を組んで少し考える素振りを見せた後、再び老婆に尋ねます。
「……失礼ですが、その恋の相手はどなたなのか聞いてもよろしいでしょうか?」
 老婆は恥ずかしそうにはにかみました。それはまるで恋を打ち明ける町娘のようです。
「……行商人のアルバートという青年です」
 あなたはそれを聞き、ようやくこの老婆の頼み事が何なのかを理解しました。
「アルバートさん、ですか……青年とおっしゃいましたが、彼の年齢は?」
「……25、です。私とは50歳くらい離れています。私はずっと教会で働いていて、その関係で今まで独身でした。職を引退してからはこうやって人里離れた山の中に別荘を買い、若いころの貯金で老後を過ごしておりました……しかしそうなってしまってから、夫も子供もいない生活が何とも寂しく、辛いものに感じられてしまったのです。私は強い孤独を感じていました。そんな時に、彼と出会ったのです。あの日は朝からひどい嵐で、木々の隙間を抜ける風が低く唸っていました……昼過ぎでしょうか。玄関で家人を呼ぶ声が聞こえたので行ってみると、ドアの外で、彼がびしょびしょの外套を羽織って立っていたのです。聞けば行商人である彼は突然の嵐で宿に困り、女性の一人暮らしになんとも不躾な願いだがどうにか一晩泊めていただきたい、とのことでした。若者なのにまるで神父様のような固い話し方がなんだか面白くって、その時私は久々に笑ったのです。彼は真面目な性格で、またとても温厚な男で、話していて、とても楽しかった……彼は一泊のお礼にと商品だった野菜をいくつか置いて行ってくれました。それに、その後もたまにここへ訪れるのです。それは春だったり、秋だったり、時季はまちまちですが、来るたびに土産を置いて行ってくれるのです。私は彼と会話するたびに自分の中の彼への感情を自覚していきました……そうか、これが恋なのか、と。彼に対する気持ちは日々強くなります。ですがその恋を成就するにはどうしようもなく彼と年が離れすぎているのです。どうしようもない隔たりがあるのです……私はいつも後悔します。何故若いころに恋をしなかったのか?と。若い私は信仰を何よりも優先させ、道を妨げるものは不浄だと蔑んできた、それが正しいのだとずっと思ってきた……恋が、素晴らしいものだとも知らずに……私はやり直したい、恋がしたいのです」
「……」
 あなたは老婆の話を黙って聞いていました。
「あなたなら、それができるのですよね?」
 老婆が椅子から立ち上がり、あなたの方にゆっくりと歩いてきました。
 あなたは何も言わず。その様子を見ています。
「お願いします。私に、春を取り返させてください」
「……分かりました」
 あなたはすっくと立ち上がりました。つかつか老婆のもとへ歩み寄り、老婆の額に右手の人差し指を当てました。
「……望みを叶えます。これが私の一宿一飯の恩義です」
 春を、どうぞ。
 あなたは囁きました。

 秋空の下、アルバートは荒れた山道を歩いていました。
 彼の目的地は山の中に一軒だけ建つ大きな館です。そこにはテスラという名の心優しい白髪の老婆が一人で住んでいました。
 彼はその老婆に会うために山の中を歩いているのでした。
 彼女といると落ち着くのです。
 それはアルバートが昔おばあちゃん子だったこともあるのですが、しかしなぜだか彼女といるとアルバートは心の安らぎを感じることができました。
 彼女のように柔和な雰囲気を纏う、同年代の女性と結婚したいというのが彼の希望でした。
 落ち葉をクシャクシャ踏みしめながら進んでいくと木々の隙間に例の館の屋根が見えました。
 もう少しだ。そう思うと、アルバートの足に力が入ります。
 館に近づいていくと、ふと、玄関の前に誰かが立っているのが分かりました。
 その人はとても長い白髪を風に遊ばれながら、アルバートに気づいた様子で手を振っています。
 アルバートは、老婆が髪を解いて玄関で待ってくれているのだと思い手を振りかえしました。
 しかし近づくほどに、アルバートはその人があの老婆でないことに気づいていきました。
 遠くからは分からなかったのですが、近くで見ると、その人はとても健康的なハリの良い雪のように白い肌をしていたのです。
 さらに近づくと、その人の目鼻顔立ちが見えてきました。
 アルバートは思わず絶句し立ち止まってしまいました。
 愁いを帯びた、血のように紅く、大きな瞳。形の良い鼻。少し赤みを帯びた唇。小さな輪郭。
 美しい。
 彼の口から感嘆の声が漏れました。
 その言葉が聞こえてしまったのか、女性は恥ずかしげに俯きました。
 アルバートはその様子に動揺しつつ、ゆっくりと女性に歩み寄りました。
「そのっ、すいません。僕は思ったことがすぐ口に出てしまう性格で、あの……」
「知ってます……」
 女性が微笑みながら顔を上げました。アルバートはその可憐さに思わず顔が火照ってしまうほど初心な男でしたが、しかし知人の気配に気づかないほど鈍感な男ではありませんでした。
「……テスラ……さん?」
 アルバートは恐る恐る尋ねました。
 女性は心から驚いた様子で目を大きくして返事しました。
「分かるのですか?」
「えっ、いや、なんか雰囲気が似てるなって……へ?」
 アルバートがおかしな顔をしました。
 ぷっ、と女性が笑い出しました。
「ぷくっ、ぷく、くくくっ」
「え、あの、その……」
 しどろもどろになるアルバート、笑う女性、秋空の下の山中におかしな光景がありました。
 そして、
「アハハ」
「うわ!?」
 女性がアルバートに抱き付きました。
「そうですよ!私はテスラです!旅の魔法使いに頼んであなたと同じ25歳まで若返らせてもらったのです!」
「そっ、そんなことってあるんですか!?」
 アルバートはびっくりしつつも、何とか言葉を絞り出しました。
「はい!恋がしたいと頼んだら、私の望みを叶えてくださいました!」
「なっ、恋!?……」
 そこでようやくアルバートは事態を飲み込みました。
 そして、下から見上げてくる美しい女性の瞳を見つめて、固まってしまいました。
 アルバートがカチコチに緊張しているのを見て、女性は、
「やっぱり不満でしょうか?」
 と心配そうに尋ねました。
 アルバートは頬を紅くしてそっぽを向き、
「……いえ、少し覚悟を決めていただけです……」
 消え入りそうな声でポツリと言いました。
 アルバートは女性に向き直ると、彼女の肩を抱き寄せました。
 そして。
 言うのです。
「好きです。付き合ってください」
 と。
 女性は笑顔で頷いて、少し瞳を潤ませながら、
「もちろんです」
 と言いました。
 二人は抱き合って、何度かキスを交わした後、館の中へと消えていきました。

 あなたは木の陰から、こっそり彼らが館に入るまでの様子を伺っていました。
 仲睦まじく笑いあう二人の後ろ姿に満足したあなたは、彼らに小さく手を振って、次なる旅へと歩き出しました。
 次はどんな人が、どんな願い事を僕に託すだろうか?
 素敵な願い事だったら良いな。
 そんなことを思いながら。
 あなたの旅は、まだまだ続きます。

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