北風と太陽+α
「よう、太陽、ちょっと俺と賭をしないか?」
北風は太陽に向かって、不敵な笑みをこぼしながら言いました。
「またか……。 どんな賭けだい?」
太陽が尋ねると、北風は地上を歩いている男を指さしました。
「ほら、あそこにコートを着た旅人がいるだろう? あの旅人のコートを脱がせたら勝ちという賭けだよ」
「それで? 何を賭けるんだい?」
「こういうのはどうだろう。負けた方は、勝った方の言うことを、何でも聞くんだ」
「へえ……面白そうだ。その勝負受けて立つよ」
太陽は内心ではほくそ笑んでいました。
どこかから聞いた『北風と太陽』という話では、北風が強く吹いてしまうと、逆に旅人はコートをしっかりと着込んでしまいます。しかし、太陽は暑さを利用して、旅人に見事コートを脱がせることに成功するのです。
そう、太陽は自分が賭けに勝つことを確信していたのです。
北風はこれでもかと旅人に渾身の風を浴びせます。しかし、やはり旅人はコートをしっかりと掴んで、飛ばされない様にと耐えています。北風は躍起になって、さらに強い風を巻き起こしますが、旅人はコートを離そうとしません。
見かねた太陽が、ここぞとばかりに割って入りました。
「それじゃあ駄目なんだよ。北風くん。まあ見ていてくれ給え」
むすっとした北風を尻目に、太陽は燦々とした日差しを旅人に浴びせました。見る間に旅人の顔から汗が溢れてきます。
しかし、旅人はコートを脱ごうとはしませんでした。
「おかしいな。こんなはずでは……」
太陽は全身のエネルギーを旅人に注ぐ勢いで、陽光を浴びせます。しかし、やはり旅人はコートを脱がず、結局は太陽のほうが根負けしてしまいました。
「こりゃあ、引き分けかな」
北風が嬉しそうにそう言いますが、太陽は釈然としません。
するとそこに、もう一人の旅人がやってきました。見たところ女性のようです。
女は、コートを着た旅人のほうへ歩いていきます。
すると、二人がすれ違おうとしたとき、男はあれほど頑なに手放さなかったコートを、いとも簡単に脱いでしまいました。
「そんな……」
「馬鹿な」
驚いた北風と太陽は、二人で目を見合いました。
*
「まったくもう、天気予報が外れるのは私のせいじゃなくって、気まぐれな天気のせいじゃない!」
女は怒りを露にしながら、テレビ局を後にした。最近の予報が当たらないので、上司から苦情を受けたのだ。
最近は妙な天気が続いている。
さっきだってそうだ。
急に家を飛ばすほどの突風が吹いたかと思えば、今度は真夏のような暑さ。天気は尽く私を裏切るつもりらしい。
「ったく、いやになっちゃうわよ」
ぶつぶつと文句を垂れながら、女は家に戻る。
その途中で、向こう側からコートを着た男がやってきた。どうにも挙動不審で、怪しい感じがした。勿論根拠などはなく、ただの女のカンというやつだが。
しかし、そのカンは当たったようだった。
男はすれ違いざまに、女に向かってコートを脱いだ。男はコートの下には何も身に着けていなかったのだ。
変質者だった。
女は急いで逃げて、家に帰った。
翌日から何故か、女の担当する気象予報は面白いほどに当たり始めたという。