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黒い剣の異世界譚 作者:青葉 夜
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049 - イーサンと愉快な兵士たち。

北へ向かった旅は、案外何事も無く進む事ができた。

あんまりにも順調すぎて、物足りない、と思うほどに順調だった。

先ず魔物なんて出くわさない。例え出くわしたとしても、隊列の最後尾付近をゆっくり歩いている俺のところにまで辿り着ける様な根性のある魔物というのが居なかった。

20メートル程はなれた場所で放たれる銀色の剣筋。
いくつもの光が、その向こうに見える有象無象を滅多矢鱈に切り裂いていく。
……魔物がちょっと哀れ。

で、隊の皆さんはズンズンと前へ進んでいく。
折角倒した魔物のソルも回収しないらしい。勿体無いので、こっそり闇を広げてソルだけ回収する。
全く以ってぼろ儲けである。

「よっ、イーサン」
「……ジェイクか。良いのか、隊列を抜けても?」

と、ランドに林檎を齧らせつつ、ぼんやりと彼方を眺めていた俺に、何時の間に近付いたのかジェイクが不意に声を掛けてきて。

「如何した。暇か?」
「……まぁ、な。安全すぎると言うのも。どうにも気が緩む」

召喚され、ウェストリーを発ってからというもの。
何度か団体行動をしては居たが、それでも基本は常に緊張感を保っていた。
が、此処に来てとうとう気が緩んできているらしい。

「なんなら前線に廻るか? お前の実力も見てみたいしさ」
「大会で見ていたろ? それに態々戦いたいとも思わない」

回避できる戦いは回避するもの、と言うと、ジェイクは成程とうなずきを返してきた。
まぁ、俺の考え方の鱗片くらいは教えても良いだろう。
その程度の情報でどうにかなるとも思えないし。

「折角なのに」
「殺生を楽しむほど腹を括れてるわけでもないんでね」
「ま、それはそれで良いことだと思うけど?」

言って肩をすくめるジェイク。
自分の倫理観を強制しない辺り、まぁ出来た人間だと思う。

「しかし、やっぱりイーサンでも疲れるのか」
「それは、な」
「ま、今日中にはリンネルの村に付くだろうから、そこで休めるさ」
「リンネルの村?」

会話の中で登場した新しい単語。進出単語を聞いて、すぐにジェイクに問いかける。
……本当はこういう知識量に関する情報も漏らしたくはないのだけれど。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。情報はあるに超した事は無い。

「んー、正式名称は無いんだけどな。リンネルの生産地としてかなり有名で、規模はそれほどでもないんだけど、リンネル目当ての商人とかが良く訪れる所為で宿は結構ちゃんとしたのがあるんだ」

と。
因みにリンネルとは亜麻を材料とした布みたいなものだ。
かなり肌触りがよく、カノンで高級品として取り扱われているのを何度か見ている。
しかしこのリンネル、肌触りが良い割にはかなり強度が高い。
貴族の使うシルク並みに肌触りが良いのに、旅にも使える一品、というのだ。
聞いた話では、各国の国境警備隊やら辺境査察隊なんかはこのリンネルを衣服に仕立てているのだとか。
まぁ、布自体の保温性は低いらしく、北……エネスクとかでは何枚か重ねたり、他の素材と組み合わせて使われているのだと言う。

因みに。俺の旅人装備も何気にリンネルだったりする。まぁ、牙獣系の魔物の素材と組み合わせて、保温性を上げてあるのだが。

「川沿いの村でな。カマズミ入り口より少し離れてるくらいのところにある。並の魔物はカマズミ山脈自体をおそれて近寄らないし、大型の魔物は態々そんなところに降りてきたりはしない。ま、魔物同士のテリトリーの死角に作られた村、カマズミへの入り口の村、って所か」

成程、と頷く。
カマズミ山脈。その頂上は雲の上を行くのだという。
エネスク国土へ抜けるための道は、その中でも比較的低い場所を通り抜けるのだと言う。
それでも雲の真下……日によっては上にもなると言う……を行くと言うのだから、相当な高度があるのだろう。
そんな場所を、高原を渡るかのように気軽に訪れれば……。
まぁ、確実に準備不足でオチるだろう。

「村では一応、登山用の靴とか売ってる店もあるからさ」
「……鎧の上からはけと?」
「脱げば良いじゃないか」
「………」

思わず口を閉ざす。鎧を脱ぐ、というのは俺の素顔を晒すという事に直結している。
現状、「カノンで暗躍した黒騎士」が俺であるという事……最悪でも顔を知られるのは余り面白くない。
――せめて、俺が直接エネスクという国を見極めた後でなければ。
知りえるのは最低限の人間だけで良い。
必要なのは事実。真実なんてあやふやな物は、出来れば何処にも無い方が良いのだ。

「あー……鎧に装着するタイプのもあるんじゃないか?」

考え込んだ沈黙を、俺を頑なにさせたかと、焦ったかのように言葉を紡ぐジェイク。
少し誤解があるわけだが……まぁいい。折角なのでその誤解に便乗させてもらおう。

「……まぁ、いざとなれば鎧の足の部分だけ交換すれば良いわけだが」
「あ、それなら鎧は脱がないもんな」

安堵するジェイクの姿に、鎧の内側で少し苦笑して。
結局、その後30分ほど歩いてリンネルへ辿り着くまで、そんな感じの会話でジェイクをからかって遊んでいたのだった。





「戦場に行く前とかに、この戦いから帰ったら結婚するんだ〜的な事とか言ったら……」
「た、確かに。そういう事を出撃前に言って、帰って来なかったっていう話を、他の部隊のやつから聞いたことがある……それが、」
「やっぱり実在するのか……。だが、そうだ。それこそが死亡フラグだ」
「「「ごくっ……」」」
「世界は案外喜劇家だからな。自分の発言にはちゃんと注意しないと」

ごくり、と息を呑むジェイク含む兵士達。ジェイクと会話をしていたら、何時の間にかこんな話題へと至っていた。
最初は……そう。ジェイクと同じ部隊だと言うミラーが、俺の会話に入ってきた辺りからそんな話題に切り替わったのだ。戦場に行くとき危うい気配を放ってる奴ほど危ない、とか。

俺の知識としては、一応似たようなものとしてコレが有ったので話してみたのだが。案外ウケている様だ。
話し手としては、こういう分りやすい反応はとてもありがたい。

「な、何かそれを回避する方法は……」
「んー……じつは、ある」
「ほ、本当か!? その方法ってのは!?」

俺の言葉に目をきらきらさせるミラー。こいつ、既に死亡フラグを立てたんじゃないだろうか。心当たりでもあるのか、かなり本心から焦っている様子のミラーに、ついつい楽しくなって少しもったいぶって言葉を続けた。

「――死亡フラグの逆。それは生存フラグ」
「おおっ!」
「例えば『此処は俺に任せて先に行け!』に始まる死亡フラグだが、それを乗り越えるフラグ、というのも実は存在する」

例えば、恋人から託されたお守り。巾着袋とかより、なるべく役立ちそうなものとかが有効。
散々死亡フラグを立てたくせに、「そっか……お前が守ってくれたんだな」とか言って壊れたお守りを握り締める生存フラグなんてのが存在する。少なくともそれで生き残った人間を俺は知っている。言わずもがな、件の馬鹿だが。

あの馬鹿、不良少女から預かったオイルライターで銃弾から助かった、と言う経験を持っている。
幾ら9パラだったからってと、あの時程“主人公補正”というものの存在を確信した時はなかった。

「それを、是非俺に教授してくれっ、頼むっ!!」
「ああ、例えば…………っと、どうやら村に着いたみたいだな」

視線の先。少し前から見えていた集落に、部隊の先頭が到着した様子が見えて。

「よし、それじゃランド。さっさと行って適当に宿屋を確保しようか」
「ガルルル〜ッ」
「はいよ、報酬のパイナップル先払いで」
「ガルルッ!!」

待ってましたと取り出したパイナップル(みたいなフルーツだが面倒なのでパイナップルと呼称)を口にくわえ、そのまま一気に村へ向かって駆け出した。
何分俺は部隊に追随してはいるが、基本グループとしては別のところにある。
故に、待っていれば宿を用意してもらえる、なんていう甘い考えはもてない。

一番確実なのは、全て自分でやってしまう、という事なのだ。
パイナップルを咥えたランドは、そのまま一気に加速し、あっという間に村へと向かっていった。

「ちょ、生存フラグをーーーーー!!!!!」

「……あ、忘れてた」

背後から聞こえてきたその悲鳴のような……否。普通に悲鳴を上げるミラーの声を聞いて、少し申し訳なく思いつつ、けれどもランドに停止を命じることなく、そのまま村へとむかったのだった。

ま、後で教えてやれば良いだろう。
そんな風に気楽に思って。






「……なんという生殺し」
「……鬼だ」

とか。俺が立ち去った後、残る二人の兵士が呟いていたとか居なかったとか。
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