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黒い剣の異世界譚 作者:青葉 夜
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046 - 御山の伝説。

「女神……と、呼ばれる存在が居るのじゃ」
「め、女神?」

昼食のテラス。
予想以上の出費……この町の甘味処は暫く安定した営業を続けられるだろう程度の出費……に呆然としていると、不意にリネアがそんな風に話し始めた。
……やっぱり実寸大だと胃の容量も増しているのだろうか。
いや、違う。そもそも精霊体であるリネアだ。胃に限界なんて無いのかもしれない。
なんて事だ。
――ではなくて。思考を会話へ戻す。

「その女神が、俺のことに関して有益に成る……と?」
「う、うむ……多分、の……」

問うと、リネアは難しそうに唸りながら応えた。
なんだろうか。リネアにしてははっきりしない答え方だ。

「何かあるのか?」
「ん……いや、その……女神の、個人的な話なんじゃがの……」
「うん?」
「端的に言うと、彼奴は、人格破綻者なのじゃ」
「…………」

さて、如何応えたものか。
女神が人格破綻者。なんともミスマッチというか、其々の単語が絶望的に噛み合っていない。
――というか、噛み合って欲しくない。

「いや、といっても話が通じない劣悪、というわけではなくて、……うーん、その、――物事が面白ければ面白い方が良い、一種の快楽主義者というか……」
「――それは本当に女神と呼べる存在なのか?」
「や、まぁ、のぉ。……一言で奴を言い表すなら、『甘い言葉には毒がある』かの」
「どちらにしろ最悪だな」
「うーん、いや、……そうじゃの。訓練といって、新米勇者の前にサイクロプスを送り込むような女じゃ」
「外道じゃないか!?」

因みに、サイクロプスは一つ目の巨人の事だ。
小回りこそ効かないが、パワーや再生力に優れ、人の3倍は有ろうかと言う巨体を持って、人間を枯れ木のように薙ぎ飛ばす人型の魔物だ。
人型ではあるし強いのだが、種族的に馬鹿らしい。なので、魔物なのだとか。
まぁ、並の人間が一対一で挑めば、肉片も残らない程度の魔物だ。

「なんていうか、それは故意じゃないのか?」
「うむ。それがアヤツなりの気遣いだと言うのじゃから尚恐ろしい」
「き、気遣い? ……天然なのか?」
「うむ。天然災厄招来機、などという渾名で呼ばれておったの。あと奇跡の天然腹黒、とか」
「それはもう女神の称号じゃねぇよ!! そしてやっぱり黒いのか!?」

思わずリネアに全力で突っ込みを入れてしまった。落ち着け、俺。
さて、それでも悩んでいるらしく、文字通り、善に見せてその実問題を仕込み、あえて苦難に立ち向かわせる性悪、というか何と言うか……と、それでもまだリネアはブツブツ唸っている。
ソレほどまでに何か因縁があるのだろうか。

「………というか、何だリネア。お前、その女神について詳しいな」
「……あー、まぁ、の。妾の素体となった存在が、女神と知り合いだったのじゃ」
「――知り合い?」
「知り合い!」

力一杯断言するリネア。まぁ、そう言うならそういう事にしておこう。
話は其処まで、と言う風に顔を背けるリネア。不意に訪れた沈黙に、少しだけ高ぶっていた気分が落ち着く。

「然し、何なんだろうな、このチカラ」
「…………」

そうして、思い浮かんだのは自らに目覚めた異能に関して。
この世界に来て、自らを助けた黒い力。

「闇……ね。調べてみても、歴史上、こんな能力を持っていた人間は誰一人として存在しなかった」

歴史書を紐解いても、人間が使う闇に関する記述は一切無かった。

とある魔導書には、こんな事が記載されていた。

人間……ひいて、命というものが持つ属性は基本的に、須らく光に属している。
逆に、魔と呼ばれるもの、死というものは、全てが闇に属している。

人間の基本属性が光である以上、人間が完全な闇を扱う事は、絶対にありえない。
人間が扱う闇。それは、所謂「陽中の陰」。大いなる陰には比べるまでも無く、所詮人の世で用いられる闇である。

……では、俺は一体?
俺の闇は、陽中の陰とか、その程度のレベルではない。
ソレが証拠に、あの強大な魔力を持っていた四魔将とて、文字通り瞬殺してしまった。
書物で言う「陽中の陰」どころではない。これはもう、「大いなる陰」という奴なのではないだろうか。

「……」
「主殿……」

だとすれば。だとすればだ。
俺は一体何なんだ?
人間。そう、人間の筈だ。だが、言葉通りなら俺は、既に人間ではなくなっているのかもしれない。

――そのこと自体には未練は無い。人間というものに愛着が在ったわけでもなし。むしろその愚劣さに、人間という総体……人類を嫌っていた時期もあるほどだ。
……まぁ、そのことに関しては、晃のおかげで少し改善してはいるが。

問題なのは、俺が何者か、という事。
俺は俺の形が必要だ。……いや、形が欲しいのだと、漸く気付いた。

「……主殿」
「ん?」

不意に、意識が引き戻される。
……どうも、ずっとリネアに呼びかけられていたらしい。

「ん、悪い。なんだ?」
「――主殿は、自らを知りたいのじゃな?」
「――、ああ。知りたい」

少し驚いたが、けれども素直に言葉をつむぐ。
リネアは、俺と繋がっているのだ。言葉に出さなくとも、思いは伝わってしまうのだろう。

「……為らば、矢張り女神に逢いに行こう。あの阿婆擦れならば、主殿に答えを示せるやも知れん」
「……本当?」
「本来であれば、妾から伝えられたやも知れぬが……。妾には確証が無い。故に、アレを頼りたい。……すまぬ、主殿」
「……いや、いいよ」

申し訳なさそうにするリネアの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
何か、リネアにも事情があるのだろう。ならば、ソレを無理に聞き出したりはしたくない。
――しかし、女神を阿婆擦れね。どんな関係だったんだろう。

「なに。行けば解ると言うなら、行ってみれば良いだけの話さ」

そも、俺はこの世界で、一人である事を選んだ。
だというのに、今の俺にはリネアやベリア、ランドといった頼もしい仲間達がついている。
これは既に、嬉しい誤算、最良の状態と言っても良い。

そして、だからこそ。
俺は勇者じゃない。早々都合よく、道先を示してくれたりする運命は味方についていないだろう。
だから、自分で決断するのだ。
誰でもない、自分の意志で、自分の進む先を。
――何の事は無い。ただ、人として当然の選択だ。

「それじゃ、出発に備えて準備を整えておこうか」
「ああ、そうじゃの。なにせ次の目的地は………」

言って、リネアの視線が遥か北の空を見る。
……はは、あそこを目指すのは、少し大変そうだ。

――カマズミ山脈。
大陸の中央に居座る、巨大な山脈。
その頂上にこそ、俺達の目的である、女神のおわす神殿の所在だった。


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