挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒い剣の異世界譚 作者:青葉 夜
34/63

033 - 虹の雫。

「それでは諸君。少しの間、我々の護衛をお願いするよ」

言う商隊長の言葉に頷いて、移動中読んでいた魔導書を仕舞い、腰から剣を引き抜いた。
最近この剣も使ってなかったし、そろそろ訓練もかねてちゃんと使わないと。
とりあえず、木から垂れ下がってきた大蛇を二枚に卸して。
うん、切れ味は十全だ。

カノン王都から、少し南下した場所に、小さな森がある。
その名も、迷いの森。
天然のマナの残留濃度が高いとかで、なれない人間が足を踏み入れると、魔力酔いだかで、必ずと言って良い程迷子になるのだそうだ。
知覚系に作用する天然のジャミングだとか。いやはや。

今回の任務は、この森に湧き出る、虹色の泉。その水の採取を護衛する、と言うものだった。

大会に出場する事を決めたのに、何故こんなところに居るのか。
それは、むしろ此方の用事のほうが緊急だという事で……。

「…………………」

俺の影を泉へそっと這わせる。
影が泉に入った途端、その影を闇へと繋げ、一気に水を吸い上げた。

虹色の泉の水には、破邪の効果がある。
これは一部での通説であり、歴とした事実であり、強固たる武器でもあった。
その名も、虹の雫。
魔性を払う、万人に好まれる偉大な聖水だ。

泉の水をある程度吸い上げ、闇の中へ確りと保存する。
幸い、俺の闇は虹の雫に弾かれる事も無かった。
俺はどうやら邪悪ではないらしい。ちょっと安心した。

「然し……暑いな」

言いつつ、手近な木の幹に氷結魔術をかけ、簡単な冷房とする。
亜熱帯的な気候と、全身を覆う黒鎧。正直、何の罰ゲームかと。
この鎧自体の魔力で、ある程度の温度差は軽減される筈なのだが……湿度と言うか、そういうので物凄く暑苦しいのだ。
思い出すのは夏の通学ラッシュ。幸い、汗は俺一人分のものだけだが……。

「よう、アンタよくその格好で居られるなぁ!!」
「正直、大変です」

近くを通りかかった筋肉の男性……この任務を受けた剣士らしい……が、シャツ一枚の上半身でニッ、と笑いながら喋りかけてきた。

「なら脱いじまえよ、その鎧」
「いえ。一応仕事ですから」
「かーっ、硬いねぇ」

「男なら筋肉だぜ!」なんていいつつ、マッスルなポーズを極めるマッチョ剣士。
……うぇ、筋肉がピクピクしてる。かなりグロい。

「でも、此処毒蛇いますし、その格好だといざと言うとき……」

言って、今さっき真っ二つにした大蛇を見せる。
……あ、皮鎧着た。

「はっはっは! まぁ、お前さんも頑張れ!」
「……そちらも」

手を振って歩き去っていくマッチョ剣士。なんだったんだろうか。

聖職者は、呪いの類を祓うことが出来る。
俺の闇は、呪いの類を掃うことが出来る。

その差は簡単。呪いを許すか、力ずくで追いやるか。それだけの差だ。
結果的にそのどちらにも差はないし、最終的にどちらだって呪いを解く事はできる。

ただ、それにだって許容量はある。
俺が呪いを一度に掃えるとすれば、精々一度に五十人程度。
聖職者の類は、量より質で精々数人程度だろう。

もし、隠蔽された瘴気でクーデターでも起ころうものなら。
もし、感染が拡大した瘴気で、王都がパニックに陥ったら。

とてもではないが、俺の闇ではカバーしきれない。
そんなときの切り札として、これの用意をベリアに提案されたのだ。
リネアもその存在は知っていたらしく、即座にベリアの提案に同意。すぐさまそれの確保へ向かう事となったのだ。

因みに。ベリアとリネアは、二人で王都の調査を進めるらしい。リネアは、魔力供給可能な状態であれば、腕輪から離れていても大丈夫らしい。
ベリアだけでは不安だが、リネアがサポートしてくれるならば問題なかろう。

「なぁ、ランド。お前蛇って食うのか?」
「ガ」

喰えるけど、それは嫌。
そんな感じに首を振るランド。
真っ二つの大蛇をさしてみたのだけれども、まぁ、やっぱり嫌か。

「ガゥ」
「それよりもこの間のソーセージ? ……アレはとっておき。かわりにコレやるから」

言って、林檎をランドの口に放り投げてやる。
カプッっと空中で林檎を加えたランドは、そのまま林檎を一口で飲み干してしまった。

「ガウ」
「節約。次はもう少し後でやるから」

次を要求するランドに、そういって手をひらひらしてみせる。
此処は暑いからなぁ。水分補給はこまめにいかないと。

「…ガウ」
「いて、こら、蹴るな! いや、だからって齧るのも無し!」

要するに暇なんだろうかコイツは。
かまって欲しいとアピールしてくるランドに、仕方無しに鼻の頭を撫でたりして、相手をしつつ周囲を警戒しておく。
なんだか気配が乱れてきているし、そろそろ来そうな予感なんだけど。

「……ガウ」

ピクッ、とランドの耳が跳ねる。
途端に背を低くして、俺が上りやすい体勢へ。

「来たのか」
「ガウ」

背に上り、ランドの脇につるしておいた槍を構える。
騎上からの攻撃なら、剣よりも槍が向いている。

「出たぞおおおおっ!!!! グリズリーだああっ!!!」

叫びと共に、泉を覆う茂みの一部が弾け跳んだ。
中から飛び出してくるのは、武装した戦士が一人と、それに続く巨大な熊。
その中でもかなり巨大な熊が一匹。木々を押しつぶしながら現れていた。

「キンググリズリー……、やばい、逃げろおおおっ!!!」

その声を合図に、全ての商隊員が撤退を開始した。
冒険者は此処からが任務。商隊員の撤退を援護するのが任務なのだ。

「GUUOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「「「ぐおあああああああああ!!!!!」」」

全長六メートルはありそうなキンググリズリー。
そのキングの咆哮に呼応するかのように吼えるグリズリー達。

そう、この連中が居るために、この虹の雫と言うのは矢鱈と価値がある。
それどころか、これ程の恵まれた土地に人が住まないのも、コイツが原因だったりする。

グリズリーたちを往なしつつ、適当にタイミングを見計らって撤退を開始する。
俺はランドが居るので最後尾。殿を勤める事にして。

「GURUOAAAAAAAAA」
「おっと、俺はお前の相手する心算は無いよ。……破っ!」

言いつつ、手を振り下ろそうとするキンググリズリーの肩に向かって、覚え立ての衝撃魔術を放つ。
倒してしまっても良いのだけれど、それではこの土地の生態系をひっくり返してしまいかねない。
彼等が居るからこそ、この虹の泉は人界から隔離され、それ故にこれほどまでに高純度の神性を保っているのだろうし。

途端体勢を崩されたキングは、そのままゴロンと音を立ててひっくり返ってしまった。
……おぉ、この魔術、属性系統の魔術より馴染むなぁ。

「「グルオアアアアアアア!!!!」」

親分を転がされて怒りの咆哮を上げるノーマルサイズのグリズリーたち。
といってもその全長は、平均でも2メートル以上ある。そろそろ、逃げ出したいんですが。

「良いぞ、トンズラするぜ!!」
「了解!」

前方から響くマッチョ剣士の声。あちらも十分距離を稼いだらしい。
ならば、だ。後はランドに任せて離脱すれば終了。

「そういうわけで。さようなら、だ」

言って、ランドの背中を軽く叩く。
それを合図に駆け出すランド。その速度はかなりの速度で……。

「って、げっ!?」
「ガル!」

それを追走してくるグリズリーたち。何だ連中、意外に早い!?

「速度はもう無理?」
「ガル……」

出せるけど……、と表情を曇らせるランド。
成程、これ以上は俺が危険だし、どちらにしろこの速度なら商隊にも追いつかれてしまう。
……仕方ない。

魔力を集中させる。
この魔術には明確な式が無い。
必要なのは強壮な意識図。現実に等しい空想。現実を侵食する空想。
想像し、創造する。

「墳!」

地面に向けて手を掲げる。
途端爆発するかのように膨れ上がった地面。爆発した地面に巻き込まれたグリズリーたちは、その衝撃で少しバランスを崩して。

「没!」

次いで、掘り起こされた地面が一気に陥没する。

「グルオアアアアアアア!!!」「ゴアアアアアア!!!!」

くぼんだ地面に、掘り起こされた土で上から蓋をされ、その中に転がり落ちたグリズリーたちはそんな咆哮を上げてもがき苦しむ。
腰まで半分生き埋めになっているようなものだ。そのうち抜け出す事はできても、数分で抜け出すというのはありえない。
――コレなら流石に追いつけまい。

「やっぱ使えるな、この魔術」
「ガル」

なんて会話をしつつ、舵をランドに任せるまま、商隊へ向かって草原を駆けるのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ