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黒い剣の異世界譚 作者:青葉 夜
32/63

032 - 影落ちる。

試合の受付は、城の西側にある小さな受付場で行われるらしい。
ベリアに説明されて、その場へと足を運んで。

「………」
「……これは……凄まじいのう」

コートの襟に隠れたリネアが、ボソッっと呟いた。
受付場とされた、小さな小屋。そこに駐在している受付人達。
受付を済ませている人間はぼちぼちと言った感じで、これと言って問題は感じられない。

……が、問題はそんなところではなく。

「何だコレ?」
「瘴気……それも、術化され隠蔽された代物じゃの」

俺の視界に映る受付人。
その姿は、紫がかった煙に塗りつぶされ、何処か怖気を誘う光景で。

「何かあったんですか?」
「……ベリアは、見えない?」
「? 何かあるんですか?」

言われて、この光景はベリアには見えていないのだと把握する。
紫色の靄は、受付人が差し出すチケットを媒介して、それを受け取った出場者にもその靄を塗り広げていく。

「……なんで気付かないんだ?」
「うむ。アレは瘴気という、気配そのものであると同時に、それを術化された呪いのようなものでもある。確りと隠蔽されておるようじゃし、普通の人間では気付けぬじゃろうな」
「じゃぁ、俺とリネアはなんで……?」
「主殿には闇の視点があろう。妾は生前から例外じゃて」

闇の視点……ね。
闇の中を見通せるだけかと思っていたのだけれど、案外万能なようで。

「うむ。案外主殿は……」
「うん?」
「否、なんでもない。それより主殿、受付に行くのであろう?」
「そういやそうだったな。それじゃ、行こうか………って、ベリア、なんでむくれてるの?」

ふと気付くと、口をへの字にしているベリアに眼が行った。
何事かと思ってリネアに視線を落すが、首筋からは微妙に笑っているような気配が帰ってきただけだった。

「さっきから、私はのけ者です!」
「……あー、いや。ちゃんと説明するから、怒らないで。ね?」

なんとかベリアを宥めて、機嫌をとる事数十分。
結局、露天の菓子を山盛り奢る事で、何とか機嫌をとる事ができたのだった。……しかも何故か、リネアの分も買う事に。いや、「主殿は妾を別するのか?」なんて、責める様な寂しそうな口調で言われては、もう俺に言い返せることなんてないのだけれど。





「さて、それじゃ相談なんだけど」
「受付の事じゃな。うむ。妾も相談すべきかと思っておったところよ」
「わ、私も参加します!」

宿までついてきたベリアを交えて、俺達三人は円になって座る。
俺が椅子、ベリアがベッド、リネアが机の上、といった具合で。

「取り敢えず、あの受付人の瘴気は掃っておいたけど。あれって問題ないよな?」
「問題ないと思いますよ」
「普通の人間は瘴気なぞ操らぬしの」

国側の故意、という事は無いだろうかと危惧したのだが、その心配はないと断言してくれる二人。もし故意であった場合、俺は国の行動を妨害した反逆者になってしまいかねないし。

「でも、瘴気が伝染していたんですよね。私には見えなかったんですけど、そんな瘴気ってありえるんですか?」
「そもそも、瘴気って何なんだ?」
「む、主殿には先ず其処から教えねば成らんか。それでは、先ず瘴気についてじゃが」

言って、リネアは少し尻を置きなおす。
……デフォルメ少女がもじもじ動くのが、まさか此処まで殺人的に可愛いとは。

「先ず瘴気じゃがの。コレは強力な意識に汚染された大源(マナ)の事を言う」
「マナ?」
「大気魔力。世界の持つ魔力の事じゃ。……この汚染されたマナなのじゃが、基本的にコレを発生させうるのは魔物、及び魔族と呼ばれる種族じゃの」
「魔族……ねぇ」
「うむ。そもそも瘴気は、人の精神を蝕む、有害な代物じゃ。そんなものを意図的に人間が操るなどという事はありえぬのじゃ」
「精神を蝕む?」
「うむ。弱いもので戦意高揚、果てには精神崩壊を引き起こし、取り付いた相手が狂戦士と化す事もある」

戦場では、腐食した大源に触れ、多少の能力向上に成る事もあるが、大抵の場合瘴気に魅入られたものは最後に必ず自滅している、とリネア。

成程な、と頷く。
確かに聞いた以上、百害あって一利なしの代物だろう。

「まぁ、精神を侵食されるというのも個人差があるみたいですし、自分を確りと保っていれば飲まれることは無い、と言われていますけど」
「うむ。ま、主殿には無縁な心配事じゃ」
「ですね」

……なんだろうか。これは、俺が信頼されている、という認識で良いんだろうか。
物凄く。物凄ーく、プレッシャーを掛けられた気がするのだけれども。

「……それで、その瘴気っていう物の隠蔽に関してなんだけど」

取り敢えず、話題を次へと進める。
話のすり替えでは断じて無い。単純に議題を進行させただけだ。

「瘴気って言うのは、良い変えれば空気……雰囲気みたいなものなんです。ヤマトさん、場の雰囲気を隠蔽するって出来ます?」
「………」

雰囲気を誤魔化す、と言うのであれば、出来なくも無い。
然し、雰囲気を隠蔽する、というのは……。
雰囲気というのは、自分ひとりで作り上げるものではない。自分と、他者。其々の気分から出るちょっとした動作が少しずつ積み重なって作り出す奇妙な感覚。
プレッシャーだったり高揚感だったり。緊張したり落ち着いたりするそれ。
それは、自分ひとりの“気分”ではなく、全員の心を操れ、という事だ。

「それって、無理なんじゃないのか?」
「其れ故の魔術よ。自然な代物を体系化し、そこに新たな機構を加える。……これぞ最も基本的な魔術の概念の一つじゃ」
「……成程」
「まぁ、基本的に人間には有害じゃし、作られても邪法扱いされて表には出ぬじゃろうがの」

扱うとすれば、それこそ魔物魔族の類。
言って、リネアはフンと鼻を鳴らした。

「然し、コレではっきりとしたの。この国に蔓延する嫌な気配の正体が」
「……まさか、コレが原因!?」
「受付から伝染して居ったようじゃしな。それに二人とも、今日街を廻った事と合わせて、気付いた事は無いか?」

言われて、ベリアが首をひねった。
思い出してみる。今日街を廻っていたときの事を。

ベリアと朝待ち合わせて、食事。再開して、厳つい面々を撃退。その後食べ歩きつつ、なんだか揉め事の多い街を眺めて……。

「――まさか、揉め事が多いのもそれの所為だと?」
「ええっ!?」

声を上げるベリア。けれどもリネアは冷静に頷いて見せて。

「思っていたのじゃよ。少し、揉め事が多すぎると」
「でも、それだけで瘴気の所為だと決め付けるのは早計じゃないですか?」
「今日暴れておった面々。その面々に共通する事と言えば?」

今日暴れていた面々。
……その殆どが、冒険者だ。
それに、それ以外だとしても、少なからず暴力沙汰に関わるような人間ばっかり。

「そうじゃ。全てを確認したと言うわけではないが、妾が見た限りは、全て体格の良い、少なからず荒事に関わるような人間ばかりじゃった」
「……つまり、大会に参加するために、受付に足を通わせた事のありそうな人間ばかりだ……と?」

頷くリネア。
……イヤイヤイヤ、ちょっと待て。もし、もしそれが本当なのだとしたら。

「――かなりの、大事だよな?」
「こ、国家転覆だって起こり得ますよ!?」
「まぁ、間違いなく何者かの……それも、魔に属する者の陰謀が働いておろうな」

うぇ、と思わず声を漏らす。

「魔王……ねぇ」
「私は、てっきりウェストリーの独断先行だとばかり……」
「正直な話、独断先行と偶々かち合っただけじゃと思うが……まぁ、新たな魔王が台頭している可能性は高そうじゃのぉ」

……うぇ。面倒くさ。
俺の目的は、元の世界への帰還方法を探る事なのだけれども……。
この分じゃ、魔王討伐までは帰れなさそうだ。少なくとも、晃は帰らないというだろうし。
――――第一、やり方が気に喰わなかった。

「それじゃま、対策会議でもはじめてみようか?」

とりあえず、気楽に。けれども真剣味を籠めて、二人に提案して。
その日、小さな宿屋の一室で、三人だけの会議が開催されたのだった。


でも、ヤマトさん。本当は気付いてますよね。
雰囲気を操るなんて、結局は簡単な事なんだって。
私は全体の一部だけれど、それは私が世界の一部だっていう事。

誰かの喜びを私も喜べれば、きっとみんなその喜びを共有できる。
誰かの悲しみを共に悲しんで、もう一度進むためにその悲しみを弔う。

それを利用しようとする輩が居ると知ったから、そんなこっそり怒ってるんですよね。

「……ん?」
「なんでもありません」

言って、少し怒った様な気配のヤマトさんに寄り添う。そうする事で、ヤマトさんはその顔に微笑を浮かべてくれて。
クスクスクス、頭の上でリネアさんが少し唸ってます。それを視て、私はまた少し笑ってしまって。
そんな私を見てヤマトさんが。ヤマトさんを見てリネアさんが笑い出しました。
ほら。笑顔は皆を笑顔にします。
これが、お母様に教わった、魔術には出来ない、人だけが出来る、“本当の魔法”でした。
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