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黒い剣の異世界譚 作者:青葉 夜
23/63

023 - 風呂を作る。入る。

魔術というのは、それほど万能の技でもないらしい。
魔術に出来る事は、大まかに言うと物理法則の擬似的短縮行為でしかない。
まぁ、要するに“魔術”という方法があるだけでしかないのだ。

が、それは魔術という選択肢が増えた、と言う事でもある。
今まで限られていた手段に、更なる選択肢が増える、と言う事。

「髪の色って偽装できる?」
「髪の色……ですか?」

問いかけると、ベリアは少し考えるようにして顎に手を当てた。

「出来ない事はないと思いますけど、……あまり長い事持ちませんよ?」
「うーん、なら染色したほうが良いのかな……」
「染色剤なら、道具屋で売ってると思いますよ。……でも、何でそんな事を?」

問われる。
その答えを上げるなら、俺のこの黒い髪の毛は物凄く目立つからだろう。
顔立ちこそなんとかごまかせるものの、俺の目と髪の色……黒だけは如何しても誤魔化せない。

「なにしろ、目立つしなぁ。鎧でカムフラージュ……偽装しているとはいえ、ある程度誤魔化さないと、鎧と俺を結び付けられてしまう」
「鎧って偽装だったんですか!?」

滅茶苦茶目立ってるじゃないですかー、とベリア。
まぁ、確かに。しかし、この世界でこの黒い髪と目をさらすことに比べれば、真っ黒な派手装備如き、吹雪の前の粉雪。小さな嘘で大きな嘘を隠したわけだ。

「というわけで、髪の色を変えて、鎧なしで行動しようと思ってる。流石に、何時までもアレを着ていたいとは思わんよ」
「なら、私がちょっと行って、染料買ってきますね」
「頼めるか? それじゃ、宜しく」

言って、ベリアは先に部屋を出て行った。

「さて、それじゃ俺は身体でも洗ってくるかな……?」

言いつつ俺も部屋を出る。
城を出て少しした頃に知ったのだが、この世界、あんまり風呂という習慣が無いらしい。
いや、無いわけではないのだが、温泉地へ行くでもない限り、風呂に入るのなんて王様貴族の類ばかり、らしい。

と成れば、当然こんな町の宿に、風呂なんて洒落た物が用意されているわけもなく。
俺はあの城から逃げてきた。が、風呂には入りたい。
この難問を、如何するべきか。

「女将さん、この近くに綺麗な水源の川は無いかな? 人気の少なそうなところで」
「おや、剣士のあんちゃん……川ねぇ、小川ならウチの裏を流れてるけど?」
「連れてって貰っても?」
「構わんよ、おいで」

部屋を出て、丁度この宿屋の女将と鉢合う。
この女将、俺のいかにも禍々しい鎧姿を見せても、こうして普通に話しかけてくる剛の者だ。
他の宿泊客いわく、元冒険者でブイブイ(誇張表現)言わせていたらしい。

「しかし、川で何するんだい? 洗濯?」
「いやぁ、身体を洗いに。ついでに、何とかして風呂にも入れないかなー……と」
「風呂? そりゃまた、珍しい事を言い出す。アンタ、貴族出身かい?」
「いやいや。俺の出身地方が少し代わったところで、何かと湯につかる機会が多かったんだ」

言いつつ、宿の中を通って、裏門から建物を出る。
と、其処は宿の表とは違い、人気の無い森に面した場所に成っていた。

「此処はさ、町と山岳に挟まれた小さな森で、危険な魔物も出なく知る人間も少ない、隠された憩いの場なんだよ」
「へぇ……」

視線を動かす。……成程、確かに危険な気配もなければ、不自然な魔力も感じない。
……うーん、作ってみようかなぁ……。
頭の中に構想はある。けれども、上手く行くかは試してみないと分らない。

「……なぁ、女将さん。此処に風呂作っちゃ駄目か?」
「風呂って、こんな所にかい?」
「ああ。簡単な奴だけど、作ると成るとちょっと騒がしくなるんだが……」

言われて悩むそぶりの女将。
が、しかし彼女はすぐにその顔をニカッっと微笑ませた。

「ああ、どうせ晩までは客も増えないだろうし、少々五月蝿くしたところで問題なかろう。それに、私もアンタの作る風呂にちょっと興味があるよ」
「……そんなに期待しないでくださいよ?」

言いつつ、許可を取ったことで風呂作りをする事は決定した。

「それじゃ、ちょっと失礼」

いって女将を下がらせる。
先ず最初にするのは、風呂場の製造だろう。
小川の近くまで移動し、その場所に闇で大きな穴を掘る。

「コレは魔術か? 闇を操るなんて珍しいねぇ?」
「まぁ、そんな感じの代物です。悪目立ちするんで、内緒でお願いします」

さすが元冒険者でブイブイ(誇張表現)言わせていた剛の者だけあって、女将さんは俺の闇を見ても目を丸くするだけだった。
綺麗に四角く掘り取った地面に、今度は火炎魔術を叩き込む。簡単な術式しか知らないのだが、まぁ魔力を増量すれば何とかなるだろう。一気に燃え上がり、半分トロけかかった地面は、既に溶岩に近くなっていて。

「で、更に裏技……っと」

今度は大地の魔術を使う。岩を召喚する魔術を用いて、溶岩の中に幾つもの岩を召喚する。
岩自体は別の場所から呼び出した物なので、それほどの熱量は持っていない。
岩に熱量を奪われた溶岩に、更に風の魔術を掛けてその熱量をじゃんじゃか飛ばしていく。

この蕩けた溶岩が乾いた頃、此処には石畳の敷かれた立派な露天風呂が完成するだろう。まぁ、肝心のお湯が無いのだが。

ボイラー……なんて作ろうと思ったら、それこそ鋼を操る魔術を学ぶか、職人に依頼して作るかするしかない。
けれども、風呂を作るのならば、其処までする必要なんて無いのだ。
例えば焚き火の中で石を焼いて、ソレを風呂に何個も投入する。
そうすると、石の熱を吸い取った水が、勝手にお湯になって行く、と。

「まぁ、そんな感じで、石焼風呂にしようかと」
「成程ねぇ、そういう手があるのか。あたしゃてっきり、鍋に湯を沸かして汲むのかと思ってたよ」
「それだと湯が冷めちゃうでしょうが」

言いつつ、風呂の形を整えていく。
闇の触手は感覚こそあれど、たかが熱量で俺に害をなすことなんて出来ない。
闇で風呂を固定していて。その最中に、不意に違和感を感じた。

「………?」

なんというか、熱量がおかしい。
俺の闇は、それ自体がセンサーのような役割を果たす事もできる。その闇の感覚に、少し違和感を感じていた。
風呂自体の熱は……焼いたので言うまでもないのだが、その他に何か、熱源があるような気がするのだ。

何だろうかと首をかしげて、しかし基本的にこの世界の事情を知らない俺は、早々他に思い当たることもなく。

「女将さん。この辺りって、火山でもあるのか?」
「うん? ああ、少し行ったところに火山があるね。まぁ、噴火なんてしたのは大昔で、もう此処数十年噴火してない。ま、火山のおかげで葡萄も育ってたんだがね」

頷く。ならば、この熱源にも納得は行く。

「………女将さん、ちょっとプランを変更するよ」
「ん? 如何するんだい?」
「……温泉、掘ってみようじゃないか」

言いつつ、地面に向かって闇を広げる。その中で、最も勘にヒットする部分を探して、ゆっくりと辺りを練り歩く。コレも一種のダウジングである。

「………此処だな」

ソレは風呂場の少し横。まだ穴を掘っていない、宿寄りの一角だった。

「女将さん、また危ないから下がってて」

言って、地面へ向かって闇を放つ。
先ず最初に地面をくりぬき、其処に小さな水槽を作る。今度も火で焼入れをしたが、今度は少し加減した。どうも粘土を含んでいるらしく、ある程度の温度で見事に固まってくれた。
次いで一直線に真下へ向かって力を解き放つ。
今まで行使した中で、まさに手加減無用に解き放った。
なにせ、相手は大地だ。俺如きの力ぐらい受け止めてくれるだろう。
……っと、なんだ岩盤風情が俺の邪魔をする気か! それ、グリッと。よし、抉れた。

「………見つけた!!」

闇の通った道筋に熱を通して補強し、一気に闇を引き抜く。

「やべ、女将さん逃げて!!」
「え、ええっ!?」

ぶしゃあっ!!
そんな音を立てて、地面から水……いや、高温の水源があふれ出した。
湧き上がる硫黄臭。温泉。そう、まさしく温泉だ。
活動していないとはいえ火山の近くだと言うし、まさかとは思ったのだが……本当に在るとは。

噴出した温泉は、そのまま俺が二つ目に作った水槽にゆっくりとたまっていく。
風に煽られて、湯溜りから吹き上げた熱風が此方へと吹き込んでくる

「アチチ、コレがあんたの言ってた風呂かい?」
「いえ、まだ未完成ですよ。何しろ、このままの源泉じゃ温度が高すぎて入れない。ここに川の水を引くなりして、温度を下げてやるんですよ」

言いながら、再び歩いて適当な場所に移動する。

「この源泉の沸く槽を第一水槽として、第二水槽に川の水と温泉水を引っ張るか……あ、逆流しないように高低差つけないと駄目なのか……」
「はー、興味本位で許可したんだけど、なんだか大層な物に成るんだねぇ……」
「いやいや、女将さん。コレ、商売になるから」
「うん?」

やっぱり認知されてなかったか。認知してれば、この事態にそんな平然とした態度で居られる訳もないし。

「温泉って言うのは儲かるんですよ。温泉には美容、健康、その他諸々の効果があるし、第一リラックス……安らぎの効果がある。温泉でゆで卵を作っても良いし、……まぁ何にしろ、一儲けの大チャンス、というやつですよ」

風呂場の形を整えて、女将さんに向き直る。

「まぁ、嘘だと思うなら試してください。銅貨一枚で風呂に入れるようにしたら、多分かなり儲かりますよ?」

銅貨一枚は日本円で言うと大体400円くらいの感覚だ。

「へぇ、でも、アンタは良いのかい? そんな事あたしに教えちまって」
「勿論。俺は只風呂に入りたかっただけだし。……あ、なら俺が居るパーティーは、この風呂に入るときにお金取らない、って言うのは駄目ですか?」
「なんだい、そんな事で良いのかい? 勿論いいとも。これはあんたの作った風呂何だし」

とはいっても、この土地は女将さんのものだ。
俺はただ場所を借りただけだし、資金だって俺の魔力以外は何も使っていない。
……まぁ、風呂と言う習慣が無い以上、温泉の経済威力も分らないのだろう。

「それじゃ、俺は先につからせてもらっても?」
「ああ、勿論。入っておいで」

言われて、肩をすくめて鎧を脱ぐ。

「あら、黒髪。しかもアンタ、アタシの子供くらいの年齢かい?」
「不吉なんで、秘密にしてるんです。内緒にして置いてください」

言いつつ、笑いながら立ち去る女将さんを見送って、鎧と衣服の全てを脱ぐ。流石に世界中を巡った冒険者らしく、変な偏見は薄いらしい。本当いい人だ。
水と混ざった温泉を風呂に引き、風呂場を水で満たしていく。もう大分冷えていたらしく、風呂場が温度差で割れる事もなく、視界は良い感じの湯気に包まれていった。

「さーて、と……」

湯に指を入れる。大体42〜3℃くらいの、少し熱めの良いお湯だ。
それを確認して、一気に湯の中につかる。
ザバーンなんて、異世界に来て久しく聞く風呂の音だった。

「くぁー――、良いねぇ………」

そう、コレこそが日本人の安らぎ。
風呂と日本人は切っても切れない関係にある。風呂こそが、日本人の原点であるのだとさえ俺は思うのだ。

「………やばい、極楽過ぎる」

周囲に見えるのは、宿屋の裏手と薄明るい森。
人の気配なんて全く無くて、だからこそ気付けば身体が一気に弛緩してしまっていた。

――そりゃ、ソレも当然か。
そんな自分の身体に、苦笑しながらそんな評価をつけた。
なにせ、異世界に来てこの方、ずっと緊張しっぱなしだったのだ。あの王宮では、勇者の友人と言う事で何かと周囲から監視され、城を出た後は追っ手を確認したり、魔物の襲撃を警戒したりと。

宿で休みこそしても、一刻も早くウェストリーを出るために、朝早く出発したり、身体を洗うにしても川の水で身体を擦るだけだったり……。

「ふはぁぁぁー―――……………」
「ヤマトさーん、何処にいるんですか……うん?」

そんな、極楽に思わず吐息を漏らした、丁度そんな時。
ガタリと音を立てて、宿屋の裏戸が開いた。

「ちょ、ま……」
「あ、ヤマトさん、こんな所に…………………………………――――――――――」

不意に聞こえたベリアの声に、慌ててソレを静止しようとするが。しかし、その前にベリアの声は何かに驚いたように固まってしまった。
この風呂場、なにせ作ったばかりで、仕切りなんてものは用意されていない。
場所だって、宿屋の裏と森の間。小さな庭のような場所だ。

つまり、だ。
裏とをあけると、必然的にベリアは、全裸の俺とご対面、と言う事で。

「にゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!??????」

そんな悲鳴を上げて、ベリアはその場に倒れ伏した。

「お、おいおいおい………」

慌てて闇から手ぬぐいを引っ張り出し、軽く身体を拭き、下着を身につけてベリアに駆け寄る。……駄目だこりゃ、完全に目を回している。
まぁ、お嬢様だもんな。男の裸なんて見たこと無いか。

思った以上に純情なお嬢様を抱え、取り敢えず風邪を引く前にベッドに運ばなければと、裏庭の風呂場を後にするのだった。

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