10年ぶりの現役復帰話を持ちかけられた魔法少女トゥインクル★ミィ(27)の理想と現実
コンセプト:魔法少女の引退後
文字数:5400くらい
執筆時間:4時間
「まさかスナックで働いていたとはな、魔法少女トゥインクル★ミィ」
「…………人違いです」
全国どの商店街にも1件はあるだろう中型スナックーー『ビビパラ』。
落ち着いた内装と明かりの中で、2人の人物は向き合っていた。
1人は、ブラックのスーツに身を包んだ男性。
1人は華やかな服装に身を包んだ、ナチュラルメイクの女性。
一見すれば客と店の女の子という関係で間違いなさそうだが……
男性は真顔で、女性は不機嫌。
明らかにワケありだった。
「いや、俺が君を見間違えるハズがないだろう。トゥインクル★ミィ」
「だから違いますって。ほら、バーボン入れたから早く飲んでください」
「都合が悪くなるとすぐごまかす……ますます俺の知っているミィだ」
「あー、うるさいうるさい聞こえなーい!」
険悪な雰囲気の原因は、だいたいこの押し問答にある。
男性は女性のことを『魔法少女トゥインクル★ミィ』だという。
女性はそれを全力で否定している。
もうそんな会話が、男の来店から2時間も続いていた。
ところでこの男性の正体を明かしておこう。
彼の名はピューイ。
魔法少女トゥインクル★ミィが『引退するまで』使い魔をやっていた男だ。
「……はぁ」
と、女性が根負けしたかのように深いため息を漏らす。
長く続いていた押し問答に決着がついた瞬間だった。
「しつこい性格は相変わらずね、ピューイ」
「それは認めたということでいいんだね、ミィ?」
「別に。そう思いたいんなら、そう思えばいいじゃない」
不機嫌顔は相変わらず。
ただし口調に少し気軽さを乗せて、彼女はグラスの氷を指でかき混ぜた。
彼女はピューイの元主人ーー魔法少女トゥインクル★ミィに他ならなかった。
「普通なら再会を祝してシャンパンでも開けるところだが……ミィ、今の俺たちには時間がない」
と。
ピューイの声が切羽詰まったものになる。
「力を貸してくれ。君も知っているとおり、世界が危ない」
「…………」
「君が現役時代に戦った悪の組織が再結成された」
「…………」
「君の力が必要なんだ! 頼む! 1日でいいから現場復帰してーー」
「ムリよ」
ミィはそっぽを向き、今日一番の不機嫌な口調で言い放った。
「もう構わないでくれる? わたし、普通の女の子に戻ったの」
「でも君はまだ当時と変わらないほど強力な魔法を使うことがーー」
「構わないでって言ったでしょう⁉︎」
やけっぱちのようにグラスのバーボンをイッキ。
当時のファンが見たら崩れ落ちそうな光景を晒す。
そして。
ここではないどこかを見つめながら、ポツリと1言。
「わたしもう、27歳なんだから」
それを言われるともう、ピューイだって何も言えなかった。
電撃引退から10年。
時間の経過は……残酷だ。
★★★★★★★★★★
すべてが始まりは13年前。
当時14歳、どこにでもいる普通の少女だったミィの家に、ピューイがやってきたことがキッカケだった。
『俺と契約しなくてもいいから、とにかくこの世界を救ってよ!』
当時は耳の垂れたウサギの形をしていた使い魔のピューイ。
真剣に深刻に世界の危機をミィに説明する。
しかし、時間が悪かった。
彼がミィに話しかけたのは夜中の3時。
寝ぼけ眼のミィは、すべてを夢だと判断。
『うんうんわかったわかった明日からね……』
と生返事をして再び眠った。
そして朝起きてみると……
赤と白のフリフリの服。
宝石の装飾がついたバトン。
肩にくっつく使い魔・ピューイ。
『あ、おはようトゥインクル★ミィ。今日から早速仕事だね!』
それから夢でなかったことに気づいたミィは全力で発言を撤回。
しかしピューイの脅威の粘りと土下座交渉を前に、人のいいミィは渋々頷いてしまった。
最初は戸惑いながら戦っていたものの、魔法少女としての才能は徐々に開花。
潰した悪の組織は数知れず。
強くてかわいくて、誰からも愛される魔法少女の象徴。
しかし、そんな絶頂を誇る人気の中、ミィは突然引退を発表した。
表向きの理由は、体調不良のため。
しかしそのウラは……こう。
ミィが悪の組織に拉致された女の子を助けた時。
女の子を安心させようと始めた会話がきっかけだった。
『ねえ、あなたは何歳?』
『4さい! もうすぐ5さい! ミィは?』
『わたし? わたしは17歳。来月で18歳ね』
『へー、けっこういいとししてるんだね!』
ミィは引退を決意した。
魔法少女に年齢の話は地雷なのだ。
そしてミィは17歳の終わりに、惜しまれつつ引退……。
で、現在。
「ミィ。君の時代の『魔法少女』と最近の魔法少女はまるで別物だよ」
「そうみたいね。あまりいい話は聞かないわ」
「まったくあいつら、使い魔をマネージャー扱いだ」
「似たようなものじゃないの?」
「少なくとも君は俺に『ポテチ買って来い』とは言わなかっただろう」
「はいはい大変ね。ほら、酒飲んで忘れなさい」
ミィとピューイの関係は、普通の客と店の女の子のそれに変わっていた。
歳の話を持ち出すとピューイは引き下がり、普通に酒を飲んで愚痴り始めたのだ。
一応、かつてコンビを組んでいた仲。
ピューイの苦労はなんとなく推し量ることができる。
それにミィだって、昔いた業界の現状を知らないわけではない。
トゥインクル★ミィを筆頭とする『正統派魔法少女時代』が終わって。
おバカ魔法少女(クイズ番組で大活躍)
↓
ご当地魔法少女(方言を喋る)
↓
ゆる魔法少女(着ぐるみを着て踊る)
↓
MSJ48 ←イマココ!
こうした時代の流れを経て、魔法少女は完全にタレント化した。
自らを犠牲にして世界の平和を守っていたころの姿は、今は昔である。
そして何よりピューイが気に入らないのは。
「仕事だって平気で選びやがる。戦おうともしないで、一体魔法少女を何だと思ってんだ、けっ!」
彼がミィに声をかけたのもこういう理由があってのことだった。
昨今の魔法少女は、怪人と戦うには意識が低すぎる。
「なあ、ミィ。最後にもう一度だけお願いだ。復帰してくれないか?」
深夜というか夜明けと言った方が似合う時間になって。
ピューイはぐったり酔い潰れながら、最後のお願い。
しかし。
「ムリよ。わたしが何で引退を決めたのか、覚えてないとは言わせないわ」
「そう……だったな」
やはりミィの気持ちは変わらなかった。
17歳で『いいとし』と言われたのだ。
27歳になった今復帰しようものなら、何と言われるかわからない。
「きっと、このご時世でも志の高い魔法少女はいるはずよ」
「そうかな……狭いようで意外と広い業界だからね」
「ピューイなら見つけられるわ、頑張って」
そう言ってミィが送り出すとピューイはふらつく足取りで朝の町に出た。
意外とすんなり諦めたのは、ミィのことを気遣ってだろうか。
それともダメ元だったからだろうか。
どちらにしても、ミィはその背中に声をかけることができなかった。
★★★★★★★★★★
「お帰りになったんやね」
「あ、ママ……すみません、変なお客さん呼び寄せちゃって」
「ええんよ。積もる話もいっぱいあったでしょうに」
着物姿が艶やかな『ビビパラ』のママは微笑んだ。
ミィが元魔法少女だったことを知る数少ない人物である。
なんとなく気まずくて、ミィはすぐ店の片付けに走ったーー
が。
「あの話、断ってよかったん?」
「……聞いてたんですか、ママ」
「一応、この店の責任者やからね。ちぃっとだけ」
「よかったんですよ。わたしもう、関係ないから……」
「そりゃしゃあないなぁ……でも、ちょっとおかしないかな?」
「何がですか?」
「あなたのこのお店での源氏名は?」
「…………煌未唯です」
「うふふ、そのまんま煌未唯やないか」
「そ、それは……他に思いつかなかったから」
「変える機会はいくらでもあったはずよぉ?」
ミィは押し黙った。
反論すればするほど、ママにはすべてを見透かされるような気がして……。
と。
ママがミィを優しく抱きしめる。
じんわりとした温かさが、ミィに染み込んでいく。
「行きたいなら、行きんさい」
その言葉を耳にして、ミィの心が素直さを取り戻す。
やっぱり……
やっぱりわたしは。
魔法少女を続けたかったんだ……。
「…………ママ。今日、早上がりしていいですか?」
「うん。気ぃ付けてな」
朝の町に駆け出したミィに、ママは見えなくなるまで手を振っていた。
「世界が滅ぶとうちも困るさかいなぁ……頑張れ、ミィちゃん」
★★★★★★★★★★
まさか、ここまで圧倒的だとは思っていなかったのだ。
「くそっ、まだザコどもが増えてる! ラチが明かない!」
ピューイは苦々しい気持ちで地面に八つ当たりする。
奇襲をかけてきた悪の怪人たちと戦いの真っ最中だ。
目の前にいるのは、大量のザコ戦闘員たちと3人の怪人。
魚の被り物をしたギョギョな怪人、サカナドン。
真っ赤に熟れた嫌われ者の野菜怪人、トマト星人。
8本足に複眼の目を併せ持つ虫の怪人、タランチュラ伯爵。
さすがは魔法少女と戦って13年になる悪の組織。
ここまで女子高生の嫌いな怪人を揃えてくるとは。
しかもこちらの戦力はというと……
「あー、マジだるっ」
「仮病すればよかったわー」
「てか終わったらロイホ行かない?」
やる気のない、3流魔法少女が3人。
全員がスマホをいじっている。
これでは勝てるわけがない。
巻き込まれている20人くらいの一般人も、かなり心配そうだ。
このままでは魔法少女側だけでなく一般人にも被害が及びかねない。
もはやここまでか。
ピューイが諦めて目を瞑ったその瞬間ーー
「ちょっと待ちなさいっ!」
声がして。
後ろに誰かいることに気付いた。
ピューイが後ろを向く。
そこにいたのは……
その弾けるような笑顔は、花が咲き誇るかのように。
その一流のオーラは、POPなBGMが流れてくるように。
その愛らしさと優しさは、世界を照らす優しい光のようにーー
「正義の光はトゥインクル♪
トゥインクル★ミィ、ただいま参上!」
全盛期を彷彿とさせるアイキャッチとアニメ声。
ミィだった。
27の身体をムリヤリ魔法少女のコスチュームに押し込んだ、ミィだった。
痛々しい、なんて間違っても言ってはいけない。
ちなみに、その時のミィの心境は
『ああああああああああ思ったより一般人多いっ⁉︎』
だった。
昔は少しも気にならなかった一般人の視線がグサグサ突き刺さるのは、この10年間で純真さを失った代償なのか、もしくは羞恥心を得た結果なのか。
そんな微妙な心境の変化に気付かぬまま、ピューイは走ってミィを迎えた。
「ミィ! 来てくれたのか!」
「え、ええ……いきなり死ぬほど後悔しているけれど……」
「と、とにかく頼む! 戦況は最悪だ!」
「わかってる。まずは……こっちね」
そう言いながらミィは、後輩魔法少女を正面から見つめた。
その表情に先ほどまでの恥ずかしさや迷いはない。
そう。
ミィがこの10年で手に入れたものは、羞恥心だけではないのだからーー
「あんたたち、シャキッとしなさい! やる気出す!」
「「「は、は、はいっ!」」」
ミィがこの10年で手に入れたもの その1
10歳も下の後輩を叱るにふさわしい、人生の厚み。
その喝を受けた現代っ子魔法少女たちは、ジャ◯ーズの大先輩が突然現れた時のジュ◯アみたいに、ぎゅんと背筋を伸ばす。
後輩をザコたちに向かわせ、ミィは怪人3体と対峙。
最初に襲いかかってきたのは……サカナドンだ。
ミィがクリスタルステッキを構えて迎え撃つ!
「トゥインクル★サンマイオロシ!」
ミィがこの10年で手に入れたもの その2
長い一人暮らしと自炊生活の中で培った、包丁さばき。
ミィはステッキを出刃包丁に変えて、サカナドンを三枚におろした。
「トゥインクル★スムージーメイカー!」
ミィがこの10年で手に入れたもの その3
たいていの野菜はスムージーにすれば飲めるという、知恵。
ミィはステッキをフードプロセッサーに変えてトマト星人を閉じ込め、スイッチを入れた。
「トゥインクル★ニューズペーパープレス!」
ミィがこの10年で手に入れたもの その4
クモ1匹くらいでギャーギャー騒がなくなった、鋼のような度胸。
ミィはステッキを丸めた新聞紙に変えて、タランチュラ伯爵を潰した。
念のため2、3回追加で叩いておいた。
「す、すごい……ミィめ、まさかここまで成長していたとは……」
主に一人暮らしスキルが。
そしてリーダー格を失った怪人軍は壊滅。
ザコたちは散り散りに逃げていく。
こうして危機は去った。
27歳独身女性の知恵と経験が、地球を救ったのだった。
「ありがとうミィ。助かった」
「別にいいわよ、これくらい」
「本当に、ありがとう」
「……あんまり頭下げないでよ。明日から顔、合わせ辛いじゃない」
「君の平安をかき乱してしまって申し訳ーーえ⁉︎」
「なによ、その意外そうな顔」
「でも明日から、って……つまり……」
「ええ、そうよ」
「もう少しだけ続けてあげるわ、魔法少女」
強く、ミィは言い放つ。
ピューイはその顔つきから覚悟を読み取った。
だからいちいち騒ぐのをやめて、落ち着いた口調で返事する。
「じゃあ……改めてよろしく、ミィ」
「こちらこそよろしく、ピューイ」
がちっ、と。
再結成の握手が交わされる。
かつて世界を守った魔法少女と使い魔の、再出発だった。
それは、悪の組織から世界を守るために。
それは、魔法少女が品格を取り戻すために。
新たな伝説は今この瞬間から始まーー
「たすけてくれてありがとー、おばさん!」
「ぎゃあああああああああやっぱムリやっぱムリ!」
始まったが、すぐに終わりそうな気配が漂っていた。
ミィが28回目の誕生日を3週間後に控えた夜のことだった。
おわり