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僕を馬鹿にする女

作者: あざらし

 僕には、一つ年上の幼馴染が居る。

 隣の家に住んでいる、線の細い女の子だ。細身だが、意外と腕っ節が強く、運動もそれなりにできる、気の強い女の子。

 覚えている限りでは、幼稚園の頃からの付き合いだ。毎朝同じ場所から幼稚園バスに乗っていた。その頃はそれなりに優しくしてもらっていた覚えがある。

 家が近いので、中学校までは同じだった。男子と女子で別れたがる時期だったが、子供が少ない地域だったことと、彼女が活発な性格だったことが重なり、他の友達も交えてよく一緒に遊んだ。

 彼女が鬼になったかくれんぼでは、僕が必ず最初に見つけられてしまった。

 いつも同じ場所に隠れていただとか、頭だけ隠れて尻がはみ出ていただとか、そんな間抜けなことはしていない。なのに彼女は、いの一番に僕を見つけるのだ。

 公民館の花壇とフェンスの隙間。倉庫の陰になっていて目立たない、それなりに自信のあった隠れ場所。しかし彼女は、花壇のブロック塀の上に立ち、肩まであるポニーテールを垂らしながら、僕を見下ろすのだ。

「とし君みーっけ」

 先週の公民館の後ろは、確かに単純すぎてすぐ見つかっても仕方がないようなところだった。一昨日の縁台の下はそれなりに自信があったのだが、あっさり見つかってしまった。そして、今日も。

「理緒ちゃんはやーい」

 どうしてか、僕が見つかるのはいつも一番最初だった。

「とし君はわかりやすいからね」

 彼女はいつもそう言っていたが、しかし、彼女以外が鬼になった時は、むしろ僕は最後の方まで残るぐらいだった。

 実はズルをしているのではないか? 顔を覆って三十数えるふりをして、実は僕を見ていたのではないか?

 そう思って、近くの茂みに隠れて様子を窺っていた事もあった。だが、彼女はキチンと顔を覆い、しっかりと三十数えていた。もちろん、その日も一番に見つかった。

 結局強さの理由がわからないまま、かくれんぼをしないような歳になってしまった。大体、彼女が中学生になった頃だろう。彼女が公民館に来る機会は格段に減り、たまに来ても少し喋って帰ってしまうようになった。

 僕が中学生になる頃には、彼女が公民館に来ることはなくなっていた。僕も中学に上がってしばらくしたら公民館に行かなくなったので、そんなものなのだろう。

 中学生になってからは、あまり学校では会わなくなった。部活も違ったので、帰る時間も合わなかった。

 だが、別に疎遠になったわけではない。携帯電話を買ってもらってからは、よくメールでやりとりしていた。休日は、お互いの家に遊びに行ったりもした。最初の頃は勉強を教えてもらったりもしていたが、徐々にただ遊んだり駄弁を弄している時間のほうが多くなっていった。

 しかし彼女が受験生になると、その機会もぐんと減った。

 遊びに誘っても良い返事はほとんど来ることがなく、そのまま誘う回数もじわじわと少なくなり、遂には誘うことすらなくなった。代わりに僕は、同級生と遊んでいた。

 だが、ずっと勉強していた甲斐があって、彼女は志望校に合格した。この時ばかりは、久々に会って喜びを分かち合った。

「で、とし君はどこに行くの?」

 何気ない会話の中で、彼女は不意にそう訊ねてくる。受験の話題としては妥当だが、しかし僕は答えに詰まった。

「うーん……」

 そこに、見透かしたような声音が振りかかる。

「まだ決めてないの?」

 図星だった。

「う、うん……」

 その時の僕は、まだ志望校を決めかねていた。高校の特色なんて知らないし、そもそも将来やりたいことも思いつかない。幼稚園児の頃はサッカー選手になりたかった気がするが、卒園アルバムに載っていた将来の夢は宇宙飛行士だった。その上、小学生時代の将来の夢はサラリーマンだ。それぐらい、僕は自分の将来に対して捨て鉢だった。

「ま、まさか図星だなんて……」

 ひどく呆れた彼女の顔は、今でも鮮明に思い出せる。

 眉根にシワを寄せ、一見すると怒っているようにも見えて、しかし怒気は全く感じられない。ただただ呆れた顔。

 その表情に僕は、 『僕の人生なんだから勝手だろう』 と、軽い怒りを覚えたのだった。



 その怒りと関係有るのかどうかは知らないが、受験生になっても、僕は遊び続けていた。

 受験生の命運を大きく分けるという中三の夏も、ずっと遊んで過ごしていた。休み明けのテストは、ビリから数えたほうが圧倒的に早かった。

 そんな状況で、受験はどうなったか? 

 結果から言えば、第一志望合格だった。

 遊んでばかりいたバカ少年が、なぜ第一志望に行けたのだろうか? 結果だけ聞けば、疑問に思う人も多いだろう。

 しかしトリックは単純だ。

 第一志望が、県でも有数のバカ高校だったのである。

 絵本が読めて、初歩的な四則演算ができれば受かる……そんな言われような学校。周りはあまりいい顔をしなかったが、とりあえず僕は高校に行くことだけを考えていた。

 無論、彼女も。

「……まあ、当然か。サボってたし」

 彼女は何度か勉強を教えてくれると進言してくれていたが、面倒だったので僕は断っていた。

「あんたみたいなバカには、お似合いの学校かもね」

 因みに彼女は、県内トップクラスの工業高校に通っていた。就職まで見据えれば、ある意味一番堅実な選択なのかもしれない。まあ、業種は限られてしまうのだが。

 高校に上がってからは、そちらでできた友人とばかり遊んでいた。彼女とは年に数回会うか会わないかで、会っても夕飯を一緒に食べてサヨナラだとか、そういったものばかりだった。

 気づけば彼女は社会人になっていた。それなりに有名な企業で、技術員をやっているらしい。

 対して僕はというと、その一年後、専門学校の生徒になっていた。

 公務員志望だった。

 久々に会った時、彼女にそのことを話した。

「とし君は何目指してるの?」

「警察官」

「え!? とし君が警察官!?」

「おかしい?」

「ぷ、く、ふふ……無理無理、とし君が警察官だなんて……」

 自分でもわかっている。僕はまともな職につける人間ではない。正直なところ、警察よりもヒモになりたかった。

 それからも、会うたびに 「無理だ」 だの 「やめておいたら」 だのと言われていた。

 最初のうちは、気にならなかった。

 だが、何回も言われているうちに、彼女の言葉に腹が立つようになった。久々に、言い返したくなった。

「なるよ、僕は」

「無理無理、無理だって。とし君は出来心で行ったソープで最初に当たった嬢に貢いでるような姿しか想像できないもん」

 それはありえた可能性。今でも、少し道を違えていたらそうなっていたかもしれないと、たまに思う。

 だが、そうはならなかった。

 僕は彼女を見返したかった。僕を馬鹿にする彼女に、目にもの見せてやりたかった。

 意地になった僕は、必死とまでは行かないまでも、それまでと比べればかなり真面目に勉強するようになった。彼女を見返したい一心で、頑張った。

 そして、なれたのだ。警察官に。

 両親は大喜びだ。だが、そんなことはどうでもいい。僕は、彼女を食事に誘った。彼女の悔しがる姿が、目に浮かぶ。

「で、言いたいことって何?」

 頬杖をつく彼女に、僕は自信満々に告げた。

「なれたんだよ」

「留年に?」

「違う。警察官だ」

「……ほんとに?」

「本当。証拠だって見せられるよ」

「……」

 彼女は、しばしの間目を丸くしていた。

 さあ、悔しがれ。次の言葉に、僕は期待していた。 「まさか」 だとか、 「そんなわけない」 だとか、そんなものを予想していた。

 だが。

「……おめでとう!」

「……へ?」

 拍子抜けだった。

「やっぱり私の見立てどおりだった。とし君は、ケツを叩いてやらないと頑張れないタイプなんだ」

「……は?」

「ふふ、とし君はわかりやすいからね」

 その言葉で、やっと気づいた。

 僕は彼女に乗せられたのだ。

 彼女の挑発にまんまと引っかかったのだ。

 彼女にとっては、僕が真面目に勉強を始めることも、こうして嬉々として報告に来ることも、最初から想定済み……いや、それを狙っての行動だったのだ。

 とんだピエロである。

 だが、不思議と腹は立たなかった。

 むしろ、自分の事を見捨てること無く、ケツを叩いてくれた彼女を、愛おしく感じるようになった。

 彼女のことをオカズにしたことは、ある。付き合いたいと思ったことも、ある。しかしそれは全て肉欲の見せた幻想。たまたま仲の良かった彼女に向けられただけで、その実誰でも良かったもの。

 だがこの気持は、間違いなく彼女だけに向けられたものだった。

「計画通り……ってね」

 しばらくして彼女に交際を申し込んだ際にも同じことを言われたのだが、それはまた別のお話。

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