17.誇り高き咎人(挿絵有)
用事で外出してて挿絵が間に合わなんだ涙
なんとか文章は気合でかいたので、後から修正するかも……?
響く轟音、鋭い金属音、獣族の上位種、災害とも言われる圧倒的な力がふるわれ、彼女自身が展開した結界を揺らしている。
瓦礫に満ちた街並み、結界内がこのような景観になったのはルミ・ティイケリ自身の強いイメージに起因する。
10年前の戦争、彼女は戦争に参加していた。並の怪人とは一線を画す魔力で沢山の人間を吹き飛ばした。
彼女は自分より上の存在からの指示で動く駒であった。故に戦争の意義など分からない。
ならばせめて人を殺さないよう努めた。怪人全体の評判はともかく、獣族の品位を血で穢すことはしたくなかった。
しかし、戦争で消耗した彼女に悲劇は起きた。戦争の影で蠢く陰謀に気づけるはずもなく。
瀕死の彼女に実験は行われた、獣族の彼女に他の怪人の魔力を混ぜる。破壊の力を得る代わりに彼女の意識は封印される。
実験は失敗だった。黒く変質した魔力を見て憎悪の実験台と名付けられ、棄てられた。
彼女は戦争後半のことをよく覚えていない。暴れて暴れて、暴れた。彼女の鋼の意志はなんとか止めようと独り、己と戦った。
そして意識を取り戻した頃にはすべてが終わっていた。
戦争は終わり、怪人は撤退し、獣族は失墜していた。
彼女はただただ呪った。誇り高き獣族、その名誉を穢さぬよう戦った彼女自身が穢れた存在となってしまったこと。
その時の光景は忘れられない。瓦礫だらけの街並み、人どころか生き物がいない戦争跡。淀んだ空。
彼女はこの景色を忘れない。
――――――――――――――――――――
戦いは拮抗していた。暴走したルミは、所構わず魔力や四肢を振り回す。彼女の攻撃は爆発を伴うと錯覚するほどの威力を秘めている。怪我明けの瀬雅には分の悪い戦いだった。
しかし、瀬雅の回避の技術に加え、悪魔の姿を象る瀬雅は魔力が使える。
『切爪!!』
「魔力爪!」
ルミから放たれる鋭い爪の一撃を、瀬雅は手の甲、指の付け根から魔力の鉤爪を伸ばし受け流す。
互いの爪が交差する時、研ぐような金属音が響く。
荒々しく直線的な攻撃は瀬雅には都合がよかった。
致命傷になり得る爪や魔力の攻撃はしっかり躱し、受け流し、拳や脚の攻撃の予備動作を見切って瀬雅の拳を通す。
瀬雅自身は防御力が高くない、仮に防御力が高くてもビルを破壊するような拳は受け止められない。故に互角――瀬雅の精神力が続く限り。
『黒虎!』
「う、魔力球!!」
獣と化したルミの口から放たれる絶大な光線。
瀬雅の身体より太いそれは全てを消し飛ばさんと襲いかかる。瀬雅は咄嗟に魔力の砲弾を打ち出して迎撃するが、根本的な威力の差、相殺できずに吹き飛ばされた。
「ぐああああっ!」
必死に戦い、何かを訴えようとする瀬雅。魅甘はそれをひたすらに見つめていた。
――――――――――――――――――――――
暗い暗い闇の中、ルミ・ティイケリはそこにいた。
「久しぶりだな……」
この空間には見覚えがある。暴走に身を任せてしまったとき彼女の意識はここに封印されるのだ。
「もう、戻れないかもな。」
自分以外誰もいない空間。ルミは膝を抱えた。今も外では怪物が暴れているのだろう。
10年前は、何とか自我を取り戻すことができた。そんなルミを破壊衝動が襲い掛かったのだ。
じりじりと、確実に蝕まれる精神と日増しに強くなる衝動。限界は近かった。自分をこんな姿にした人間への復讐――いつしか人間を憎むことで、その衝動のはけ口を復讐という形で発散しようと考えるようになっていた。
そんなルミを見かねた配下の怪人たちは、町への襲撃を買って出た。配下達が街を破壊することで、ルミ自身が暴れる必要がなくなり、破壊衝動を肯定する口実を失ったルミはなんとか耐えることができていたのだ。
同時に、配下達がルミの体をどうにか解決しようと、街で暴れて謎の組織の情報を持った人間を炙りだそうと考えていることも気づいていた。
しかしルミ・ティイケリという怪人は既に変質してしまっていた。出所のわからない復讐心に支配され、配下を使って町を蹂躙する。だが本心ではそんなことを望んでいるわけではない。町に現れて復讐を語っては反撃される前に撤退する。
破壊衝動を抑え込むのに精一杯なルミはその行動のチグハグさも、思考回路が既に元のそれとは変わってしまっていることにも気づけなかった。
そんなとき、米村瀬雅という人間がいることを知った。結界の中で彼が語った境遇は自分と酷く似ていた。いや、怪人に怪人の魔力を混ぜられて狂った自分より、人間から強制的に怪人にさせられた彼の方が苦しかったかもしれない。
それなのに彼の目は希望に満ちていた。ルミは無意識の内に瀬雅に助けを求めたかった。そんな彼なら自分を止めてくれるかもしれない、と。
たとえ自分が死ぬという形であったとしても恨みはしない。死を嫌うには穢れすぎた、そう思うくらいルミの精神は憔悴していた。
「――――音?」
音がした。自分だけのこの世界に音がした。見上げると、廃墟の中でこちらに向かって拳を突き出す赤い少年の姿が見えた。
「……なにを、している?」
暗闇の中、ぼんやりと見えるそれは、まるで映画館のスクリーンのように映し出された光景、ルミはその少年が悪魔のような形相で何をしているのか分からなかった。
手前から鋭利な刃物が飛び出し、赤い少年の体を傷つけた。少年は咄嗟に翼をつかって距離を開けたようだが腹に薄く切り口ができている。
しかし獰猛な瞳に燃えるような紅を浮かべて少年は再び距離を詰めて拳を振るった。それに合わせて空間が揺れるのを感じる。
「あれは、戦っているの……か?」
そこまで理解するとルミはだんだん意識がはっきりしてきた。少年は何か――おそらく外で暴れる黒い獣と戦っていて、自分はそれを眺めている。
「ボロボロじゃないか……」
少年はボロボロになっていた。炎のような体は自身の血で更に赤く、翼も傷だらけであった。それでも少年は何かを叫びながら拳を振るっている。
「もういい……狂ったワタシにそこまで」
徐々に映像がはっきりとしていく、それに伴ってよく分からなかった音も明瞭になってきた。ルミは分かっていた。恐らく少年は本気ではない。翼や魔力でできた爪、時折用いる魔力の弾丸。あの悪魔はやろうと思えばもっと距離を取って一方的に戦うことができる。
にも関わらず少年は拳に魔力を込めて黒い獣を殴りつける。その度にルミの意識ははっきりしてくる。少年の魔力がルミを呼び戻しつつあるのだ。
自分の意識を呼び戻すために同じ境遇を味わった者が傷ついている。身勝手だが、心では助けを求めているのに、仲間が傷つくのは見たくなかった。
一心不乱に、自分の傷も気にせず拳を振るう少年を見ているうちに、自然と碧眼から雫が伝う。もう遅い。狂ってしまった自分が、正気に戻ったところで黒い獣に堕ちてしまった事実は消えない。再び意識を落としそうになるルミのもとに力強い悪魔の声が届いた。
『諦めるな!!ルミ・ティイケリ!!』
―――――――――――――――――――――
「おらああああああっ!!」
瀬雅は拳を振りぬく。流石に体力が限界に達しつつある。しかしそれは黒い獣も同様で、瀬雅の拳が当たる回数は目に見えて増えていた。
「はぁ、はぁ。」
肩で息をする瀬雅。その時、倒れてしまった黒い獣――ルミ・ティイケリが仰向けのまま声を挙げた。
『もう、遅いのだ。』
「ルミ!」
確かなルミの意志、暴走から戻ってきたのだ。
意思の疎通が再び可能になったことに喜び、声を挙げる瀬雅。しかしルミは冷静に、体を起こし、正座のような姿勢になった。
『……礼を言う。またこちらに戻ってこれた。だが今はよくても、いずれまたワタシは正気を失う。そういう"呪い"なのだ。だから、せめてオマエの手で……』
ルミは記憶を探る。どこから冷静さを失ったのか覚えていない。一体どこから自分は自分でなくなったのか見当も着かなかった。10年という年月をかけて呪いは徐々に、ルミの精神を暴れる理由を考えるように塗り替えていったのだ。
しかし、10年前のルミであれば、少なくとも配下を使って町を襲うなどど考えたりしないだろう。復讐するにしても、直接騒ぎ等起こさずに、犠牲を最小限にして、自分を実験台にした者達を突き止めただろう。
明らかに変わってしまった自分。暴れたがる体を精神で抑え込んでいる、そう思っていた。しかし、そう思い込んでいただけで、無意識の内に爆発する機会を求めて人間への恨みという口実で街に繰り出し始めていたのだ。
その事実に気づいたルミは、もう以前のように誇り高くあろうと考えていた自分には戻れないと悟った。
途方に暮れるルミに瀬雅は問いかける。
「戻りたいか?」
残酷な質問、今しがたそれが不可能だと気づいてしまったばかりなのだ。ルミの返答は決まっていた。
『今更夢を見るつもりなどない。罪を償う術も思いつかん。』
対する瀬雅は真剣な――どこか問い詰めるような口調でもう一度問いかけた。
「そんなこと聞いてねぇ。戻りたいか?戻りたくないか?」
冷たく言い切る悪魔。聞かれれば聞かれるほどルミの自覚は大きくなる。無理なんだと、もう手遅れなんだと。
それでも、自分を呼び戻すためにボロボロになった瀬雅は、ルミをじっと見ている。口調こそ問いかけるようであったがその目には確信めいたものが宿っていた。オマエの気持ちを口にしろ、受け入れろと。
そんな態度にルミは長年押さえつけてきたものを刺激された。溢れる感情、その中で縋るような声が漏れ始めた。
『……戻りたい。せめて、失ってしまった誇り、獣族の居場所を取り戻したい……ワタシは、元の姿に戻りたい……。』
黒い獣の口から本音が零れる。口にしてしまったからか、なぜこんなことに、こんな姿になってしまったのだろうという気持ちが、後悔が、やるせなさが津波のように目頭を襲った。
座り込んだまま、涙を浮かべ動かなくなってしまったルミ。そんな少女に向ける瀬雅の表情は
笑顔であった。
「素直でよろしい!」
『え?』
突如変わった瀬雅の雰囲気に戸惑うルミ。同情でもない、軽蔑でもない。米村瀬雅は、ルミが10年間周囲から感じてきたどの感情とも違う笑顔をルミに向けていた。
「俺は"呪い"を受けてから、魔力を練ると怪人になっちまうようになった。周りの視線をレーザーみたいに感じて生きてる心地がしねぇよ。」
瀬雅は言う。しかし、呪いを受けて絶望しているルミとは違う、不便さに迷惑している、といった軽い口調だった。瀬雅はまた笑みを浮かべて言った。
「ただ、それだけじゃない。この姿になってできるようになったこともあるんだ。相手が望む場合に限り、あらゆる呪いを消し去る力――――」
瀬雅の言葉に黒い獣の目が見開かれていく。それはつまり、長年ルミを苦しめてきた破壊の力を――
『もど……れる……のか?』
瀬雅は応えず、穏やかな笑みを浮かべたまま能力を解き放った。
「黒い魔力ごと浄化しろ、"正義の悪魔"。」
瀬雅の体から明るい魔力が広がる。それは攻撃的な赤ではなく、優しさを帯びた温かい魔力。
『あ、あ、あ……』
ルミの体から黒い魔力が消えていく。それまで燻っていた暴れたいという欲求も、まるで長年の汚れを洗い流すかのようにどこかへ行ってしまい――
年相応の、銀髪碧眼の少女が涙を浮かべている。
ルミ・ティイケリは10年の苦しみから解放されたのだ。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
次話投稿は明日15時!ブクマ等していただけると嬉しく思います(^^♪
※2016.10.19 地の文を修正