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にじファンよ! 私は帰ってきた!!
やっと用意と片付けが終わった!!
……疲れました。
原作編 第一話
 今公爵家は混乱に包まれていた。メイドや使用人のルークを呼ぶ声が飛び交い、白光騎士団が不審の跡を調査している。
 総出での探索が行われるが成果はほとんど見られず、時間が経つにつれ夫妻の顔は険しく青褪めていった。
 ルークの失踪からすでに二時間が経過していた。
 異変は前触れもなく起こった。いつものように朝が始まり、いつものように昼を周った頃。ようやく起きてきたルークがヴァンの来訪に呼ばれ、応接室で両親と師に会ったのが約二時間前……その後ヴァンとの稽古のため中庭へ向かい、ラムダスと会話したのを最後に、ルークは忽然と屋敷から姿を消した。

「ルークは……ルークはいったい何処へ……」

 クリムゾンはシュザンヌのその姿を見て痛々しく思えた。何処で計画を違えたというのだろうか? 本当ならば、ルークが居なくなるという現象はあり得ない筈であった筈なのに……
 公爵夫妻が立ち尽くしていると、屋敷の外を捜索していたガイが帰ってきた。バチカル中を走り回ったのか汗だくの表情で息を荒げている。
 震える妻に胸を貸しながら、その姿を見つけたクリムゾンが視線で成果を問う。が、返ってきた答えは沈痛な面持ちで首を振るものだった。
顔を顰めてクリムゾンが目を伏せたのを確認してから、ガイは離れたところで腕を組み、捜索の様子を見守るヴァンへと近寄る。

「やはり見つからなかったか」
「ああ、いったい何がどうなってる? 警備に隙はなかった。誰にも見つからずに人一人誘拐するなんて不可能なはずだ」

 冷静な口調の問いに答えて、ガイは苛立たしげに拳を壁に叩きつけた。単なる貴族の家の使用人とローレライ教団を守る騎士団の長にしては不自然な会話。だが小声でなされたその対等な口調の会話は誰にも聞かれることなく、そのまま続けられた。
 実際、警備に隙を作ったのはわざとだが、事を知らない二人にはあり得ない事として片づけられているそうだ。

「公爵様、失礼ですがよろしいでしょうか?」
「許す、申してみろ」

 一人の使用人、マリィが前に出始める。

「ルーク様が誘拐される前、他の使用人達からの証言の所……何やら不思議な歌を聴いたとの事です」
「歌……?」

 澄んだ歌声が響きだしたと思った次の瞬間、意識が無くなり気が付けば床に倒れていた者が大半であった……

「歌……唯の歌でそのような事が起きると申すのか?」
「……一つだけございます」

 自然界には様々な音が散在している。水の流れる音、風が吹く音、葉のざわめきに、虫や鳥などの生物の鳴き声。それらの音は日常に溢れ、常に人と接しているため耳に届こうが聞き流してしまう場合がある。だがそのような物であろうと音は音。組み合わさればリズムが生じ、旋律が描かれ、和声が連なったある種の『音楽』となる。
 しかし、その音律を組み合わせる事によって生まれた術、それこそが……

「譜歌でございます」

 譜歌……譜術における詠唱部分だけを使って旋律と組みあわせた術、譜術ほどの力はない……“ただ”の譜歌ならば……

「馬鹿な……譜歌でそのような芸当が……」
「理屈では可能でございます……ですが、その分神がかりな技術を用しますが……」

 戸惑ったような呟きにマリィは肯定となる理論を述べる。
 だが、その時……ヴァンの顔が苦虫を噛み潰したように顰められていた。
 それを間近で見ていたガイだけが訝しむほどに……

「……心当たりがあるのか?」
「いえ……」
「…………」

 押し黙ってしまったヴァンを怒りすら含んだ目で睨むガイ。だが、答えそうにないと判断するやいなやヴァンに背中を向け、ガイは『命令した』。

「今の話を伝えて郊外への捜索隊を組むよう提案する。貴様は俺をそのメンバーへ含めるよう公爵に進言しろ。いいな」
「……待て」

 公爵がいる方向へと足を進めようとしたガイをヴァンの静かな制止が阻んだ。
 顔を振り向けようとせず、無言でいる彼の背中へ顔を向けてヴァンは口を開き、冷淡な声を出す。

「一つ聞きたい……貴公は『どちら』の行方に対して焦っているのだ」

 ピクリ……とガイの肩が動く。
 暗号のような問いかけにじっと沈黙した彼は数秒後苛ついた声で答えた。

「決まってる―――――両方だ!」

 離れていくガイの背中にヴァンは小さく溜息をついた。

バタンッ―――!!

「公爵様!!」

 突如として、その場に少し似つかわしくない様子である慌てような兵士がこの場へと入って来た。

「なんだ! 私は今他の事に構っている暇などないのだ!!」
「ご無礼を働いた事はお詫び申し上げます……ですが、早急に公爵様に御取次を願いたいとダアトの者が上層部手前まで近付いておられます」
「この非常時にダアトの人間がなぜやって来る!!」

 クリムゾンは大方、秘預言に関してルークがキムラスカからいなくなったからこれはどういう事かと調査しに来たのかと考えていた。この事は政務に関わる人間にしか知られていないので一兵士にはその意味を知らないかのように振る舞った。

「なんでも、公爵様の御屋敷にいるヴァン総長を連れ戻しに参られたと……」
「……何?」
「私の事……か?」

 ルークの事ではないだと……? じゃあ、一体“誰”が来たんだ……?

「その者の名前は分からぬのか?」
「いえ、御取次を願われる時に名乗り出ました……確か、」


―――オラクル騎士団治癒師団長 ハーミット―――


「と名乗られておられます」
「ぶぼっ……!!」
「んなっ―――!!」
「あら、早急にこの場まで丁重に御迎えなさい♪」

 ヴァンは思わず吹き込んだ。クリムゾンは驚愕に満ちた。シュザンヌはニコニコと笑顔でそう言った……
 シュザンヌに言われた兵士はすぐさまこの場から立ち去っていく。そして、この場に残るのはやや静寂な状況であった……

「ヴァン総長、そう言えば気になっておられたのですが……ダアトでは導師が誘拐なされてたのですよね?」
「は……はい!! ですが目星は付いております。マルクトによる……」
「あら、そこでそのような問題発言を申したらどうなるか……お分かりですよね?」

 ゾクゥッ―――!!!

「いえ、あの……それは……」
「さっきから疑問に思ってなさいました……なぜダアトの一大事に“わざわざ”主席総長がキムラスカに入り浸りしておられるのかしら♪」

 ゾクゾクゾクッ―――!!!

「どうやら、ヴァン総長はやはり早急に御戻りになられた方がよろしいようで……」
「し……しかし……」

 バシュッ―――!!!

 その時、いつの間にか少し開かれていた扉からワイヤー付きのフックが伸びていき、巧みな方向変換を経て……

「なっ……ぼ……ぶぅ……が……!?」

 ヴァンの体を幾重にとグルグルに拘束する。

「それでは、またのお越しをお待ちしておりますわ♪」

 ギュイィィィィ―――!!!

「ちょっ……ま……いやあぁぁぁぁ―――――!!」

 女の叫び声みたいな声を上げてヴァンは引き摺られていった。その顔は絶望に染まって……そして、ヴァンがちょうどこの部屋から出て行ったと同時に扉が大きく閉められ……その場には一通の手紙が床に残された。

「シュ……シュザンヌ……先ほどのはいったい……」
「きっとダアト限定のスキンシップなんですわ……旦那様♪」




―――――やめてくださいハイルさん!! そんな蛍光塗料みたいな色した薬剤なんか注射するなんッてでビュビャババババババババ!!!!!―――――(48話参照)




「「…………」」
「では、そちらに置かれた手紙を拝見いたしましょう」
「「(無視した!?)」」

 シュザンヌ様……元気になってから黒さに一層磨きが掛かっております!!
 ようやく床の手紙に手を付けたクリムゾン一行はじっくりとその内容を見てみた。最初は形式的な挨拶からの文の始まりであったが、途中からが問題であった……

――――――――――――――――――――
 そして、紙面には限りがありますので、簡潔に書かせて頂きます。
 導師が“何者”かに誘拐された今、ダアトは立場上に危うい状態であるのは確かなのですが……それなのに家の早ろ『消去されました』が何やらほっつき歩いてファブレの方々にご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳ありません。
 この童て『消去されました』にはきちんと後始末の処理を致しますので何とぞファブレ公爵様の寛大な御心で一時御怒りを御静めくださいませ。
 さて、もう一つの問題であるルーク様誘拐事件ですが、此方の調査でも判明した所……“誘拐犯”との接触により起こった疑似超振動が原因とのことです。
 その行方を探った所、何とマルクトにて第七音素集束記録が発生したとの情報が伝わりましたので、ダアト側も独自にマルクトへ入国許可を取ってルーク様の探索へ参加させていただきます。
 この事は、この手紙の内容からインゴベルト国王陛下へ伝手を願いたくいただきます。
 今回、ファブレ公爵様と御顔も会わせれず此方の勝手な判断を起こしてしまい誠に申し訳ありませんが、ダアトも何かと問題であるため……ご了承を願います。
 そして最後に一言、











 滅べマル(此処から先は抉られたように書かれている為、解読できない)

――――――――――――――――――――
「……今回は早く解決できそうだな……シュザンヌ」
「そうですわね……先生とまたお会いする時が楽しみですわ♪」

 何かと不適切な言葉が入っていた手紙を読んで何かを悟ったクリムゾンとシュザンヌなのであった。 


――――――――――――――――――――
Side:ルーク

―――……きて……君……起きて、……―――

 誰かが呼んでいる……意識がゆっくりと覚醒し、ルークは目を開いた。そんな中で、自分を心配そうに覗きこんでいる青い目があった。

「う……ここは……?」
「よかった……無事みたいね……」

 安堵の顔で微笑う女の顔をぼんやりと見つめて、ルークは疑問を口に出した。

「君は……誰だ……?」
「私はティア、この渓谷に偶々来ていたのだけど……貴方は何故ここで寝ていたの?」

 しんしんと虫の声が聞こえる。辺りは真っ暗で、丈の長い花が青白く風に揺れていた。
 暗くてよく見渡せないが、初めて見る景色だ。少なくとも、屋敷ではない。見慣れた物も人も、何一つ発見できない。

「けい……こく……俺は、屋敷に居た筈じゃ……そうだ!あの黒づくめの野郎!!」

 ルークは何かを思い出すと勢い良く起き上がり、その事に憤慨の表情を表す。
 だが、突然体中に走る痛みにより悲鳴を軽く上げる。

「っ……!?」
「怪我をしているの!? 大丈夫? 急に動いたりしては駄目よ」

 気遣う声をかけてくるティアを振り切って飛び離れ、ルークは動揺しながら次々と疑問をぶつけた。

「どうしてこんな所にいるんだ……師匠を助ける為にアイツに飛びかかって……その時に変な光が出て来て……くそ、いったい何がどうなってんのか良くわかんねぇ!!」
「落ち着いて! 何か事情があるようだけどそんなに慌ててはいけないわ」

 ティアは頭を押さえて苦悩するルークを落ち着かせるように宥めて行く。それのお陰で荒くなっていたルークの呼吸は回復し始め、改めて向き合った。

「……わりぃ、だけどよ……本当に何が何だか……」
「じゃあ一からゆっくりと話してみて……それから判断してみるわ」

 
 そして、ルークはティアに自分の今知っている事を順に話していった……
 自分の名前はルークである事、キムラスカにある屋敷で済んでいた事、ヴァン師匠と剣の稽古をしていた事、不思議な歌が聞こえてきて、その後に何者かが屋敷に侵入した事、その者が師匠を殺そうとしていて、自分はソイツを倒そうとした事……そして今に至るという事……

「剣を襲撃犯にぶつけた時……不思議な光が発生……もしかすると、それは“疑似超振動”が起こったからに違いないわ」
「ちょうしんどう……なんだそりゃ?」
「同位体による共鳴現象の事よ」
「……さっぱりわかんねぇ」

 ルークにとって初めて聞くその言葉はただルークを困惑させるだけであった。

「分からない事だったら無理に考えなくてもいいわ、今はそういう事を聞く場合ではないかもしれないから……」
「……どういうことだ?」
「なんでもないわ……それより、よく疑似超振動に巻き込まれて無事で済んだわね」
「へっ……?」

 ルークは疑似超振動についての説明を簡易的に受けた。
 ちなみに、超振動とは同一の音素振動数を持つ音素同士が干渉し合うことで起こる、ありとあらゆる物質を分解し再構築する現象である……通常、別々の物質の音素の振動数は一致しないため、発生する可能性は無いに等しい。
 超振動と第七音素は密接な関係にあり、第七音素を媒体とすれば超振動の規模を拡大することが出来る。また、第七音素同士が干渉すると、超振動に似た現象が発生することもある。これが「擬似超振動」と呼ばれ、その威力は通常の超振動の6割減とされるが、物質を消滅させるには充分な威力を持つ。
 今回ルークに起こった疑似超振動は分解から再構築へと行程を結びつけられた物ではあるが……

「普通、超振動の制御はよほど正確な力の操作をしない限り成功確率は上がらないの。だからもし、今回の疑似超振動の手加減が何か一つでも誤っていたら……」
「と……言うと……?」
「……見るに堪えない姿となって……最悪死んでたかもしれないわ……」
「うえぇぇぇ……」

 ルークは失敗例の結末を想像して思わず気持ち悪くなってしまった。

「だから正直驚いてるのよ……それより、貴方をこのまま此処に居させる訳にはいかないわ……」
「へっ……?」
「そんな事情を持つ貴方を見つけた以上、私にも責任はあるの……だから、貴方をバチカルの屋敷まで責任を持って送っていくわ」
「け……けどよ、此処が何処だか俺わからねぇんだぞ!?」
「……耳を澄ませて……水音がするわ。川があるのよ……川沿いを下っていけば海に出られるはずよ。とりあえず、この渓谷を抜けて海岸線を目指しましょう。街道に出られれば辻馬車もあるだろうし、帰る方法も見つかるはずだわ」
「……へぇ、そういうモンなのか」

 そんなこと、初めて聞いた。感心するルークは、「向こうに海が見えるでしょう」というティアの言葉に目を瞠った。青白く揺れる花々の彼方に見える、時折きらめきながら黒々と横たわるもの……それが、

「あれが……海なのか」
「……海を見た事が無いの?」
「あぁ……ずっと屋敷で軟禁されていたから……海を見た事なんてなかった……」
「……そう」

 初めての海にルークは感動していた。このままずっと眺めていたい気がしていたが……そうもいかない。

「さぁ、行きましょう」

 自分の帰る場所へと目指すべく、ルークは歩み始めるのだった……

――――――――――――――――――――
Side:ティア

「(ごめんなさい……騙してしまって……)」

 ティアはルークに嘘を混ぜて説明していた。あの襲撃犯は自分である事……だが、極力自分の正体をバラさないようになっているため、教える訳にはいかない。辻褄を合わせる為、飽くまでティアは偶々ルークを此処で見つけた一般人を装わなければいけなかった。実際、今の服だって自分が私服として着る数少ない服でもあった。“あの時”来ていた黒いローブは渓谷から見える海目掛けて投げ捨てていた。
 今回は疑似超振動という予定外な事が起きてしまった為にティアもどちらかと言うと困惑している。それなのにあえて平然を装ってなんとか行動してると言える。
 それに、ルークからはバチカルの屋敷に住んでいるとは伝えられたが、それがファブレの屋敷とは伝えてもらっていない。そして一度もファブレの名を口にしていない……調べた情報によると、平民の間ではルークの名は伝わってない所が多い。約十年前の誘拐により軟禁されてた為にその事を口にしないよう、あえてルークについての話題は話されぬよう王家が手を廻していたそうだ。その結果、ルークの名は平民の間ではやや忘れかけられているとのことだ。
 だが、バチカルにとって王族を示す赤髪と翡翠の瞳を持つ事ばかりは完璧に隠す事はできないだろう……これについては後に検討しなければ……

 ガサッ……!!!

 その時、道を歩き始めた途端、近くの草むらがガサリと揺れた。ルークにしてみれば風で揺れたのか、と思う程度のことだったが、ティアははっと足を止め、緊張を含んだ声で言った。

「隠れて、魔物よ!!」
「魔物……!?」

 ルークはきょろきょろとして周囲を見渡すがまだ見つけられない。

「来るわ……!!」

 ティアは即座に太腿に付けてあったガーターベルトからナイフを抜いてルークを背に構えた。

「じょ、冗談だろ! 魔物って……」
「私が引き付けているから、ルークは離れていて!!」
「えっ……あ……おぃ……!?」

 ルークはうろたえる。魔物なんて、話や本でしか知らないおとぎ話のような遠い存在だった。それが、こんなに簡単に……唸りと共に、暗い茂みの中から一頭の獣が飛び出してくる。

「うわぁっ……!!」
「やぁっ―――!!」

 みっともなく悲鳴をあげて後ろに転びそうになったルークの傍から、ティアが素早く踏み出してナイフを投げ放った。イノシシのような姿のその魔物は少し怯んだが、倒せたわけではない。突き出た牙を誇示しながらティアに向かっていく。

「く……くそおぉぉぉ―――!!!」

 その時、ルークはカトラスを抜き、それを魔物目掛けて走る。

「でやあぁぁぁぁ―――!!!」

 カトラスは魔物の脳天目掛けて振り下ろされる。ルークは手応えを感じた……が、魔物はまだ止まらなかった。この時、ルークの今の力では魔物の頭の皮肉を斬る事はできたが、頭骨を割って脳にまで達する事はできなかったのだ。

「うわっ!?」

 ルークの攻撃で魔物はさらに怒り、今度はルーク目掛けて突進してくる。それをルークはなんとかして避けた。

「そこっ!!」

 そこへ突進が終わった瞬間をねらってティアは魔物に再びナイフを放つ。すると、それは見事に魔物の左目に吸い込まれ、魔物は激痛で地面に倒れ込んだ。

「怪我は無いルーク!?」
「お……おぅ……」

 ティアは慌てながらルークに安否を問う。もしも彼に怪我などさせたらハイル曰く、大変な事になるからだ。

「駄目よ実戦経験のない人間がむやみに魔物と戦っては……!! 下手をすれば死んでしまうかもしれないのよ!?」
「け……けどよ、俺だって師匠に剣を習ってて腕に自信が……」
「それなのに魔物相手にはかなり動揺してたじゃないの」
「ぅ……」
「“軍人”として私は民間人である貴方を守らなければいけない立場なのだから、お願いだから魔物からは出来るだけ離れて」
「へ……? お前、軍人だったのか?」
「……っ!!」

 ティアは思わず手で口を塞いだ。余計な事は言わないようにする筈なのに思わず洩らしてしまったようだ。やってしまった事は仕方がない為、自分の情報をルークに少し教える事にした。

「……えぇ、私はオラクル騎士団大詠師モース旗下情報部第一小隊所属……ティア・グランツ……ルークの言うとおり、軍人よ……」
「へぇーダアトの軍人なのか……ってグランツ……? どっかで聞いたような……」
「……っ!!」

 またもや失敗した……軍人としての階級の名乗り方の拍子で名前まで全て言ってしまった……これじゃあまずい……そう考えていた所、

 ガサガサガサッ……!!!!!

 先ほどよりも大きく草むらが揺れる音が聞こえたかと思うと次の瞬間、魔物が一気に三・四匹は現れてきた。

「な……なんだこいつら!?」
「……さっきの魔物の血の臭いを辿って来たって訳ね……」

 ティアは忌々しそうに呟くと、ロッドとナイフを構える。此方は人を守りながら……対して相手は多数……圧倒的に不利だ……

「なぁ、俺も戦う!!」
「だめよ、貴方が怪我でもしたら大変なんだから!!」
「さっきから駄目駄目うっせーな!! 俺も守られてるばかりじゃ嫌だってーの!!」
「そう言う事じゃないのよ! なんていったって貴方はお……」

 ティアはまたしてもしまったと考えた。

「…………お?」

 ルークは先ほどティアから出かかった言葉に疑問を持ち始める。
 不味い……これは不味いわティア……なんとか解決策を考えるのよ!!
 これ以上の失敗は出来ないので咄嗟に思いついた答えを出した。




「お……“おしゃれな人”だからよ!!」



…………
………
……





「おしゃれ……俺がか?」
「そ……そうよ、貴方はおしゃれな格好をしているから汚れたりしたら大変だわ!! だから戦いは私に任せて!!」

 もはや自分が何を言っているのか分からなくなっていた。ティアは後にて羞恥心でいっぱいになるであろうと覚悟しながら言葉を紡いだ。さすがにこれには呆れられるかと思った……が、

「……そっか、俺おしゃれなんだ……」
「えっ……?」
「だよなぁ!! 屋敷では俺のファッションを皆ちらほら見てたし、ラムダスやガイも褒めてくれた事があったし……やっぱり俺の服装は間違ってなかったんだ!!」
「えっ……あの……」

 なんか自分が考えていた方向とは違う方に言った事でティアは困惑し始めた。それに、ルークの服装はへそ出しである。腹筋もまる出しと……これを一般的に御洒落と言うかと問えばなんて大半は答えるだろうか……
 答えは断じて否! であろう……私はノーマル……私はノーマルなのよ……ティア・グランツ!!
 このままではこの公爵子息、唐突もないことを起こしかねない……そう考えて次を実行するのは早かった。

―――トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ―――

 ティアは兄から授かった譜歌を歌い始める。その譜歌に込められた意味は深淵へといざなう旋律……名を『ナイトメア』と呼ぶ。
 譜歌が発動し始めると魔物達は動きが緩慢となり始めた。この譜歌の効果は謂わば催眠……強制的に眠りへと誘うのだ。

「今よ、一気に走り抜けるわ! 走って!!」
「お……おい、待てよ!!」

 ティアはルークの左手を無理やりながらも引っ張ってこの場から一気に退散する。いきなり手を握られたことによりルークは驚いたが、その次にはいきなり走りだしたので己もそれに合わせて行動を共にすることにした。

――――――――――――――――――――

 どのくらい走ったのだろうか……
 決して後ろを振り返らずに真っ黒な山道を進んで約数分は経っていた。

「はぁ……はぁ……ここまでくれば安心かしら……」
「ゼー……ゼー……もうむ……り……ちょっと……きゅう……けい……!!」 

 軍人として訓練を受けていたティアは息は少しだけ荒くしていた方であったが、ルークは違った。
 住んでいた屋敷は広い方ではあったが、全力で走り回るという行動をするには少し違った場所であったのでめったに走らなかったルークは息をかなり荒くして上下に激しく肩を動かしていた。

「見て、出口よ!」

 しかし、その対価は見合ったものであった。草が生い茂るばかりで獣道だけだった道がなくなり、人が歩くような道がようやく見つかったのだ。
 いい加減ヘトヘトになって歩いていたルークも、ティアのその言葉を聞いて安堵の息を吐いた。

「ようやくここから出られるのかよ。もう土くせぇ場所はうんざりだ」

 走り詰めた足は痛くなり、真っ暗な山道がどこまで続くのか見当もつかず、もしや永遠に歩かされるのだろうかとルークはゾッとしていたところだったのだ。
 二人はホッとしてそこへ向かおうとしたところ……

 ガサッ……!!!

 下草をかき分ける音が聞こえてきた。またしても魔物かと一瞬構えたが、その影を見て違うことに気付いた。人間だ。思わずルークが走り出ると、人影は「うわっ!」と悲鳴をあげて足を止めた。

「あ……あんた達、まさか、『漆黒の翼』か!?
「……漆黒の翼?」
「盗賊団だよ。ここいら辺りを荒らしている男女三人組……ってお前たちは二人連れか……」

 不思議そうに問い返したティアにそう答えて、人影は声音を落ち着かせた。月明かりで姿が見える。中年の男性だ。

「……フン、俺をケチな盗賊野郎と一緒にすんじゃねぇ」

 不快に思ったのか、ルークは男が言った言葉に反論を唱えた。
 そこにティアが前に歩み寄って声をかける。

「あの……私達は道に迷ってここに来た者です。貴方は?」
「俺は辻馬車の馭者だよ。この近くで馬車の車輪がいかれちまってね。水瓶が倒れて飲み水がなくなったんで、ここまで汲みに来たのさ」
「馬車か! 助かった!」

 ルークは顔を綻ばせる。ティアが馭者に尋ねた。

「その馬車は首都まで行きますか?」
「ああ、終点は首都だよ」
「乗せてもらおうぜ! もう歩いたり走ったりするのはうんざりだ」
「そうね……私達土地勘がないし……お願いできますか?」
「そうだな、首都までとなると……一人12000Gになるが、手持ちはあるかい?」
「……高い」
 
 愕然としてティアが呟いた。しかしルークは暢気に笑う。

「そうか? 安いじゃん。首都に着いたら親父が払うよ」
「そうはいかないよ。前払いじゃないとね」

 ルークは貴族としての生活をしていたために金銭感覚が疎かった。お金に直に触れたわけではないが、屋敷にある物の金額を何度か聞いたことがあり、それよりも百分の一ほどの金額であったのでルークにとってその金額は安いと思ったのだ。
 対して、ティアは馭者はなんとか安くできないかと交渉していたが、金額を変える気がないと悟り、数瞬の躊躇の後、ティアは首に大事そうに下げていたペンダントを外して馭者に渡した。

「これを……」
「ふむ……これは大した宝石だな。よし、乗ってきな」

 馭者は顔を綻ばせながら宝石を手に持って馬車の前の席に乗りこんでいった。

「……なぁ、あれ……大事なものなんじゃないか?」
「……いいのよ、それより早く乗りましょう? 」
「…………」

 ルークはどこか引っかかっていた。あれがティアの手から離れた時、彼女が悲しそうな目をしていたのを見たからだ。あれはたぶん、彼女の傍から離れてはいけない物だ……ルークは物の価値はまだ良く分からないが……人が大事にしている物という事での“大切な物・掛け替えの無い物”といった事は何処か分かっていた。……その例としてはガイが部屋で大事にしていた譜業を誤って壊してしまった事だ……あの時はガイが「仕方ないから気にするな」といってくれたが、しばらくの間……元気がなさそうにしていたことがあった。
 だからこそ、ルークは“待った”を掛けた……

「なぁおっさん! ホントに前払いじゃなきゃいけねぇのか?」
「ルーク……!?」
「ん……まぁそうだな……それが商売なもんでね」
「頼むよ! それなんかティアが大事そうにしてるモンらしいからそれで金払うのは待ってくんねぇかな!?」
「ちょっと何言ってるのルーク! 別にいいって言ったじゃないの!!」
「そうは言ってもなぁ……なら他に料金に見合うものを出せるんなら……ん?」

 馭者はルークの相談に一時考えていたが、ある所に視線を向けると何かに気づいたように顔をそこに近付けた。

「こりゃあ驚いた! 坊主、お前の着ているその服にあるボタン……金銀の彫金細工が施されてるモンじゃないか!!」
「へっ……ボタン?」
「あぁそうだよ! それだったら二個くらいくれるんだったら考えてもいいぞ?」
「そうか、じゃあ!」

 ブチブチッ……!!!

 ルークは躊躇なく袖の方のボタンを引きちぎった。その様子にティアは「あっ……」と言葉を漏らすが……その間に二人は独自に交渉をしていった。

「ほらよ、これでいいんだろ!?」
「よし、ならこいつは返してやろう」

 ルークは馭者から先ほどのペンダントを受け取った。大きなアメジストの宝石を中心としてさがねに彫金が施されていてずっしりと重いものだった。
 そして、それを右手と共にティアに差し出した。

「ほらよ、これでいいんだろ?」
「……ありがとう」

 ティアはそれを愛おしく手に持って静かながらも微笑んだ。その笑顔をみたルークは何処か恥ずかしくなったのか……先に馬車へと乗り込もうとしていた。

「お……おい! 早く乗らねえとお前置いてくかんな!!」
「っ……わかったわ!!」

 こうして、ようやく二人を乗せた馬車はタタル渓谷から出発したのであった。












―――ティア、今日はお前の16歳の誕生日だ……今年はこれをやろう―――

―――これは……兄さん?―――

―――私とお前の母さんの形見だ……大事にしなさい……―――

―――母さんの……―――

―――きっと、お前を見守ってくれているはずだ……無くすんじゃないぞ―――

―――えぇ、ありがとう……兄さん……―――








 運命は詠[うた]い……紡がれていく…………
今回から原作編です……頑張ります。
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