挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~ 作者:ありの みえ

第4章 街での新しい暮らし

74/234

家庭教師の顛末

「こっちれすよ」

 レオナルドの手を引いて石畳を歩く。
 一緒に出かけることがあっても私はほとんど抱き上げられての移動になるので、一緒に歩くことは珍しい。
 そんな珍しいことが起きているのは、レオナルドがカーヤに連れられて入った酒場を知りたいと言い出したからだ。

「一度連れられていっただけなのに、道を覚えているのか」

「信用れきない保護者カーヤれしたからね。ひとりでもちゃんろ帰れるようにって、道お覚えれおきましら」

 他愛のない話をしながら、酒場への道を歩く。
 祭の日はカーヤについて行くのが精一杯で、あまり周囲の様子を見渡す余裕がなかったが、今日はのんびり歩くことができた。
 大通りと中央通以外の場所をほとんど知らなかったが、昼間の通りにはけっこう子どもの姿が見える。
 街を流れる小さな小川を覗くと、子どもが甚平を水着代わりに水遊びをしていた。

「……ここれす」

 看板と店構えを何度も確認して、この店だ、とレオナルドに示す。
 文字が読めないので店の名前は解らないが、場所と外観は合っているはずだ。

「準備中、か」

「入れましぇんね」

 入り口にかけられた小さな看板に書かれた「準備中」の文字が読めたはずなのだが、レオナルドは構わず酒場へと足を踏み入れる。
 生真面目な日本人としては、どうしても準備中=入ってはいけないと受け取ってしまうので、この行動には驚いた。
 店の従業員でもないレオナルドが、準備中の店に入るのは不味かろう。

「だめれすよ、じゅんびちゅーに入ったら怒られましゅ」

「客じゃないから大丈夫だ」

 ……それもっとダメじゃないですか?

 お客ならばお金を落としていく存在なので多少の無作法も許してくれるかもしれないが、お客ではない、でも準備中の看板を無視してお店に入る、というのはどうなのだろうか。
 絶対誰かに怒られるのではないか、とびくびくしながらレオナルドに続くと、カウンターの奥に店長の姿が見えた。

「看板が見えなかったのか? まだ酒場に来るにゃ、早すぎる時間だろ……って、この間カーヤが連れてきたお嬢ちゃんじゃないか。無事だったんだな」

 レオナルドの顔を見て眉を寄せていた店長だったが、私の顔を見るとホッとした顔をして笑う。
 どうやら店長も、カーヤに預けられていた私を心配してくれていたようだ。

「……おりのとちゅうでカーヤに放りだされて、ひとりで帰りましら」

「やっぱりか! カーヤに子守こもりなんてできるわけがないからな」

 なんにせよ、無事に家に帰れたようで良かったな、と言いながら店長に手招かれたので素直に近づく。
 席に着くと冷えたフルーツジュースが出てきたので、お礼を言って口をつけた。
 隣にレオナルドも腰を下ろしたが、レオナルドの前に出されたのは水だ。
 ただの水とはいえ、水がタダみたいな値段だった日本とは違う。
 一応来客としてもてなしはするが、酒場の客としては酒を出してやらない。
 そんな違いかもしれない。

「ティナが酔っ払いに絡まれるたびに助けられたと言っていたので、店主に礼を言いに来た」

「ってことは、アンタがカーヤにお嬢ちゃんを預けた馬鹿か。見る目がないにも程があるだろ。子どもを預けていい奴かどうかは、ちゃんと確かめろ」

「次からは気をつける」

 殊勝な態度で頭を下げたレオナルドに、店長はカーヤの素行と数々の武勇伝を聞かせてくれた。
 私に聞かせてくれた以上の情報量に、改めてカーヤという人物のマズさが解る。

 ……私が保護者だったら、絶対カーヤに子どもは預けないよ。

 レオナルドも同じことを思ったのだろう。
 店を出るころには何度目かの謝罪をされた。






 三羽烏亭で昼食を摂って館へと帰る。
 行きは自分で歩いたのだが、帰りはまたレオナルドに抱き運ばれていた。
 一日中歩き回れるような体力は、今の私にはまだない。

 本来ならカーヤが来る予定の日なので、と午後は律儀にカーヤを待ってみる。
 どうせ来ないだろうな、と待っていたら、やっぱり来なかった。
 契約どおり二日に一回来ていたのは最初の一週間だけだったし、最近は週に一度来るかどうかどうかだった。
 そのカーヤが祭りの後すぐ二日に一度来るだなんて、信じる方がおかしい。
 レオナルドの財布を丸ごと手に入れたカーヤなら、財布の中身が空になるまで来ないと考える方がまだ現実味があった。

「……もう夕刻だというのに、カーヤは来ないな」

「いつもどおりれすよ」

 むしろ私としてはカーヤがおかしいという証明が出来たので、カーヤが予定通りの来ないのは大歓迎だ。
 今日はレオナルドが一緒だったので、ただ待つのも苦ではなかった。
 紙製のコマを使ってずっとリバーシをしていたので、若干コマがくたびれてきたのが気になるぐらいだろうか。

 ……レオナルドさんが家に居るのはいいね。ずっと遊んでもらえる。

 ただ、そんな事を口に出したらアルフが迷惑をこうむることになりそうなので、黙っていることにした。
 タビサやバルトが一日中館にいることはいるが、彼等は仕事として館にいるので、私の暇つぶしに付き合わせるのは悪い気がする。
 結果として、常に一人遊びで時間を潰すしかない私は、最近では蟻の行列を追いかけるのに夢中になって塀に頭をぶつけたことがある。
 追いかけている間は楽しかったのだが、頭をぶつけた時にふと気がついてしまった。
 自称心は大人として、蟻の行列に夢中になるとかおかしい、と。
 そんな歳ではないはずだ、と。

 ……いや、見てる間は楽しくって、いい大人が、とか忘れちゃうんだけどね。

 秋になったら文字を学べるはずなので、文字が読めるようになったら少しは出来ることが増えるだろう。

 夕食の時間にアルフが館へとやって来た。
 レオナルドが急に休みを取ったため、引継ぎが十分に済んではいなかったらしい。
 いくつかの報告と引継ぎ漏れを埋めると、アルフの本日の仕事も終わったとのことで、一緒に夕食を食べることになった。

 ……久しぶりにピンチなーう。

 目の前で繰り広げられる会話に、内心で冷や汗を流しながら忙しく思考する。
 テーブルの上にはタビサの作った夕食の他に、セーク盤と紙製リバーシのコマが乗っていた。
 普段なら食事の時間に食べ物以外をテーブルには乗せないのだが、今日は会話の流れでセーク盤が部屋から運ばれてきている。

「リバーシか……聞いたことのない盤上遊戯ボードゲームだな」

「アルフでも知らないのか……」

 昼間いくつかの店を探してみたのだが、リバーシに似たゲームは見つからなかった。
 似たゲームがあれば紙で作ったコマから卒業できたのだが、ないのなら壊れる度にコマを作り直す必要がある。
 あればいいな、ぐらいの気持ちだったのだが、アルフに聞いたら話がややこしくなって来た。

「ティナはどこでこのゲームを?」

「えっと……」

 ……前世でわりとメジャーなゲームでした、とは言えないよね。

 馬鹿正直にそんなことを言うわけにはいかず、当たり障りのない言葉を探す。
 嘘をつくのは気が進まないが、転生者とはばれない方が良いと、オレリアも言っていたはずだ。

「メイユ村れ、石に色をつけれ遊んれました」

 ダルトワ夫妻が教えてくれたので、どこ発祥のゲームかは知りません、と言葉を探しながら答えると、歯切れが悪いのは記憶を探りながら話しているため、とレオナルドが勝手に誤解してくれた。
 こういった鈍感さは、少しありがたくもある。
 ダルトワ夫妻の子どもは日本人の転生者だったそうなので、万が一にも他の転生者がリバーシに気づいたとしても、私が転生者だと疑われることはないだろう。

 夕食の後は、三人でリバーシをやった。
 単純なルールなのでアルフもすぐに覚え、三人の中で一番弱いのはレオナルドという面白い結果に終わる。
 コマがないのなら作れば良い、とか言い出したので、アルフは相当リバーシを気にいっているようだった。

「コマを作りゅ、って紙れれすか?」

「鍛冶屋か細工屋かは判らないが、注文すればすぐに出来るんじゃないか?」

 アルフの言うことには、セーク盤やコマは基本の形が決まっているが、材質などは製作者の趣味で作られるらしい。
 芸術家に石でコマを作らせたり、金銀を使ってセーク盤を作ったりと、自分の財力を見せ付けるために恐ろしく豪華な一品物を作らせる貴族もいるのだそうだ。
 バルトが教えてくれたのだが、館にあったセーク盤は、何代か前の館の主が使っていたものらしい。
 木彫りの盤とコマは、豪華さとは程遠い素朴な仕上がりで好感が持てる。
 それぞれの職人が作るものと思えば、材質に拘らなければ、ただ六十四個のコマの片面に色を塗るだけなので、リバーシのコマはすぐに作れる気がした。

「テーブルの足みらいな丸い棒お輪切りにしららコマになりましゅかね?」

「そうだな。コマは丸い方が安全かもな」

 丸い棒を輪切りにしてコマを作る。
 表面をやすりで整えて手触りを良くし、片面に色を塗ればコマは完成する気がした。
 リバーシからいつの間にかコマを作る話になり、メモを取り始めたアルフにコマを入れておく箱も欲しい、と言ってみる。
 盤はセーク盤を使えば良いと思っていたが、コマを入れる箱も一緒に作れるのなら、その箱を折りたたみ式のリバーシ盤にしてしまえば良いと思ったのだ。
 折りたたみのリバーシ盤など、前世では当たり前にあった。

 いくつかの注文をまとめ、サイズなどを決めてアルフがメモをまとめる。
 この日最後のリバーシ対決は、負けた方がリバーシ盤の支払いをするという賭けになっていた。






 しばらく休みを取ったというのは本当だったようで、翌日もレオナルドは館にいた。

 ……よく考えたら、こんなに一緒にいるのって初めて?

 オレリアの家でもレオナルドは素材採取に付き合っていたので、夜以外は家に居ない事が多かった。
 本当に朝から晩まで一緒にいて、ただ遊ぶだけというのは初めてだ。

 案の定、リバーシ盤の支払いを賭けた勝負にレオナルドが負け、朝から木工工房へ顔を出す。
 様々な材木が並んでいるのを眺めている間に注文は終わっていた。

 午後は館でセークに挑戦したり、本を読んでもらったりとまったり過ごし、追想祭が終わって四日目の朝が来る。

「レオにゃルドさん、そろそろお仕事行っら方がよくないれすか?」

 私の機嫌なら直りましたよ、と朝食の厚切りベーコンをナイフで一口サイズに切りながら言ってみる。
 機嫌が直るも直らないも、暴れたのはレオナルドがあまりに私の話を聞いてくれないからであり、カーヤの素行について理解してくれた時点で私は満足していた。
 私の機嫌が悪いという名目で、あまりレオナルドの仕事をアルフに押し付け続けるのも忍びない。

「そうだな。そろそろ仕事に戻らないとな」

 そう答えてはいるのだが、レオナルドは戻るとはっきりは言い切らない。
 その理由は、午後になって判った。

 ……今日はカーヤを待たずに三階にいなさい、って言われたけど?

 下の階から物音がしたので窓から外を見てみたら、黒騎士が隊をなして正面玄関前に整列していた。

 ……いったい何事?

 さすがにおかしいと不安になり、居るようにと言われた自室からこっそり抜け出す。
 階段から下を覗いてみたのだが、黒騎士が二階に上がってくる様子はなかった。
 ならば一階に用事があるのだろうか、と足音を忍ばせて階段を下りる。
 居間へと続く廊下には、数人の黒騎士とアルフが立っていた。

「アルフさん、何してりゅんれすか?」

 仕事中なのは判るので、声を潜めて聞いてみる。
 私の声に気が付いたアルフは、唇に人差し指を当てて「静かに」というジェスチャーをした。

 ……なんだろ?

 首を傾げながら近づくと、無言で居間へと続く扉を示される。
 耳を澄ませると、微かな話し声が聞こえてきた。

 ……レオナルドさんと、カーヤの声?

 何か言い争っているようにも聞こえるが、相手がカーヤならば追想祭のことでレオナルドと話しているのかもしれない。
 それでアルフが黒騎士を率いて館にやってくる意味は判らないが、間違いなくカーヤに対しての黒騎士なのだろうことは判った。

 ……貴族の、髪飾りとか言ってるんだけど?

 なんとか聞き取れる言葉から、追想祭の話ではなく髪飾りの行方についての話がされているらしいと判る。
 覚えはないのだが「貴族の髪飾り」が私の部屋に置かれていたことになっていて、その行方についてカーヤと話をしているようだ。

 ……髪飾りについてはアルフさんに相談したけど?

 繋がりがいまいち理解できず、ついアルフを見上げる。
 私と目が合ったアルフは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 ……あ、今のでわかりました。貴族の髪飾りってのは、アルフさんが用意した罠ですね。

 私の理解と同時に、アルフと黒騎士たちは居間へと入っていく。
 出てくる時にはカーヤの手には縄がかけられていた。

 連行されるカーヤを見送っていると、レオナルドに呼ばれる。
 そういえば三階に居るように言われていたと思いだしたが、呼ばれたので近づくと、いつものように抱き上げられた。

「ティナはカーヤをどうしたい?」

「わたしの先生じゃなくなれば、それでいいれす」

 カーヤについては色々思うこともあるが。
 真っ先に出てきた答えがこれだった。
 私の先生でなくなれば、それでいい。
 私の目の前から消えてくれて、私にかかわりのない所で生活してくれるのなら、それだけでいい。
 基本的にカーヤのような人間とは係わり合いになりたくないのだ。

「……それだけでいいのか?」

「はいれす」

 カーヤについてはこれで終わった。
 私の家庭教師としては解雇され、髪飾りの窃盗犯として裁かれるようだ。

 後日になるが、レオナルドがカーヤの処分を教えてくれた。
 カーヤが盗んだ髪飾りの持ち主である貴族の領地へ連れて行かれ、そこで農夫の妻になったらしい。
 嫁入りが罰になるのだろうか、と不思議に思って聞いてみたら、事実上の街からの追放だと説明してくれた。
 カーヤのような派手好みの女には、いい薬になるだろう、ということだった。
ちなみに、

窃盗の罪をレオナルドに裁かれる > 罰金か最大三年間の牢屋暮らし(この国の刑罰として常識の範囲内)
レオナルドの想定するアルフに裁かれる > 領地にでも連れて行って農夫の嫁(=街からの追放)
窃盗の罪を貴族に裁かれる > 貴族の気分しだい
ティナへの行為をアルフに裁かれる > アルフの気分しだい(効果:小)
(オレリアの可愛がっている)ティナへの行為をアルフに裁かれる > アルフの気分しだい(効果:大)

です。
ティナの耳に入るのは当たり障りのない内容だけに変換されます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ