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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~ 作者:ありの みえ

第4章 街での新しい暮らし

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閑話:レオナルド視点 慙愧祭とその顛末 1

 ティナが夜祭から一人で帰ってきたらしい、と報告を受けたのは砦に戻ってからだった。
 門番からの報告の他に、警備のため通りの要所に立っていた騎士からも同じ報告がいくつかきている。
 最初こそ驚いたが、無事に戻ってきたという報告も同時にあったので、それほど取り乱すことはなかった。

 ……なんで一人で帰ってきたんだ? 大人カーヤをつけただろうに。

 何がどうなってそのような状況になったのかは判らないが、事実であればティナを叱らなければならないし、無事の確認もしたい。
 私事わたくしごとで砦を開けるのは褒められたことではないが、ティナの様子がおかしいという報告も来ている。
 今日ばかりは公私を曲げて予定外の時間ではあったが館へと足を向けた。

 ……家庭教師が生徒を夜の街に放り出して宴会に参加って、おかしいだろう、どう考えても!?

 ティナに嫌われたくはないが勇気を出し、一人で夜道を帰ってきたことについてを叱ったら、逆にティナから怒られた。
 今までにない怒り方だった。
 用件を告げた直後は落ち着いていたのだが、深く息を吐いたと思ったら椅子を移動させて俺の横へとやってきた。
 そして椅子の上に立ちあがったと思ったら、力いっぱいクッションを振り回し始めたのだ。
 可愛らしい腕力でクッションを振り回しながら「レオにゃルドさんのアホーっ!!」と力いっぱい叫んだ。
 正直なところクッション自体はまるで痛くなかったのだが、ティナの言葉は痛かった。
 全身全霊で俺への怒りをぶつけてきたのだ。
 これまで多少どころではなく放置しすぎだな、と思うような扱いであっても文句一つ言わなかったティナが、泣きこそしなかったが大声をあげて両手両足を振り回して怒ったのだ。

 ……余程腹にえかねたんだな。

 悪いのは自分ではなく俺がお目付け役として付けたカーヤである、とティナは主張した。
 そして、ティナの視点で語られたカーヤの言動をかえりみるに、それは正しい。
 ティナ自身、夜道を子どもが一人で歩くのが危険な行為であることはちゃんと理解していた。
 理解していたが、俺の付けた子守が仕事を放棄したせいで、そうせざるを得ない状況に陥ったのだ。

 ……良く無事に戻った、と褒めてやるべきだったのかもしれない。

 ひとしきり暴れたティナはすっきりしたのか、いつの間にか腕の中で眠っていた。
 三階の自室へ運んでやると、一度目を覚ましたティナはベッドにあがって熊のぬいぐるみの足に抱きついた。
 ジンベーとティナが名付けた熊のぬいぐるみは、最近のティナのお気に入りだ。
 ジンベーの足を抱きこむとそのまま眠りに落ちたティナを見れば、自分よりもジンベーの方が頼られているのがわかる。
 少々面白くはないが、ティナの言うことをろくに聞いていなかったのだから、物を言わないぬいぐるみ以下の信頼度なのは仕方がないのかもしれなかった。






 自室に戻るとバルトとタビサを呼ぶ。
 普通使用人は主の耳に入るような場所で他人の噂話などしないものだが、今回は報告として最近の館の様子を聞く必要がある。
 ティナの言葉は、もう疑ってはいない。
 普段から聞き分けが良く、俺の手を煩わせない子どもが、あれだけ全身全霊で自分の無実を訴えたのだ。
 疑うべきは、カーヤの言葉である。

「……どんなに小さなことでもいい。俺が雇い入れた家庭教師が来るようになってからの館の様子を話せ」

 椅子に座ってそう声をかけると、先に口を開いたのはタビサだった。
 館内の仕事はタビサとバルトがその時々で手分けをしてこなしているが、タビサは女性ということでティナの世話をすることも多い。
 そうなると、自然にバルトよりカーヤの実体を見ていると言うことになる。

「家庭教師が予定通り二日に一度来ていたのは最初の一週間だけでした。その後は三日に一度、四日に一度となり、近頃では週に一度しかティナ嬢様のもとへは顔を出しておらず、授業らしい授業も行われてはおりませんでした」

 ティナの訴えとほとんど変わらない。
 ただ同じ使用人として意図して記憶していたのか、タビサの報告の方が少し詳しいぐらいだ。

「私は授業内容も見守らせていただきましたが、あのような無作法を身に付けさせては、ティナ嬢様のためになりません」

 俺の前では評判どおりの非の打ち所のない姿勢や振る舞いをしていたが、俺の見えない場所では違ったようだ。
 タビサの語る授業内容は、とてもではないがティナの身に付けさせるわけにはいかない。
 ティナが家庭教師の教えどおりの人間に育ってしまえば、サロモンに申し訳がたたない。
 貴族の娘としてティナを返すことになった時、ティナが困らないよう幼いうちから礼儀作法や所作を身に付けさせようと思ったのだが、カーヤを教師として付けていては真逆の効果が出てしまう。

 頭を抱えたくなる家庭教師の実体に、今度はバルトの視点から見た話を聞かせてくれた。

「二日に一度姿を見せたと言うところまではタビサと私も同じですが、私は逆に授業のない日にもカーヤを見かけました。直前に裏門へと向かう嬢様を見ておりましたので、間違いありません。門番にもご確認ください」

 タビサが館中を歩き回り、髪飾りを探していたのは、授業のない日にカーヤを見かけた翌日だと言う。
 古くから館に仕える使用人ということで、二人とも実に良く館の事を把握していた。

 ……もっと早く実体を報告して欲しかった、というのは俺の怠慢だな。

 使用人は主人に忠実だが、そのために分を越えて主人に進言するようなことはしない。
 聞けば聞かれたこととして答えるが、聞かない限りは使用人の醜聞など主人の耳には入れないのだ。
 そのようなことをすれば、問題のある使用人を雇った主人の失敗である、と使用人の側から指摘することになってしまう。

 バルトからの報告に今度こそ頭を抱え、二人を下がらせる。
 せっかくのお祭りなのだから、とティナに夜祭を見せてやろうと思ったのだが、ティナにとって良い思い出にはならなかったのは間違いなかった。






 ティナも大事だが、心置きなくティナにかまけるためには、先に仕事を片付けなければならない。
 三階で眠るティナを気にしつつ砦に戻ると、執務室にはアルフが来ていた。
 我が物顔で執務机に備え付けられた椅子に座っていたアルフは、人の顔を見るなり「いい男になったな」と笑う。

「……なんのことだ?」

「気づいていなかったのか?」

 苦笑いを浮かべながら手渡された鏡を覗き、眉を寄せる。
 指摘されるまでまったく気づかなかったのだが、顔中に小さな引っかき傷がついていた。
 赤く蚯蚓みみずれになったそれは、もしかしなくともティナが小さな爪で引っ掻いた跡だ。

「案外仲良くなっていたんだな。そんな傷を付けられるなんて」

「俺とティナは最初から仲がいいぞ?」

「そう思っているのはおまえだけだ」

 目をすがめて人を馬鹿にするような顔を作り、アルフは小さく肩を竦めた。

「普通の子どもは、家族相手に「です」とか「ます」なんて口の利き方はしないからな」

 そう指摘されて初めて気が付いた。
 ティナは基本的に「です」「ます」と丁寧な言葉を使おうとしている。
 誰に対してもそうだったので、そういう性格なのだろうと思っていたのだが、思い返せば実父のサロモンには対してはもう少し子どもらしい喋り方をしていた気がする。
 それに「誰に対して」と言っても、ティナにとって周りの大人はまだ出会って二・三ヵ月の他人ばかりだ。
 くだけた喋り方ができないとしても、不思議はない。

「……俺はまったくティナに信頼されていなったのか」

 初めて知る事実である。
 軽くショックだ。

「さすがに「まったく」ってことはないと思うが……まあ、暴力に訴えてくるぐらいには気を許してくれたんじゃないか?」

 まったく信頼されていなければ、暴力にすら訴えない。
 この人はこういう人間なのだ、と諦められてただ唯々諾々とやり過ごされるだけだ。
 手段はともかくとして、反応を返してくれるだけまだ見込みはある。

「単純にティナが耐えるに耐えられなくなっただけかもしれないが」

「……励ましてくれる気があるんなら、最後まで励ませよ」

「ティナの味方はするが、おまえを甘やかせるつもりはない」

 おまえの女運の悪さは直らないな、とアルフは紙の束を丸めて俺の頭を軽く小突いた。
 女運が悪いと言われれば、否定のしようもない。
 王都に居た頃も、今回のカーヤも、ある意味では自分で撒いた種だ。

「それで、ティナがおまえの顔に引っ掻き傷を残すほど怒った理由は?」

「……少し前に家庭教師を雇ったと話しただろ? それでちょっとな」

「ああ、カーヤとか言う家庭教師か。……は? 今さらアレがおかしいって気が付いたのか?」

 さすがに鈍すぎるだろう、と今度はアルフが頭を抱えた。

「おまえが頭を抱えるってことは、気が付いていたのか?」

「ティナに相談されてすぐに調べた」

 そう言って、アルフは丸めたばかりの紙の束を伸ばす。
 ヒラヒラと紙の束を振り出した所を見ると、その束に調べた内容が書かれているのだろう。

「……おかしいと思ってたんなら、教えろよ」

「私より先にティナが相談した、と言っていたのに、まともに取り合わなかったおまえに言われたくはないな」

 本来は他人であるアルフより、保護者である自分が真っ先に対処すべきことだった。
 ティナもその辺は弁えていたので、何度となく自分にカーヤの素行について話している。
 ただ自分が、まさか家庭教師などという人を導く職についている者が、約束の日時も守れない、それどころか職場に来ることすら連絡もなしに放棄する無責任な真似をするとは思いもしなかったのだ。
 結果としてティナの発言を軽く流し、彼女を傷つけることになった。

「おまえがまともに対処しなかったから、ティナはティナなりに自衛をしたみたいだぞ」

 言いながらアルフに差し出された紙の束へ目を落とす。
 そこには騎士や兵士の視点から見た、昨日のティナの行動が報告として並んでいた。
 ティナは街角に立つ騎士や兵士に声をかけ、人の記憶に残るよう行動していた。
 一般人が相手でも効果があるが、警備をする騎士に話しかけるという行為は防犯面で案外効果がある。
 一度でも言葉を交わせば意識に残り、無意識下で意識され、見守られるのだ。
 ましてティナは小さな子どもだ。
 子どもが一人で歩いていれば自主的に送るまでの行動は起さなくとも、姿が見えなくなるまで見守る大人だって周囲にはいるだろう。

「通りに立つ騎士に声をかけたなら、そこで黒騎士を頼るのが正解だろう」

「頼るべき大人レオナルドが頼りにならないから、大人を頼るって発想にならなかったんじゃないか?」

 アルフの言葉が胸に突き刺さる。
 思い当たることがありすぎた。

「ティナの帰り道に関する報告のついでに、祭祀前のティナがどこに居たのかも報告があるぞ」

「……聞きたくないが、聞かせてくれ」

 ティナやタビサの語るカーヤという女の人物像を思いだせば、ろくな報告が聞けないことはもう判る。
 しかし、聞かないわけにはいかない。
 愚かな自分が家庭教師という看板を信じ、カーヤにティナを預けたのだから。

「カーヤはティナを連れて露店を覗いた後、祭祀の時間まで酒場にいたようだな」

「……子連れだぞ?」

「諦めろ。元々まともな女じゃない。常識的かつ良識的な行動を期待する方が間違っている」

 その後も耳を塞ぎたくなる報告が続いた。
 あろうことかカーヤはティナを酒場へ連れ込み、そこでティナを放置して自分は知人と酒盛りを始めたらしい。
 見かねた店主がティナを匿い、酔っ払いどもから守っていたそうだ。
 酒場に居る間にカーヤがティナに話しかけたのは店に入った時と、出る時のたった2回のみ。
 本当に連れまわしただけで、世話も何もしていない。

「カーヤ自身についての調べも終わっているが……?」

「手回しが良すぎないか?」

 追加で差し出された報告書に目を通し、眉間を押える。
 アルフの調べたカーヤの情報は、ティナから聞いていたものが可愛らしく感じられるほどの物だった。
慙愧の念でお祭り状態なのはレオナルドの脳内。

誤字脱字の修正はまた後日。

誤字脱字、見つけたところは修正しました。
3日の更新はおやすみします……と言いたいところですが、風邪が治るまで2・3日おやすみします。
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