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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~ 作者:ありの みえ

第3章 砦の街グルノール

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ジャン=ジャックのお買い物 1

 レオナルドがたまに帰宅できるようになったとはいえ、まだまだ隔離区画には多くの人間が閉じ込められていた。
 回復してくる者が出てきているのは確かだったが、だからと言ってすぐに隔離区画から開放はできない。
 回復した患者の瘡蓋かさぶたや唾液にはまだ感染力があるらしく、本人の症状がおさまったからと楽観はできなかった。

 近頃レオナルドとセドヴァラ教会の頭を悩ませているのは、むしろ回復した患者達の今後の身の振り方についてだ。
 ワーズ病の残された資料によると、最低でも一年は瘡蓋や唾からの感染力は衰えないらしい。
 感染源が力を失うまでの間、回復した患者たちをどこにまとめて置くか、が当面の新しい問題だった。

 回復した騎士は隔離区画の見張りとして立てればいいし、娼婦の一部は隔離区画の世話係として雇えばいい。
 が、全員を雇うことは不可能だ。
 人手が必要なのは、感染者が多い今だけである。
 感染力を失う一年を待っている間に患者が消え、それまで患者だった者が世話係に変わる。
 そして、その世話係が世話をするはずの患者は、順調に病の隔離が成功していればいなくなっているはずなのだ。

 ……村が何個か丸ごとなくなっちゃったみたいだし、そこに新しく村を作って住めばいいと思うんだけどね?

 農村が無くなれば、国の税収も減る。
 謎の伝染病にかかった者など、絶対に感染はしないという保障があったとしても、感染しなかった人間からしてみれば隣に住まれるのは嫌だろう。
 きっと感染者たちがこれからも街に住もうと思えば、周囲との様々な軋轢がうまれることは避けられない。

 ……まあ、村を作るにしても家を建てたり色々必要になるし、これまで街に住んでいた人にいきなり農村へいって畑を耕せ、って言っても難しいんだけどね。

 単純に考えればこれ以上ない解決法な気がしたが、細かく詰めれば粗だらけで無理がある。
 どちらにせよ、私の考えることではないのは確かだ。
 セドヴァラ教会と相談し、決定を下すのはレオナルドとなる。

 ……レオナルドさんが領主的な仕事までしてるとは知らなかった。

 隔離区画を作って感染者を閉じ込める仕事を考えれば、いざという時は武力が必要になり騎士が担当するのはなんとなく解らなくもないのだが。
 回復した感染者の身の振り方を考えるところまで、レオナルドの仕事だとは思わなかった。
 どちらかと言えば文官の仕事ではないのか、と聞いてみたら、砦を預かるレオナルドの仕事である、とアルフが教えてくれた。
 正確には、レオナルドが預かっているものは『グルノール砦』ではなく『砦の街グルノール』である、と。

 子供用に噛み砕かれた説明だったので、本当に大雑把な説明だったが。
 騎士団にはそれぞれに領地のようなものが用意されており、そこの税収で騎士団を養っているとのことだった。
 一応基本的な方針は王都へと伺いを立てる必要はあるが、ある程度自由な裁量ができるらしい。
 さすがに騎士に税の収支の計算や領地の運営を丸投げすることはなく、ちゃんと王都から派遣されている文官もいるとのことだった。
 むしろ、その文官がいるからこそ、黒騎士が実力主義だと言いながら冗談のような方法でトップを決めていても領地の運営が出来ている。

 ……複雑すぎて良く解りません。自衛隊の偉い人が県知事やってるようなもの?

 前世では政治や自衛隊にそこまで興味はなかったので、アルフの噛み砕いた大雑把な説明ですらも良く解らなかった。
 もしかしたら、日本で暮らした前世の感覚があるせいで余計に理解し難いのかもしれない。

 ……日本には騎士も領主も領地も無かったし、ここまで宗教が暮らしに密着してもいなかったしね。

 どちらにしても、一般人として普通に生活をしている分には一生縁の無い職種の人間であっただろう。
 たまたま引き取られることになった騎士が、砦で一番強かっただけの話だ。






 ……そろそろ三階のシーツ換えが終わって、シーツが集まる時間だね。

 私は相変わらず隔離区画に出入りしている。
 回復した人間をそのまま人手として雇っているので、人手はそれなりに足りているのだが、既にほとんどの患者と顔なじみになってしまっていたので、人手が足りたからといって見舞いを止めるのは憚られた。
 普通の病気ならいつか街の中でばったり出会って「あら、お久しぶりです」と挨拶を交わすこともあるかもしれないが、この隔離区画の、特に二階三階にいる患者達とは、ここで別れたら外で再会することはほぼ無い。
 次に再会するのは、何十年も後の、死んださらにその後だ。
 看取りたいと言うわけではないが、背中を向けることもできなかった。

 シーツの集められた廊下の一角へと足を向けると、大きな音と共に一瞬世界が揺れる。
 反射的に地震かと思ったのだが、周囲の人間は慌てることなく、瞬いている。
 呆然としていられるという事は、今の揺れは地震などではなかったということだ。

 ……ジャン=ジャックの部屋の方?

 音の聞こえた方へ首を巡らせると、最近地下から三階へと戻されたジャン=ジャックの部屋がある。
 今日はレオナルドが来ていたはずなのだが、暴れてベッドから落ちでもしたのだろうか。
 無視するには大きすぎる音だったので、ジャン=ジャックの部屋を覗いて見ることにした。

「ジャン=チャック、暴れれベッドかりゃ落ちれもした? すごい音らったけろ」

 覗き込んだ部屋では、予想通りジャン=ジャックの姿はベッドの上にはなかった。
 ただ、てっきりベッドの横から落ちでもしたのかと思っていたのだが、ジャン=ジャックの体は壁際にサイドテーブルと共に倒れていた。

「え? 何ころれすか? ジャン=チャックが何か悪いころしらの?」

 レオナルドとアルフとジャン=ジャックが部屋に居て、ジャン=ジャックは居るはずのベッドの上ではなく壁際にいる。
 となれば、ジャン=ジャックが何か二人を怒らせることをしてしまい、壁際まで飛んで逃げたのだろう、と判断した。

 ……我ながらジャン=ジャックに対する信用皆無だね。

 決め付けるのはどうかと思うが、レオナルドとアルフがジャン=ジャックのような粗暴な行動をするとは思えない。
 となれば、ジャン=ジャックが壁際にいる理由として私に考えられるものは、ジャン=ジャックが自分で壁際まで行った、しかなかった。
 ジャン=ジャックがいる壁の少し上の部分がへこんでいるような気がするが、きっと気のせいだ。

「……ティナ」

「はいれす」

 呼ばれて素直にジャン=ジャックから視線をレオナルドへと移す。
 少し固い声をしたレオナルドの顔は、アルフががっちりと手で隠していた。

 ……ジャン=ジャックは、レオナルドさんに何言ったの? 私に見せられない顔になってるみたいなんだけど……?

 レオナルドがどんな形相になっているのかは判らなかったが、レオナルドを怒らせた結果が壁際のジャン=ジャックなのだろう。
 ジャン=ジャックが右頬を擦っているので、もしかしたらレオナルドに殴られたのかもしれない。

 ……レオナルドさんが殴ったんだとしたら、壁際まで吹き飛ぶ勢いで殴ったってこと?

 レオナルドだけは怒らせないようにしよう。
 自分はただの幼女だ。
 ジャン=ジャックのように壁まで吹き飛ぶ勢いで殴られたら、それだけで死ぬ。

「……ティナ、ジャン=ジャックと街へ買い物に行っておいで」

 私に見せられる顔になったのか、アルフがレオナルドの顔を隠していた手を退けた。
 アルフの手の下から出てきた顔は、一応笑っているのだが怖い。
 ジャン=ジャックのせいもあるが、前髪を上げたレオナルドの顔には未だに慣れることはできていなかった。

「お買い物れすか? ジャン=チャックは外へらしていいのれすか?」

「感染をばら撒く心配があるから、馬車で移動して、一緒にセドヴァラ教会の人間もつける。移動先の消毒をする必要があるからな」

 ジャン=ジャックのお出かけだけで、随分な騒ぎである。
 感染者を外へ連れ出し、そのために消毒を行なうセドヴァラ教会の人員を借りてくるなどと。

「完全に治りゅまれ、隔離区画かりゃ出さないほうがいいんじゃないれすか?」

「そうも言っていられない事情ができた。外に感染を持ち出さないよう最善を尽くすから、ティナはジャン=ジャックと行っておいで」

「ジャン=ジャックはお留守番れ、他のしとにお使いに行ってもりゃうんじゃらめなんれすか?」

「それが一番いいんだが……」

 そう言い淀むレオナルドに、壁際のジャン=ジャックが慌てて食い下がってきた。

「団長! アレは俺がっ! 俺がどうしても……っ!!」

「口を開くな」

「は……っ!」

 ジャン=ジャックは何事かを言い募ろうとして、レオナルドに一蹴される。
 ジャン=ジャックを隔離区画の外に出すことは相当不本意らしく、レオナルドの顔がまた顰められた。

「アルフはジャン=ジャックの見張りだ。外へ買い物に行きたいだなんて話が全部嘘で、隔離区画から逃走をはかりたいだけかもしれないしな」

「団長、俺は嘘なんかついちゃぁ……」

「たった今盛大に俺の信頼を裏切ってくれた奴が何を言っている」

 ジャン=ジャックが口を開くたびにレオナルドの機嫌が悪くなるのが判る。
 低い静かな声なのだが、根底に怒りが潜んでいた。

 ……ジャン=ジャックは、ここまでレオナルドさん怒らせるとか、何したの?






 アルフの用意してきた箱型の馬車に、成人男性三人と幼女一人で乗り込む。
 座席の数を見ると六人乗りなのだが、狭く感じた。
 セドヴァラ教会の人間をつけると言っていたのだが、馬車に乗り込んできたのはジャスパーだった。
 ジャスパーと消毒に使う機材と薬品で、馬車の座席が占拠されている。

「……狭い」

「一応外に荷台があるが……」

「なんれそっちに乗せにゃいの?」

「この消毒液は日に当てない方がいいからな。馬車で移動するなら、中に乗せるほうがいい」

 ……紫外線で変質するとか、そういう事ですかね?

 ちょっとした疑問ではあったが、聞いたところで返答があるとは思えなかったし、詳しく返答されても逆に理解できなくて困るので、あえて心の中でだけ突っ込む。
 そうするとジャスパーはほとんど無駄口を開かない。
 相変わらず、仕事以外では無駄口のない、付き合いやすい人間である。

 ……いじわるで、ちょっと苦手なんだけどね。

 窓側の席を確保し、座席に腰を下す。
 乗り心地はあまり良さそうではないのだが、小さな窓から覗く外は、少し新鮮な気がする。

「馬車、初めてれす」

「この間レオナルドと街に出かけていただろう? その時に乗らなかったのかい?」

「レオにゃルドさん、わたしが通っていい道とか教えたかったみたいで、ありゅきでお出かけしましら」

 ついでに、あの日に寄った店は仕立屋と靴屋とお菓子屋、それから中古洋品店だとアルフに答えたら、苦笑いを浮かべられた。
 レオナルドの散財具合が想像できたのかもしれない。

「……レオナルドがティナに教えた通っていい道、ってのは?」

「女の子が一人れ歩いても安全な道ら、って言っていましら。大通りろ、商店街と、騎士しゃんのお家が一杯ありゅ区画ぐらいれすが、一応もう一人れ出歩いてもいいみらいれす」

 指折り数えて教わったことを復唱すると、アルフに商店街は北側の商店街のみ、と訂正された。
 どうやら街の南にも商店街があるらしい。
 禁止されるということは、治安が違うのだろうか。
 そう考えると、私がレオナルドに案内された店の客や通行人は、みな良い仕立ての服を着ていた。
 富裕層が多い区画だったのだろう。
 富裕層が多い区画ということは、警備の目も多いはずだ。

「これからこの馬車が通る道は、覚えてもいいけど、ティナは歩いちゃいけないよ」

「行っちゃいけらいとこへ、行くんれすか?」

「今日は特別だから、護衛が三人もいるだろう?」

「一人病人れすけどね」

 ついでにもう一人は騎士ではなく、セドヴァラ教会の学者だ。
 アルフとそんな会話をしながら、流れる外の景色を眺める。
 この買い物のために外へと出たがっていたジャン=ジャックは静かなものだった。

 ……このあたりの人は、服に継ぎ接ぎとかあるね。

 継ぎ接ぎのほかにも、布にくたびれた印象がある。
 染みがついていたり、アイロンをかけていなかったりと、レオナルドの家の周囲にはいない感じだ。

「今はどのあたりにいりゅんれすか?」

「職人通りだよ。もう少し行くと問屋通りになって、その先は南の商店街。商店街を越えると下町があって、門があって、門の外は街の外だ」

 窓の外から目を逸らさずに話しをしていると、あまり窓から顔を出さないように、とアルフから注意される。
 理由を聞いたら、馬車で移動する子どもなんて、お金持ちの子どもだと思われるからだ、と教えられた。
 悪い大人に顔を覚えられたら、誘拐されるぞ、と。

 ……それは確かに注意した方がいいね。

 私自身はただの村娘だが、私の保護者になったレオナルドは違う。
 仕事があるため基本的には放置されているのだが、レオナルドの可愛がり方はネジが数本外れているとしか思えない。
 肌触りの良い高級な布を贅沢に使った服や靴、砦の隔離区画へしか出かけないのだが帽子や鞄もたっぷりと買い与えられた。
 保護者に用意された服を着ているだけなのだが、今の私の姿はどこからどう見てもお金持ちのお嬢様だろう。
 一人で出歩かない方が良い理由は、女児だからという以外にもあった。
長くなったのでここまで。
レオナルドは忙しい。
ティナの感覚では騎士団長は「自衛隊の偉い人」ぐらいですが、たぶん自衛隊の偉い人は剣持って前線になんて立たずに背広きて会議室や机の前で仕事してる人だよ、と思ったところで平時のレオナルドの仕事もそんな感じだった。
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