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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~ 作者:ありの みえ

第3章 砦の街グルノール

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隔離区画

 ……女の人も結構いるね。

 騎士の詰める砦なのだから、男性が多いのは納得なのだが。
 女性の数もやはり多かった。

 ……ジャン=ジャックの馴染みの娼婦とか言ってたっけ?

 たしか、オレリアの家で漏れ聞こえた報告に、そんな言葉が混ざっていた気がする。

 ……娼婦に感染してたら、そりゃあっという間に広がるよね。

 ジャン=ジャックの行動範囲を把握していたアルフが、ジャン=ジャックの感染に気づくと同時に娼館の閉鎖や娼婦の確保、隔離の指示を出したのが功を奏したのだろう。
 隔離施設に収容されている人数は多いが、街全体への広がりは防ぐ事ができている。

 ……やっぱ、まずはお掃除した方がいい気がする。

 一応の掃除をしたらしい形跡はあるのだが、部屋数の問題か、病人に近づきたくないという心情からか、清潔好きな元日本人としては及第点にすら届いていない惨状だ。
 部屋の隅には埃が見えるし、洗濯は替えが無くなったら仕方がないからやる、とでもいうように部屋の隅に積み上げられている。

 ……あ、シーツ替えるふりして裏返しただけだ。意味無いよっ!

 感染者の数に対して、世話をする側の人数が圧倒的に足りない。
 一応の衛生観念があるようではあるのだが、世話をする側が黒騎士という基本男性揃いなためか、全ての作業が雑で目に余る。

 ……テレビで一日履いた靴下を裏返してもう一日履く、って言ってる人見たことあるけど、リアルにやる人がいるとは思わなかった。

 日本では眉を顰められる行為だったが、ここでは違うのだろうか。
 それとも忙しさから感覚が麻痺しているのだろうか。

 ……ざっと見てみたけど、あれだ。圧倒的にお世話する人の手が足りない。

 血の付いた包帯が替えられないのも、シーツを裏返して使っているのも、洗濯物がただ積み上げられているのも、要は人手が足りないだけだ。
 清潔さを保つだけである程度の病気は防げるはずだが、これでは病を閉じ込める事はできても、あとは悪化するのを待つしかない。

 ……アルフさんに、人は増やせないのか、って聞いてみよう。

 ここの惨状は、私の生活態度うんぬん以前の問題だ。
 まだ一階に居るだろうか? と階段を下りる。
 ざっと一階を探してみたが、アルフは見つからなかった。

 ……もう帰っちゃったのかな? 副団長って、偉い人だろうし。

 一応出入り口を覗いてみよう、と隔離区画へ出入りする前に必ず入るように言われている部屋を覗く。
 部屋の中には簡易な風呂と、着替え用の衝立ついたて、セドヴァラ教会が用意したという消毒液がある。
 区画に入る時はともかくとして、出る時には外へ病を持ち出さないように風呂と消毒液で体を清める必要があった。

「アルフさん、居ますか?」

 着替え中だったら不味いので、と一応ノックをしながら声をかける。
 中からの返事はない。

 ……もう帰っちゃったのかな?

 そう思って中を覗くと、外へと続く扉の前に黒騎士が一人立っていた。
 隔離施設内の人間が勝手に外へと逃げ出せないように、見張りをしているのだ。

「……なんでおまえがこんなところに居るんだ?」

「はい?」

 衝立の陰から聞こえてきた声に、首を傾げながらそちらへと体ごと向き直る。
 衝立の奥に立っていたのは、先日白衣の集団と共に館を訪れたジャスパーだった。

「えっと、チャスパーさん」

「ジャスパーだ、ジャ・ス・パ・ー」

「チャ・ス・パ・ーさん」

 何度か言い直しをさせられるのだが、どうしても「ジャスパーさん」と言えない。
 私が正しく発音するにはちょっと名前が長いのだ。

「……『さん』を取ってみろ。ジャスパーだ」

「年上の人、呼び捨て、ダメ」

「名前をちゃんと呼べない方がダメだろう。ほれ、言ってみろ」

 親しくも無い年上の男性を呼び捨てにするなどと、元日本人としてはどうしてもやり難いのだが。
 本人がそう言うのだし、と内心の引っかかりは押し込めて「さん」を取ってみることにした。

「ジャスパー……しゃん」

 ……あれ? 言えた?

 やはり「さん」は「しゃん」と噛んでしまったが。
 名前だけを呼ぶ分にはちゃんと言えた。

「ジャスパー、ジャスパー……チャスパーさん」

 欲張って「さん」をつけたらまた「チャスパー」に逆戻りした。

 ……もしかして、「さん」をつけようとするから噛むのかな?

 試しに普段は絶対に呼べない名前から「さん」を取って言ってみる。

「レオナルド……しゃん」

 ……あ、言えた。「さん」を取るとちゃんと呼べるっぽい。

 新しい発見に、ちょっと嬉しくなって名前を連呼してみる。
 本人が居ないところでなら「さん」を取っても問題ない。
 何度かジャスパーとレオナルドの名を呼んで練習していると、ガッと頭をジャスパーに掴まれた。

 ……あ、そうでした。お話の途中でした。

「ジャスパー……しゃん、なんで、ここに?」

「それはこっちの台詞だ。なんでおまえがこんなトコに居るんだ?」

 完全に館での口調ではないジャスパーは、今日は下手したてに出る必要が無い、という事だろう。
 苦手意識はべったりと張り付いているが、職務上で付き合うだけならば、気が楽そうな相手ではある。

「わたし、お手伝い。かくりくかく、ようす、観察」

 チャスパーさんは? と聞き返すと、ジャスパーで良い、とまた言い直された。
 もう本人が良いと言っていることだし、多少むず痒くはあるがお言葉に甘えて呼び捨てにさせてもらおう。

「俺は……あの後おまえんとこの使用人がしっかりセドヴァラ教会に報告したせいで、とばっちりでここに送られた」

「報告、とばっちり?」

「おまえを怒鳴りつけた白衣のご老体が居ただろう。あれにぶち切れた団長殿が、教会に苦言を呈されたんだ。研究熱心なのは感心するが、幼い少女を怒鳴りつけるとは如何なものか、とね」

 貴重な研究資料を提供してくれたレオナルドの発言は、教会内で重く受け止められた。
 そのおかげで、すぐにでも日本語研究に取り掛かりたかったジャスパーたちは、全員砦の隔離区画へと送り込まれたのだとか。
 もともと増員は必要だと、セドヴァラ教会でも把握されていたらしい。

 ……うん? ちょっと待って。つまり、増員されて、この人数なの?

 ちょっとお世話する人少なすぎませんか。
 そう内心で突っ込んだ後、気がついた。

 ……アルフさん、私の生活態度をみて感染予防うんぬんって、もしかして?

 もしかしなくとも、予防を怠ったあらかじめ居た世話人たちが病に感染したのだろう。
 傍から見れば「感染者を看病したら自分も感染する」ように見るかもしれない。

 ……そりゃ、看病したがる人も居なくなるわけだ。

 負の連鎖の元を見つけた気がする。
 今残っている世話人の適当な仕事ぶりを見る限り、彼等もいつかは病に感染するだろう。

「……まあ、俺としては検体を直接見れると思えば、そう悪い処置でもないけどな」

 ちなみに、ジャスパーが研究を取り上げられて隔離区画へと出張させられる原因になった白衣の御老人たちは、それはそれ、これはこれ、と開き直って地下に安置されている遺体の解剖を嬉々として行っているらしい。
 言い方はあれだが、人体の研究のためとはいえ遺体を解剖する機会などそう多くはなく、珍しい伝染病の犠牲者の遺体ともなればなお珍しい。
 医者ではない一般人である自分にとっては、必要なことだとは思うが、遺体の解剖だなどと考えたくはない。

「ワーズ病、だっけ? 何か、わかった、です?」

「肺や食道なんかにも疱瘡がびっしりと……って話を、おまえは聞きたいのか?」

「聞きたくない、です」

 うっかり想像してしまい、思わず服の前身ごろ――食道のあるであろう場所――を掴む。
 体中に疱瘡のある遺体も悲惨だが、その内臓にまでびっしりと出来た疱瘡など、想像もしたくはない。

「ワーズ病は他にも国や地方によって違う呼び名がある。バーアム咳、ヒマ-セン病、ゲンベルク病、グリニッジ疱瘡……全部同じ病気だ。高熱の後に疱瘡が出来て、掻けば掻くほど増える。一度感染した人間は二度と感染しないって資料も残ってはいたが、そもそも生き残る例が少なすぎだ」

「かんせんしたら、もう、かんせんしない?」

「そういう資料も残っている、ってだけだ。残念ながら確認のしようもない」

 ……そういえば、日本にもあったね。一度なったら、二度目はかからないって病気。

 確か、前世で小学生だった頃になった水疱瘡で、母の口から聞いた。
 一度なっておけば、次はもうかからない、と。
 そんな病気があるのか、と当時は漠然と思ったものだ。

 ……あれ? だったらちょうど良くない?

 パッと光明が差した気がする。
 思いついたことを確認してみようと顔をあげると、アルフが隔離区画側の扉から部屋へと入ってきた。

「ティナ、ここにいたのか。やっぱり、ここのお手伝いはしたくないか――」

「アルフさん、質問、ある!」

 思いついたことを忘れないうちに、とアルフの言葉を遮る。
 せっかくの思いつきも、実行が不可能であったらどうしようもない。

「レオにゃルドさん、言ってた。最初、騎士にだけ、薬くばった。じゃあ、治った人、いる?」

「……感染の初期症状だった黒騎士たちには薬を配ったが、たしかに回復した者は何人かいる。様子を見てから隊へ復帰する予定ではあるが……?」

「その人たち、わたしにください」

「は?」

 瞬くアルフの横で、ジャスパーも気が付いたようだった。
 一度感染した者が二度と感染しないというのなら、砦には使える人手が実はそこそこ居るはずだ、と。

「ひとで、足りない。回復した騎士、お手伝い」

 こんな時、流暢に話せない自分がもどかしい。
 一つ一つの単語を頭の中で探すから、時間もかかるし、たどたどしくていまいち意思がスムーズに伝わらない。
 かといって、片言トークを止めれば噛みまくって、それはそれで聞き取り難い言葉になってしまうのだ。

 ……おしゃべりの練習、必要! 超・必要っ!!

 自分の言葉の足りなさがもどかしくてイライラと足踏みすると、同じことに気がついたらしいジャスパーが説明を追加してくれた。
 ジャスパーの説明を理解したアルフの行動は早い。
 自身を消毒する間も惜しかったのか、外の見張りにレオナルドへの伝言を任せて隔離区画へと戻っていく。
 一階にいるのはすでに薬を与えられているものと、感染が疑われているものだ。
 このうち、薬が与えられて快方へと向かっている者は人手として使える。






 快方に向かっている感染者と、すでに回復した騎士を使うという方向に舵を取り、世話人が倍増した。
 このままの勢いで、隔離区画の清掃を徹底したい。

 ……ま、幼女の私が言っても説得力ないから、まずはアルフさんかジャスパーに説明して、納得してもらうしかないんだけどね。

 私の意見に納得できたら、大人であるアルフやジャスパーが他の大人に指示を出す、という形で隔離区画の改革を進めていくしかない。
 まずは小さなことでもコツコツと、と掃除を始めると、多少元気の残っている感染者も手伝ってくれた。
 看病してくれる人間がいないので、自分でやるしかないという心境もあるのかもしれない。
 気になる所が多すぎて、でも手の長さや背が足りない。
 そんな時は遠慮なく増員された騎士を頼った。
 黒騎士は平民出身ということで、気さくな人間が多い。
 お願いをすれば、お手伝いぐらいは快く引き受けてくれた。

 あちこちに手を出しているうちに、私がやるよりも早い、ということで黒騎士に仕事を奪われてしまった。
 掃除の手は足りたようなので、と積み上げられている洗濯物に手を出す。
 ジャスパーの指示によると、一度石鹸で洗濯をして汚れを落とした後、消毒液につけてから干すらしい。
 当然のように腕力がないので、たらいにシーツと水と石鹸を入れ、踏み洗いをする。
 昔の洗濯風景として、テレビやアニメで見たこととがあるが、本当に効果があるのかは疑問だった。

 ……洗濯板でゴシゴシした方が汚れ落ちそう、ってどうしても思っちゃうよね。

 ワンピースの裾を持ち上げて、ぺったんぺったんとシーツを踏んでいると、横からにゅるっと魅惑的な太ももが飛び込んできた。

「そんなお行儀のいい足踏みじゃ、落ちる汚れも落ちないよ」

 洗濯ってのは、こうするんだ、と言って、乱入してきた女性が元気に足踏みをする。
 ザブザブとシーツが踏まれるたびに揺れて、立っているのも難しかった。

「ひゃっ!?」

 尻餅をついて盥から転げ出ると、背後から笑い声が聞こえてくる。
 見上げると、乱入女性とはまた別の女性が大きな盥を持って背後に立っていた。

「これ全部洗うつもりかい? 日が暮れても終わらないよ」

「一枚いちまい、洗う。いつか、終わる。綺麗、する。びょうき、治る」

 声の大きな初対面の女性が怖くて、少し声が小さくなる。
 が、伝えたいことは伝えた。
 いくら量が多くとも、一枚いちまい洗っていくしかないのだ。
 終わりが見えないから、と洗うことをやめたら、あとは汚れたシーツが溜まっていくしかないのだから。

 身振り手振りで伝えている間に、声の大きな女性は洗濯の準備を終えていた。
 大きな盥にシーツも何枚も入れて踏み洗う。
 先に使っていた盥を取られてしまったので、一回り小さな盥を用意してシーツを踏み洗う。
 私は体格が小さいので、大きな盥で何枚かを一度に洗うよりは、小さな盥で一枚いちまい洗った方がたぶん早い。

 並んで洗濯をしている間に、女性達に舌っ足らずを笑われてしまった。
 ただ、女性達はレオナルドのように「舌っ足らずで可愛い」で完結はしなかった。
 幼児が歌うこの世界での童謡を教えてくれ、一緒に歌ってくれる。

 ……こっちの子どもって、こんな歌をうたっておしゃべりの練習をするんだね。

 そういえば、間違えるのが恥ずかしくて母と子守唄を一緒に歌う、ということも今生の私はしてこなかった。

 ……私がおしゃべり苦手なのって、完全に私が悪いんじゃん?

 つい自覚してしまい、内心でだけ反省をする。
 たしかに、もう少し積極性をもって練習した方が良い。

 ……レオナルドさんなら、しゃべるの失敗したって、可愛い可愛い言ってくれるだけだしね。

 成人した人間であるという自負のせいで、「可愛い」は素直に褒め言葉とは思えないが。
 レオナルドが幼女である私に対して使う「可愛い」は100%褒め言葉として使われている。
 変に邪推して不快になる必要はないのだ。

 夢中になってシーツを洗っていると、夕暮れ近くになったらしい。
 アルフが私を探しにやってきた。

「ティナ、そろそろ送っていくよ」

「もう、そんな時間?」

 アルフが送り迎えをしてくれることになっているので、迎えが来たからには作業をやめねばならない。
 洗い途中のシーツをどうしたものかと考えていると、声の大きな女性が続きを引き受けてくれた。

「お嬢ちゃん、ここの子じゃなかったのかい?」

「わたし、お手伝い、きた。夜は、帰らないと、だめ」

「え? 砦の外から、ここに来たのかい? ちゃんと説明された? この砦には、怖ーい病気が蔓延してる、って」

 心配そうな顔をして驚いている女性には、ちゃんと答えねばなるまい。
 アルフの名誉のために。
 彼に騙されて隔離区画へ来たのではなく、説明された上で来ているのだ、と。

「聞いたよ。でも、アルフさん、お手伝い、たりない言ってた。から、きた」

「ふーん?」

 不思議そうな顔をして、二人の女性は顔を見合わせる。
 説明を聞いたうえで、好きこのんで隔離区画へとやってくる子どもが不思議なのかもしれない。

 女性たちに洗濯の続きを任せ、出入り口にある部屋へと戻る。
 そこに用意された風呂で、頭のてっぺんから足のつま先までを綺麗に洗い、最後に消毒液で全身を拭いた。
 今日使っていた服とマスクはここで外し、明日の洗濯に回される。
 用意してあった着替えに袖を通し、念のために新しいマスクを付ければ、帰宅の準備は完了だ。
 来た時と同じように裏門を通り、城主の館へとこっそり帰宅した。
洗濯を手伝ってくれた女性は、職業娼婦のお姉さま方。
+注意+
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