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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~ 作者:ありの みえ

第2章 孤児と騎士と谷の魔女

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野菜スープはヘビロテ

 もぞもぞと身近で人が動く気配に意識が浮上する。
 思考が目覚めに移行すると、途端に瞼の向こうの光を認識した。
 瞼越しに見える明るい光に、朝が来たのだと悟る。

「んぁ?」

 目覚めた瞬間、変な声が出た。
 これは寝言の一種だろうか、とぼんやり考え始めたところで、背後で人の気配がする。

「まだ寝てていいぞ」

 半分眠りながら体を起こすと、頭の上に大きな手が載せられた。
 この数日ですっかり慣れてしまっている、レオナルドの手だ。

「起きゆ、ましゅ」

 声の聞こえる方向に顔を向けてそう答えると、何が面白いのかレオナルドが小さく笑う声が聞こえる。
 撫でなでと本人的には髪を撫でているだけのつもりなのだろうが、こちらとしては盛大に頭を揺すられているようなものなので、眠気は綺麗に吹き飛ぶ。

「……おはようございます」

「ああ、おはよう。俺が朝食を作るから、ティナはまだ寝ていてもいいぞ」

「お手伝い、する」

「そうか。なら先に台所に行ってる」

 寝室を出て行くレオナルドを見送り、自分もベッドを降りる。
 しげしげとベッドを見下ろし、内心で激しく落ち込んだ。

 ……そうだよね、ベッド一つしかないもんね。一緒に寝たよね、レオナルドさんと!!

 中身は元・成人済み女性として、成人男性と一つのベッドで寝るのはいかがなものか。
 そうは思うのだが、今は幼女なのだから仕方が無い。
 子供は力尽きればどこででもスイッチが切れたように眠るし、一度寝てしまえば簡単には起こせない。
 レオナルドも、私が寝落ちてしまったので、なんの疑問も抱かずに一緒のベッドで寝たのだろう。
 彼は幼ではなく、幼として私を扱う。
 大雑把な性格なのか、男の人がそういう物なのかはわからなかったが、子供に男女の区別は必要ないと考えているのだろう。
 だから一緒に風呂に入る、だなどと言えるのだ。

 ……私みたいな特殊ケースじゃなくても、小さくても女の子は「女」だよ。男の人とは違う生き物だって理解してるからっ! 幼女だからって、男の人と一緒にお風呂とか無理だからっ!!

 自分のような前世の知識をもって転生した、等という特殊ケースでなくとも、女の子は恥じらいというものを何処かから身に付けてくる。
 男の子とは本当に幼児期から違う生き物なのだ。

 ……起きてたら一応は床で寝るとか提案してたよ! もちろん、床は私っ!!

 さて、今夜からはどこで寝よう? と周囲を見渡すが、弟子用に用意された脇屋には寝室は一つしかなく、ベッドもまた一つしかなかった。

 ……本気で床かな?

 レオナルドは自分の保護者ではあるが、血の繋がりがある完全には断ち切れない絆をもった家族とは違う。
 どこまでの甘えや我儘わがままが許容されるのかは判らないので、とりあえずは彼を立てるべきだろう。被保護者としては。

 ……や、レオナルドさんの場合、最初に一緒に寝ればいい、って言うな。その後私が床で寝たいって言ったら、私にベッド譲って自分が床で寝る、とか言いそう。

 そして最終的に一緒のベッドで寝ることになるのだろうことは簡単に想像できた。

 ……今は幼女だから、って私が割り切って幼女を演じるのが一番丸く収まるのか。

 心中は色々複雑ではあるが。
 幼女の外見で、相手も幼女として接してくるので、中身が大人だからといって成人女性と同じ扱いを要求すればレオナルドが混乱するのも仕方がないだろう。

 ……まずは朝ごはんだね。

 オレリアが何か作る前に自分たちで朝食を作らなければ、昨夜同様の異世界の味がする朝食とご対面することになる。
 それだけはなんとしても避けたい。

 身だしなみを整えよう、と髪に手を伸ばす。
 先ほどレオナルドに撫で回されたせいもあるが、昨日オレリアに編みこまれたままの状態で寝たため、頭には見事な鳥の巣ができあがっていた。

 ……レオナルドさん、せめて髪の毛は解いておいて欲しかったです。

 ここで愚痴っても意味は無いのだが。
 癖の付いてしまった髪を手櫛で簡単に直し、後ろで一つに纏める。
 飾り気も何も無い纏め方だが、編みこみの癖のついた髪をそのまま放置するよりはましだろう。






「なに、してるの?」

 台所に移動すると、レオナルドがあちこちの棚を開けていた。
 何かを探しているというよりは、とにかく台所にあるもの全てを把握しようとしているようだった。

「……解らん。これだけの調味料や香辛料が揃っていて、なぜ昨日のスープはあれだけ不味かったんだ……?」

 パタン、パタンと棚を開けては閉めて、中からいくつかの調味料と思わしき小瓶を取り出しては首を捻っている。
 私はというと、今生では始めて見る様々な調味料に、少し楽しくなってきた。

 ……これは胡椒。こっちは似た匂いだけど大きさが違うから、粗引き胡椒的な? ハーブ類は何がなんだか判らないや。パセリとかなら判るかもしれないけど。

 昨日オレリアが使っていた赤い調味料を改めて試してみると、酸っぱすぎるケチャップだった。
 ついでにレオナルドが使っていた黄色い調味料も試してみたのだが、こちらは味の薄いマスタードと言ったところか。
 蓋を開けては匂いをかぎ、匂いで判断できなければ指にとってペロリとひと舐めしてみた。

「……ここにお砂糖しゃまがおりゃれました」

 舐めた調味料の中に砂糖を見つけ、ゆるゆると頬が緩んでいくのが判る。
 我が家では贅沢品らしく、頻繁には使われなかったが。
 女の子と子供が大好きな甘いものである。

 ……卵と牛乳があったら、あの固いパンでフレンチトーストが作れるね。あれなら分量適当でもなんとかなるし。

 とはいえ、卵と牛乳がなければどうにもならない。
 ここにきて見かけた食材といえば、小さな庭の野菜と、レオナルドが持ち込んだ肉ぐらいだ。
 これではせいぜいスープの味が変わるぐらいだろう。
 昨夜の異世界スープと何も変わらない。

 ……他になにかないのかな?

 何種類かの白い粉の匂いをかぎ、舐めてみたが何かわからない。
 多少味や手触りに違いがあったが、前世で粉から料理を作るようなことはあまりなかった。
 見て触ってこれが何かだと断定できるのは、小麦粉ぐらいだろう。

 ……まあ、その小麦粉も我が家で使ってたのと色が違ってちょっと自信ないんだけどね。

 お金持ちの食べる小麦粉は白く、平民が普通に食べるのはやや茶色い。
 ここでは小麦を粉にする際に胚芽やふすまを取り除いたものが白く高級な小麦粉という扱いだったが、健康志向からむしろ全粒粉こそが高級品となった現代日本の記憶がある自分にとって、平民が食べる全粒粉こそが高級食品という謎の逆転現象も起きている。

 ……どっちの小麦粉も好きだけどね。全粒粉で作ったパンは固くてゴワゴワしてて好き。

 ひとしきり棚に詰められた食材の把握が終わったのか、レオナルドは腕を組んで考え始めた。

「……朝ごはん、何?」

「肉と野菜スープ」

 ……昨日と同じですね。

 内心のツッコミが顔に出ていたのか、レオナルドは苦笑いを浮かべる。

「俺の野菜スープは、味がするぞ?」

「味『は』、する」

 ただ、谷につくまでの旅程でも食べていた。
 そろそろ違う味が恋しい。

「レオにゃルドさん、もしかして、お料理、できない……?」

「野菜スープは作れているだろう。肉だって焼けるし」

「他は?」

「……」

 沈黙が答えだった。

 ……これ、私がお料理のお手伝いとかしない男の子だったら、レオナルドさんに保護されると成人するまで毎日肉と野菜スープ生活だったんじゃあ……?

 子供を一人育てるって、寝るとこと食事だけ与えておけばいいってものじゃないよ、とひしひしと感じる。
 この場合、そのヤバげな環境で育てられる子供は自分のことだったが。
 恩人の頼みを悩むことなく引き受けた姿勢は格好いいが、レオナルドはもう少し現実を見た方が良いかもしれない。

「畑、見てくる」

 せめて何か代わり映えのするものはないか、と庭にあった小さな畑に希望を託す事にした。
 そういえば昨日は薪を拾いに森には入ったが、家の敷地内の散策はしていない。
 何か食べごろの野菜のひとつでもないだろうか。

「外に出るなら、もう少し食材があるぞ」

「なんで?」

「運んできた荷を貯蔵庫に入れたからな。あの荷の中には、ミルクやチーズも入ってる」

「チーズ!?」

 ……あるんじゃん、他の味がするもの! 肉しか取り出さないから、肉しかないのかと思ってたよ。






 ……ミルクは危険なことになっていました。

 元が血液だと考えると、手を出さないほうが良いだろう。
 ミルクの入った缶を振ってみると、およそ液体とは思えない音がした。
 なにか加工方法があれば別の食べ物に生まれ変わるのかもしれないが、そんな方法を私は知らない。
 残念ながらミルクは廃棄か、オレリアに相談してみるしかない。

 貯蔵庫の中にはレオナルドが持ち込んだいくつかの野菜や果物と、沢山の肉が詰まっていた。
 他には棚いっぱいのオレリアが昨夜食べていた赤い調味料と黄色の調味料が少々。

 ……解った。オレリアさんはアレだ。薄味に作って調味料を食べる人。調味料マイ・ラブな人だ。

 たまにケチャップモドキに飽きると薄味マスタードを食べる。というローテーションなのだろう。
 偏食すぎる気はするが、メインは何種類かの野菜が入ったスープなので、何とかなっている気がする。
 あくまで、気がするだけだったが。

 外に出て思い出した家畜小屋の存在に、中を覗いてみる。
 中には三匹の山羊と六羽の鶏がいた。

 ……オレリアさんって、ここで完全に自給自足生活してるんだね。

 調味料をオレリアが自ら作っているとは思えなかったが。
 どこかで大量に仕入れて貯蔵し、毎日の野菜スープと共に消費しているのだろう。

 鶏の寝床に卵を発見し、山羊からミルクが取れればフレンチトーストが作れる。
 それでなくとも久しぶりにミルクが飲めるかもしれない。
 そう子供らしく喜んで見せたら、レオナルドが張り切って乳搾りを始めたので、当初の目的である畑へと移動した。

 ……すぐ食べられそうなものは、ほとんどないね。

 多少の緑はあるが、冬が終わったばかりの畑に、すぐに収穫できそうな野菜はなかった。

 ……ハーブかな? 葉っぱがいっぱい。

 野菜とは明らかに違う草が生えた一角を見つけ、観察する。
 ハーブなら料理に使えるが、食べられないただの草という事もある。
 さて、これらの草はハーブか雑草か、と悩んでいると、急に強い力で背後へと引っ張られた。

「わわっ!?」

 ぽふっと背中を受け止められて、背後の人物を見上げる。
 そこにはこれ以上は寄らないというほどに、眉間に深い皺を刻み込んだオレリアが立っていた。

「その葉はれるとかぶれるから、さわるんじゃないよ」

「あ、はい。わかった、です」

 なんだ、注意してくれたのか、と倒れこんだ体制を直してふと気が付く。

 ……うん? 今オレリアさんしゃべった?

 英語ではなく、この世界の言葉で。
 聞き間違いじゃないよね? と見上げると、頭を押さえられる。
 まっすぐに前を向くと、スルリと髪が解かれた。

 ……オレリアさん、他人ひとの髪の毛いじるの好きなのかな?

 頭を押さえられた時の姿勢でじっとしていると、櫛で丁寧に髪を梳かされる。
 しばらくそのままの姿勢でいると、昨日と同様にハープアップに編みこまれた。
明日は更新お休みです。
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