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好きです。
作:内田 奈月


「好きです。付き合ってください」

二十歳の誕生日を迎える一週間前に葵は和馬に告白した。
和馬は大学の同級生で葵にとって初めての男友達だった。
葵が通っていた中学校や高校は共学だったが、一部の生徒を除いて男女はほとんど話さなかった。
もちろん葵はその一部には含まれていない。
異性に免疫の少ない葵にとって和馬の存在はとても新鮮で、恋をするのは必然だったのかもしれない。

葵はそれ以上なにも言わなかった。
普段ふざけていることが多い和馬も真剣な面持ちで葵を見つめている。
テレビから流れるバラエティー番組の笑い声だけが部屋に響いている。

ここ数ヶ月間、葵は一人暮らしをしている和馬の部屋に週に一回のペースで通った。
会いたいと思う気持ちに歯止めが利かなかったし、和馬もそれを受け入れてくれたからだ。
二人きりのときもあれば、他の同級生と一緒のときもあった。
友達の多い和馬の部屋は普段からたまり場になっていたし、一緒にいるときに電話がかかってくることも頻繁にあった。
和馬が電話をしているときには必ず葵も自分の鳴らない携帯電話を見つめた。

「ごめん」

沈黙を破ったのは葵が予想していた言葉だった。
振り返ると、和馬はまだ真剣な顔をして葵を見つめている。
陽気で冗談ばかり言う和馬だが、時折スイッチが切り替わったように真剣になる。
そんな時の和馬は普段の数倍大人びて見えた。

「友達だと思っていたから」

それを聞いた葵はわかったと言って微笑を浮かべる。
なにより、和馬が真剣に受け止めてくれたことが嬉しかった。
振られるだろうと予想はしていても、わずかに秘めていた期待が実際に打ち砕かれたのを知って葵の目には涙が溜まっていた。
しかし、泣くという行為だけはしたくなかった。
和馬を困らせたくないし、そんなに弱い女になりたくなかった。

葵にとってこれは人生で二回目の告白だった。
初めての告白は小学校六年生のバレンタインデーだった。
この告白は「好きです」と言って、「ありがとう」と言われて終わった。
それだけで葵自身満足で、それ以上なにも望まなかった。
しかし、今は違った。もっと和馬と一緒にいたかった。
告白しなければ、変わらずに一緒にいられると考えたこともあった。
けれども、葵は和馬の特別な存在になりたかったのだ。たくさんいる友達の一人では寂しかった。

「じゃあ、またね」

そう言って部屋を出るとき、当分ここには来ないだろうと葵は感じた。
外はすでに暗くなっていて、少しだけ肌寒かった。
以前、予想外の雨が降ったときに借りた黒い傘が玄関に変わらない様子で置いてある。
ドアを押さえながら、別れの返事をする和馬の顔を一瞬だけ見て、葵はその場を去った。振り返らないと決めていた。

角を曲がって車道に出ると、途切れることなく無表情に走る車たちが目に付いた。
葵は和馬の部屋で耐えた涙が再びこみ上げてくるのを感じた。
少しでも人気のない場所に行きたくて、川沿いの細道から帰ることにした。
それでも、帰宅するサラリーマンやスウェットを着たカップルなどがぽつぽつ歩いている。
実家暮らしの葵は家に帰っても家族がいるので、一人で泣かせてくれる場所が存在しないことを残念に思った。
本当はこの場で声をあげて泣いてしまいたかったが、葵自身がそうすることを許さなかった。
誰かに電話をしようかとも考えたが、誰に電話をするか考えているうちにやめることにした。
葵は目からわずかにこぼれた涙をティッシュで拭いながらも、前を向いて歩いた。
次に会った時には必ず自分から挨拶しようと思いながら、和馬が好きだと言った道沿いに咲くたくさんの菜の花を眺めた。


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